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24 仮面の王女は、取引をする、、、

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床に敷き詰められた青と白の絨毯、贅を尽くした調度品の数々と部屋で静かに流れる音楽、そしてその場には、仮面で顔を隠しても、一目で貴族と分かる高級ドレスやタキシードを身に纏った者たち•••煌びやかなシャンデリアは、今はほのかな明るさのみを灯し、招待客の顔を隠す。

夜も更けようという時刻、城内の一角では、幾人かの使用人たちが、酒を運び行き交っていた。中でも人気は、白ワインにベリーや苺をたっぷり入れたカクテル。見た目も鮮やかなこのカクテルは、フルーツのほどよい甘さが、白ワインのピリッとした辛みを引き立て、飲んだ者を心地よい高揚感に包ませる。

招待客は、それぞれ思い思いに話し、酒を嗜み、戯れていた。

夜も更け半ばも過ぎた頃、ギーッと重い扉が開き、体格の良い男性を伴った女性が現れた途端、場がシンッと静まりかえる。銀の仮面をつけ、より神秘的な装いで現れたこの国の王女の姿に、この場の全員の視線が釘付けとなる。頬がうっすら赤く染まり、普段より胸元を露出した衣装は、成熟した大人との境界で危うく揺れるその魅力を妖しく引き立てていた。


ッ•••あまりこうした注目は浴びたくなかったのだけど•••先ほど泣き腫らしたせいで、目はまだ真っ赤だ•••室内の灯りをわざと暗めにしているとは言え、、•••仮面があって良かったわ•••

エドゥアルト王子はっ•••と姿を探すまでもなく、すぐに見つかった。青紫の装飾が施された仮面をつけているが、目立つその容姿は、女性たちの注目をすでに集めていたらしい•••壁に寄りかかるように佇む王子を何人もの女性たちが、遠巻きにチラチラと見つめている。

王子の隣には、彼の従者ラッセン?と言ったかしら?が女性たちの入る隙もないほど、ピッタリとついている。

本当はこの場で、王子と関わるつもりはなかった。ただ、招待する程度の交流はあった、という事実があればよかっただけで•••でも、カイルの件で事情は変わった。私は彼と何としても話をしなければ•••!!

「皆さま、今日は堅苦しいものではありませんわ。どうぞ気兼ねなく楽しんでくだされば嬉しいわ。」

私は心の中の動揺を気取られないよう、努めて明るい声を出す。その後、何人かの男性が声をかけてくるが、挨拶だけして、今日はパートナーがいるからとシルヴィオに盾になってもらう•••騎士とは言え最低限の社交界の貴族のマナーなどは徹底的に叩き込まれているのか、その振る舞いも洗練されていた。

王子と話さないと、と思うが、しばらくは注目が止まず、難しいだろう•••もう少し落ち着いてからにしよう•••

「シルヴィオ、私少し外の風に当たりたいわ。一緒についてきてくれるかしら。」

「もちろんです、殿下」
睫毛を伏せ、片手を胸にあて、軽く承諾の意を示し、シルヴィオは私を庭の見渡せるバルコニーまでエスコートしてくれる。手すり脇の白い小さなテーブルに、使用人が二人分のグラスを置いてくれた。部屋の中の煌びやかさとは対照的に、月明かりのなか鳥の声だけがしっとりと聞こえてくる。

「あら、綺麗な声ね•••」
ポツリッと思わず口をついて感想がでる。

「イソヒヨドリの声です、殿下」
一歩後ろに控えていたシルヴィオが教えてくれる。

「イソヒヨドリ•••?夜空に溶けていきそうな素敵な声•••羨ましいわ•••私も彼等みたいに今すぐ飛んで行ければいいのに•••」
カイルのところまで•••という言葉はのみ込んだ•••

突然、シルヴィオの気配が鋭くなる•••!!! 普段は温厚そうに大きく開いているエメラルドグリーンの瞳が辺りを伺うように細められる••!!


カツンッと、それまでしなかった靴音が、響いた。

「アーシャ王女殿下、今日はお招き頂き、感謝する。」

!?

エドゥアルト王子••••!!!! いつの間に•••???  供もつけず、一人優雅にこちらに歩いてくる。その姿は、まるで美しい光を放つ月を前にした、銀色の狼のように美しくも恐ろしい••••

「こ、、••こちらこそ、来て頂けて嬉しいわ•••」

顔が引き攣りそうになるのを何とか抑え、声を絞り出す•••ッ••そんなに近づかないで•••!!!!

「王女殿下は、鳥のように飛んで、果たしてどこへ行きたいのかな?」

••この人っ、、•••先ほどの会話を聞いていたのね••• ほんと油断も隙もあったもんじゃない•••!!!

シルヴィオが、ポケットに忍ばせていた小さな短刀に手をかけるのが見える!! 私は慌ててシルヴィオに伝える。

「シルヴィオ、だっ大丈夫よ•••!!! この方と少しだけ話をしたいの•••!!! 少しの間だけ二人きりにしてくれる、、かしら•••??」

大丈夫、の意を込め、視線で訴える。ポケットの中の短刀の上に置かれたシルヴィオの右手の上に、自分の手をそっと重ねる。

「しかし•••」
心配そうに見つめる瞳に、あえて笑顔を映す。

「お願い、、大丈夫だから•••私が呼ぶまででいいの。」
バルコニーの入口で見張っていて、の意を込め、視線をそちらへ向ける。

騎士団長であるシルヴィオは、主の意を汲み、自身のやるべき事を見定める。
「では、何かあればすぐにお呼びください。」

やり取りの間、アーシャから視線を外さず見定めていたエドゥアルト王子が、隣国の王族として、この国の王女へ挨拶をする。

「アーシャ姫、はじめてお目にかかる。カイラス国のエドゥアルトだ。このような場ゆえ、仮面でお互い顔が見えないのが残念だ。明日のルイス王との会談、尽力くださり感謝する。」

王子の銀の髪が月明かりの中でその輝きを増し、そのシルエットを際立たせる。形の良い唇は弧を描き、笑みを浮かべながらも、仮面の奥から射抜くようなブラウンの瞳をこちらに向ける。

ッ•••悔しいぐらい非の打ち所がない•••!!! でも、騎士アル、として会った時の傲慢不遜さを知っている身としては、つい警戒してしまう•••

「こちらこそっ•••招待を受けてくださり嬉しいわ••!!! •••貴国との同盟はわが国でも望んでいたことですもの•••!!」

この人のペースに呑まれちゃダメ•••!!! •••落ち着くのよっ•••!!! 王子の出現に焦る心を必死に宥めようと、自分に言い聞かせる•••

エドゥアルト王子は、少し腰を折り、下から伺うような視線で、穏やかに話す。

「王女殿下にいろいろお尋ねしたいことはあるが、まずは貴殿が私をこの場に呼んだ理由をお聞かせ願えないだろうか。」


この王子、愁傷に言ってるフリしてるけど、、、•••牙が出てるわよっ•••!!!  おそらく私が、恩を売りつけその代わりに何かとんでもないこと!!を要求するのでは、、と警戒してるのだろうけど•••!!! •••まあ、、•••ある意味正しい•••ここは•••慎重に行かなければ•••ッ•••!!!

•••考え過ぎて最初の一言をいいあぐねてる私を見かねたのか•••エドゥアルト王子は態度を変える•••

「•••そろそろハラの探り合いはやめだ。、、対価として貴殿はオレに何を望んでいる?」

何もなかった••• 昨日までは••••でも!! 今は•••もし彼にここで断られたらっ•••一縷の望みが途絶えてしまう•••身体の奥底から底知れぬ冷たさが這い上がってくる•••どうかっ•••

「エドゥアルト王子、••!! 単刀直入に私からの要求を伝えます。」

王子はその牙を隠さず、仮面の奥の切長の目を光らせる。

私は、スゥーと呼吸を整え、言葉に意志をのせる。•••

「あなたが今•••お待ちになっている解毒薬を私に下さらない、、かしら•••?」

「なっ•••」

私の言葉が意外だったのか、意味が分からない、とでも言うように、ブラウンの瞳を見開く。

今、必要なのは、解毒薬だ•••山々に囲まれたカイラス国では、貴重な薬草など高山植物を使い、薬を作っている。その中には他国では流通していない毒もある。

「カイラス国の王子なら、解毒薬を肌身離さず持ち歩いているでしょう?もちろん正当な対価はお支払いするわ。」

王子の持つ解毒薬が、カイルの毒に効くかは分からない、、でも、刺客がカイラス国の者ならその解毒薬が効く可能性は高い。

王子が困惑するような顔を向ける。

「解毒薬••?? お前が欲しいのは毒の間違いではないのか••?? それに万が一オレがそれを持っているとして、何故にお前はそれを望む?」

お前って!!素が出てるわよっ•••!!! 思わず叫びたくなるのをこらえる•••!!!

「•••っ解毒薬で間違いはないわ。•••どうしても、、必要だからよ。」

「断る。お前にやる理由がない。」

取り付く島もなくあっさりと拒否される。その後も、対価として報酬を弾むから!!、、、解毒薬の成分を勝手に明らかにしないから!!•••などさまざまな条件を提示しても、ことごとく断られてしまった•••初対面の仮想敵国の王女に、こんなこと頼まれても断るのは当然かもしれない•••でもどうしても必要なのよっ•••!!!! •••焦る心が、たまらずつい爆発してしまう•••

「こ、、の分からずや!!あなたの国のゴタゴタを私の国に持ち込んだ迷惑料よ、さっさとよこしなさい!!」

•••!! やってしまったっ•••別の意味で身体が冷える•••彼をここで怒らせてしまったら、、、•••恐る恐る、エドゥアルト王子の方を見る•••

とりあえず剣呑さは見当たらない••••よっよかったっ•••!! 

「どう言うことだ?」
困惑し単純に疑問を問い掛けてる•••??

その姿に少し安堵し、気を取り直し、できるだけ落ち着いた声で話す

「昨日、『あの場で』刺された男性がいるでしょう?」

酒場でカイルが刺された件、エドゥアルト王子なら、これだけで分かるはずだ。

案の定、彼は私がなぜ解毒薬をこんなにも欲しているか、察したようだ。

「まさかッあのナイフに•••」

昨日のことを思い出しているのだろう。独り言のように呟くと、彼自身が今の会話から導き出した答えに、同意を求めるように私を見た。

私はゆっくりと頷き、肯定を示す。

「理解して、、頂けたかしら?」

「•••なるほど•••言いたいことは分かった。、、だが、•••無料でやるわけにはいかない•••」

どんな無理難題を要求されるかと身構えて、肩がこわばる。

私の緊張した姿を見て、王子は口の端を上げ、何かを企むようにニヤリと笑う。

「その男と一緒に居た騎士がいたな。すばしっこい奴だ。あいつをオレのところに寄越せ。」

はぁぁ•••???
こっこの王子!何を言ってるの??
なぜここで騎士のことを•••??気付かれた?? のかしら•••??何を考えているか全く読めない•••

「ア、ル!は忙しいんです!無理です!」

眉を吊り上げ、断固とした意思を示しはっきりと断る。


けれど王子は、全く諦める様子は見せず、私が何を言ってもあれこれ理由をつけてくる•••この人、絶対!!面白がってる•••!!!

「オレが街を見学したいと言ったらどうせ監視がつくだろう?では、その監視をあいつにしろ。」

自分の要求が通るのは当たり前、譲歩はしない、、という感じだ•••

ハァァー、、、と王女らしからぬため息がつい漏れてしまう•••でも、、こちらとしても解毒薬は手に入るし、、、仕方ないっ、、•••

「分かったわ。」
フゥーと、またまたため息が出る•••

私が了承の意を示した途端、エドゥアルト王子は、何を思ったのか佇まいを急に改めた。粗野な感じをおくびにもださず、片手を差し出す••
「では互いに合意した証として、王女殿下、一曲私と踊って頂けないだろうか。」

ふぇっ!? どうしてこの話の流れでこれ•••??? バレたのかしら•••???•••いえいえ、、これだけ離れてるし仮面で顔も隠してる!! この人•••ほんとーッに何を考えてるのか全く分からない!!

王子の少し俯いた顔に、サラサラと銀の髪がかかる。どこからどう見ても完璧王子の振る舞いに、先ほどまでの傲慢さは微塵も感じられない•••

いくら何でも踊ったらバレる••••困ったわ•••

視線だけキョロキョロと見渡す。
シルヴィオとも目があったが、今はっ•••


私はバルコニー脇の白いテーブルに置かれたグラスを手に取り、中身が何か分からないまま、一気に飲み干した••••!!!!

「エ、エドゥアルト王子、、•••ごめんなさいっ•••!!! 酔ってしまったようなの•••• 私すごくフラフラして気分が悪いみたい•••ほんとーっにごめんなさい、、••!!! わたくし、、ここで失礼するわ•••!!!」
自分でも白々しいほどの、棒読みの捨て台詞を吐いて、強引にその場を後にした•••
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