翼も持たず生まれたから

千年砂漠

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恋バナ

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 好きな人はいないの? と聞いてきたのは小林さんだった。
「え、何。いきなり」
 いつも一緒にいる杉野さんが隣のクラスの友達に用があっていない隙を狙ったような問い方だった。
「うーん、自分からナオナオが男の子の話することないから、もしかして秘密の恋でもしてるのかな、って」
 小林さんは親しくなると相手に妙な呼び名をつけて呼ぶ趣味がある。杉野さんの『スギのん』、木下君の『キノシー』はまだいいとして、私を『ナオナオ』、少し短気な柚木君を『柚短ゆずたん』、おっとりしている高瀬君を『オッセ』と名付けるのは再考を勧めたい。
「残念ながらそんなロマンチックな話はないよ」
「じゃ、普通に、好きな人っていないの?」
「いるよ」
 私が同級生の女の子たちに人気の男性アイドルの名を言うと、
「うーそーだ」
 小林さんは言葉のリズムに合わせて首を振った。
「ぜーんぜん好きそうじゃない」
 意外に小林さんは鋭かった。
「小林さんの方こそ、どうなのよ」
 問いをごまかすために私が質問を質問で返す戦法を取ると、彼女はあっさり乗ってきた。
「私? 私はね、この人」
 小林さんがいそいそカバンから出してきたのは、人気アニメの登場人物のブロマイドだった。一番人気のありそうな主人公でなく、個性的な敵役なのが小林さんらしく思えた。
 小林さんが得々とその好きなアニメキャラの話をするのをいつものようにただの情報のように聞いていると、
「で、ナオナオの好きな人って本当は誰?」
 虚を突かれて――私は星志の淋しい笑顔を思い浮かべた。
「あ、いる! いるね! 好きな人!」
 表情から思考を読まれて、私は慌てた。
「――あ、ち、違う。違うの。そ、そ、そんなんじゃなくて」
「誰? 私の知ってる人?」
「だから、違うって」
 うーん、と小林さんは考えるポーズを取り、
「沢渡君、新谷君、前田君、尾島君」
 女の子に人気のある同級生の男の子の名前を片っ端から言い始めた。
「伴野君、神埼君」
 言いながら私の顔を見て、
「キノシー、オッセ――柚短」
 そこまで言って、ダメかあ、と笑った。
「ぜーんぶ、はずれかあ。じゃ、私の知らない人なんだね」
「小林さんが思うような人じゃないけど……」
 私はもう一度星志の顔を思い浮かべた。
「大事に思ってる人なら……いる」
 言ってしまってから後悔した。
 星志のことは、誰にも興味本位で聞かれたくなかったから。けれど。
「そう……うん、それなら無理に聞かない」
 無邪気で好奇心旺盛だと思っていた小林さんは繊細そうに微笑んで、
「ごめんね。無神経に聞いて」
 と私に謝り、二度とそんな話をしなかった。

 
 しかし小林さんに問われたことで、私は星志に対する自分の気持ちを改めて考え始めた。
 小林さんに思わず答えてしまったように、私は星志を大切に思っているのは確かだった。
 でも、今自分が星志に対して抱いている気持ちが何なのか、よく分からない。
 そして気がついた。私は今まで異性を『特別に好き』になった事がなかったことに。
 芸能人でも、スポーツ選手でも、身近なクラスメートでも、特定の異性に対して他の人とは違う深い好意を抱いたことがない。歌がうまくても、走るのが速くても、難しい問題を難なく解いて見せてくれても、その時に感動するだけで終わってしまう。俳優などの皆が騒ぐ『イケメン』も、整った顔という感想しか湧かない。むしろ顔を見ただけでその人を好きになること自体、私には理解できなかった。
 こんな私だから、漠然と自分は生涯一度も結婚せずに終わるだろうと思っていた。
 でも、星志と出会ってその考えは変わった。
 星志は今まで出会った人の、誰とも似ていなかった。
 年下だけど私より大人びている時があって、そうかと思うと酷く幼く見えることもある。
 読書が好きで、夜空が好きで、ショパンが好きで――そんな星志を、私は多分、『特別に好き』だ。ずっといつまでも一緒にいたいと思うくらいに。
 『特別に好き』な感情は言い換えれば愛であり、その愛には、状況や相手との間柄に応じて様々な名前が付く。
 古代ギリシャの分類だと八種類。エロス(情欲的な愛)、フィリア(深い友情)、ルダス(遊びとゲームの愛)、アガペー(無償の愛)、プラグマ(永続的な愛)、フィラウティア(自己愛)、ストルゲー(家族愛)、マニア(偏執的な愛)だ。
 けれど私の星志に対する思いはどれにも当てはまらない気がする。
 名付けられない思いを胸に秘めながら、星志に会う日々が続いていた。
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