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第九章 最終決戦

17 告白

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「どうなんですの? ヒュウガ様」
 とうとう、ライラが最後通牒を突き付けるようにして言い放った。
 俺は困り切った顔で見返した。
「ヒュウガ様は、ギーナさんをどう思っておいでなのですか? この際ですわ。ここではっきりさせてあげてくださいませ」
「そうにゃ。でないと、ギーナっちが可哀想にゃ!」
「いや、あのな……」

 と、いきなり頭の中で声がした。

《差し出がましきことながら。こういう場面であれこれと返答を渋りますると、『男の風上にも置けぬ』とばかり、女性にょしょうからそっぽを向かれますぞ、ヒュウガ殿》
 その声からして、デュカリスのようだ。
《左様にございますな。わたくしも、このたびばかりはデュカリス閣下にご賛同申し上げる》
 今度はフェイロンだろうか。
《まあ、そう気負われずとも。お心のままにお答えになればよろしいのです。彼女たちも、何もあなた様を追い詰めようというのではないでしょうし》
 こちらはあのマーロウだろう。

(……ああ。まったく)

 まことに外野がやかましい。
 俺は頭を抱えていた手を下ろすと、目の前のギーナに目を戻した。
 ギーナは不安げな顔で、そっと俺の顔を覗き込むようにしている。
 桃色の瞳が心細げに揺れて、「やっぱりダメに決まってる」と「いや、だけどもしかして」の間をゆらゆらと揺れ動いているのがはっきりと見て取れた。

(すまない……)

 俺がこれまで多忙にまぎれていい加減な態度でいたから、彼女をここまで不安にさせた。それは間違いのないことだから。
 魔族の国で正妃の座を与えたとは言っても、実質、彼女は俺の妻になったのではなかったのだし。
 決して言葉や態度には出さなかったけれども、こんな中途半端な立場に置かれたまま、彼女はここしばらくの間、どんなに不安な気持ちでいたことだろう。それを思うと胸が痛んだ。
 俺はひとつ息をつくと、彼女から一歩離れ、<青藍>を鞘に戻した。そうして改めて彼女に向きあい、その両肩に手を置いた。

「悪かった、ギーナ」
 <空中浮遊>を使っていた俺たちの足元に、ほとんど音もたてないでガッシュがやってくる。俺たちはその背の上にふわりと降り立った。
「こんな衆人環視の場で、恥をかかせるつもりはなかった。許して欲しい」
「い、いや……。あのさ──」

 ギーナはどぎまぎと視線を彷徨わせ、体をよじらせて、今にも俺の手の中から逃げ出しそうにする。俺は彼女の肩をつかむ手に力を込めた。

「聞いてくれ。頼む。……どうか、逃げないで」
「…………」

  場が不思議なほどに、しんと静まり返った。
 俺はふと気づいて軽く片手を上げると、ほとんど口の中だけで、とある魔法を詠唱した。俺とギーナ、そしてガッシュの周囲にだけ、音を遮断する魔力障壁を発生させる。
 ギーナが目を見開いた。

「ヒュウガ──」

 が、俺が自分の唇に人差し指を当てたのを見て、ギーナは黙った。
 俺は彼女の肩から手を放し、まっすぐに彼女を見た。

「ギーナ。正式に、お付き合いを申し込ませて頂きたい。……どうだろうか」
「へ……? 『お付き合い』……??」
 ギーナが完全に変な顔になる。
「……いや、つまり」

 俺はひとつ咳ばらいをした。頭の中心がかっと熱くなり、下腹のあたりがむずむずして堪らない。

「申し訳ないんだが、あっちの世界では法律的に、俺はまだ誰かと結婚できる年齢じゃないんだ」
「へ、へえ……?」
「それに、こっちと違って、あっちは学業が非常に忙しくてな。自分で生活していけるだけの報酬を得ようと思ったら、まだまだ膨大な勉強をする必要がある。恥ずかしい話だが、俺はいまだにギーナみたいに、自分の生活を支える域にさえ達していない。……要するに、ただの若造に過ぎないんだ、俺は」
「ふうん……??」

 ギーナは分かったような分からないような顔で首をかしげた。
 俺が彼女の手をそっと取ると、びくりとその手が震えた。俺は片膝をついて彼女を見上げた。

「だから、済まない。すぐにどうこう、というわけには行かない。きっと、きちんとした形にするには何年も待たせることになるだろう。ギーナがそれでもいいなら……という話なんだが」
「…………」
「それを前提として、正式にお付き合いを申し込みたい。……どうだろうか」
「…………」

 ギーナは、しばらくそのままだった。
 しかし、やがてふらふらと彷徨っていた視線が定まり、じっと俺を見返してきた。

「つ……つまり、それ、は──」
「うん」
「えっと……ええっと──」
「うん」

 じわじわと、茶色みの強い彼女の肌がピンク色を帯びていく。
 やがてその少し尖った耳までが、真っ赤な色に染まっていった。

「い、いや! ダメだって、ヒュウガ! あ、あたしなんて──」

 と、突然、ギーナが首をぶんぶんと横に振りだした。
 必死に俺の手をふりほどこうとするが、俺は手を放さなかった。
 だがギーナは、今にも杖がわりの煙管きせるを使って魔法を詠唱しそうだ。もちろん、俺から逃げ出すために。
 俺はすかさず立ち上がると、両腕でギーナの体を抱きしめた。ギーナはびくっと体を竦ませ、動かなくなる。その手から、ぽろりと煙管が転がり落ちた。
 ガッシュの背からも転がり落ちていったそれを、慌ててレティたちが騎獣を急降下させて拾いに行ってくれるのが見えた。

「逃げないでくれ。ちゃんと返事を聞かせて欲しい」
「だ……ダメだってば! は、放して」
 じたばたと闇雲に暴れているが、その力は決して強くない。
「分かってるんだろ? あ、あたしは──」

 言いかけて、急に声が尻すぼみになる。
 俺の肩のあたりでぶつぶつと、何かを言いまくっているのが聞こえた。

──だって……ダメに決まってるじゃないか。
──あ、あたしは……ああいう仕事だって、してて……それで。
──そんなの、絶対……無理に決まってる。

 俺はさらに、彼女を抱く手に力をこめた。
「知っている。……それでもいいんだ」
「だ……ダメダメ! ダメだよっ……!」
 ギーナは両の拳で俺の胸をドンドン叩いた。
「ヒュウガは、そんな……キレイなのに」
「え?」
「ヒュウガには、ちゃんとキレイな……キレイな子がお似合いだよ。心も体も、ちゃんと……綺麗な」

 その声が次第に、ぐずぐずと涙に崩れていく。
 ぶるぶるとその体が震えている。

「あ、あたしみたいな……汚れた、女」
「ギーナ」

 俺は、ギーナの顔を両手で挟みこんだ。
 彼女の額と自分のそれを、くっつかんばかりに近づける。


──今だ。

 今、これを言わずしてどうするのか。


「ギーナは、綺麗だ」
「…………」
「とても、美しい人だ」

 桃色の瞳が見開かれる。

「今までどうだったか。どんな仕事をしていたか。そんなことはどうでもいい」
「…………」
「ギーナの心は、ちゃんと綺麗だ」
「…………」
「その心を、俺は好きになったんだ」

 ギーナはずっと、まっすぐに俺の目を見て、少し開いた形のいい唇を震わせている。ぽかんとしたその表情は、ごく幼い少女のもののように見えた。
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