ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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十二章 悪女

247. 雷

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 その日は朝から曇り空で、生温い湿った空気がショウネシー領を包んでいた。

 ショウネシー領は冬に雪が降り積もるが、夏は王都に比べれば、涼しくて過ごしやすい。
 まだ夏休みの前半。今年は魔獣の討伐にも行かず、マグダリーナは今のところのんびりとした、理想の夏休みを過ごしている。

 それが今日これから、終わりを迎えるとも知らずに……



 マゴマゴ天気予報では薄曇りと予想されていたが、昼すぎには、どんどん分厚い灰色の雲が増えて来る。
 これは雨になりそうだと、農夫達は早めに帰り支度をはじめた。

「ん? なんだこりゃ?」
 その農夫は念の為、領民カードで天気予報情報の更新を行なって、見たことのない文字を見た。
「カ、ミ、ナ、リ……?」



◇◇◇



「雷? やだ、どこかに落雷したらどうしよう……魔導具に影響とか出ないかしら?」
 広間でマゴマゴ天気予報の配信を見ながら、マグダリーナは呟いた。

「リーナお姉様、雷……って魔法のことですわよね? ルシンお兄様が王都の金と星の魔法工房の表札に仕込んだ。それがお天気と関係有りますの? それに落雷ってなんですの?」
「え?」

 レベッカの疑問に、記憶を辿る。そう言えば、マグダリーナの記憶の中には天気が雷だった記憶がない。まさか、そうなのか?! と、マグダリーナは、遊びに来ているエステラを見た。

 エステラは頷いた。
「お師匠の記憶の中にも、この世界で雷が起きたことはないわ。でも知っての通り、雷属性の魔法はあるのよ。だから念の為、向こうの世界のデータを気象予報システムにぶち込んでおいたのよ。あ、魔導具も大丈夫よ」
「備えてくれてて、ありがとう」
「どういたしまして~」

 今日は女子会として集まっているので、ライアンとアンソニーはいない。二人はアスティン邸に行って、マゴーが作ったトランプで、ヴェリタスと一緒に遊んでいることだろう。

 因みに今日の女子会には議題があった。ケーレブの話を聞いて、ダーモットをダメダメだと思ってたのが後ろめたくなり、何か贈り物でも……と思って、相談していたのだ。それに対してエステラが「一緒にダンスでも踊ってあげたら?」と言ったところで、天気予報が目に入った。

「……ちょっと待って、今まで雷になったことがないのよね。異常気象よね、これって?!」
 マグダリーナは不安になった。

「そうね。楽しみよね。あ、レベッカ、雷っていうのはね、空から高熱の光が落ちてくるのよ。当たったら、大怪我したり命を落としたりするの」

「とっても、危険なんですわ――――!!」

 レベッカは、ぎゅっとマグダリーナの腕にしがみついた。

「結界があるから大丈夫よ。でも音と光で皆んなびっくりはするわよね」

 エステラの頬は上気し、瞳を輝かせながら、前世の歌謡曲を口遊み、踊るようなスキップで窓辺に向かう。波を雲に、サーフボードを稲妻に見立てた歌は、理奈の母が好きだった歌手の曲なので、聞き覚えがあった。

「んー随分と大きい積乱雲ね。まだ十六時なのに、日暮れみたいな暗さだわ。あ、雲放電! きれーい」

 今は夏なので、この時間にこれだけ暗くなることは、珍しかった。
 釣られて窓の外をみたマグダリーナだったが、みるみる日暮れから夜のような暗さになっていく。

 きゃっきゃしていたエステラが、窓から身を乗り出すように空を見つめ、不意に落ち着きを取り戻して、窓辺から戻って来た。

「マゴー、放送で領民の皆んなに早く家に帰って、窓をしっかり閉めておくように伝えて。それから、マゴー車も総出で走らせて、外に出てる人達を回収するようにしてくれる? ハンフリーさんにも伝えて」

 エステラが「マゴー」と声を掛けた時点で、邸内に散らばっている、手の空いてるマゴーが現れる。マゴーにとって造物主であるエステラの命令は最優先。行動が早い。

「かしこまりました!」
 そしてマゴー達は命令を遂行すべく、頭の魔石を光らせて、他のマゴー達とも通信をはじめた。

「皆んな!」
 その一言で、散り散りに外で遊んでいたエステラの従魔達が、一斉に転移魔法で現れた。

「今から皆んなに雷の属性魔法と耐性を身につけて貰うわ。それからササミは領内のコッコ達を各休憩所か自宅に避難させて。空が明るくなるまで絶対外に出ないようしっかり云い聞かせて。ヒラは念の為ウモウ達を収納に仕舞って」

『任せるのだ!』
「蜂さんたちもぉ、仕舞っていい?」

「いいわ。ヒラの判断に任せる。それからゼラとハラ、二人は念のためシャロンさんのところに行ってて。たぶんハイエルフ達も慌てて、シャロンさんに心労をかけると思うから」

『うむ~、我らが落ち着いて側におることで、安心感を与えるのじゃな』
「ちゃんと結界も張るなの」

「プラとモモちゃんは、指定場所へ避雷針を設置してきて欲しいの」

『わかったわ』
『ぷ!』

「それじゃあ、やるわね」
 エステラは杖を取り出して、従魔達に翳した。まばゆい輝きに包まれたあと、従魔達は一斉に転移魔法で去っていく。

「エステラ、やっぱり災害になっちゃうの?」
 マグダリーナは不安になって、尋ねた。

「念の為の備えよ。ゼラに入り込まれてから結界は強化しておいたんだけど、私の見立てでは、それ以上の『力』がくるわ。防ぎきれない。必ず落雷するわ。女神様の神力を感じる」

「それって、女神様がショウネシー領に雷を落とすってこと? どうして……お母さまの滅びの呪いからはもう解放されてるのに……」

 エステラはマグダリーナの手を握った。

「大丈夫よ。これはただの力の運搬。災害になることは、女神様だって望んでないはず。だから、できる準備をしておくのよ。それに落雷の場所もわかったの。私も外に出て対応するわ」
「どこに落ちるの?」

「ダンジョンよ」

 マグダリーナは目を見張った。

「まさか……」
「そう、ダンジョンを育てる『力』を、与える為の雷よ。せっかく女神様が『力』を下さるんだったら、周囲に分散させないように受け止める準備をしなくちゃ」

 エステラの邪魔にならないよう、大人しくしていたレベッカが、突然手を挙げた。

「どうぞ、レベッカ」
「エステラお姉様、エデンが前に言ってたのですわ。ダンジョンの存在は女神様の想定外だったって。でもショウネシーのダンジョンは、女神様が関わってくださるということですの? どうして……」

 エステラは、少し困った顔で頷いた。その表情を見た途端に、マグダリーナとレベッカは、あることに気づいて、押し黙った。

――じきに時が至り、迷宮に神の御座位が現れる――

 エリック王子の成人祝いの舞踏会で、オーズリー公爵が顕現させた精霊の言葉だ。

 精霊の言う迷宮とは、おそらくこのショウネシーのダンジョンになるのだ。
 ニレルが神になったあと、本当にエステラの元に戻って来れるかどうか保証はない。

(だって今迄、創世の女神様御自身が肉体を纏って顕現されたことなど、無いのだもの……)

 マグダリーナの不安をよそに、レベッカは強い瞳で、窓の外の雲放電を見つめた。

「……そうですわね……女神様がなさるのだもの、理由なんてきっと多くの人それぞれで違ってくるのだわ……だってエステラお姉様がおっしゃるとおり、今雲間に見える輝きは、とても美しいのですわ」

 マグダリーナも頷いた。
「エステラ、気をつけてね。私達は私達で、できることを考えるわ」

 エステラは頷いて、転移魔法でダンジョンに向かった。
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