ノンタイトルおばさん〜勇者でも聖女でもなく〜

天三津空らげ

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35 念願の

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 お家には屋上があった。

 キトキト馬車を急遽停めたり、キトキトコンビが遊んだり、空からのお客様様をお迎えするためね。ちょうど今のように。

 「くるるぅ」
 「イラちゃん! ミルクを貰いにきたのね」

 アシャールさんそっくりのネコノメ警備員ドラゴン、イラヒヌールことイラちゃんは、なんとタラセタでバケツを作って咥えてきた。

 わたしについて屋上まで来たミケ子とムウは、少し警戒してる。初対面だからね。一切警戒しなかったキトキトコンビがちょっと心配になったわ。

 この屋上だと、雪が降った時に雪下ろしが大変じゃないかと思って、アシャールさんに聞いたけど、ここはそこまでの積雪量は無いらしい。

 「ミケ子、ムウ、この子はイラヒヌールさん。ネコノメを守護してくれるドラゴンさんよ。ムウちゃんのお乳が気に入って、わけて欲しくて来たの」

 イラちゃんが頭を下げて、そっとミケ子とムウの額に鼻をつける。
 ミケ子はふんふん匂いを嗅いで、鼻先に顔を擦り付けると、それで納得したのか落ち着いた様子でわたしの傍に来て寝っ転がった。

 「ムきゅう?」
 「きゅうう」

 ムウはバケツに跨がると、じゃわわと乳を入れていく。
 バケツにたっぷりと乳を得られて、イラちゃんはムウの額に自分の額を擦りつけて、感謝と御礼の挨拶をすると、タラ山に戻っていった。

 あのノクレイドラゴンも、まずこのくらいの交流からはじめていれば、素材にならなかったものを……。




 そのころ、二階のバスルームでは、アシャールさんが生まれて初めてのお風呂に浸かっていた。


 (なるほど、香子はこういうのが好きなのですね……悪くありません)

 タイル張りの浴槽はアシャールが充分体を伸ばせるほど広く、そのヘリには手すり兼良い感じに頭と首を支える所や、前後に移動できるスリムな台など備えつけてある。今もそこに、水分補給の飲み物と、スマホを本のサイズにした完全防水の『パッド』が置いてある。

 アシャールがグラスに入れた飲み物を口にした瞬間、バスルームの扉がガラリと開いた。
 ピホだ。
 ピホはお風呂に浸かるアシャールを撮影して、他にも数枚、バスルームの写真を撮影していく。そして去っていった。
 当然ネコノメ公式ライトモに投稿するためである。

 数分後、マリーシェラは悲鳴をあげた。
 「ひぃぃぃぃぃぃ!!」




 丁度屋上から降りて来たわたしは、その悲鳴を聞いて彼女の部屋をノックする……前に、ミケ子が部屋の引戸を開いてしまった。鍵かけてなかったのね。

 「どうしたのマリーシェラさん、虫でも出た?」
 「ライトモに叔父様が……叔父様が……」

 わたしはマリーシェラさんの手元のスマホを覗き込んで、一旦目を瞑って天を仰いでから、パッドを取り出した。

 「それは……」
 「スマホの画面大きい版です。家の中で使うならこの大きさも良いと思って」

 ライトモを開き、ネコノメ公式アカウントを見に行く。

 「おぉ……アシャールさん、ピンクがめちゃ似合う!」

 二階のバスルームは、わたしの好みでピンクだ。三階の青いトルコ宮殿風タイルを、そのまま極淡いピンクから柔らかいピンクにしてあるものだ。

 「あの……そうなんですけど、そうじゃなくて……」
 「あっ! そうね。大丈夫。お湯はにごり湯で下は完全に見えないし、しっかり浸かってるから、鎖骨のちょっと下までしか見えてないからセーフよ! むしろ顔が良すぎてアウトね! 見せてないのにいやらしい」

 どの角度からみても、安定のいやらしさですよこれは。
 お姉様のリリーティア妃もその娘さんのマリーシェラさんやセシリア妃達も絶世の美女だけど、美女というのは美男に比べて母数が多い。アシャールさんのように男の色気も備えて、美女と並んで美女を霞ませるタイプの外見はとても珍しいと思う。

 「それです! 叔父様に対する理解が深すぎて助かります。……でも、叔父様がこんな気持ち良さそうにしているなんて、お風呂楽しみです」


 アシャールさんの後にわたしもお風呂でさっぱりしてから、調理場へ向かう。
 本日の昼食はですね、新居が出来たら挑戦すると言っていたアレですよ。しかも、ゼルなんとかので作って欲しいとアシャールさんに頼んであるのです。
 前夜から丹念に下拵えがしてあって、わたしはスープの温めを手伝った。

 「このスープの中に、本当にゼルなんとかの脳みそが入っているの?」
 「ええ、香子や奈々美さんは食べ慣れないでしょうから、裏漉しして原型を無くしてあります」
 「アシャールさんのそういう配慮、めちゃくちゃ大好きだわ」
 「ふふふ、そうでしょうとも。私は妻が離したくない夫を目指していますからね」

 アシャールさんは鉄板でじゅうじゅうお肉を焼いていく。下味のついた部位の違うお肉に麦米粉をまぶし、三段重ねにしてからゆっくり石窯で中まで火を通したお肉を切り分け、仕上げに焼き目をつけているのよ。結構手がこんでるわ。

 奈々美さんとマリーシェラさんがテーブルクロスをかけてくれていた。
 スープに火が通って、漆塗りを施した木製のスープボウルに注ぐ。フェアリーレイス達が、パラパラと香草とピンクペッパーを乗せて、テーブルまで運んでくれる。
 焼き上がったお肉は、蒸し野菜を添えてリガルさんに貰ったお皿に乗せられる。わたしの分だけ。
 他は、同じように木と漆のお皿で、食事が乗る中心部にタラセラが象嵌してあるものだ。ナイフを使っても、傷つかない。カトラリーは同じくタラセラで作り直した。ノクレイより食器との色合いが合ったので。

 最後にパンを運んで、食卓につく。

 「豪華!」

 わたしは食卓を見回して、感想がそれしか出なかった。

 「ド……ドラゴンの心臓と脳みそ……」
 「大丈夫? 奈々美さん、一応型がわからないようにしてくれてるんだけど、無理だったらふつうのサンドイッチとかもあるわよ」

 マリーシェラさんが、口元を押さえて驚いている。

 「……っ、まさかゼルヴァスヘルベインの心臓と脳みそなんですの?! ナナミさん、これは無理でも一口だけでもいただいておいた方が良いですわ。魔物はその心臓と脳みそが一番食べる価値のある場所と言われてますの。でも一番腐敗が早くて、狩ったその場でしか食べれない貴重食です。ましてやドラゴンの物など、一国の主人でもそうそう口に出来ませんわ」

 マリーシェラさんの演説を後押しするかのように、早速ミケ子が勢いよくスープを飲んでいる。たまご組は残念ながら食さない。

 「みゅっ、みゅっ」
 「美味しい? ミケ子」
 「みゃう~」

 その様子に、奈々美さんも覚悟が決まったようだ。

 わたしと奈々美さんとアシャールさんは手を合わせた。

 「「「いただきます」」」

 「いただきます?」
 マリーシェラさんは、こてんと首を傾げた。


 「美味しい~お肉もスープも、想像してた臭みとか全くない! スープ、パンに合う~」

 元のお姿からは想像できない上品な旨味に、わたしはにっこにこになった。
 こんなに美味しいのは、きっと素材の力だけじゃなく、アシャールさんが丁寧に下拵えしてたからなんだわ。

 「本当に! アシャールさんやっぱり料理の天才じゃないんですか? お肉重ねたこのステーキ、上下のお肉が柔らかくふわっとして甘みがあるのに、真ん中の歯応えのあるお肉が一緒だと、もっと美味しいんです」

 奈々美さんもすっかり笑顔だし、ミケ子も小さく切ったお肉を真剣に食べている。

 「お二人とも、お口に合って良かったです」
 「良かった。叔父様について来て。おかげ様で翼が増えそうですわ」

 翼……。フェイ族の翼って、確か生命の力と魔力に影響するんだっけ?
 マリーシェラさんがあの翼を広げたら、そりゃ天使か女神様みたいだろうなぁ。

 わたしはゼルなんとかと戦うアシャールさんの絵皿で、ゼルなんとかの心臓をナイフで切り分けながら、とても満足して頬張った。
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