ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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七章 腹黒妖精熊事件

141. ルシンの愚痴

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「それで、何の用なの?」
「お前がまた勝手に星を動かしたから、愚痴を云いにきた」

「はぁぁぁあ???? なんなの? なんなのよそれ!! ライアンとレベッカがいなくなっちゃうかも知れないって時に!!」

 いつだって彼の言動は一方的だ。いくらエステラの異母兄とはいえ、マグダリーナの我慢はもう限界だった。
 だが超合金の心臓を持つであろうと思われるルシンは、怒れるマグダリーナを前にしても、いつも通り淡々としていた。

「あの女神の神力は人々の祈りに応えた女神の慈愛。祈りが多ければ多い程、強くなる。お前が人々に祈りを呼びかけたからだ」
「私の……せい、なの……?」

 ルシンの言葉にマグダリーナの目の前が、怒りから一転して恐れと自責の念に塗りつぶされた。心臓が激しく波打ち、息が苦しくなる。

 膝をついたままだったマグダリーナに合わせるように、ルシンもその場で胡座をかいて座った。

 ルシンはマグダリーナに問う。
「何がお前のせいなんだ?」

 口に出したくはなかった。それを認めるのが恐ろしかった。だが、ルシンはそれを許さなかった。

「云ってみろ。何がお前のせいなんだ?」

 マグダリーナは震えながら、手を握り締めた。

「《女神の子》の命の代償に、ライアンとレベッカが……二人の命が……なくなってしまうかも知れないこと」

「まだ起こってもいないことの、何がお前のせいなんだ」
「でもこれから起こる事だわ……」
「別に星を動かしてるのは、マグダリーナだけじゃない。ライアンとレベッカも自分の意思で決めたんだろう?」

 ルシンの言う通りだ。でもライアンとレベッカはもう大事な家族だった。もしもライアンとレベッカが女神に導かれてショウネシーにやってきたのが、今の状況のためだったとしたら、マグダリーナは女神様を恨んでしまうかも知れない。

「でも……どうして女神様は、《女神の子》に代償を求めるの……」

 マグダリーナはそう問わずには、いられなかった。

「あれは無から有、有から無に働きかける女神の奇跡と違って、世界の構築環境の一部だから、既に有るものを別の物に置き換えてるんだ。女神は誰を対象にするか決めるだけ、特別意図があって代償を求めているわけじゃない。そもそも《女神の子》だって必ず助けなきゃいけない訳じゃない。《女神の子》を守るか、何を代償にするか最終的には人の動きで決まる。」

 ルシンの言葉に、マグダリーナは目を瞬かせた。
「それじゃあやっぱり、私がこの状況を作り出したの?」

 ルシンはため息を吐いた。
「そもそも世界なんて、たった一人の思いで動いてるわけじゃない。ましてや《女神の子》なんて機構については、自分一人が背負い込む必要はないんだ、マグダリーナ。だから俺もお前に愚痴りに来た」

「え?」

「決して外さない俺の星読みの精度が、お前とエステラのお陰で絶賛降下中だ。だがエステラのせいにはしたくない。だからマグダリーナ、お前のせいにする」

「理不尽すぎない?!!!!」

 ルシンは首を振った。
「ただでさえ読みにくいエステラの星が、マグダリーナが星を動かすと、予測不能の動きをする……あれだ、エステラ流に云うと『混ぜるな危険』」

 マグダリーナは、口を開けて呆然とした。
 しかし、大事な事なのでルシンは真顔で繰り返す。

「混ぜるな」

 思わずふふっと笑ってしまって、マグダリーナは咄嗟に話題をエステラの事に変えた。

「エステラはきっと、女神様から特別愛されてるのね」
「いや、全然」
 こともなげにルシンは言う。

「そ……そうなの?」
「これは俺とマグダリーナだけの秘密だが」
「え?」

 秘密という意味深な言葉に、思わずどきりとする。

「女神にとって特別なのは、ニレルと始まりのハイエルフ、ハイドラゴンの魂だけで、後は皆等しく平等……そうだな、バンクロフト領の大豆袋の一つみたいなもんだ」

「え……??」

「エステラは偶々、ディオンヌの死後にエデンが世界を滅亡させるのを阻止する目的で、女神が大豆袋に指を突っ込んで取った一粒だ。どんな魂でも良かった。だってニレルなら必ず、ディオンヌが最後に守ったその子を守る為に、エデンと戦う道を選ぶだろうからな。ただの大豆を、ディオンヌやニレルが手塩にかけて育てる……そこまではいい、ある程度立派な豆の木になるだろうと予測出来た。だが君が混ざったことで、大豆は今まで見た事もない、醤油や味噌になったんだ、女神も驚く。俺も驚いた。それにディオンヌがエステラに女神の名を教えてただろう? ハイエルフ以外から名を使われるのは初めてだし、ハイエルフ以外が女神の神力を受け止められるとは思ってなかった。だがエステラは遠慮しない。女神も大わらわだ。特にヒラに名を呼ばれた時は、思わず神界の玉座から滑り落ちるほど驚いたそうだ」

 大いなる光の存在である女神様に玉座が必要なのだろうか……いや、ただの比喩よねとマグダリーナは思い直した。

「数千年間ハイエルフ以外の人々から祈りを捧げられることはなかったのに、今やリーン国民は気軽に神殿で女神に祈りを捧げるようになった……しかも今回は皆同じ願いを祈りに込める……女神も張り切って神力を込めてる」
「人に受けきれないほど?!」
「そんなわけあるか。それじゃあ奇跡にならない。女神だって工夫はする」

 その言葉に、マグダリーナはようやくほっとした。

「だが受け手として、より相応しい条件はそれなりにある」
「それはどんな?」
「通常は女神への信頼と親愛の強さだ。だが今回は国民の祈りが発動力だ。だから、国と国民への想いの強さ、だな。それなりに負担はあるだろうが、まあ頑張れ。腹が減ったから、俺は帰る」

 いつもの一方的な都合で、突然ルシンは立ち上がる。

「え、ちょっと!」

 マグダリーナも慌てて引き留めようとする。もっと情報がほしい!
 マグダリーナは立ち上がるが、またしても足がふらついた。

 既に背を向けているルシンが最後に振り返る。
「時間は女神が稼ぐ。今回の肝は素材集めだ。だが、素材が集まっても油断するな」

 そう言うと、彼の姿も星の海もかき消えた。
 マグダリーナの目の前に、降り注ぐ日差しの眩しさと、近づく地面が見えた。
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