あえない天使

ハルキ

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Day3

15.また

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 俺は親父に言われたとおりにお酒を持ってきた。俺の部屋に置いていたため少し冷たいぐらいだった。リビングに入ると、ルイと親父が向かい合わせに座っていた。親父はまだうつむいたままだ。
 「持ってきたよ」
 俺がそう言うと親父はこちらを見て、誰にもわかるような作り笑いを浮かべていた。
 「ああ、ありがとう」
 親父はお酒を受け取り、それを開けた。プシューという音とともに泡があふれだしていた。親父はこぼさないようにそれを飲んだ。ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らす音がここまで聞こえてくる。俺はルイの隣に座り、親父の飲んでいる姿をただながめていた。親父が家で飲んでいる姿を見るのが初めてだったのだ。
 親父が一本を飲み切ると、頬が赤くなっていた。親父はテーブルに飲み終わったビール缶を置き、息をひとつ吐いた。
 「俺の実家は絵にかいたように貧乏だった。新しい制服もろくに買ってもらえず、誕生日のケーキのかわりにもやしの大盛だったことを覚えている。同級生からはいじめられ、教室ではいつも孤立していた。机に落書きされたり、上靴を捨てられたりと、まわりのものを信じられなくなっていた。だが、そんな俺にも信じられることがひとつあった。それは勉強だった。勉強すればするほど成績は良くなり、逆にそれをしないと成績は悪くなる。こんなわかりやすいものはほかになかった。俺は我も忘れるほど勉強した。そのおかげで小学校も中学校も高校の時も学年1位を取れたし、それを評価され有名な企業にも入社することができた。それからも誰よりも努力を重ね、昇格し、今は社長をやらせてもらっている」
俺は固唾を飲んで聞き、ルイは相変わらず笑顔だった。この話はお母さんから聞いたことはあるが、親父から直接聞いたのは初めてだった。自身の頑張りで人生を豊かにすることができたはずなのに親父は暗い表情をしていた。
「恵美と出会ったのはある取引先の会社に偶然出会ったことだった。彼女は俺のことを覚えていた。俺は彼女の顔をじっと見つめてやっとわかっていうのに。俺と彼女は小学校から高校まで一緒だった。俺は学年1位を取り、彼女はいつもその次だった。彼女は最初、俺に対して憎しみを抱いていたらしい。だが、その感情はいつしか恋心に変わっていた。俺たちは再開の後、たびたびともに食事をし、交際を深め、そして結婚した。それから恵美はお前を出産し、結婚生活は順風満帆じゅんぷうまんぱんだった。しかし、ある時、俺と恵美はけんかをした。それはお前の進路をどうするかだ。俺は、有名な大学に行かすべきと言った。だが、恵美は、あの子の好きなようにと言った。俺は、それは無責任だと言った。そして、言い争いが起き、恵美はこの家から出ていった」
俺は声を出さなかった。いや、出せなかった。親父からお母さんが出ていった理由を聞き、
親父はそう言うと、自嘲的じちょうてきなため息をついた。
「俺って、バカ、だよな。もう取り返しがつかないのに、もう遅いっていうのに」
「そんなことないよ」
突然、横やりをいれたのはルイだった。ルイは続けて、
「まだ遅くないよ。お母様に電話したの?」
と親父に顔を近づかせ、そう言った。
親父は一瞬だけ目を丸くさせたが、すぐに目をそらした。
「電話しても一緒さ」
「一緒じゃないよ」
ルイのつばが飛ぶ。
「たとえ断れても、相手に気持ちが伝わったらいいじゃないか。それをする前からあきらめているようじゃ、だめ」
ルイは「だめ」という言葉だけは目をつむり大声で叫んだ。親父は顔をうつむかせ、眉をしかめる。そして、拳をにぎりしめていた。
「親父、悩んでることがあったらちゃんと言えよ、俺も親父の話、ちゃんと聞くようにするから。それに俺もお母さんには戻ってきてほしいよ。ルイが言った通りまだ遅くはないよ。お母さんに謝ろう、俺も謝るから。もしさ、お母さんが戻ってきたら、4人で暮らそうよ。だから、お願い」
俺は親父に向かって頭を下げた。おそらく初めてだろう。
これまで胸の内に様々なものをため込んできた。それがさっきのルイの言葉で吐き出された。それをおもいっきり親父にぶつけたつもりだ。
 「こちらからお客様に不手際ふてぎわがあれば、すぐに謝り、そして、修正する。それが社会のマナーだ。俺はそんな大事なことも忘れてしまっていたんだな」
 俺は目を大きく見開いた。それが肯定の言葉だと思ったからだ。
 親父はフッと笑い、「ありがとう」と告げる。その言葉に目頭が熱くなるのを感じる。ルイは今にも昇天してしまいそうなくらい満足げに笑っていた。
 
 親父は携帯電話をカバンから取り出し、テーブルに置いてお母さんに電話をかけていた。俺たちは耳を澄まし、お母さんが電話に出るのを待っていた。しかし、出てくれるとは限らない。3年も連絡を取っていない相手から電話が来ても困惑するだけだろう。だから、今は藁をも掴む気持ちで待つしかなかった。
 部屋中に呼び出し音が鳴り響く中、突如とつじょ、その音が鳴りやんだ。
 ≪はい。雄二郎さん、何の用?≫
 お母さんの声だ。3年前と変わらない。
 3年前と同じならお母さんはスレンダーな体つきをしている。色白の肌にピンク色の眼鏡をし、肩ほどまで伸びた髪はポニーテイルにしている。そして、会社の部長をも任されるほどのキャリアウーマンである。
親父は慌ててテーブルに置いてある携帯を耳元に近づけた。
 「ああ、恵美。久しぶり」
 親父は久しぶりにお母さんと話したためか緊張し、舌があまり回っていなかった。
 ≪ええ、久しぶりね。で、何の用?≫
「謝りたいんだ」
お母さんは黙っている。
「お前が家を出ていった日のこと、覚えてるだろ。俺はお前の意見を真っ向から否定して、自分の意見を押し通そうとした。だが、それは間違いだった。あの時、お前の言うことをしっかり聞いてやればと後悔している」
≪それで、私を連れ戻す気?≫
「・・・、俺としたらお前に戻ってきてくれるのが一番、うれしい。だが、今は謝りたいんだ。お前が出ていった日のことを全身全霊で謝りたい」
≪そう。電話でっていうのもあれだから直接話しましょ。今週の日曜日の昼頃、あなたの家に行くわ≫
「ああ、今週の日曜だな。わかった」
日曜。今日は水曜日だから、四日後だ。親父は携帯を閉じ、小さくガッツポーズをした。俺は体の内から感情があふれその場で大きく跳んだ。まだ戻ってきてくれるわけではない。しかし、また会えることに胸を躍らせていた。

「じゃあ、行ってくるよ」
親父は荷物を持ち、玄関の前に立っていた。表情はいつにもまして明るかった。俺とルイは笑顔で見送ろうとした。
「ありがとう、俊樹、それから、・・・ルイ君だっけ?」
「うん」
ルイは元気な声で返事をした。親父はルイのもとへ歩み寄り、頭をなでて「ありがとう」とつぶやいた。ルイは「うん、またね、お父様」と言い、親父は「ああ、またな、ルイ君」とあいさつを交わした。
親父は扉を開けると、こちらに振り向き小さく手を挙げた。そして、さきほど呼んだタクシーに乗り込んだ。俺たちもその近くまで近寄った。親父は運転手に行き先を伝えると、こちらを向きこちらに手を振る。運転手がエンジンをいれ、動き出す。そして、だんだんタクシーが遠のき、俺たちはそれが見えなくなるまで手を振り続けた。



 





 












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