10 / 13
第二章 帰還者
2 魔族恢復
しおりを挟むカリアードの次なる計画。
それは、人間と「魔族」との対話を実現させることだった。
そうしてでき得ることならば、以前我らが退いて明け渡した住処を回復し、その地に棲まう狂った状態の魔族の精神をもとに戻させたいというのである。
言うまでもなく、これは壮大な計画だった。とりわけ我らよりもはるかに短い寿命しか持たぬ人間たちにとっては、大いに忍耐力を試される大仕事だと言えたであろう。
カリアードは自分が見聞きしてきたこと、この五年で調べ上げてきたことを具に国王に上奏し、他国の王侯貴族にも同時に公開した。そうしなければ自国の王だけが独断専行して、ひとりうまい汁を吸おうとするやも知れぬからだ。
そもそも「オークの王討伐戦」は各国の精鋭が集まって構成された混成部隊によるものだった。各国の王へは、隊にいたその国出身の者が説得にあたってくれた。
と、こう言えばいかにもすんなりと事が運んだように見える。だが、実際は相当の艱難辛苦を伴ったようだ。監視者としてつけた仲介者の助力がなければ、到底こんな短期間で達成できたはずがなかった。
仲介者はさまざまな「魔法」を使う。
人間の目をあざむく《隠遁》や、記憶を操作する《混乱》。そのほか、相手を眠らせる《催眠》などなどだ。今回の勇者たちの仕事について、彼女のこの能力がどれほど有用だったかは想像に難くない。
さて。
「魔族の狂った精神をもとに戻す」と先に申したが、これに関しては一応、事前にひとつの「実験」を試みてみなくてはならなかった。
すっかり狂って数千年を経た魔族たちが、我の元に戻ることでまことに理性を取り戻すことができるのかどうか。それは一度、実際に試してみなくては分からないことだったゆえである。
最初、仲介者はひとりの「ゴブリン」を魔力の檻に入れて連れてきた。まずはもっとも体の小さなものから試してみたのである。
連れてこられた当初、ゴブリンは奇声をあげ、体じゅう血まみれになるほどに檻の中で暴れまわった。狂ったように檻に頭や体をぶつけ、一日中猛り狂う。そうやって自分の身体を散々に傷めつけるために、むしろそれで命を喪うのではないかとこちらが危惧するほどだった。
それが三十日ばかり過ぎるころになってようやく、ゴブリンは無闇に叫ばずに静かにしていられるようになった。それでもまだまだ、目の光に理性の色は浮かばなかった。
我は辛抱強くかの者の心に語りかけつづけた。
《さあ、恐れることはないのだ。ここにはもう、そなたを害する者などおらぬ。恐怖と疑心から逃れ、どうか心を平らかにして、平穏のうちに生きるように》
《そなたとそなたの祖先が本来あるべき姿にもどるように。理性と知性が体全体から輝きでていた、古の姿を取り戻すように》と。
その者が本当にもとの姿を取り戻すに至るまでは、実際、数年もの歳月が必要だった。だが最終的に、彼は我らの言葉を解し、礼儀ただしくふるまい、さらには互いに知的な会話を楽しむまでに心を恢復させていったのだった。
我がなにかを為したというのではない。
もとからこの地に存在する大地と大気の《気》が、我を介して存分にその者に降り注いだ結果であった。
それから「仲介者」は、ゴブリンより少し大きな体の者をつかまえて、我の在所に運んできた。その後も少しずつ、連れてくる者の数とその体の大きさは増えていった。
曰く、人間の言うところの「トロル」を。「オーガ」を。そして我の小型版のようにも見える「オーク」たちをも。
体の大きさや種別によって、かれらの恢復してゆく速度はまちまちだった。だがみなは間違いなく一様に、次第に理性を取り戻していったのである。
その事実を「仲介者」から伝え聞いて、勇者カリアードは眉を曇らせたという。
──『やはりか。我ら人間の罪は重いな』。
そう言って、ふかい溜め息を吐き出したと。
過去の事実への確信を深めたカリアードは、ますます計画の実行を急がせた。
0
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる