僕は咲き、わたしは散る

ハルキ

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 僕は今日、ひとつの墓を訪れていた。多くの墓が並ぶ墓地の端にひっそりとそれはあった。その墓には『青山みらい』と書かれていた。
 十六年もの月日を過ごしたこの町を久しぶりに見た時、帰ってきたんだ、と実感が湧いた。今では見慣れた都会の風景とは違い、住宅が多く並ぶ風景を見ると、あの頃の記憶が鮮明に思い出される。
 みらいが死んでから二年の月日がたち、僕は高校二年生から大学一年生に、隣にいる妹のあかりは中学三年生から高校二年生になった。
 みらいの墓を訪れたのはもちろん初めてだった。この墓の場所を教えてくれたのはみらいのお母さんだ。あの病院で一回だけ見たことがあるけれど、もはや他人ではないかと思うほどだ。以前は、目の下にはクマがあり、お腹周りがげっそりと肉が落ち、骨が浮き出ているほどだった。しかし、今では目がキリッとして、健康体で女性なら誰もが憧れるであろう曲線美でモデルをしていると言われてもおかしくない。
 僕とあかりは葬式には呼ばれなかった。もうその時には、僕らは仙台に引っ越していたためだ。それでも、それを聞いていればあかりならどれだけ離れていようとも行こうとしていたと思う。
 みらいの母から、「自分が死んでもすぐにはあの子には伝えないでね」とみらいから笑顔で言われたらしい。それがみらいの最後の言葉だったと先ほどみらいの母から直接伝えられた。
 あかりはみらいの死を聞いてから必死に涙をこらえていた。一緒に一週間入院生活をした仲なのだからショックも大きかっただろう。結局、僕らにみらいの死が伝えられたのはちょうど一年前だった。
 僕はその時に、みらいの病気を聞かされた。先天性の心臓疾患、みらいは一度もベッドから立ち上がる姿を見せていなかったから重い病気を抱えているのかと思った。それが、命をもかかわる病気だとみらいの明るい表情を見ているとそんな考えが少しも浮かばなかった。
 みらいは僕にとって恩人のような存在だった。あの日、好きな人を傷つけた僕はみらいにこのことを打ち明けたのだ。このことを話すと怒られてしまうかもしれないと身構えもした。けれど、結果としてみらいは明るくひとつの解決法を提案してくれた。もし、みらいがそんなことを言ってくれなければ今の自分はないと思う。
 
 みらいの墓は他と比べても新しかった。けれど、色とりどりに花が供えられ、墓も汚れがないほど磨かれていた。どれだけ新品でも数か月すれば花も枯れ、よごれがひとつふたつもつくだろう。それがないのは隣にいるみらいの母が定期的にここを訪れているに違いない。
 僕は線香に火をつけた。すると、そこから煙が空に向かって伸びていくのが見えた。僕が線香立てにそれを置き、手を合わせてお辞儀をした。それに合わしてあかりもお辞儀をした。
 それを終えると、僕は空に向かって、悲しい顔ではなく笑顔を向けた。そして、小さく「ありがとう」とつぶやいた。恩人には感謝の言葉を伝えておきたいからだ。
 「お兄ちゃん」
 墓参りを終え、去ろうとする僕にあかりが尋ねた。あかりの目には今にも涙があふれ出しそうだ。
 「なに?」
 僕は明るくそう言った。それが気に入らなかったのか、あかりは唇をかみしめて、「なんでもない」と僕の横を通り過ぎていった。悲しんでいるあかりにそんな表情をするべきではなかったと後悔した。
 しかし、引っ越してからのあかりは僕と顔を合わせるたびに涙を流した。どうしてか、とあかりに聞いてみても何も話しかけてくれなかった。
 誤解を晴らそうとあかりを追いかけた。すると、目の前に満開の桜が姿を見せる。幹の太さは大人が三人ほど両手を広げたほどで、そこから何本も伸びる枝から桃色の花びらが開いていた。
 そういえば、あの病院の外にも桜の木が植えられていた。けれど、目の前の桜の大きさほどではなく、控えめで花びらの隙間が見えるほどだった。それがみらいを表していたのではないか、いや、そんなわけないか。僕はもう一度、桜を見上げた。そして、まるでみらいに伝えるかのように言った。
 「ありがとう」

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