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十二章 悪女
237. 解放
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帰ると、ショウネシー邸の入り口の側に、師匠が二体横たわっていた。
「これ……は?!」
呆然とするマグダリーナ達に、解体包丁を持ったマゴーが元気に声をかける。
「お帰りなさいませー、タマ様、血要りますか?」
「いる~、ちうーするー」
早速タマが血を吸い始めた。
「どうしたの? この熊……」
「メイドさん達で討伐して来ました! ちゃんとアーベル様がご一緒でしたので、ご安心下さい!」
「メイドさん達って、マーシャとメルシャ?!」
「あとパイパーさんの三人です」
「傷口見せて!」
ライアンとレベッカが、素早く熊師匠こと四つ手熊の側に行って、傷口を確認する。
あんまり見たい物では無いが、マグダリーナもそっと近づいた。自分がパイパーに強くなれと言った手間、素通りはできない。
二体の四つ手熊は、綺麗に四肢ならぬ六肢と首を落とされ、心臓部には小さな孔が穿たれている。
「切断面が綺麗過ぎる。魔法を使ったのかな?」
「魔法だとすると、きっとパイパーさんよね? マーシャとメルシャはどうやってトドメを刺したのかしら?」
「そこも気になりますけど、タマちゃんが来るまで血抜きしてなかった割には、出血少なくありません?」
「それは我々の魔法でイイ感じにしてありますのでー」
マゴーとショウネシー家の子供達が、熊師匠の観察をしている間に、ヒラが元気に「お邪魔しまぁーす」と挨拶して邸内に入って行った。
◇◇◇
「ダモぉ、ヒラなのぉ」
デキるスライムたるヒラは、ちゃんとダーモットの書斎の卵色の扉をノックしてから、中に入る。
いつものように、読書をしていたダーモットは、ヒラの姿を見て微笑んだ。
「ヒラくん、どうしたんだい? 一緒にお茶でもしてくれるのかな」
側に控えていた執事のケーレブが、ヒラの分のお茶を用意しはじめる。
ヒラは華麗に回転しながら跳ね、ダーモットの机の上に着地した。イケスラパウダーがキラキラ弾ける。
「今日は、これを持って来たのぉ。じゃーん、女神の精石ぃ!」
ヒラは首飾りにお仕立てしたそれを、目の前に翳した。
透明な女神の精石の横に、四角くカットしたヒラの涙でできた青い夜光珠、そして八角形のグレーの真珠貝の中に、小さな白い真珠を嵌め込んだ細工……それらを並べた、上品な首飾りだ。さりげなく身に付けていられる。
「ヒラがぁ、ダモの為にぃ、心を込めて作ったのぉ! ダモが持ってた石は、ヒラが使っちゃったからねぇ。さ、どうぞぉ」
「んぐ……っ」
きらぴかに無邪気なヒラの笑顔に、ダーモットはつい、変な声を出して、両手で顔を覆って悶えた。
ずずいと差し出された首飾りを、ダーモットの代わりにケーレブが恭しく受け取る。
「旦那様は感激のあまり声が出ないようですので、代わりに御礼申し上げます」
頭を下げるケーレブを、ヒラはナデナデした。
「ケーもお茶ありがとうぉ」
「どう致しまして。旦那様、いつまでも悶えてないで、せっかくなので付けて下さい」
初対面では喋るスライムに驚いていたケーレブも、今ではすっかり環境に慣らされてしまっている。
ケーレブがダーモットに首飾りをつけて、ダーモットに見えるよう手鏡を翳す。
「お似合いなのぉ」
「ありがとう、ヒラくん。大事にするよ」
「御守りだからぁ、普段使いしてねぇ」
ダーモットは緩みきった表情のまま、そっと指先で、首飾りの女神の精石に触れた。
するとそこから、淡い金の光が溢れ出す――
ケーレブが驚いて、手鏡を落としそうになるのを、すかさずヒラが手を伸ばして支える。
光が収まった後の、ダーモットの隣には、精霊エルフェーラがいた。
『あなたの忍耐に敬意と祝福を。ダーモット・ショウネシー。わたくしは今、あなたの妻クレメンティーンの呪いが全て解消したことを伝えに来ました』
「クレメンティーンの呪いが……」
エルフェーラは頷くと、頬に手を添えて息を吐く。
『本当にはらはらしましたのよ……子供達が拐われた時に、貴方が剣を取って助けに行こうとしてしまったら、どうしようかと……』
エルフェーラはダーモットが本当は、魔法より剣が得意だったことを、何故か知っているようだった。女神と繋がりがあるのなら、そういうものかもしれない……
「その時は、ショウネシーはまた元の状態に……?」
『いいえ、変化したものは、易々とは戻らないもの……ですが子供達は皆亡くなってしまっていたでしょう……』
その言葉に、ダーモットは椅子の背もたれにもたれ、安堵の息を吐いた。
『ショウネシー家の子供達は、わたくしにとっても特別な子……』
「うちの子達が?」
『わからなくて? まあそれも仕方ありませんけど……ダーモット・ショウネシー、わたくしの肉体があった時代、わたくしはこの手で我が子を守ることは叶わなかった……貴方はそのようなことの無きよう、ちゃんと見守っておあげなさいな』
ダーモットは、ニレルが幼いころのエルフェーラは多忙で、叔母と叔父のディオンヌとルシンに育てられたと聞いていたのを思い出す。
「御言葉、確かにこの胸に刻みます」
『貴方が悪女の呪いからこの国を救った英雄であることは、王すら知らなくても、わたくしとケーレブは知っています。呪いを受け止めたのが貴方でなければ、今この国の平穏はなかったでしょう。ですがまだ「あの国」がある限り油断はなりませんよ』
エルフェーラはそう言うと、風に溶けるように姿を消した。
ヒラがキラキラした瞳で、ダーモットを見た。
「ダモ英雄? 凄いねぇ!!」
ダーモットは少し困ったように、笑う。
「そんな大それたものではないよ。私はただ、何もしなかっただけだ……」
ヒラはくりんとしたお目々で、ケーレブを見た。
「何もしないこと……それが、奥様の配偶者に課せられた呪いの影響を最小限にする手段であると、ゲインズ領の大魔法使いからの助言でした」
「おばあちゃんの言い付けを守ったのはぁ、すごぉぉく偉いことなんだよぉ!」
ヒラはダーモットの肩に乗って、その頭を優しく撫でた。
「これ……は?!」
呆然とするマグダリーナ達に、解体包丁を持ったマゴーが元気に声をかける。
「お帰りなさいませー、タマ様、血要りますか?」
「いる~、ちうーするー」
早速タマが血を吸い始めた。
「どうしたの? この熊……」
「メイドさん達で討伐して来ました! ちゃんとアーベル様がご一緒でしたので、ご安心下さい!」
「メイドさん達って、マーシャとメルシャ?!」
「あとパイパーさんの三人です」
「傷口見せて!」
ライアンとレベッカが、素早く熊師匠こと四つ手熊の側に行って、傷口を確認する。
あんまり見たい物では無いが、マグダリーナもそっと近づいた。自分がパイパーに強くなれと言った手間、素通りはできない。
二体の四つ手熊は、綺麗に四肢ならぬ六肢と首を落とされ、心臓部には小さな孔が穿たれている。
「切断面が綺麗過ぎる。魔法を使ったのかな?」
「魔法だとすると、きっとパイパーさんよね? マーシャとメルシャはどうやってトドメを刺したのかしら?」
「そこも気になりますけど、タマちゃんが来るまで血抜きしてなかった割には、出血少なくありません?」
「それは我々の魔法でイイ感じにしてありますのでー」
マゴーとショウネシー家の子供達が、熊師匠の観察をしている間に、ヒラが元気に「お邪魔しまぁーす」と挨拶して邸内に入って行った。
◇◇◇
「ダモぉ、ヒラなのぉ」
デキるスライムたるヒラは、ちゃんとダーモットの書斎の卵色の扉をノックしてから、中に入る。
いつものように、読書をしていたダーモットは、ヒラの姿を見て微笑んだ。
「ヒラくん、どうしたんだい? 一緒にお茶でもしてくれるのかな」
側に控えていた執事のケーレブが、ヒラの分のお茶を用意しはじめる。
ヒラは華麗に回転しながら跳ね、ダーモットの机の上に着地した。イケスラパウダーがキラキラ弾ける。
「今日は、これを持って来たのぉ。じゃーん、女神の精石ぃ!」
ヒラは首飾りにお仕立てしたそれを、目の前に翳した。
透明な女神の精石の横に、四角くカットしたヒラの涙でできた青い夜光珠、そして八角形のグレーの真珠貝の中に、小さな白い真珠を嵌め込んだ細工……それらを並べた、上品な首飾りだ。さりげなく身に付けていられる。
「ヒラがぁ、ダモの為にぃ、心を込めて作ったのぉ! ダモが持ってた石は、ヒラが使っちゃったからねぇ。さ、どうぞぉ」
「んぐ……っ」
きらぴかに無邪気なヒラの笑顔に、ダーモットはつい、変な声を出して、両手で顔を覆って悶えた。
ずずいと差し出された首飾りを、ダーモットの代わりにケーレブが恭しく受け取る。
「旦那様は感激のあまり声が出ないようですので、代わりに御礼申し上げます」
頭を下げるケーレブを、ヒラはナデナデした。
「ケーもお茶ありがとうぉ」
「どう致しまして。旦那様、いつまでも悶えてないで、せっかくなので付けて下さい」
初対面では喋るスライムに驚いていたケーレブも、今ではすっかり環境に慣らされてしまっている。
ケーレブがダーモットに首飾りをつけて、ダーモットに見えるよう手鏡を翳す。
「お似合いなのぉ」
「ありがとう、ヒラくん。大事にするよ」
「御守りだからぁ、普段使いしてねぇ」
ダーモットは緩みきった表情のまま、そっと指先で、首飾りの女神の精石に触れた。
するとそこから、淡い金の光が溢れ出す――
ケーレブが驚いて、手鏡を落としそうになるのを、すかさずヒラが手を伸ばして支える。
光が収まった後の、ダーモットの隣には、精霊エルフェーラがいた。
『あなたの忍耐に敬意と祝福を。ダーモット・ショウネシー。わたくしは今、あなたの妻クレメンティーンの呪いが全て解消したことを伝えに来ました』
「クレメンティーンの呪いが……」
エルフェーラは頷くと、頬に手を添えて息を吐く。
『本当にはらはらしましたのよ……子供達が拐われた時に、貴方が剣を取って助けに行こうとしてしまったら、どうしようかと……』
エルフェーラはダーモットが本当は、魔法より剣が得意だったことを、何故か知っているようだった。女神と繋がりがあるのなら、そういうものかもしれない……
「その時は、ショウネシーはまた元の状態に……?」
『いいえ、変化したものは、易々とは戻らないもの……ですが子供達は皆亡くなってしまっていたでしょう……』
その言葉に、ダーモットは椅子の背もたれにもたれ、安堵の息を吐いた。
『ショウネシー家の子供達は、わたくしにとっても特別な子……』
「うちの子達が?」
『わからなくて? まあそれも仕方ありませんけど……ダーモット・ショウネシー、わたくしの肉体があった時代、わたくしはこの手で我が子を守ることは叶わなかった……貴方はそのようなことの無きよう、ちゃんと見守っておあげなさいな』
ダーモットは、ニレルが幼いころのエルフェーラは多忙で、叔母と叔父のディオンヌとルシンに育てられたと聞いていたのを思い出す。
「御言葉、確かにこの胸に刻みます」
『貴方が悪女の呪いからこの国を救った英雄であることは、王すら知らなくても、わたくしとケーレブは知っています。呪いを受け止めたのが貴方でなければ、今この国の平穏はなかったでしょう。ですがまだ「あの国」がある限り油断はなりませんよ』
エルフェーラはそう言うと、風に溶けるように姿を消した。
ヒラがキラキラした瞳で、ダーモットを見た。
「ダモ英雄? 凄いねぇ!!」
ダーモットは少し困ったように、笑う。
「そんな大それたものではないよ。私はただ、何もしなかっただけだ……」
ヒラはくりんとしたお目々で、ケーレブを見た。
「何もしないこと……それが、奥様の配偶者に課せられた呪いの影響を最小限にする手段であると、ゲインズ領の大魔法使いからの助言でした」
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ヒラはダーモットの肩に乗って、その頭を優しく撫でた。
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