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第四章 新たな仲間たち
9 ヒュウガっち
しおりを挟む道の真ん中で遂に大泣きをしはじめたレティを、たまたまそばを通りかかった街の人々が怪訝な目で見ながら通り過ぎていく。
俺はそれでも何もできず、黙ってレティの前に立ち尽くしていた。
子供のように泣いている少女を前にして、何をすればいいのかも分からない。
結局、俺の精神年齢なんてそこ止まりだ。
俺はただの、十七の高校生でしかない。
「わかった……済まない」
ようやく彼女の声がおさまってきて、ぐすぐすとすすり上げるほどになって来てから、俺はやっと声を出した。
「泣かないでくれ、レティ。本当に悪かった。……許してくれ」
頭を下げたままで窺うと、両手で隠すようにしていたレティの目が、そろそろと動いた指の間から少し見えた。彼女の目も鼻も、腫れあがって真っ赤になっている。
「しんじて、くれる……?」
それに即答するのは難しかった。だが、少なくとも今のレティの気持ちは「嘘」ではない。そのことだけはよく分かった。
だから、俺はうなずいた。
「ああ。……信じる」
それから、彼女の頭をぽすぽす叩いた。レティは「うひゃっ」と言ってわずかにとび上がったようだったが、おとなしくされるままになっていた。
鼻の頭がもごもご動き、その目が次第にきらきらと元の光を取り戻したのを見て、俺はようやくほっとした。耳も尻尾も、最初のようにぴんと元気に上を向いている。まさにご機嫌な時の猫だ。
だからその時の俺は、もしかしたらつい、自分の心の壁を低くしすぎていたかもしれなかった。そんな言葉がついするりと出てしまったのは、きっとそのせいだっただろう。
「ありがとう、レティ。……俺を好きになってくれて」
その途端、びくっと震えてレティが固まった。
そのエメラルドの色をした目がそろそろと俺を見上げる。
「じゃ……じゃあ、許してあげるにゃ。……ひゅ、……ひゅひゅ……」
「ん?」
何かを言いよどんでまた真っ赤な顔になったレティを、俺は怪訝に思って見下ろした。その鼻のあたりがむずむずと動いている。なんだか奇妙な表情だった。
次の瞬間。
レティはぱっと視界から消えた。木の梢の上に跳びあがったのだ。
俺は、真っ赤な顔をして枝の上から見下ろしてくるレティを見上げた。
「ひゅ」とまた、その唇が動く。
「ひゅひゅ……っ、『ヒュウガっち』!」
ああ、なるほど。
それが言いたかったのか。
「うわあ、うわあ。言っちゃったあ! 言っちゃったのにゃああああ……!」
「…………」
俺はしばらく、二の句も継げないで頭の上の猫娘を見上げていた。レティの顔がさきほどよりもさらに茹で上がって、まるでプラムのような色になっている。
俺は思わず、拳で自分の口を覆った。
「ぶ、……っくく」
「あっ! ヒュウガっち、笑ったにゃ!?」
「……あ、いや。すまん。笑ってない」
言われて懸命に真顔に戻そうとするが、なかなかうまく行かなかった。
「いーや、笑ったにゃ。もーっ。レティ、めっちゃユーキいったのにい! ひどい、ヒュウガっちはやっぱりひどーい! みんなが『ボクネンジン』って言うはずなのにゃあ!」
すぱんすぱんと音がするので何かと思えば、枝の上で彼女の長い尻尾が激しく幹を打ち付けていた。
「……うん。それは間違ってないからな」
「あ。でも実はレティ、『ボクネンジン』てなんだかよくわかんないにゃ。……どういう意味にゃの? なんかの木の名前?」
きょとんとして当の本人にそう訊ねてくる。
いや、そんなことを訊かれても困るんだが。
半眼になって見上げた俺を見て、レティは「はにゃっ!」と我に返り、急に慌てだした。
「とっ……とにかく! これでおあいこにゃー!」
言うが早いか、レティは枝を掴んできゅるきゅると大回転をした。オリンピックの体操選手が裸足で逃げそうな身軽さである。そのままいくつも派手な捻りを入れて複雑に空中で回転し、ぴたりと着地する。ちょっと見るだけでは一体何回転しているのかもわからない。すばらしい鮮やかさだ。
そのままぴょんと地面を蹴ると、レティは次にはもう近くの民家の屋根の上にいた。そのまま脱兎のごとく逃げて行く。
……いや、猫だが。
それにしても凄まじいスピードだ。今から俺が走ったところで、とても追いつけるものではない。
「なんなんだ……?」
広場にひとり取り残されて、俺はちょっと頭を掻いた。
◇
「ヒュウガ様。あ、ありがとうございます……!」
宿に戻ると、すでにレティはライラに弓矢を渡してしまっていた。ここはライラたちの四人部屋である。
こうと決めたら直情径行。さすがレティらしいスピード感だ。他の女たちは気を利かせたのか、部屋にはこの二人しかいなかった。
弓矢はどうやら近くの市場などで買い込んできたものらしい。それはライラのような非力な少女でも扱いやすそうな、弓幅三、四十センチほどの品だった。飴色をした優しいフォルムの弓で、両端に紅い革飾りがついている。いかにもライラに似合いそうに見えた。
話の方も、とっくに大方が終わってしまっているようだった。ライラの目はすでに一度泣いた後のように赤くなって濡れている。
「でっ、でも……。ヒュウガ様から『アイキドー』まで教えていただくなんて。そんな、あたしなんかにはもったいないです。それはヒュウガ様の大切なお仕事ですし、ヒュウガ様にはほかにも、剣の鍛錬もおありなのに──」
ライラは真っ赤になって、必死で首を横に振っている。それでも手にした弓と矢筒は大切そうにしっかりと胸に抱かれていた。
俺はレティに寄り添われるようにして立っている彼女にゆっくりと歩み寄った。背丈の違いがありすぎてどうしても目線が合わないため、少しかがんで顔をのぞきこむ。
「いや、ライラ。間違わないでくれ。これは俺からの『お願い』だ。戦闘で役に立ってもらえればなお助かるのはもちろんだが、今はそこまでは考えなくていい。まずはライラが自分で自分の身を守れる程度にはなって欲しい、という話なんだ。それは今後のライラにとっても、必ず役に立つはずだから」
「ヒュウガ様……」
「こちらこそ、食事の準備やそのほかで時間もないのに申し訳ないと思っている。そちらの仕事は俺たちも、ライラから教わって少しずつでも協力しよう。だからぜひ、このスキルを身につけて欲しいんだ。……どうだろうか」
隣では、「うんうんうん」と言わんばかりにレティがうなずきまくっている。それを見て、ライラはまた「うっ」と声を詰まらせ、うつむいた。
「あ、ありがとう……ございます。こんな……なんにもできない、あたしのことなんかまで……」
「とんでもない。ライラの料理とサバイバルの能力は素晴らしい。これは嘘じゃない。信じてくれ。その上こんなことを望むのは、俺の高望みだとは分かっているんだ。無理を言っているのはこっちの方だ。むしろ済まないと思ってる」
「っく……ヒュ、ヒュウガ……さま……」
そこでとうとう、堪えていたものがうわっと噴き出してしまったらしい。ライラの目からぼろぼろとまた熱いものが溢れだした。隣でレティが「ライラっち……」とその肩を抱き寄せている。
「本当に申し訳なかった。俺の気が利かないせいで、ライラには随分とつらい思いをさせてしまった。レティにも謝ったが、どうか……ライラも、許して欲しい」
「ひくっ……と、とんでもな……ですっ。う、うう……」
もらい泣きしてまた洟をすすり上げているレティと抱き合うようにしているライラを残して、俺はそのまま部屋を出た。
宿の廊下ではなぜか、マリアとギーナが待ち構えていた。ギーナは気だるげに壁にもたれて煙管など吹かしている。
「なんとかおさまったのかい? ヒュウガ」
「ああ。あんたらにも迷惑を掛けたようだな。申し訳なかった」
「別にぃ? あたしはなんにもしてないよ」
ギーナはそれだけ言い捨てると、「あ~あ、めんどくさ」とかなんとか言いながら宿の食堂へ行ってしまった。
残ったマリアは例によって不思議な微笑を貼り付けた顔だ。
「……本当に、お人好しでいらっしゃいますわね。ヒュウガ様は」
「何とでも言え」
「よろしいのですか? そこまで『奴隷』たちの身を案じていられるほど、あなた様に余裕があるとは思えないのですけれど」
「…………」
それを言われると一言もない。俺は黙るしかなかった。
胸の宝玉が指し示す日数は、すでにあれからひと月近くが過ぎ去ったことを示している。
「『奴隷』たちを踏み台にし、その体を盾にしても生き残ろうとするのでなければ、あの魔王には到底かなうはずもありませんわよ? ……あまり侮らないほうがよろしいのでは?」
俺はじろりとマリアを睨んだ。
何を言う。相変わらずこの女は、恐ろしいことを笑いながらさらりと言ってくれるものだ。
「……そんなことは、お断りだ」
「左様にございますか」
マリアは相変わらずの微笑みを浮かべていたが、今回はなぜかはっきりわかった。
彼女のその目は、決して笑ってなどいなかった。
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