絵本で泣いたソムリエの死体

柊 真詩

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5,ソムリエの夢

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 ナイフとフォークは今日もせっせと働きます。

「さあ、しっかり押さえるんだよ」
「うん、いつでも切っていいからね……」
「ねえ、フォーク? 元気がなさそうだね」
「うーん、魔法使いのところには戻れるのかなって」
「ずっとここにいてもいいんじゃないかな、僕もいて、君もいる」
「そういうものかい?」

 フォークはどこか残念そうでした。
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 春になって、俺と心音は同棲を始めた。記念だと言って、二人で舞い上がって写真を撮った。
 俺がレストランで仕事をしている間、彼女は書斎で絵本を書いている。
 家に帰ってくると、いつも心音の手料理がテーブルに並んでいた。
 休みができると、日頃のお礼を兼ねてとびきり美味しい店に心音を連れて行った。
 珍しく、俺が料理を振舞う時もあった。
 いずれにせよ、心音は瞳を輝かせ、口元を綻ばせながら料理を口にした。

 七月になり、外は蒸し暑くなる。窓を開けていても生温い風しか吹かないため、エアコンを付ける日が多くなった。
 外では蝉がパートナーを見つけるために、死に物狂いで鳴いている。

「今度の絵本さ、龍樹のレストランで思いついたのにしようかな」

 Tシャツ一枚に短いパンツ姿の心音は、コンビニで買ったアイスを食べながら、椅子の上で膝を抱えるようにして座っている。ウェーブのかかった後ろ髪は、一つに束ねられていた。

「うちの店で?」
「うんっ。そうだなぁ、フォークとナイフの絵本」
「食べ物じゃなくて、食器か」

 心音の書く絵本は、生き物が出てくる代わりに食べ物が登場することが多かった。喋る野菜や、踊る果実によって、物語が構成されている。
 何でも、心音の絵本で好き嫌いの減る子供もいるらしい。

「そう。美味しい料理を活力にするのもいいけど、こういうのも新しい切り口になるかなって」
「料理が活力?」
「美味しいもの食べると、書きたいって気力が湧いてくるの。ねえねえ、今夜はどこ行く?」
「そうだな……」

 俺はスマホで東京都内にあるフレンチレストランを検索する。

「ねえ、たまには和食なんてどう?」
「和食?」

 彼女は上を向いて、溶けかかっているアイスの先端を下に向ける。
 垂れるアイスを舐めながら、最後には大きな口を開けてアイスを頬張った。

「たまにはワインじゃなくて、他のお酒も飲んだらどうかなって」

 俺は返答に窮する。
 テイスティングの試験は三ヶ月後だ。それなのに、まだまだ舌で覚えられていない種類は多くある。
 香りに頼らず、舌で判断できるようになれば、試験の合格が現実味を帯びるだろう。

「そっか」彼女は残ったアイスの棒を袋に戻し、言葉を続ける。「大事な時期だもんね。いいよ、ワインと料理の美味しいお店で」
「遠慮……してるか?」

 彼女は首を振る。

「そうじゃないよ」

 心音にもこうして協力してもらっている。今年の試験で、絶対にソムリエの道へ進まなければいけない。
 俺は椅子から立ち上がり、キッチンにあるワインセラーを開けた。
 ピノ・ノワールのワインを取り出し、コラヴァンを使ってグラスに少量注いだ。
 濃い赤色がグラスの中で揺れて、ラズベリーのような爽やかな香りが漂った。
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