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86 「ひげよ、さらば」
しおりを挟むこんにちは。
今回はこちら作品のご紹介となります。
〇「ひげよ、さらば」上・中・下巻
上野 瞭・著 / 町田尚子・絵 / 理論社(2023)
発行年でお気づきかと思いますが、こちらはすでに1982年に一度刊行された作品が新版として再発行されたものとなります。
今年、図書館流通センターから学校図書館向けに送られてきたカタログの中で発見しまして、購入したものです。
1982年発行のものも素敵な表紙デザインだったと思うのですが、今回は青を基調として様々なネコが描かれたこれまた魅力的なカバー表紙となっています。三冊並べて置くと絵がつながっているのも魅力的。
作者の上田瞭氏は1928年生まれであり、「さらば、おやじどの」や「砂の上のロビンソン」でも有名な作家さんです。この「ひげよ、さらば」は第23回日本児童文学者協会賞に輝いたもの。すでにNHKの人形劇や舞台化もされた有名な作品です。
とはいえ、わたくし恥ずかしながらまだ一度もきちんと読んだことはありませんでした。
でもネコ好きとしては一度は読んでおきたい作品ですよね!
ということで、ネタバレしない程度にさわりだけストーリーのご紹介を。
ある日ある時、ネコのヨゴロウザはとある森の中で唐突に意識を取り戻します。
ところが自分の名前以外、なにも思い出せない。自分の名前が「ヨゴロウザ」だったということ以外、まったくなにも思い出せず、喉が渇いたということぐらいしかわからないという、とんでもない状態だったのです。
自分の状態を不審に思いながら呆然としていたヨゴロウザに近づいてきたのは、古傷で片目がふさがった灰色の野良猫、「片目」でした。ちなみに片目の言葉を借りればヨゴロウザは「白、黒、茶の三色まじりで雑種」。
ヨゴロウザは片目から、ここが「ナナツカマツカ」と呼ばれている丘であることを知らされます。さらに、近くには犬たちの縄張りである「アカゲラフセゴ」があり、野ねずみたちが住処にしている「フタツハチブセ」があるということも。
片目にはとある大きな目標があり、そのためにヨゴロウザに自分の相棒になることを頼んでくるのでした。
その目標というのは、やがて自分たち猫のテリトリーを奪いに来ると思われる犬たちの襲撃から身を守るため、このアカゲラフセゴに住む野良猫をひとつにまとめて体勢をととのえることでした。
そうしてここから、ヨゴロウザと片目によるたくさんの野良猫たちをまとめ、リーダーを決めるという大仕事が始まるのですが、そこはネコ。どのネコもとてもユーモラスというか個性的というかひたすらワガママで自分勝手なため、ちっとも話が前に進みません(笑)。
終始歌ってばかりいるだけの「歌い猫」に頭でっかちな「学者猫」。自分の血統のことを鼻にかけて偉そうにしたがるだけの「オトシダネ」、「うらないをする」と言ってはわけのわからないことばかりする「うらない猫」、いやまだまだいます。
どの猫も個性的なんですが、ひとつ言えることはどの猫もわがままで自由気ままで自分勝手だということ。これじゃあまとまるはずがない。だってネコですもんね。犬のようには参りません。
そんな中、どうにかこうにかみんなを集めて、この丘のリーダーを決めるため、ヨゴロウザと片目は犬たちのなわばりへ決死の偵察に出かけることになるのでしたが……。
ところでこのお話を読み始めて思い出したのが、あの「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」と「冒険者たち」でした。
生き物たちがまるで人間のように考え、会話をしているのですが、その生き物としての生活や習性はきちんとおさえられていて、違和感がないのです。何を食べているか、とか、毛づくろいをする様子とか、猫同士の挨拶のしぐさとか、そういったことですね。
そのくせ、「人間らしい」部分が非常に人間くさい。
この作品の紹介で見かけたのは、「人間社会の風刺作品」という一文でしたが、まさにそんな感じです。
完全無欠のヒーローはどこにもおらず、だれしもズルイところ、悪いところ、卑怯なところを持っている……というような。
そろそろネタバレするといけないので、最後にこれだけ。
日本人の書く物語だからなのかどうなのか、この物語を読んで最後に感じたのは「諸行無常」という四文字でした。
作者が世に問うてみたかったこととはなんなのか、思いを馳せずにいられなくなる作品だなあと思います。
あ、ただひとつ、作者さまがご年配のためもあってか、言葉遣いがやや古めかしいのは気になりました。
ヨゴロウザは若いオス猫ですが、話し方がかなり古めかしいのですよね。たとえば「あんたは~じゃないのかね」といったような語り口が多くて。今の若者なら、まず使わない言い回しですよね。
このあたりの感覚に若い人たちはとても敏感な気がします。果たして読んでもらえるのかどうか……? と、私自身ちょっとどきどきです。名作なのは間違いないのですが、とにかくそこが心配です。
ともあれ、よい作品なのは間違いないので、学校図書館にあってよい本だとは思います。みなさんはどのようにお感じになるでしょうか。
ではでは、今回はこのあたりで!
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