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第三章 武術会
9 呼び名
しおりを挟む(ナイト……?)
青年の自己紹介を受けて、佐竹とガンツ、ケヴィンの三人は黙り込んだ。
特にガンツとケヴィンは、もう「真っ白」という形容がぴったりな顔になっている。
(『内藤』が、『ナイト王』……?)
「一体どんなネーミングセンスだ」という思いが先に立って、佐竹は余計に自分が苛立ってくるのを自覚した。今日び、どんな三流のもの書きでも、自分の作品の登場人物にはもう少しましな名前を付けることだろう。
それに。
(『一応』……?)
佐竹は何故か、その言葉尻にひっかかりを覚えた。
この「ナイト王」は、自分のことを「一応この国の王だ」と言った。
それともここは、王位について「一応」などという中途半端な言葉がまかり通る世界なのだろうか。
と、サイラスが地面に跪いたままになっている男たちに向かって手を叩いた。まるで犬でも追いたてるようだ。
「さ、さあさあ、お前たち! もう立って、他所へゆくのだ。いつまでもそうしておっては、かえって村の者の目に立つであろうが!」
促されて、男たちが戸惑いつつものそのそと立ち上がる。ゾディアスだけは言われた通りにしながらもじろりとそんなサイラスを睨み下ろす風だった。男はやがて振り向くと、ナイト王に向かって声を掛けた。
「陛下。その者、王都へ連れて戻られるおつもりで?」
「……え?」
ナイトが顔を上げた。ゾディアスは面白そうに顎を撫でながら、ちらりと佐竹の方を窺った。
「だってそいつ、今年の大会の優勝者ですぜ~? 自分はてっきり、陛下がそのおつもりなんだろうと――」
「え、そ、そうなのか……?」
驚いた目で、ナイトは佐竹に振り返った。その様子は、慌てた時の内藤のそれと寸分違わなかった。
……そう。
あの時、惣菜のパックを握り締めて自分にそう言った内藤と。
「そなた、やはり凄いのだな……」
心底感心したように、ナイトに見つめられてしまう。
気のせいかもしれないが、なんだか瞳がきらきらしている。
(いい年をした男が、男に向かってそういう目をするのはやめろ)
腹の底で、佐竹はそう突っ込まずにはいられなかった。
それと同時に、胸にまた、ちくりと針で刺されたような痛みを覚えた。
佐竹は、目だけでゾディアスを示して言った。
「そちらの方が試合を辞退してくださったお陰です。大したことではありません」
金髪の大男はそれには反応せず、腕を組んだままちょっと肩を竦めただけだった。
そして、ややぞんざいな口調になってナイトに言った。
「けど、陛下? こう言っちゃなんだが、そいつ、兵隊にゃあ向きませんぜ~?」
先ほどのきっちりとした礼とは打って変わって、今はまるで同僚にでも話すかのようなざっくばらんな口調である。
サイラスが憤然と彼に食ってかかった。
「こ、これっ! 陛下に向かって、なんという口のききよう――!」
が、どうやらゾディアスはこの小男のことは完全に無視することに決めたらしい。まったく視線すら向けようとしなかった。それはまるで、微動だにしない巨大なライオンに向かって小型犬が足元でキャンキャン吠え立てているのにそっくりだった。
ナイトが不思議そうな声で訊ねた。
「なぜそう思うのだい? ゾディアス千騎長」
「ん~、なんってえか……」
そこでまた、佐竹とゾディアスの目が合った。
大男が口角を上げてにやりと笑う。
「要は、そいつは『一匹狼』ってやつだと思うんでね。まあ団体行動にゃ、向かないやねえ――」
言いながら、がしがしと首の後ろなど掻いている。
「ま、俺もあんまり、人のこたぁ言えねえが?」
人を食ったような物言いに、王は面白そうに微笑んだ。
「……確かに。そなたには、誰も言われたくはないであろうよ」
ちょっと口に手をやってくすくすと笑っている。彼には大いに、心当たりがある様子であった。
「ではそなたは、彼が我が軍の役には立たないと?」
「いんや。そうは言ってねえ」
意外にもゾディアスはきっぱり言った。
その後、「です」と耳などほじりながら面倒くさそうに付け足したのは、先ほど来、彼を殺意のこもった目で睨みつけているサイラスに「一応は気付いている」と教えるためのデモンストレーションらしかった。
まことにもって、豪胆な性格であるらしい。
「要は陛下。『使いどころを間違えなきゃいい』って話でね。自分が言いたかったのはそのことなんでさ」
王は優しくも考え深げな眼差しで、しばしゾディアスを見つめていたが、やがてひとつ頷いた。
「分かった。彼の『使いどころ』は考えよう。有益な進言、感謝するぞ。ゾディアス」
「どういたしまして。そんじゃ、俺らはこれで」
そう言うなり王に軽い一礼をして、ゾディアスは連れの男たちと共に、また楽しげに語らいながらもと来た道を戻っていった。
「ああ、済まなかったな、サタケとやら」
彼らの背中を少し見送ってから、ナイトがついと振り向いて佐竹を見やった。怪訝な顔で見返すと、ナイトはやや申し訳なさそうな顔になっていた。
「そなたの意向を差し置いて、先に彼と話してしまったが……。そなた、そもそも王都に来るつもりがあるのか?」
「…………」
佐竹は少し考えた。
これまでならば、一も二もなく肯定したところである。しかし。
今は、佐竹の中にかなりの躊躇が生まれていた。
ひと目みて彼だと確信したこの男が、本当に内藤本人ではないのなら。
国王に瓜二つの青年が、そのお膝元である王都にもう一人いるなどは考えにくい。
となれば、いまの自分がすぐに王都にまで行く意味はあるのだろうか?
そんなことに時間を割くより、今は近隣の村々を隈なく探したほうが有益なのでは……?
「……ちょ、ちょっと。サタケ?」
そうやって考え込んでしまった佐竹に、ケヴィンが慌てたように声を掛けた。
どうやら漸く、先ほどの驚愕から復活してきたらしい。
「その返事、する前に……。すみません、ちょ~っと俺、サタケと話してもいいっすか? この通り、お願いしますっ!」
ケヴィンはナイトにそう言って、ぺこりと頭を下げた。
「あ? ……ああ、私は構わないが」
ナイトは即座にそう言ったが、ケヴィンはその横で剣呑な視線を放ってくるサイラスにも何度もぺこぺこして見せた。それから佐竹の服の裾を掴み、半ば強引に道の隅へと引っ張っていった。するとガンツも同様に、黙ってそばにやってきた。
「……なんだ? ケヴィン」
尋ねると、ケヴィンは声を落として囁いた。
「いや、さっきのことなんだけどよ。今、話しといたほうがいいと思ってよ――」
そしてケヴィンは、先ほど佐竹が試合に戻ってからのことを話し始めた。
◇
四半刻前。
ケヴィンたちは気を失ったナイト王を、すぐに井戸の近くまで連れていった。ガンツが彼を抱いていたので、先にケヴィンが急いで井戸の所まで走った。
……しかし。
水筒用の皮袋に水を詰めて振り返った時、ケヴィンはその目ではっきりと見たのだ。人目を盗むようにして、こっそりとサイラスがした事を。
ガンツは王を抱いたまま、たまたま他所を見ていたので知らないはずだ。
遠目ではあったが、間違いない。
サイラスは自分の懐から何かの小瓶を取り出すと、素早く周囲の様子を窺った。
そうしてその中身を、さりげなく王の口に含ませた――。
「ありゃあ多分、なんかの薬だ」
ケヴィンは小声でそう言った。
「なんの薬かはわかんねえ。でも、あんだけコソコソしてやがんだ。ろくなもんじゃねえだろうよ――」
彼の口調は、まるでなにかを吐き捨てるようだった。その声も、隠しようのない嫌悪感に包まれている。
「ともかく、それを飲んだらあのお方はすぐに目を覚ましたんだ。それがもう、な~んもなかったみてえに、けろ~っとしちまってよお。そっからはずっとあの通りさ。……なあ、おっかしいと思わねえか?」
「…………」
佐竹の眉間に再び縦皺が寄る。
「それによ。俺、聞いちまったんだよ」
ケヴィンの声がまた一段と低くなった。もはや彼は佐竹の耳に口を寄せんばかりである。
「あの人、気ぃ失ってる時、はっきり言ったんだぜ?」
「……なにをだ」
「ん、……っとな」
ケヴィンはほんのわずかに逡巡していたが、やがて漸く、こう言った。
「『サタケ、タスケテ』……ってよ。間違いねえよ――」
(……!)
佐竹は目を見開いた。
周囲が一瞬、静寂に包まれる。
もしかすると、これがこの世界へ来てからこっち、
佐竹が最も驚いた瞬間かもしれなかった。
……その『タスケテ』は、日本語だった。
「なあ、サタケ。なんかあんだよ、こいつには。きっとなんか、裏がある。そんでもってそれは多分、ろくなこっちゃねえに決まってる――」
ケヴィンの声は、心から気遣わしげだった。
「気をつけた方がいいと思うぜ? 俺は……」
その表情からも、彼が衷心からこちらを心配している気持ちが伝わってきた。
「…………」
佐竹は、少し目を伏せて考えていた。
が、やがて目を上げてケヴィンを見つめた。
そして、その青い瞳をしっかりと見て、片手で彼の肩をぐっと掴んだ。
「……恩に着るぞ。ケヴィン」
それだけ言って僅かに笑うと、佐竹は後ろを振り向いた。
もはや、何の躊躇いもなかった。
そして、大股に王家の二人の元へと戻った。
「……先ほどのお話ですが」
「ん?」
ナイトが振り向いた。その瞳はとてものこと、そんな禍々しい薬でどうにかされているとは思えなかった。王の瞳は不思議なぐらい、健やかで優しいものだった。
佐竹はそれを複雑な思いで少しのあいだ見つめたが、やがて静かに申し出た。
「自分のような者でもよろしいのでしたら、是非、お受けしたいと思います」
「おお、そうか!」
ナイトの顔がぱっと明るくなった。
「それは良かった。何よりだ……!」
にこにこと、嬉しそうな笑顔がこちらを見ている。
それがまた、佐竹の胸をちりっと焼いた。
佐竹は改めて居住まいを正すと、「内藤」に深々と一礼をした。
そうして初めて、彼をその呼び名で呼んだ。
「以後、どうぞよろしくお願い致します。……国王陛下」
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