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Day1
2.やったね
しおりを挟むハァー。
自分の席に着くたび俺は大きなため息を吐いた。学校まであの少年を乗せてきたはいいものの入口で「じゃあ、ボク、こっちだから」と言って、立ち去ってしまったのだ。
まあ、でもこの学校にいればいつかは会えるだろう。でも、なんで今まで気づかなかったんだろう。あんなに背が低かったら逆に目立つはずなのに。
もしかしたら、もう2度と会えないかもしれない、そんな嫌な予感が脳裏をよぎった。
「やっほー」
教室の入口のほうから陽気な声が聞こえてきた。
新田 葵。俺の幼馴染だ。少しぽっちゃりとした体型で青みがかった黒いロングヘアーをしている。
葵はニコニコと笑いながら、俺の隣の席に腰かけた。まるでえびす様のようにいつも笑顔を絶やさない、それが葵の特徴的なところである。
机の上にカバンを置き、授業の準備を行う葵を横目で見ていた。顔から少しずつ視線を下げていき、お腹のほうへ到達したとき、あることが気になった。
「ちょっと太った?」
前見た時よりも明らかにお腹のあたりがふっくらとしていた。たぶん食べすぎたのだろう。小さいときから葵は健啖ぶりを発揮しており、大人でも食べきれないデカ盛りを数々の店で制覇している。この町では知らない人はいないだろう。それに加え、葵は剣道部に所属しており、中学校の時には、全国大会にも出場したことがある。よく食べてよく動く女子高校生である。
俺の言葉を聞いた葵は顔色をうかがわせずに立ち上がった。教室中が笑い声であふれる中、葵は静かに俺のそばにまで来た。そこで、ニッコリと笑って・・・、
ふぅん!
まるで頭の上に隕石が降ってきたような衝撃が走り、思わず頭を抑える。男勝りな葵の拳はたった一発で俺を涙目にさせた。片方の目で葵を見ると、拳を握りしめ、狂気じみた笑顔で、
「次、言ったら殺すよ」
と明るい声に似合わない言葉を言い放った。お互い、幼稚園生の時から何度かけんかをしているが、俺が葵に勝ったという記憶はない。それほどまでに葵の力はすさまじかったのだ。
俺は痛む頭を抑えながらそっぽを向いて、「悪かったな」とだけつぶやく。すると、前のほうから、
「おーい、葵、こっち来てよ」
という葵の友達の声が聞こえてきた。それに「はーい」と先ほどとは違い、ニコッと笑いながら返すと、5人の女子グループのもとに歩き出した。しかし、途中で「あ、そうだ」と言い、こちらを振り返った。
「今日、転校生来るんだって、期待していいよ」
葵はそれだけ言うと、足を再び進めた。しかし、俺にとって転校生はうれしいことなど一度もなかった。小学校からこれまでに自分のクラスに3度、転校生が来ているが、全員が女子だった。最初の時は、わくわく感があったものの、少しずつ関心がなくなり、いつしかまったく興味がなくなっていた。
ただ、『期待していいよ』とはどういうことなのだろう。なぜ、葵は転校生が来るのを知っているのだろう。
学校中にチャイムが鳴り響き、先生が教室の中に入ると、みんなが席に座った。隣には葵が席に戻ってきた。さきほどの言葉が気になり、横目で葵を見ていた。
「今日は、転校生が来ています」
葵の予言通りだった。教室中がざわめくなか、葵は「ね、言ったでしょ」と言いたげな顔でこちらを見つめていた。ただ、問題は転校生がどんな子なのか。葵の「期待していいよ」という発言が脳裏をちらつかせる。
教室中のざわめきが消えないまま、先生が一度、咳払いをして、「それじゃあ、入ってきて」と教室の外にいる転校生を呼んだ。俺を含め教室にいるものが前の扉に視線を集める。
ガラガラガラ―。
扉が開き、転校生が教室の中に入ってきた。俺はその姿に呼吸をすることを忘れてしまった。黒いつやつやの髪に大きく見開いた黒い瞳、そして、小学生と同じくらいの背、間違いない、朝に見た少年だ。
少年が教室に入るたび、きゃー、と黄色い声が飛んだ。しかし、男子はみな、がっくりだ。
「ね、言ったでしょ」
葵から小声で話しかけられた。予想が的中し、満面の笑顔を葵は見せる。
「どうしてわかったの?」
「そりゃ、あんた、ああいうのがタイプなんでしょ?何年の付き合いだと思ってんの」
「いやいや、俺が聞きたいのは、なんで転校生がああいう子だと知っているのかだよ」
葵は少し悪戯っぽく笑って見せて、「聞きたい?」と尋ねた。俺は考えるまでもなく首を縦に振る。すると、葵は見上げながらどうしようかと嘘っぽく考え始めた。
「あっ」となにかひらめいたかのように言うと、親指と人差し指の間の上に顎を乗せ、
「あたし、預言者だから」
と、決め顔で言い放った。見れば嘘だとわかる顔だ。
俺は少しあきれながらももう一度「なんで?」と質問した。しかし、葵は「さー、なんでかなー?」とごまかした。
葵は目をつぶりながら満足げな顔をしている。こうなるともう何を言っても無駄だということをわかっているのでもう聞かないようにした。
「はじめまして、ルイと言います。これからよろしくお願いします」
俺はずっと右前のルイの座席がある方向へと見つめていた。そして、隣の席にまで聞こえるほどのため息をついた。
「これじゃあ、近づくのは難しいね」
ため息を聞いた葵は苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
俺が今朝、出会った少年、ルイが転校生としてこのクラスに来たことはこれまでにない喜びだった。しかし、今ではまるでアイドルがこの学校に来たかのように、女子たちがルイの周りを囲んでいた。このクラスだけでなく、他のクラスの女子も集まってきたため、俺が入る隙間はなかった。
周りの女子よりも背が低いルイがどんな表情をしているのか、ここからではよく見えない。まあ、でもこれは刹那的なものと俺は自分に言い聞かせていた。しかし・・・
一時間目が終わっても、二時間目が終わっても、ルイを囲む女子は人数を減らすことなく、むしろ増え続けていた。そこには同学年だけでなく、下級生までもが集まり、学年という垣根を超えている。もしかしたら他の学校からも集まってくるんじゃないかとありもしない妄想を浮かべ、俺は再び大きなため息をついた。
俺はルイに話しかける機会をうかがっていた。周りを囲む女子が少なることが一番の望みだが、時間が経ってもその気配はなかった。そのため、ただ遠くからしか眺めることが出来ず、このままでは今日、ルイに話しかけることは無理そうだ。
俺がそう思っていたとき、突然チャンスは訪れた。ルイが周りの女子たちの間から抜け出したのだ。廊下を教室の窓越しにルイが走っているのが見える。どこか焦っている顔だった。
俺は椅子を投げ飛ばすように立ち上がり、ルイの後を追った。
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