ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
95 / 285
五章 白の神官の輪廻

95. マグダリーナの夏休みと、かっぱらい熊

しおりを挟む
 とりあえず夏休みの目標は達成したと言って良い。
 狩った獲物を片づけ、木と木の間に布を張って影を造った休憩所で、皆んな一息つく。

「出ないわね……本命熊」
「これだけ四つ手熊を狩ったから、そろそろ様子見に来るんじゃないかな」

 エステラとニレルの会話を聞き、マグダリーナは勢いよく二人の顔を見た。
「四つ手熊より危険な熊が、まだいるの?!」

 エステラは塩入り蜂蜜リモネを作りながら、のんびり答える。
「凶暴な熊じゃないから安心して。ニレルがチャドさんから『出る』って聞いた熊は四つ手熊じゃなくて、妖精熊よ」
「妖精熊……」

 熊で唯一、即討伐対象から外れる熊だ。

 ニレルがそっと木陰を指差す。
「ああ、ほら。蜂蜜の匂いを嗅ぎつけてやってきたよ。結構いるね」

 ハイエルフ以外、ニレルの指差す木陰にそっと目をやる。

 もっふもふで、ぬいぐるみとしか言いようのない、柴犬の子犬ほどの、小さく可愛らしい熊が数匹、チラチラこちらの様子を伺っていた。

 通常の熊とは完全に御面相が異なり、正面を向いた瞳は前世で見たゆる系キャラやアニメキャラの様相そのままだ。


「かっ……かわいい……」

 こちらの視線に気づいたのか、熊達はつぶらな瞳をうるうるさせて、じっと見てくる。

「可愛いことは可愛いんだけど、やっぱり熊だから妖精蜂には嫌われてるのよね。どっちと共存するかと云われれば、やっぱり妖精蜂だから」

「もしかして、蜂蜜が大好きなの?」
「そうなの。基本雑食なんだけど、特に蜂蜜やミルク、蜂の子なんかが大好物なのよ」
「子供食べちゃうなら、妖精蜂が嫌うのも仕方ないわね……」

 エステラがさほど興味無さそうにしてるからか、自分の可愛さに絶対的自信を持ってるスライムのヒラは落ち着いてエステラの肩に乗り、その首に冷えぷりんっとくっついていた。

 エステラは熊達が食べやすいよう、大き目のボウルを出して、蜂蜜をたっぷり入れる。妖精熊はジリジリと近づいてきた。

 そっと熊達の方向にボウルを置いてやると、何処に隠れていたのか、びっくりするほど大量の妖精熊が、わっとボウルの周りに集まり、愛くるしい仕草で、めいめい蜂蜜を舐めだす。

(可愛い……癒される……)

 マグダリーナがほっこりとその様子を眺め、これぞ求めていた夏休みのイベント……! と思った二秒後、妖精熊達がバタバタと倒れた。

「エステラ?」
 マグダリーナはエステラを見た。彼女が熊達に何かしたのだと直感したからだ。

「蜂蜜に仕込んだ睡眠薬が効いたようね」
 エステラは立ち上がって、熊に近づく。

 マグダリーナも、他のメンバーも好奇心にかられ後に続いた。

「ニ十二匹……思ったより数が多すぎる。どうするニレル、全部ギルドに連れて行くの?」

 マゴー達が手早く妖精熊達を縛りあげて、収納から出した行李に詰めていく。

「そうだね。捕まえたことは証明しなくちゃいけないから、ギルドには連れて行くが……」

「この子達、ギルドで討伐依頼が出てますの? でも他の熊のように、人を襲ったりしないのですよね?」
 気になったようで、レベッカがエステラに尋ねる。

「まだギルドに討伐依頼は出てないよ。知り合いの冒険者から、僕が個人的に捕縛依頼を受けたんだ。でも大量の妖精熊が居たことは、ギルドに知らせないと行けない決まりなんだ」

 ニレルが穏やかに説明する。

「お知り合いの方はどうしてニレルさんに捕縛を? 珍しい魔獣だから高く売れたりしますの?」

 それにはエステラが答える。
「うん、レベッカ。妖精熊はとても珍しいの。小さくて動きが素早く、なかなか姿を見せないの。そして妖精と名のつく魔獣は大抵上等な素材や食材になると思っていいわ。それにこの子達は収納魔法を使うのよ」
「収納魔法!? ひょっとして従魔にすると収納鞄代わりになりますの?」

 エステラは頷いた。
「その通り。革は上品質の収納鞄を作るのにも最適よ。ただ従魔契約が失敗しやすい魔獣なのよねー。それに妖精熊は冒険者達には、『かっぱらい熊』という別名で呼ばれているわ。人を襲って命を奪ったりしないけど、人の荷物と財産、食糧を奪うの。この愛らしい姿も仕草も、人を油断させるためなのよ」

 その説明にびっくりして、一同は黙って、縛られてぐっすり寝ている妖精熊を見つめる。その姿すら愛らしかった。

「普段は森で用心深く隠れてるから、被害は冒険者が主なんだけど、命がけで魔獣を狩って得た宵越しの金を掻っ払っていくから、ゲインズ領では出没したら即ギルドに報告、可能ならとりあえず捕獲か討伐って決まりになってるわ……それに四つ手熊は妖精熊が大好物だから、増えすぎると四つ手熊を呼び寄せることにもなるのよ」

 それは……確かに冒険者にとっても領民にとっても死活問題となる。

「僕に依頼した冒険者も、財布と食糧、そして大事にしてた形見の品を取られて、僕に声をかけたんだ。さて、この中に目当ての熊が居ると良いんだが」

 エステラとニレル、ルシンそしてヒラの魔法収納は、生き物も仕舞えるらしい。行李ごとヒラが魔法収納に仕舞う。


「ギルドに報告した後は、とりあえずショウネシー領に連れ帰るしか無いかな。あそこで収納の中身を検める訳にはいかないしね」
「どこでする? 二十二匹分何が出てくるかわからないわよ」
「うちの裏でやろう。あそこなら十分広い」

 帰り支度をしながら、ニレルとエステラが話す。

「ねえエステラ、私達も見に行っていい?」

 マグダリーナは妖精熊がどんな物を溜め込んでいるのか気になったので、聞いてみた。

「滅多にあることじゃ無いし、見学はいいんだけど、野生魔獣の持ち物だから、汚れ物とかもあるかもよ? 大丈夫?」

 マグダリーナは覚悟を決めて、頷いた。

「浄化は手伝うわ」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転生したので、今世こそは楽しく生きます!~大好きな家族に囲まれて第2の人生を謳歌する~

結笑-yue-
ファンタジー
『可愛いわね』 『小さいな』 『…やっと…逢えた』 『我らの愛しい姫。パレスの愛し子よ』 『『『『『『『『『『我ら、原初の精霊の祝福を』』』』』』』』』』 地球とは別の世界、異世界“パレス”。 ここに生まれてくるはずだった世界に愛された愛し子。 しかし、神たちによって大切にされていた魂が突然できた輪廻の輪の歪みに吸い込まれてしまった。 神たちや精霊王、神獣や聖獣たちが必死に探したが、終ぞ見つけられず、時間ばかりが過ぎてしまっていた。 その頃その魂は、地球の日本で産声をあげ誕生していた。 しかし異世界とはいえ、神たちに大切にされていた魂、そして魔力などのない地球で生まれたため、体はひどく病弱。 原因不明の病気をいくつも抱え、病院のベッドの上でのみ生活ができる状態だった。 その子の名は、如月結笑《キサラギユエ》ーーー。 生まれた時に余命宣告されながらも、必死に生きてきたが、命の燈が消えそうな時ようやく愛し子の魂を見つけた神たち。 初めての人生が壮絶なものだったことを知り、激怒し、嘆き悲しみ、憂い……。 阿鼻叫喚のパレスの神界。 次の生では、健康で幸せに満ち溢れた暮らしを約束し、愛し子の魂を送り出した。 これはそんな愛し子が、第2の人生を楽しく幸せに暮らしていくお話。 家族に、精霊、聖獣や神獣、神たちに愛され、仲間を、友達をたくさん作り、困難に立ち向かいながらも成長していく姿を乞うご期待! *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈ 小説家になろう様でも連載中です。 第1章無事に完走したので、アルファポリス様でも連載を始めます! よろしくお願い致します( . .)" *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈

小さな貴族は色々最強!?

谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。 本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。 神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。 その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。 転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。 魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。 ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...