あえない天使

ハルキ

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Day2

8.すごいでしょう

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 原 俊樹

 はぁ、はぁ。
 俺は息を荒げてこの学校にやってきた。というのも朝からルイの姿が見えなかったのだ。

 ルイが寝ているはずの部屋に入っても、一階に下りてみてもそこには誰もいない沈黙が漂っていた。俺は急いで学校への準備をした。いつもなら朝ごはんは自分が作った料理を食べるのだが、そんな流暢なことをしている場合ではなかった。ふと残っていた食パンを思い出し、冷蔵庫の扉を開ける。そして、食パンが入っている袋を取り出した。
 あれ、減ってないか?
 俺は5枚入りの食パンの袋をみて首をかしげた。俺の記憶では最後にこれを見た時は3枚残っていた。しかし、この袋の中には2枚しか残っていなかった。疑問に思いつつ、それに何もつけず、くわえながら家を出た。普段なら遅刻ギリギリに来る俺だが、この日は15分早かった。ペダルをできるだけ強く踏み込み自転車を進ませた。夏が終わり、気温が加工しているというのに汗がにじみでてくる。俺はそんなことは気にせず、学校に向かった。

 そんなわけで俺は息を切らしながら廊下を走っていた。すると、そこには葵がこちらに向かって手を振っているのが見えた。その後ろには誰かが隠れている。横からルイの顔が現れたとき、ほっと胸をなでおろした。
 ゆっくりと減速をして、葵の前に立ち止まる。そして、膝に手をつき、息を整えた。
 「やっほー」
 葵は元気でそう言ったが、俺にはそんなことさえ言える気力はなく、息を吐きながら「あぁ」とつぶやいた。体がこれまでになく酸素を求めている。
 「なんで走ってきたの?あっ、わかった。ルイ君が心配で来たんでしょう」
 相変わらず勘が鋭い。いや、たぶん俺に対してだけだろう。
 「ああ、そう、なんだよ」
 相変わらずルイは葵の身体をぎゅっと抱きしめていた。半分だけ顔を出し、怖がるような目で俺を見つめていた。やはり昨日のことが原因か。
 「なにかあったの?」
 興味津々そうな葵に俺は昨日のことを説明した。ルイをいきなり襲ったこと、キスをしたこと。俺の話が終わると、葵はやれやれといったようなポーズで「そりゃ、こうなるよ」と呆れて言った。後ろのルイも今度は顔を出していなかった。
 葵は後ろのルイの様子を確認し、再びこちらに焦点を合わせた。
 「いい?ルイくん」
 葵は真剣な顔でこちらに歩み寄り、俺の腕を思い切りつかみ引っ張った。気がつけば、俺は葵の背中に乗っていた。足をばたつかせても地面には当たらない。俺には柔道の経験がないため受け身の仕方がわからない。俺は目をつむった。
 俺の身体は地面に思い切りぶつけられた。しかし、悲鳴を上げるほどではなくそっと地面に置かれた感じだった。周りが騒然と見守る中、葵は俺のことは見ず、にっこりとルイを見つめていた。
 「こいつはこうやってこらしめればいいの」
 ルイは感心したように「おー」と口を広げていた。
 「なにかされたら私に言ってね」
 「うん、ありがとう」
 ふたりがそんな会話をしている間、俺はゆっくりと立ち上がった。葵はそれを見て笑顔で「次は容赦しないから」とつぶやいた。
 ルイのほうを見ると、先ほどよりも口角がつり上がっている気がした。自分を守ってくれる人がいるからだろう。葵はボディガードの仕事につける。
 「困ったら、葵姉ちゃんに頼んでね」
 「うん、わかった」
 葵は少し腰を下ろして微笑み、ルイもニコッと笑っていた。
 「ルイくん、かわいいね。私の弟にしたいくらい」
 葵は屈託のない笑顔でそう言った。ルイは「え?」と少し困惑しているようだった。冗談で言っているか本気で言っているのかはわからない。冗談だとしても少しはそう思っているということだろう。
 「お前には弟がひとりいるだろう」
 俺は横から口を出した。
 葵には小学生の弟がいる。ほとんど会ったことがないが、恥ずかしがり屋でいつも葵にくっついているイメージがある。名前は、恵くん、だったかな。名前を聞いたのも葵の口からだったと思う。俺の記憶では「よろしく」としか言葉を交わしていない。もしかしたら、葵は、俺が小さな男の子好きというのをばらしているのかもしれない。だとしたら恵くんが俺に対して口を利かないのも納得できる。
 葵はゆっくりとこちらをのぞいた。
 「弟がふたりいるともっと楽しくなるよ」
 まるで悦楽に浸っているような顔をしていた。おそらく恵くんとルイと一緒に暮らしている様子を想像しているのだろう。ルイはどうしたらよいのかわからず俺と葵を交互に見ていた。葵は一度、咳払いをして現実に戻ってきた。
 「ルイくん、私の弟になろう」
 ルイの両肩に手を置き、真剣なまなざしで見つめていた。ルイは「えっ、え?」と視線が落ち着かなかった。葵は少しずつ顔を近づけるとともに笑顔になっていく。しかし、先ほどまでの笑顔ではなかった。内に秘められている欲望が隠しきれず、表情にあふれていた。
 「ヒィッ」
 ルイはそのような声を上げると、葵の手をほどき教室の中に逃げていった。
 「あらら、逃げられちゃった」
 葵はひとうため息をつくと、アハハと苦笑いを浮かべていた。あんな顔で近づかれたら恐怖でしかない。
 「さっきの怖い笑顔やめたら?」
 「これのこと?」
 葵は先ほどルイにしたような怖い笑顔で近づいてきた。
 「それそれ、ほんとに怖いから」
 正直、俺でもすこし怖い。初対面の人からすると腰がひけるだろう。
 「これね、直したいんだけどね、直せないの。心の中で思っていることが漏れてしまうの。ねえ、どうしたらいい?」
 珍しく真顔で聞く葵に「知らん」と一蹴いっしゅうした。葵はあきらめたかのように「そっか」と答える。
怖い笑顔が直るのはまだまだ先か、あるいはもう直らないかもしれない。そうなると、それは葵のアイデンティティになるのだろう。
 俺は一度、葵の顔を見ると、静かに教室の中に入った。
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