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話し合い
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柚木君が待っているだろう道を避けて家に帰ると、話がしたいと両親に呼ばれた。
私を人の形に産んでくれた人達と向かい合って座る。
「お前は毎日どこへ行ってるんだ」
父がため息まじりに言った。
「お前も色々なことを考えて、悩んでいるのだろうと思う。夜に外へ出るのも、気持ちの整理をつけるのに必要なのかと見守ってきた。でも」
父は女子中学生が夜外出する危険性と今の時期に勉強に勤しまないと不利になる高校受験について弁護士らしく冷静に懇々と語り、私に同意を求めた。
みんな同じことしか言わない。正論が必ずしも正しいとは限らないのに。
星志も学校の教師が家に訪ねて来て話をした時に、こんな風に思ったのかもしれない。
私は俯いて、テーブルの木目を見ていた。ただ見ていた。
「お前はあの男の子と付き合っているのか」
父の言葉に、私はハッとして顔を上げた。
「近頃毎晩お前を送ってくる兄弟の、背の高い方の子と付き合っているんじゃないのか」
柚木君……のことを言っているのだろうか。――ああ、そうなのか。父には私が恋愛に夢中で、それについて悩んでいるように見えているのだ。そして恋愛相手が同じ年頃の柚木君だと思っている。
常識で考えれば、星志は私の恋の対象には幼いから。
でも、一般的でなかったとしても、私の星志に対する思いをよくある軽薄な言葉でひとくくりにして欲しくなかった。
星志はこの果てのない宇宙で見つけた、私だけの星だった。
闇に惑う私を慰めた、ただ一つの光。
「あれはどこの子だ。言いなさい。私から向こうの親に連絡する。中学生の女の子を夜遅くまで引っ張り回すなんて、向こうの親は何も言わないのか」
もう何も話したくない。理解してもらえそうもないから。
全て話してしまいたい。少しでも分かって欲しいから。
両極に揺れる、私の心。どちらに傾く。どちらへ傾けばいい──分からない。
「……夜、いないの」
それでも賭けてみたかった。理解してもらえる方へ。
「お父さんはずっと前に亡くなってて、お母さんはスナックで働いているから」
母子家庭で水商売か、と呟いて顔をしかめた父を、私は見逃さなかった。
「──だったら何」
父に、世間一般の偏見を見た。
「片親だから何なの。水商売だから何なの。そんなことがあの子に何の関係があるの」
両親が揃っていないからまともな教育ができないのだろう、と、母親が水商売をしているから擦れた環境にいるのだろう、と──だから本人もろくな者ではないだろうと言外に言った父を、父だからこそ許せなかった。
「お父さんだってスナックにお酒飲みに行くくせに、そこで働いている人を見下すの」
私にとって弁護士の父は公正と正義の人だった。でもそれは虚像だったのか。
「何が人権を守る弁護士よ! どこが弱い者の味方なのよ! お父さんなんて、差別意識の塊じゃないの!」
「──生意気言うな!」
耳元で、風が鳴った。
頭が痺れて、頬の痛みはその後だった。
父が私を叩くなんて生まれて初めてのことだった。
放心状態の私を、父が怒りと悲しみとも取れる複雑な顔で見つめていた。その横で母が顔を両手で覆って泣いていた。
父を怒らせる気も母を泣かせる気もなかったのに、どうして、何が悪くてこうなってしまったのだろう。私が持って生まれた歪みが、家族までも歪ませてしまったのだろうか。
「明日から夜の外出は許さん」
父はそう言うと疲れ果てたように座った。
今まで両親と言い争いしたことのなかった訳を、私は今、理解した。
私には両親と戦ってまで欲しいものが、守りたいものがなかったから。親にとって良いものがそのまま私にとっても良いと鵜呑みにしていたから。
お父さん、お母さん。私はあなたたちとは違う者なの。あなたたちに似た人の形をしているだけの、異質な者。だから──期待には応えられないの。
私は人でなくてもいいと言ってくれるただ一つの星が、全てを賭けて欲しい。
でも……分かってはもらえないよね。
私は無言で立ち上がり、重い空気の中を泳いで二階の自室へ向かった。何故か涙は出なかった。
「お前は──一体どうしたんだ」
二階へ上がる階段で、父の悲痛な叫びを聞いた。
「どうもしない。私は私でいるだけ」
呟いた言葉は両親に届いただろうか。
私を人の形に産んでくれた人達と向かい合って座る。
「お前は毎日どこへ行ってるんだ」
父がため息まじりに言った。
「お前も色々なことを考えて、悩んでいるのだろうと思う。夜に外へ出るのも、気持ちの整理をつけるのに必要なのかと見守ってきた。でも」
父は女子中学生が夜外出する危険性と今の時期に勉強に勤しまないと不利になる高校受験について弁護士らしく冷静に懇々と語り、私に同意を求めた。
みんな同じことしか言わない。正論が必ずしも正しいとは限らないのに。
星志も学校の教師が家に訪ねて来て話をした時に、こんな風に思ったのかもしれない。
私は俯いて、テーブルの木目を見ていた。ただ見ていた。
「お前はあの男の子と付き合っているのか」
父の言葉に、私はハッとして顔を上げた。
「近頃毎晩お前を送ってくる兄弟の、背の高い方の子と付き合っているんじゃないのか」
柚木君……のことを言っているのだろうか。――ああ、そうなのか。父には私が恋愛に夢中で、それについて悩んでいるように見えているのだ。そして恋愛相手が同じ年頃の柚木君だと思っている。
常識で考えれば、星志は私の恋の対象には幼いから。
でも、一般的でなかったとしても、私の星志に対する思いをよくある軽薄な言葉でひとくくりにして欲しくなかった。
星志はこの果てのない宇宙で見つけた、私だけの星だった。
闇に惑う私を慰めた、ただ一つの光。
「あれはどこの子だ。言いなさい。私から向こうの親に連絡する。中学生の女の子を夜遅くまで引っ張り回すなんて、向こうの親は何も言わないのか」
もう何も話したくない。理解してもらえそうもないから。
全て話してしまいたい。少しでも分かって欲しいから。
両極に揺れる、私の心。どちらに傾く。どちらへ傾けばいい──分からない。
「……夜、いないの」
それでも賭けてみたかった。理解してもらえる方へ。
「お父さんはずっと前に亡くなってて、お母さんはスナックで働いているから」
母子家庭で水商売か、と呟いて顔をしかめた父を、私は見逃さなかった。
「──だったら何」
父に、世間一般の偏見を見た。
「片親だから何なの。水商売だから何なの。そんなことがあの子に何の関係があるの」
両親が揃っていないからまともな教育ができないのだろう、と、母親が水商売をしているから擦れた環境にいるのだろう、と──だから本人もろくな者ではないだろうと言外に言った父を、父だからこそ許せなかった。
「お父さんだってスナックにお酒飲みに行くくせに、そこで働いている人を見下すの」
私にとって弁護士の父は公正と正義の人だった。でもそれは虚像だったのか。
「何が人権を守る弁護士よ! どこが弱い者の味方なのよ! お父さんなんて、差別意識の塊じゃないの!」
「──生意気言うな!」
耳元で、風が鳴った。
頭が痺れて、頬の痛みはその後だった。
父が私を叩くなんて生まれて初めてのことだった。
放心状態の私を、父が怒りと悲しみとも取れる複雑な顔で見つめていた。その横で母が顔を両手で覆って泣いていた。
父を怒らせる気も母を泣かせる気もなかったのに、どうして、何が悪くてこうなってしまったのだろう。私が持って生まれた歪みが、家族までも歪ませてしまったのだろうか。
「明日から夜の外出は許さん」
父はそう言うと疲れ果てたように座った。
今まで両親と言い争いしたことのなかった訳を、私は今、理解した。
私には両親と戦ってまで欲しいものが、守りたいものがなかったから。親にとって良いものがそのまま私にとっても良いと鵜呑みにしていたから。
お父さん、お母さん。私はあなたたちとは違う者なの。あなたたちに似た人の形をしているだけの、異質な者。だから──期待には応えられないの。
私は人でなくてもいいと言ってくれるただ一つの星が、全てを賭けて欲しい。
でも……分かってはもらえないよね。
私は無言で立ち上がり、重い空気の中を泳いで二階の自室へ向かった。何故か涙は出なかった。
「お前は──一体どうしたんだ」
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