賢者オークの思索と憂鬱~オークの帝王は勇者を救って世界の在り様を問答する~

つづれ しういち

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第一章 闖入者

7 決意

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「そ、そんな──」

 男は両手で頭を抱えている。

「では、なんなのだ? 『英雄王カリアード』とは一体なんだったのだ!」

《恐らくは、当時の為政者、権力者から偽りの情報を与えられ、『悪事を働くオークの帝王を殺してくれ』と頼まれただけの者だったのではなかろうか。彼自身からは薄汚く欲深い《気》はさほど感じられなかったゆえ》
「ほ、ほんとうか」
 ややほっとした表情になって、男は目を上げた。
《まことである。多少の功名心はうかがえたが、かわいらしい程度のものだった。すくなくともその戦いの場面では、カリアードは誠心誠意、人間たちの平和と安寧のために戦っていたように見えた》
「まことか……!」
 男の目に光が宿る。
《間違いない。我らには人の発する《気》が見える。方向性が正しかったか否かはともかく、当時のあの男に不埒ふらちな魂胆は微塵もなかった》
「そう……か。少し安堵した」

 男は必死にこらえてはいたものの、少し泣き出しそうな顔に見えた。
 だが、それは安堵するようなことだろうか。いわば「英雄王カリアード」は、彼ら上位者たちの子どもの使いにされたようなものだ。為政者や権力者らは、自身は小指の先ほどの汚れ仕事もせず、ただ彼に命じて危険な場所に赴かせ、仕事をさせた。
 傷つくのも死ぬのも彼らの仕事であり、為政者たちは安全な自分のやしきでのうのうと報告を待つのみだったであろう。
 成功すればよし。それで帰還すれば相応の栄誉と褒章をもって応えてやればよい。失敗したらしたで、仕方のない話だ。その時は国をあげて葬送の儀を執りおこなう。そればかりのことだろう。
 それは安堵することだろうか。
 ただただ、哀れなばかりなのでは。

「で? 背後で糸を引いていた者はだれだと思っているんだ、お前は」
《そなたもすでに薄々は気づいているのであろう? 当時のそなたらの政治を握っていた面々だ。いまも国はいくつかに分かれて存在するようではあるが、その『皇帝』だの『公爵』だの『枢機卿』だの。呼び名は時代によって様々に変容するらしいが、本質はなにも変わらぬ。どの時代においてもだ》

 男は沈黙し、手のひらでつるりと自分の顔を撫でた。視線をあちこちに彷徨わせ、両手をこすりあわせている。

「つまり……たばかられた、ということだな? 初代の勇者は。お前の言が正しいならば、だが」
《すべてにおいて騙されたわけではなかろう。そなたらの歴史書にも記されているとおり、結果的に彼は最後には王位と『英雄王』の称号を己がものにした。名誉と権勢。そして財産。あの戦いの労苦に対しては十分な褒章であったろう》
「確かに。それはそうだ」

 そうだ。
 ただひとつ救いなのは、彼がただの使い走りでは終わらなかったことだろう。カリアードはその後英雄王となり、為政者の側に立った。
 ある程度の政治手腕はあったのかもしれぬが、やはりあの男ひとりで成し遂げたことではなかっただろう。我らと戦う中で得た仲間の中に、優秀な片腕になる人物との強い絆が生まれたからではなかろうか、と我は推測している。
 古い記憶を掘り起こしてみるに、あの戦いのおり、カリアードの背後にいた怜悧な雰囲気の男女数名が思い浮かぶ。恐らくはあれらの中の何人かが、カリアードに手を貸したのだろう。

 我は疲れた風を装って、会話をそこで打ち切った。男は仲介者に伴われながら、青白い顔をしてふらふらと洞窟から出ていった。
 その背中には、もはや以前の堂々たる勇者としての覇気はまったく見えなくなっていた。





 その後、数日。
 仲介者の報告によると、男はまたこれまで通りに鍛錬をし、自分の口を糊する活動をするかたわら、悶々となにごとかを考えている様子だったという。
 やがてまた、男は我の在所にやってきた。
 今度はその目に、ある決意をひそませているようでもあった。

「オークの王よ。相談があるのだが」
《なんであろう》

 我がゆったりと彼に目を向けると、男は少し黙ってから息を吸いこみ、あらためて我を見上げた。

「故国へ戻りたい」
《ほう》
「ついては足と、道案内の者をお貸し願いたいのだが」

 我はゆったりと頷いて見せ、隣を飛んでいる「仲介者」に目をやった。

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