ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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十三章 女神の塔

248. 神の光

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 厚く覆われた雲の中から、魔物の唸り声のような雷鳴が轟く。なんだまたドラゴンでもやって来たかと空を仰ぐ領民達を、天候が崩れるからとマゴーが家に帰るよう急かす。
 防風作業でまだ畑にいた農夫達は、もう少し土に埋まっていたい農作物に、「人間さっさと帰るとーう」と言われて、近くのマンドラゴン達を片っ端から抱えたり、籠に入れたりして持ち帰る。マンドラゴン達も特に抵抗せず「ぷ~」と農夫の家で寛ぐ。

 エステラがダンジョンへ向かったあと、ショウネシー領の主要メンバー達も、自然とショウネシー邸のサロンに集まって来た。

 領民がそれぞれ家に入ったのを確認し、最後に黒マゴーがハンフリーとフェリックスを連れて帰って来たところで、落雷とはどんなもので、どんな危険があるかを説明する為の、緊急マゴマゴ放送がリーン王国全国に配信される。これは、今回を期に、気象現象として雷が起こる可能性を考えてだった。



◇◇◇



「こんな空は、滅びの時にも見たことないぞ」

 いつも余裕の笑みを浮かべているエデンが、眉根を寄せる。創世時から生きている彼のその言葉は、さりげなく重い。

「リーナお姉さまとエステラの前世の異世界では、頻繁に起きることだったのですか?」
 アスティン邸から戻ってきたアンソニーが、不思議そうに聞いてくる。

「季節や地域よっては、そうね。悪いことばかりではないの。雷が多い地域は稲がよく実ると言われて、落雷のことを『稲妻』とも言ったのよ」

 電化製品が普及した時代では、落雷によって電化製品が使えなくなったりもした。この世界は、電気を主要エネルギーとしていないので、エステラが魔導具は大丈夫と言うなら、わざわざそんなことまで説明して心配させることもない。もしかすると、エステラの魔導具限定かも知れないが。

 エデンから、ニレルがエステラのところに行ったと聞いて、マグダリーナはほっとした。身重のシャロンの側には、ルシンとデボラ、ヨナスが付いている。ゼラとハラもいて、不測の事態の為にこれでもかと手厚くしてある。大丈夫だろう。
 代わりにヴェリタスが、現状把握のために、ショウネシー邸に来ていた。アーベルとイラナは念の為それぞれの職場で待機だ。

「この後は、なるべく領民の皆んなの不安を和らげるような配信をしたいわ……マゴー何か良いものある?」
 マグダリーナの提案に、マゴーは胸を張った。
「サトウマンドラゴラダンスバトルはいかがでしょう?」
「楽しそうだけど、時間が持つかしら? 他にも幾つか見繕ってくれる?」
「かしこまりました!」
 配信に関しては、マゴーが良い感じにしてくれるのを期待する事にした。

 マゴー1号が、キリッと畏まって、説明してくれる。
「本来ならば、このショウネシー領の結界は落雷の他、攻撃と見做される力は、結界に触れると分解されて、純粋な『力』として吸収され、利用される仕組みになっておりますー」

 純粋な『力』とは、マグダリーナに馴染みのある言葉に変えると、エネルギーのことだろう。

「ですがエステラ様の見立てでは、結界の処理能力を越える力がやってくるとのこと。我々マゴーの何体かも、結界が壊れた場合に備えて、修復の為に撮影班と共に外で待機します」

「備えはともかく、こんな状況で撮影って必要か?」
 ヴェリタスが冷静に、ツッコミを入れる。

 マゴー達は頷いた。
「正確な記録を取ることは、大事なのです」



◇◇◇



「これで良し!」
 エステラは、プラとモモが設置した避雷針の電流が、ダンジョンへと流れるよう調整しおわると立ち上がる。途端に強風でワンピースの裾が大きく捲れ上がった。いつも下にズボンを履いているので、恥ずかしいことにはならないが、バランスを崩してふらつく。
「あわわわわ」

 転びそうになるエステラに、スラリとした腕がのばされ、力強く受け止められた。

「ニレル!」
「僕を置いて行っちゃ、ダメだよ」

 ニレルと一緒に、ヒラとササミ(メス)もいる。ニレルの首にしがみついていたヒラが、モモと一緒にエステラの肩に飛び乗ると、プラもササミ(メス)の側に行った。

 背中に感じるニレルの体温に、エステラは心底安心して、杖を構え、従魔達をも覆う防御魔法を展開した。

「これで、一安心」

 暴風も入り込まない防御結界の中で、エステラはニレルを振り返った。

「ニレル、この子達をお願いね」

 エステラは、ヒラとモモをニレルに託そうとしたが、二匹はぴっちりとエステラにくっついて、頑なに離れようとしない。

「ヒラはぁ! タラと一緒!!」
『モモも一緒よ!』

「や、や、これからあの上空の雷を、お迎えしなくちゃいけないの。ヒラとモモはここで待ってて」
「タラがぁ大丈夫ならぁ、ヒラとモモだって大丈夫ぅぅ。雷耐性あるからねぇ!」
 モモもスライムに擬態したまま、同意のぷるぷるをする。
 ニレルも杖を出して準備をする。

「エステラ、これは僕と君、二人で協力しないと無理だ。まだ側にいる。だから、一人でなんとかしようと思わないで? このショウネシー領を作った時のように、僕たち二人で」

 差し出されたニレルの手を、エステラは恐る恐る取る。

「まだ……一緒に……居られる?」
「もちろんだよ。ダンジョンができたからと云って、すぐに神の御座位が現れるとは限らない」

 二人と従魔達は、大きな鉱物の結晶状になっている、ダンジョンの上空へと向かった。結局、プラとササミ(メス)もついてくる。

 エステラとニレルは、それぞれの杖を交差させた。魔力の輝きが、二人を包む。

「四番目のハイエルフの弟子エステラが、創世の女神の名において奇跡を求めん」
「精霊の王ニレルが創世の女神の名において、奇跡を求めん」

「「女神よ、この地にその『力』を顕現させたまえ」」

 それは一瞬のことだった。轟音と共に周囲が光と熱に包まれた。

 防御魔法と耐性で、大怪我は免れたが、衝撃で皆吹き飛ばされる。その瞬間、ニレルは見た。枝分かれした稲妻が、エステラの額に直撃したのを。

「エステラ!!」
 ニレルは飛行し、落下していくエステラを抱きとめる。ダンジョンには未だに幾つもの落雷が降り注ぎ、あらかじめ防御魔法を展開していなければ、光と音で、目と耳をやられそうだった。
 地面に激突する前に、ニレルは転移魔法で、エステラの従魔達も一緒に離れようとする。
 だが、一際大きな落雷の衝撃に、意識を失った――



◇◇◇



(ここは……)

 柔らかな寝具の中で目を覚まして、ニレルはまずエステラを探した。
 エステラはニレルの横で、健やかな寝息をたてている。その様子に安心したものの、エステラに額に直撃した雷を思い出して、そっとエステラの前髪をあげる。

(この……、精石は……!?)

 ディオンヌから受け継いだエステラの精石は元の色味を保ったまま、その内部から虹色の輝きを花開くように煌めかせている。その左右には、新たに小ぶりの薔薇色の精石ができていた。
 ニレルはそれに関しては、ひとまずおいておくことにし、半身を起こしてエステラに手を翳し、他に怪我や異常がないか確認する。

(良かった。特に怪我もない……だがここは? 治療院とも違うようだが)

 エステラの従魔達は、隣にある寝台で一緒に寝かされている。こちらも特に怪我などなさそうだった。

「ん……」
 ニレルの横で、エステラがもぞもぞと身じろぎした。

「エステラ、気がついたかい」
「……ニレル、怪我は?」

 エステラはまだぼんやりした顔で、ニレルの身を気遣った。

「大丈夫だよ。エステラは? どこか痛むところは?」

 エステラは首を横に振る。
「だいじょぶ……少し眠いだけ。ここ、どこ?」
「わからないな。僕もさっき目が覚めたところだよ」

 白とベージュで統一された、安心感と清潔感のある広い部屋だ。緑と花が飾られ、平民の家ではないと予想された。
 隣の寝台でも、薄青のみずみずしい宝石のような身体をぷるぷるさせて、気がついたものがいた。ヒラだ。
 ヒラはそっと隣のモモや、プラ、ササミ(メス)の無事を確認すると、エステラとニレルに気づいて、ぽよ~んとエステラのところに飛び込んできた。

「雷ぃ、おっきな光と音でぇ、びっくりしたねぇ!」
「ヒラ! 大丈夫?」
「うん! ヒラもぉ、皆んなもぉ、大丈夫だよぉ!」
 ヒラの言葉にエステラは「よかったぁ」と微笑んだ。
 そしてひとまず現在地を確認するため、ニレルは窓に近づいて、分厚いカーテンを開ける。

 眼前に広がる景色を見て、絶句した。
 エステラもヒラも、目を覚ました他の従魔達も窓辺から外を確認する。

 落雷が去った後の空は、白い雲が残っている。
 高く聳え立つ、美麗な白亜の塔。その隣に白亜の宮殿。それを中心に出来上がった、白い屋根の並ぶ美しい街。
 雲の隙間からは朝日がヴェールの様にさしこみ、白き塔はさながら優雅な貴婦人の微笑みのように、品良く煌めいている。

 それはそれは荘厳な光景が、そこにはあった。

「僕の知っているダンジョンと、全く違う――」
 ニレルは唖然とした。
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