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乙女が転生したい世界とは何ぞや……
しおりを挟む「現代の女性が異世界転移、もしくは転生した場合を考慮したシナリオを書け。あとは好きにしていい」
それが上司からの指示だった。
「ちょっ……! もっと具体的な指示をください!」
「俺に乙女ゲームの色恋が分かるわけないだろ?」
(そこは威張るところじゃねぇ!)
「一応、お前も女なんだから、何か良い感じのアイデア出るだろ」
(中間管理職、コンプライアンスってご存知ですか?)
夜会のワンシーンのように、上司のスーツにワインをかけたくなる。
もっとも、私が持っているのはブラックの缶コーヒーだが。
(これはこれで、なかなかの威力がありそうね――)
そこまで妄想してから、私はデスクに戻った。
はぁ……。結局、無理難題を押し付けられてしまった。
現在制作しているのは、従来通りの乙女ゲームのシナリオ。
しかし、それに加えて、プレイヤーが流行りの異世界転生をした場合、「『自分はどう行動するだろうか?』と想像することができ、なおかつ当然トキメクものを作れ」というお達しだ。
正直なところ、私も乙女ゲームのトキメキを完璧に理解できているわけではない。
というか、現実の恋愛だってご無沙汰だ。
シナリオライターになることは高校生の頃からの夢だった。有名大学の文学部も主席で卒業した。
そして、第一志望の大手ゲームメーカーに就職し、数年かけてようやく希望する部署に配属され、シナリオの制作を任されるようになった。
やっとの思いで、ここまで漕ぎ着けた。
しかし、こんなに婚約破棄や悪役令嬢ものが流行るだなんて思いもしなかった。
ティーカップの中に、角砂糖を氷山並みに浮かべたような甘いシナリオが書きたかったのに――。
社畜生活に耐えかねて、自死で転生?
過労が原因で、階段から転落して転移?
それなら、私もいつか異世界に行けるのでは?
色々と思うところはあるが、お給料をいただいているからには働かなくては。
とりあえず、現在の主流を再度確認するために、最新のライトノベルやコミックス、アニメのDVDをかき集めてきた。
常に流行をチェックしていないと、大きな枠組みは同じでも細部の需要が変わっていく。
「まずは転生から、と――」
(なるほど。隣国の王子からのプロポーズは羨ましい……! いや、そうじゃない……!)
少しばかり己の欲望がはみ出したが、おおよそ自分の中にある知識通りだった。
「うーん、ヒロインを出し抜いて、イケメンの攻略対象たちからチヤホヤされる。もしくは、ヒロインからも慕われて大団円の逆ハーレムエンドもあり、と」
現代女性が転生する場合を考慮するとしたら、ヒロインよりも悪役令嬢のほうを魅力的に作らないといけない気がする。
(でも、そんなゲーム買う人いるの? 悪役令嬢に転生する気満々で乙女ゲーム買わないでしょ、普通)
乙女ゲームとは、主人公であるヒロインになり、イケメンたちに溺愛されるシンデレラストーリーを疑似体験することに需要があるはずだ。
(ライトノベルでは「ざまぁ」も、まだ需要があるのね。しかも、「後悔しても、もう遅い」が組み込まれてる話まである)
乙女ゲームの主人公は、どう足掻いてもヒロインだ。そこを変えてはならない。
しかし、その場合の「ざまぁ」とは誰が誰にするのか? カメラワークは? スチルは?
婚約破棄した相手に、「やっぱり僕が愛してるのは君だ!! 僕が間違っていた! だから、帰ってきてくれっ!!」と叫ぶ王子に、「それでも、あなたを信じてる!」と言えるヒロインはヤバい女だと思う。
友達から「あんな男、やめたほうがいいよ」と言われても、聞く耳を持たないタイプだ。
学生時代に、何人かそういうコがいた覚えがある……。
「よし! ユーザーさんには、とりあえずヒロインに転生してもらおう」
“前世の記憶持ち、略奪愛上等!”のヒロインは、なかなかにガッツがある。
前世の記憶を駆使すれば、悪役令嬢に負けることはないだろう。
婚約者のいる男性を、見事に奪い取ることができればハッピーエンド♡という内容はいかがなものかと常々思ってはいるが……。
それが世の乙女が求めているものであるならば、仕方がない。
転生した場合、幸せな人生を送れるかどうかは保証しかねるが、複数のイケメンに囲まれた学園生活は保証する。
あとは、日本食を含めた和洋中のメニューと、日本基準の衛生環境の設定にして……。
他にも、日本人が暮らしやすい要素を極盛にしておこう。
石鹸を使わなくても、手に付いた油性マジックを落とせるシャワーヘッドも良いかもしれない。
(問題は悪役令嬢に転生した場合か……)
「はぁ、それこそ私がこのPCに吸い込まれでもしたら、分かるのかな? ……ははっ、んなことあるわけないよね。あったら大事件だから」
そんなことがたびたび起こっていたら、警察署に大量の捜索願が届き、いずれ人口も減ってしまうだろう。
(あー、今日もコンビニおにぎりが上手いね)
仕事の資料を片手に昼食を摂ることが、当たり前の生活になってしまった。
貴族や王族であるキャラクターの日常とは、ほど遠い実生活。
自身の人生を嘲笑していると、目の前にチカチカと光る文字が浮かんだ。
「ん? 何このエラーメッセージ……」
ディスプレイに顔を近づけたと同時に、ブルーライトどころではない強い光に体が包まれた。
まだ中の具まで到達していなかったおにぎりが、デスクの上にポトリと落ちる音を遠くで聞いた気がした――。
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