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17 川下り

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ナイールが、両手をラッパのような形にして、大声で私たちを呼ぶ。
「やっほ~~、アネラっ~ーーー!こっち、こっち~~!!!!」

「ナイールっ!今行くわ!」
跳びはねながら呼んでいる姿に、誘われるように足を早めた。シャリシャリと白い小石が音を立てて弾けていく。

小さな小屋には、川に面したテラスがあり、ボートが縄に繋がれ仕舞われていたけれど、縄が一つ外されていた。

「やっぱり、ジェラリアたちが使ったのかなぁ。」
首を捻りボートの中を覗く少年の言葉に、ユオンが頷く。

「その可能性は高い。それにボートに色濃く魔力の痕跡が残っている。」

「魔力??? ••••ジェラリア様は水魔法ですね。」
クレールの言う通り、ジェラリアはかなり高い水の魔力の持ち主だ。でも私は彼女が使うところを、実はあまり見たことがない。自分は魔力が高いと言うことを至る所で自慢していた割に、あまり使ってるところは人に見せなかった。

(今思えば••••何となく、どんな水魔法が使えるかを知られるのを嫌がっていたのかも、とも思う。)

ユオンは、「なるほど。」と頷きつつ、「彼女の客であるジョンは風魔法だ。確かめたいことがあるんだが、乗ってみて、街の方へ下ってみてもいいだろうか?」と、私たちの方へ顔を向けた。ボートを漕ぐ時に、風と水の魔法??? スピードを速めるくらいはできるかもしれないけど、、。

「別に構わないわっ。」
私が肯定の意を示すと、クレールは、ツカツカとテラスまで行き、ボートがいつでも川へ乗り出せるように手すりを開放してくれた。キヌの木の幹から作られた2~3人乗りのボート•••••軽くて丈夫、かつ安定感のあるデザインで、湖に浮かべて景色を楽しんだりと、最近は貴族たちの間で余暇を楽しむ趣味として流行っている。

ユオンは「助かるよ。」と感謝を述べながら、ボートを固定していた縄を外しはじめた。彼は一人で行ってしまうつもりだろうか? でも、城のことならある程度知ってるし、何かヒントを見つけることが出来るかもしれない。



「私も、、ユオンと一緒に乗るわ•••!!」
私が一緒に行ったところで足手まといになるかもしれないけれど、ここまで来た以上、何としても真犯人を見つけたいっ!!

「え~それなら僕もアネラと乗りたい~。」
ガバッと顔を上げ、大げさに拗ねた声を出していじける少年に、クレールは「ナイール様、デートの邪魔をするのは野暮というものですよ。」と注意してるけど、ユオンと初めてのお出かけが、犯人探しとか色気も素っ気もないわよね。

「ちぇっ、僕だってアネラとデートしたいのに••••。」

「ナイール、これは遊びじゃないのよ。コテージに戻ったら、またゆっくりあなたの話を聞かせて欲しいわっ!」
私とデートなんて、冗談とも本気ともつかない口調に、戸惑ってしまう。ナイールってこんなに甘えん坊だったかしら??? 


「ほんとにほんとっ??」
まん丸の目を見開いて、血色の良い頬を染めてる顔は、愛くるしい。弟がいたらこんな感じだったのかなと、チラッと思う。「ええっ!」と、顔が綻び、自然と笑顔になってしまうのを自覚する。結局私もナイールには甘いのだわ。

縄を全て外し終え、いつでも漕ぎ出せるように準備したユオンは、「穏やかな流れとはいえ、全くの危険がないわけじゃない。」私の顔を見て、フッと表情を和らげると、「それでもあなたはきっと行くと言うんでしょう•••?」と、私の方へ手を差し出した。


自分の目で確かめてみたい。だってもしあの日、本当にジェラリアがこのボートに乗ったのなら、それはなぜなのか知りたい。私は一歩前に出て、頷き、ユオンの手を取る。

ユオンがひょいっと片足を掛け、先に乗り込み、安全に私をボートの中へと誘導してくれる。「気をつけて•••。」と言いながら、手だけでなく、腰にも手を当て、万が一にも転倒しないように手助けしてくれる。

(ちょっと過保護すぎやしないかしら??? )

幼い時は随分大きなボートだったような印象だけど、今、こうして向かいあって座ると、かなりユオンとの距離が近いわ。私が座ったのを見届け、ゆっくりとボートを漕ぎ始めた。

ボートは、流れに沿い、プカリプカリと進んでいく。

「アネラ様、どうぞお気をつけてっ!ユオン様、アネラ様をお願いしますよっ。」

「二人とも、早く戻っておいでよーー!」

ナイールたちは、姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けてくれた。


ポチャポチャという水の流れに、鳥の声が混ざり合う、長閑な風景の中、ゆったりとした流れで、ボートはほとんど漕がなくても、ノロノロと進んで行った。暖かな日差しが、エメラルドグリーンの透き通った水に降り注いでいる。綺麗だわ。

「そう言えば、ボートで確かめたいことって?」
出発してからずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

「レホークー川が城下まで流れていることは知っているが、このボートでなら、どれくらいの時間がかかるか確かめたい。」
ユオンが漕ぐ手を休めても、ボートは流れに沿い、プカラプカラとのんびりと進んでいく。

「さすがに城下まで行ったことはないけど、陸を行くよりはかなり近いはずよ。」
陸からだと馬車はどうしても遠回りしなければならないけど、川は森の中をそのまま蛇行しているので、距離的にはかなり短くなってるはずだ。

私の言葉に頷き、その後、ユオンは改まった様子で、「一つ思い出したことがあるんだ••••。」と、少し前に乗り出し、ボートの底をコンコンッと拳で叩いた。


「思い出したこと?」
何かしら?  

「オレの••••義父は、騎士団の元副団長のレオと言うんだが、••••。」

義父?? ユオンはシルヴァダン家の養子だったの!? じゃあ、彼の本当の父親はどうしてるのかしら? そして気づいてしまった。私はユオンのこと、ほとんど何も知らない。


「ケガをして第一線からは退いたが、軍事顧問として今も新兵の採用や訓練などに関わっている。レオは水魔法が得意で、レオが言うには、ボートであれ何であれ、水面と接している部分の水の流れは、魔力で自在にコントロールできるらしい。」


「と言うことは、城下からコテージまで、川の流れが逆だとしても関係ないと言うこと?」

そんな方法があったなんてっ!! 魔力がない私には想像もつかなかった。
これは、城下からは川の流れに逆らうから、ボートで戻ってくることは出来ない、という私たちの思い込みを覆す事実だった。


私の言葉にユオンは頷き、「それに、ジョンの風魔法なら、おそらく速度を速めることと転倒防止が出来るだろう。」と、辺りを見渡す。

風魔法に転倒防止という使い方もあったのね。レホークー川は、流れ自体は緩やかだけれど、向こう岸までかなり遠く川幅も広いから、風魔法が使えたら心強かっただろう。

「じゃあ、その空白の3時間ほどの間に、ジェラリアたちなら、城まで行って戻って来ることが可能なのね•••?」


「おそらく•••。今、何も魔力を使わない状態でどれくらいの時間がかかるか確かめてみれば、それもハッキリするだろう。今の状態で1時間以内で到着するなら十分可能だ。」
心臓がキュッと絞られるかのように息が苦しくなり、肩がこわばってくるのが分かる。

(それじゃあまだ、ジェラリアが犯人という可能性があるということ?)

頭の中にいろんな疑問が次から次へと浮かび、自然と口数が少なくなっていく。ふと気づくと、いつの間にか自分だけの世界に浸ってしまっていたみたいだ。ユオンの「しまった•••!」という声で我にかえると、ユオンは、ギリリッと歯ぎしりをしながら、鋭い眼差しを川岸へ投げかけていた。様子がおかしい?? 気配が険しくなり、急に川岸の方へと漕ぎ始めた。








それは、あっという間だった!!! ボートの底に、みるみるうちに水が溜まり始め、座っているところまで、びちゃびちゃになり始めっ••••!!! 

(沈んでいるっ??? )

川岸までとてもじゃないけど、ボートは保ちそうもない。ボートの底を見ると、頭ひとつ分はあろうかと思われるほどの大きな穴が船底に開いていた!!! どうしてこんな穴が急に??? パニックになりながら、漕ぐのを手伝おうとオールに手を伸ばした時、



!?


ユオンが、オールを水面に投げ出し、騎士のマントを脱いだかと思うと、私の方へ腕を伸ばし、手を取った。


「泳いで岸へ向かう。」



えっ!? 泳げないっ!!!それは無理っ!! と、ユオンの手を引く力に対抗するようにして、首を左右に振る。木登りだったら、今でも何とか出来るかもしれない。剣も、やれと言われれば、剣をとって闘えそうな気もする。

(でも、、でもっ、ほんっとーーーに、泳ぐのだけは無理っ!!!)

「大丈夫。オレを信じて。」


ユオンが、片腕を私の背中に回し入れ、大きな手が脇の下をガッツリ掴む。ひぃぇぇっっ~~~、私の心の叫びは虚しく、ユオンはそのまま私を抱いて、水の中へと入っていった。



いゃぁあああああああああああ!!!!!
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