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Day2
9.なんで
しおりを挟む俺は昨日と同じようにルイのことをずっと見つめていた。今日もルイのもとには円を描くように人が集まってきた。ルイは集まってきた女子たちと楽しそうに会話をしている。それを俺は羨ましそうに見ていた。
休憩時間には多くの女子が集まり、ルイから離れる様子はなかった。しかし、昨日同様ルイはいきなりその集団から抜け出した。それを見て俺は追いかける。
ルイが向かった先は昨日と同じ使われなくなった中庭だった。大きな芝を越えると、ルイは注意深くあたりを見回した。今回は音を立てて気づかれないようにする。
すると、ルイは大きく息を吸い、空に向かって話し出した。芝から少し離れて会話しているので耳を澄ましても会話が途切れて聞こえるだけだった。
ルイはまるで誰かがそこにいるかのように時々、笑みを浮かべながら独り言を話していた。
俺はもしかしたら見てはいけないものを見ているのかもしれない。しかし、それでもルイから目を離すことはできなかった。
しばらくルイが独り言をつぶやいていると、息を大きくはいた。そして、体を大きく伸ばしながらこちらに向かって歩いてきた。俺は昨日の二の舞にならないように静かに速くその場を立ち去った。
6限目の終わりのチャイムが鳴った。すると、ルイは立ち上がり、一直線に俺のもとにやってきた。
「ねえ、一緒に、帰ろう」
ルイは俺の顔は見ずに顔を赤くしていた。俺は思いがけず「う、うん」と答えた。ひとりで帰ると思っていたからだ。
帰り道、空は雲ひとつない夕空だった。昨日、天気予報では数日晴れ間が続くが、そのあとは不安定な天気になるという。そして、気温は下り坂とのことだった。ピューと風が吹く。ルイは腕を組み、少し体を震わせた。俺は着ていた上着をルイに覆わせた。「ありがとう」とルイは恥ずかしそうに言う。上着がないと少し肌寒い。俺はサドルにまたがり、ルイを後部座席に座らせた。すると、俺の脇腹をルイの暖かい手が触れる。しかし、ルイは昨日のように体を包むようなことはなかった。
自転車をこいでいると、等間隔に植えられている木々を目にした。少し前まで新緑に映えていたはずの葉が今では紅葉に染まりつつある。
「見て、ルイ、黄色くなってるよ」
俺は明るい声を発して後ろを見た。ルイは「う、うん、そうだね。きれいだね」と無理矢理口角をつり上げているように見えた。昨日のように怒っていないし、朝のように怖がってもいないようだった。それを見て、俺はそっと胸をなでおろした。自転車のスピードを少し上げる。
「昨日はその、すまなかったな、いきなり襲ったりして」
「ううん、大丈夫。葵ちゃんに投げられてるの見て元気出たよ」
俺は心の中でやっぱり、とつぶやいた。あのとき突然、ルイが明るい顔になったのも守ってくれる人がいると思ったからだろう。俺は葵には喧嘩で勝ったことがなかった。しかし、それでも俺はあきらめたくはない。葵にしばかれる苦しさよりもルイに襲える利益のほうが大きいと感じたからだ。
俺は胸の内に欲望という黒い感情を漂わせ、自転車のスピードをさらに上げた。俺も葵と変わらないなと思う。
家に着くとルイを先に入れた。ルイはきれいに靴をそろえる。玄関の少しの段差を上り、奥の窓のかすかな夕日の光をたよりに廊下とリビングの電気をつけた。それと同時に俺は玄関の扉を閉めた。ルイのことをまるで獲物のように凝視した。しかし、ルイは昨日と違い特におびえる様子はなくリビングに入った。
俺は少し違和感があったものの靴を脱ぎ捨て、ルイの後を追った。
リビングに入るとルイは部屋の中心で立ち止まっていた。俺が歩くたびに足音が鳴るのだがルイは振り向きもしなかった。
どうして逃げようとしない、どうしてこちらを見ない。
歩を止め、心を落ち着かせる。俺は狩る側だ。それなのに焦ってどうする。獲物はすぐそこ、なにもおびえる必要もない。
俺はイノシシのようにルイに突っ込んだ。小さな体の相手にここまでする必要があるのか。床がドン、ドンと音がする。それでもルイは振り返らない。違和感、昨日のルイは逃げまどっていた。しかし、今は立ち止まりこちらを見ようとはしなかった。俺に襲われるのを受け入れているのか。それとも昨日のように避ける気か。
俺はルイの方を掴もうとした。しかし、ルイは突然振り返り、俺の腕をつかんだ。そして、小さな体にも関わらず俺の身体を持ち上げ、勢いのまま半円を描いた。背中にこれまでにあじわったことのない衝撃が走り、ドシンと床がまるで地震かのように揺れた。
俺は目をつむり、歯を食いしばって背中の痛みに耐えようとした。
「だ、大丈夫?」
ルイは腰を下ろして心配そうに見つめていた。俺は大丈夫、とつぶやこうとしたが言葉を発せないほど背中が痛んでいた。でも、骨は折れていなそうだ。葵に毎日のように体を痛めつけられている経験なのかなと思った。
なるほどな、と俺は心の中でつぶやいた。
俺が葵に投げられているのを見て笑顔になったのは守られているとわかったからではなく、俺に対して投げてもいいという認識が生まれたからか。
俺はいつも駆られる側だなー。
起き上がろうとしたが、まるで背中に釘を刺されたかのようにズキンと痛んだ。俺は動けるまでここで寝てしまおうかと思い、目をつむろうとした。しかし、
「ちょっと体をひっくり返してもいい?」
とルイは俺に聞いた。仰向けなら冷たい床が傷んだ背中を中和してくれるのだが・・・。ルイが言うならと俺は無理矢理、体をひっくり返した。ルイは俺のお尻に小さな体を乗せると、傷んだ背中に手を当てた。しかし、感覚が麻痺しているのかいつものぬくもりは感じることができなかった。
いったい、なにをする気だー。
俺は目をつむり、視覚以外の情報に集中する。反応したのは聴覚だった。
「痛いの痛いの飛んでけー」
かわいらしい声が耳に届いた。どうやらルイは背中の痛みを治そうとしているようだった。すぐには治らないということをルイに伝えたかったが、今、こうしてルイに乗ってもらっている感触を味わいたく黙っていた。
お尻にルイの暖かさが伝わってくる。なんだかマッサージを受けているかのように心地よかった。ルイは痛いの飛んでいけー、と何度もつぶやく。背中が温かく感じる。
そんなのただのこどもだまし・・・、あれ。
俺は気づいた。背中の感覚がもとに戻っていることに、背中に痛みがなくなっていることに、いつもより体が軽いことに。俺は飛び跳ねるように立ち上がった。手を背中に当ててみる。自分の手で触れているという感覚があり、軽くたたいても痛くはなかった。ルイは俺が突然、起き上がったことに驚いていたがすぐに安堵の表情に変わった。
「よかった」
普通ならありがとう、と言うべきなのだけれども真っ先に頭に浮かんだのは「なんで」という3文字だった。
「なんで?」
ルイは首をかしげる。
「なんで、って?」
「なんで、俺、あの、背中、治ってるの?」
頭が混乱して会話があやふやになる。
「『痛いの痛いの飛んでけー』って言ったらどんな病気も治るって聞いたの」
ルイは笑顔でそう言った。俺は眉をひそめてルイを見つめる。納得がいかなかったのだ。昨日、俺が急に眠ってしまったのもそうだ。少し前までは、疲れていたからだと思っていた。しかし、今ではルイがかかわっているのではないかと疑うようになった。急な眠り、昼休みの独り言、そして早すぎる回復。この3つの不可思議な現象から俺はひとつの仮説を立てた。
ルイはもしかしたら、超能力者なのかもしれない。
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