8 / 13
第一章 闖入者
7 決意
しおりを挟む「そ、そんな──」
男は両手で頭を抱えている。
「では、なんなのだ? 『英雄王カリアード』とは一体なんだったのだ!」
《恐らくは、当時の為政者、権力者から偽りの情報を与えられ、『悪事を働くオークの帝王を殺してくれ』と頼まれただけの者だったのではなかろうか。彼自身からは薄汚く欲深い《気》はさほど感じられなかったゆえ》
「ほ、ほんとうか」
ややほっとした表情になって、男は目を上げた。
《まことである。多少の功名心はうかがえたが、かわいらしい程度のものだった。すくなくともその戦いの場面では、カリアードは誠心誠意、人間たちの平和と安寧のために戦っていたように見えた》
「まことか……!」
男の目に光が宿る。
《間違いない。我らには人の発する《気》が見える。方向性が正しかったか否かはともかく、当時のあの男に不埒な魂胆は微塵もなかった》
「そう……か。少し安堵した」
男は必死にこらえてはいたものの、少し泣き出しそうな顔に見えた。
だが、それは安堵するようなことだろうか。いわば「英雄王カリアード」は、彼ら上位者たちの子どもの使いにされたようなものだ。為政者や権力者らは、自身は小指の先ほどの汚れ仕事もせず、ただ彼に命じて危険な場所に赴かせ、仕事をさせた。
傷つくのも死ぬのも彼らの仕事であり、為政者たちは安全な自分の邸でのうのうと報告を待つのみだったであろう。
成功すればよし。それで帰還すれば相応の栄誉と褒章をもって応えてやればよい。失敗したらしたで、仕方のない話だ。その時は国をあげて盛大な葬送の儀を執りおこなう。そればかりのことだろう。
それは安堵することだろうか。
ただただ、哀れなばかりなのでは。
「で? 背後で糸を引いていた者はだれだと思っているんだ、お前は」
《そなたもすでに薄々は気づいているのであろう? 当時のそなたらの政治を握っていた面々だ。いまも国はいくつかに分かれて存在するようではあるが、その『皇帝』だの『公爵』だの『枢機卿』だの。呼び名は時代によって様々に変容するらしいが、本質はなにも変わらぬ。どの時代においてもだ》
男は沈黙し、手のひらでつるりと自分の顔を撫でた。視線をあちこちに彷徨わせ、両手をこすりあわせている。
「つまり……謀られた、ということだな? 初代の勇者は。お前の言が正しいならば、だが」
《すべてにおいて騙されたわけではなかろう。そなたらの歴史書にも記されているとおり、結果的に彼は最後には王位と『英雄王』の称号を己がものにした。名誉と権勢。そして財産。あの戦いの労苦に対しては十分な褒章であったろう》
「確かに。それはそうだ」
そうだ。
ただひとつ救いなのは、彼がただの使い走りでは終わらなかったことだろう。カリアードはその後英雄王となり、為政者の側に立った。
ある程度の政治手腕はあったのかもしれぬが、やはりあの男ひとりで成し遂げたことではなかっただろう。我らと戦う中で得た仲間の中に、優秀な片腕になる人物との強い絆が生まれたからではなかろうか、と我は推測している。
古い記憶を掘り起こしてみるに、あの戦いのおり、カリアードの背後にいた怜悧な雰囲気の男女数名が思い浮かぶ。恐らくはあれらの中の何人かが、カリアードに手を貸したのだろう。
我は疲れた風を装って、会話をそこで打ち切った。男は仲介者に伴われながら、青白い顔をしてふらふらと洞窟から出ていった。
その背中には、もはや以前の堂々たる勇者としての覇気はまったく見えなくなっていた。
◆
その後、数日。
仲介者の報告によると、男はまたこれまで通りに鍛錬をし、自分の口を糊する活動をするかたわら、悶々となにごとかを考えている様子だったという。
やがてまた、男は我の在所にやってきた。
今度はその目に、ある決意を潜ませているようでもあった。
「オークの王よ。相談があるのだが」
《なんであろう》
我がゆったりと彼に目を向けると、男は少し黙ってから息を吸いこみ、あらためて我を見上げた。
「故国へ戻りたい」
《ほう》
「ついては足と、道案内の者をお貸し願いたいのだが」
我はゆったりと頷いて見せ、隣を飛んでいる「仲介者」に目をやった。
0
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる