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3 八年ぶりの世久家
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「伯母が家を継ぐ予定だったんですか」
母屋へと廊下を歩きながら隆志が聞くと、
「隆志さんの行方が分からないままだったら、そうでした」
太田は事も無げに頷いた。
それでなのか、と隆志は今更ながら父の葬儀の時の伯母の態度に合点がいった。
喪主は隆志だったが、伯母が何かと横から高圧的に口を挟んでは「喪主は隆志さんですから、出過ぎたご意見はお控えください」と太田の父に諫められていた。
自分が年若くて物知らずで頼り無いから伯母が苛ついて口出しするのだと思っていたが、伯母は『次期当主』であるつもりで葬儀を采配しようとしていたのだ。
「世久家は直系の男子が継ぐのが原則なんだそうです。遺言でもあれば別なんでしょうけどね。真紀子さんは闘病中の和也様から了解を取ったというんですが、所詮は口約束で文書にして残してはいなかったんですよ」
まさか今更息子の隆志が見つかるとは、伯母も思ってはいなかったのだろう。だから言質を取っただけで安心していたのだ。一応実母の了承もあって、決定されたものと思い込んでいたようだ。
「まあ、真紀子さんの反発は予想の範囲ですし、今夜隆志さんを当主としてお披露目してしまえばそれまでです」
だから戻ったばかりの今日の夜にお披露目会と急ぐのだろう。
隆志は今夜行われるというそのお披露目会について聞いてみた。
「簡単に言えば、代替わりの挨拶と顔見せですよ」
世久家と懇意にしている人間に挨拶して一緒に食事するだけだと言う。とはいえ、一応正装はしなくてはならないらしい。
「お披露目会は午後七時からですので、それまでにお着替えを。一通りの挨拶をしましたらその後会食、終了は午後九時の予定です」
まるで秘書のような仕事ぶりだ。こんなの弁護士の仕事の範疇を超えているだろう。
隆志が申し訳なさそうにそう言うと、彼は笑い返した。
「隆志さんが世久家の当主として家に慣れるまでは、私が補佐役兼相談役ですから。これも立派に仕事の内です」
廊下を玄関まで戻ると、明子が奥から小走りに出てきた。
「お疲れ様でございました」
「明子さん、真紀子さんが来てるならそう言ってくださいよ。そしたら挨拶も時間をずらしたのに」
太田が恨みがましく言うと、明子は目を見開いた。
「まあ、真紀子様がいらっしゃってたんですか?」
明子は真紀子の来訪を知らなかったようだった。そういえば玄関で真紀子の靴は見なかった。祖母の住む離れには別に出入り口があるので、今回真紀子はそちらを利用したのだろう。
「タイミング悪く鉢合わせして、大変でしたよ」
そうですか、と明子は憂えたように笑った。
「とにかくお茶を入れてまいりますので、応接間にどうぞ」
と言われても、隆志にはどこの部屋なのか分からない。
「あの、応接間ってどこですか」
太田がひどく意外そうな顔をした。
「え、知らないんですか? 昔ここに住んでいらしたのに?」
「僕が住んでいたのは父のいた別棟だったので」
住んでいた頃、父にこの母屋や他の棟には絶対入ってはいけないと厳しく言われていたため、この屋敷の中は全くといっていいほど知らない。
「では、私がご案内しましょう」
太田に案内されたのは、十二畳の和室。それも団地サイズの畳ではなく昔の本間サイズだからそうとうに広い部屋だった。障子を開け放つと廊下の向こうのガラス戸からきれいに手入れされた日本庭園が眺められる。
「さすが世久家の応接の間ですね。本来の間取りにすると趣がありますね」
「本来のって、どういう」
「和也様の葬儀の時は、襖を取り外して大広間にしていたでしょう」
そうだった。今は襖で仕切られているが、庭と反対側の方にも部屋があり、襖を取り外すと都合四部屋が一部屋のように使えるようになっている。必要なら最大六部屋、畳四十八畳分の広間ができるらしい。それでもこの母屋の三分の一の面積にも満たないのだから、日本の平均的住宅と比べると呆れる広さだ。
「私など庶民で今時の狭い建て売り住宅で育ったものですから、こんな歴史のある日本家屋の間取りを見ると感動しますよ」
「僕なんか今まで住んでた家と違い過ぎて現実感がないせいか、昔見た横溝正史の映画みたいだと思ってしまいますよ。八つ墓村とか、犬神家の一族とか、舞台になった家ってこんな感じだったでしょう。今でもこんな家が本当にあるんだって点では感心はしますけど」
隆志が物珍しげに部屋の中を眺め、
「どうして父は母屋や他の棟への出入りを禁止したんだろう。子供の僕に触られたくない何か大事なものでもあったのかな」
独り言のつもりで呟くと、
「他の棟は分かりませんが、母屋なら多分これでしょうね」
太田は襖を指差した。襖には、見事な竹林が描かれている。
「この母屋の襖絵は全て、総一郎様が描いたものなんです」
「総一郎って、僕のお祖父さんですよね。これをお祖父さんが?」
「ええ、総一郎様は一流の日本画家でしたから」
初耳だった。もっとも、隆志は世久家の人間のことを殆ど知らない。十歳の時に母に連れられてここを出て以来、全く交流がなかったのだから。
「この襖絵一枚でも結構な値がつくんじゃないでしょうか。実際、今でも是非譲って欲しいとの申し込みがあります」
「金持ちの上に、金を稼げる才能、か。天は二物を与えずじゃなかったのかな」
やっかみ半分に隆志が呟くと、太田が首を振った。
「金を稼ぐ才能とは言えないでしょうね。総一郎様は生前、一つも絵をお売りになりませんでしたから」
「え? 画家だったのに?」
「画家としての実力も、世間の評価もありました。でも、作品は売らなかった。いや、売ってはいけなかったんです。世久の当主でしたから」
意味がわからない。世久の家長であることが、画家として絵を売らないことにどう関係するのか。
「あの、それはどういう……」
隆志の問いかけに、太田は意外にもやや顔を曇らせ、
「それについては私が申し上げるよりも、大奥様からお聞きになられた方がいいでしょう」
明快な答えを避けた。
そこへ明子が茶を運んできたので、隆志はそれ以上太田に問うのは諦めた。
明子を交えて暫く雑談した後、太田は出された茶を飲み干すと、
「隆志さんも長旅でお疲れでしょう。少し休まれた方がいいでしょうから、これでお暇します。夕方、また来ますから」
太田が帰ってしまうと、急に疲労感が押し寄せてきた。
この父の実家は四国の中程の山際にある。
東京から朝一番の飛行機で一時間。そこから三度バスに乗り換えた。最後のバスは一時間に一本しかないため、バスの待ち時間なども含めてこの家に帰るまでにかかった時間は半日以上だ。
大きくため息をついた隆志を明子が気遣った。
「あの、奥の間にお床を延べますから休まれたらいかがですか。お荷物もその部屋に運んであります」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと休ませてもらいます」
そんな、と明子は困ったように笑った。
「他人行儀な。ここはもう隆志様のお家なんですよ」
「……そうですね」
明子は茶器を片付けていた手を止め、隆志の傍に座り深々と頭を下げた。
「本当に……よくお戻りくださいました」
笑った彼女の目には涙がにじんでいた。
「あの小さかった坊ちゃんが御当主に……。私も歳を取るはずですね」
確かに彼女は八年分老けたかもしれない。けれど穏やかな温かさは変わらなかった。家を継いだ父に連れられてこの家にきたばかりの頃、早くこの土地に馴染めるようにと地理や風習を教えてくれたことを思い出す。
「明子さんは全然変わらないよ」
「隆志様も。御身体は大きくなられましたけれど、お優しいところはあの頃のままです。お戻りくださって本当に、本当に嬉しゅうございます。でも――」
明子は俯き、顔を覆った。
「できれば……和也様がお元気な内に、佐恵子様とお戻りいただきたかったです……」
その言葉に隆志は母の笑顔を思い出し、俯いた。
母屋へと廊下を歩きながら隆志が聞くと、
「隆志さんの行方が分からないままだったら、そうでした」
太田は事も無げに頷いた。
それでなのか、と隆志は今更ながら父の葬儀の時の伯母の態度に合点がいった。
喪主は隆志だったが、伯母が何かと横から高圧的に口を挟んでは「喪主は隆志さんですから、出過ぎたご意見はお控えください」と太田の父に諫められていた。
自分が年若くて物知らずで頼り無いから伯母が苛ついて口出しするのだと思っていたが、伯母は『次期当主』であるつもりで葬儀を采配しようとしていたのだ。
「世久家は直系の男子が継ぐのが原則なんだそうです。遺言でもあれば別なんでしょうけどね。真紀子さんは闘病中の和也様から了解を取ったというんですが、所詮は口約束で文書にして残してはいなかったんですよ」
まさか今更息子の隆志が見つかるとは、伯母も思ってはいなかったのだろう。だから言質を取っただけで安心していたのだ。一応実母の了承もあって、決定されたものと思い込んでいたようだ。
「まあ、真紀子さんの反発は予想の範囲ですし、今夜隆志さんを当主としてお披露目してしまえばそれまでです」
だから戻ったばかりの今日の夜にお披露目会と急ぐのだろう。
隆志は今夜行われるというそのお披露目会について聞いてみた。
「簡単に言えば、代替わりの挨拶と顔見せですよ」
世久家と懇意にしている人間に挨拶して一緒に食事するだけだと言う。とはいえ、一応正装はしなくてはならないらしい。
「お披露目会は午後七時からですので、それまでにお着替えを。一通りの挨拶をしましたらその後会食、終了は午後九時の予定です」
まるで秘書のような仕事ぶりだ。こんなの弁護士の仕事の範疇を超えているだろう。
隆志が申し訳なさそうにそう言うと、彼は笑い返した。
「隆志さんが世久家の当主として家に慣れるまでは、私が補佐役兼相談役ですから。これも立派に仕事の内です」
廊下を玄関まで戻ると、明子が奥から小走りに出てきた。
「お疲れ様でございました」
「明子さん、真紀子さんが来てるならそう言ってくださいよ。そしたら挨拶も時間をずらしたのに」
太田が恨みがましく言うと、明子は目を見開いた。
「まあ、真紀子様がいらっしゃってたんですか?」
明子は真紀子の来訪を知らなかったようだった。そういえば玄関で真紀子の靴は見なかった。祖母の住む離れには別に出入り口があるので、今回真紀子はそちらを利用したのだろう。
「タイミング悪く鉢合わせして、大変でしたよ」
そうですか、と明子は憂えたように笑った。
「とにかくお茶を入れてまいりますので、応接間にどうぞ」
と言われても、隆志にはどこの部屋なのか分からない。
「あの、応接間ってどこですか」
太田がひどく意外そうな顔をした。
「え、知らないんですか? 昔ここに住んでいらしたのに?」
「僕が住んでいたのは父のいた別棟だったので」
住んでいた頃、父にこの母屋や他の棟には絶対入ってはいけないと厳しく言われていたため、この屋敷の中は全くといっていいほど知らない。
「では、私がご案内しましょう」
太田に案内されたのは、十二畳の和室。それも団地サイズの畳ではなく昔の本間サイズだからそうとうに広い部屋だった。障子を開け放つと廊下の向こうのガラス戸からきれいに手入れされた日本庭園が眺められる。
「さすが世久家の応接の間ですね。本来の間取りにすると趣がありますね」
「本来のって、どういう」
「和也様の葬儀の時は、襖を取り外して大広間にしていたでしょう」
そうだった。今は襖で仕切られているが、庭と反対側の方にも部屋があり、襖を取り外すと都合四部屋が一部屋のように使えるようになっている。必要なら最大六部屋、畳四十八畳分の広間ができるらしい。それでもこの母屋の三分の一の面積にも満たないのだから、日本の平均的住宅と比べると呆れる広さだ。
「私など庶民で今時の狭い建て売り住宅で育ったものですから、こんな歴史のある日本家屋の間取りを見ると感動しますよ」
「僕なんか今まで住んでた家と違い過ぎて現実感がないせいか、昔見た横溝正史の映画みたいだと思ってしまいますよ。八つ墓村とか、犬神家の一族とか、舞台になった家ってこんな感じだったでしょう。今でもこんな家が本当にあるんだって点では感心はしますけど」
隆志が物珍しげに部屋の中を眺め、
「どうして父は母屋や他の棟への出入りを禁止したんだろう。子供の僕に触られたくない何か大事なものでもあったのかな」
独り言のつもりで呟くと、
「他の棟は分かりませんが、母屋なら多分これでしょうね」
太田は襖を指差した。襖には、見事な竹林が描かれている。
「この母屋の襖絵は全て、総一郎様が描いたものなんです」
「総一郎って、僕のお祖父さんですよね。これをお祖父さんが?」
「ええ、総一郎様は一流の日本画家でしたから」
初耳だった。もっとも、隆志は世久家の人間のことを殆ど知らない。十歳の時に母に連れられてここを出て以来、全く交流がなかったのだから。
「この襖絵一枚でも結構な値がつくんじゃないでしょうか。実際、今でも是非譲って欲しいとの申し込みがあります」
「金持ちの上に、金を稼げる才能、か。天は二物を与えずじゃなかったのかな」
やっかみ半分に隆志が呟くと、太田が首を振った。
「金を稼ぐ才能とは言えないでしょうね。総一郎様は生前、一つも絵をお売りになりませんでしたから」
「え? 画家だったのに?」
「画家としての実力も、世間の評価もありました。でも、作品は売らなかった。いや、売ってはいけなかったんです。世久の当主でしたから」
意味がわからない。世久の家長であることが、画家として絵を売らないことにどう関係するのか。
「あの、それはどういう……」
隆志の問いかけに、太田は意外にもやや顔を曇らせ、
「それについては私が申し上げるよりも、大奥様からお聞きになられた方がいいでしょう」
明快な答えを避けた。
そこへ明子が茶を運んできたので、隆志はそれ以上太田に問うのは諦めた。
明子を交えて暫く雑談した後、太田は出された茶を飲み干すと、
「隆志さんも長旅でお疲れでしょう。少し休まれた方がいいでしょうから、これでお暇します。夕方、また来ますから」
太田が帰ってしまうと、急に疲労感が押し寄せてきた。
この父の実家は四国の中程の山際にある。
東京から朝一番の飛行機で一時間。そこから三度バスに乗り換えた。最後のバスは一時間に一本しかないため、バスの待ち時間なども含めてこの家に帰るまでにかかった時間は半日以上だ。
大きくため息をついた隆志を明子が気遣った。
「あの、奥の間にお床を延べますから休まれたらいかがですか。お荷物もその部屋に運んであります」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと休ませてもらいます」
そんな、と明子は困ったように笑った。
「他人行儀な。ここはもう隆志様のお家なんですよ」
「……そうですね」
明子は茶器を片付けていた手を止め、隆志の傍に座り深々と頭を下げた。
「本当に……よくお戻りくださいました」
笑った彼女の目には涙がにじんでいた。
「あの小さかった坊ちゃんが御当主に……。私も歳を取るはずですね」
確かに彼女は八年分老けたかもしれない。けれど穏やかな温かさは変わらなかった。家を継いだ父に連れられてこの家にきたばかりの頃、早くこの土地に馴染めるようにと地理や風習を教えてくれたことを思い出す。
「明子さんは全然変わらないよ」
「隆志様も。御身体は大きくなられましたけれど、お優しいところはあの頃のままです。お戻りくださって本当に、本当に嬉しゅうございます。でも――」
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