不労の家

千年砂漠

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14 橋本

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 母子家庭で金の苦労は嫌というほどしたというのに、恵まれて金を使うのに抵抗がなくなった隆志は、橋本と共に派手に遊びまわった。
 一緒に遊ぶ人間や場所など、遊びの全てのお膳立ては彼がしてくれた。
 彼が案内してくれるのは町内の店ばかりで、蓮池市まで遊びに出ようとは言わなかった。隆志に全て支払いをさせるためには、世久の名と金が十分に使える地元の店の方が都合がいいからだ。
 三日と空けず、橋本たちと深夜まで遊びまわり、昼まで寝ている――そんな自堕落な生活が続いた。
 その中で友人の顔ぶれは少しずつ変わっていった。隆志の金を当てにして遊ぶのに抵抗がある者から、交際が切れていった。

 今、世の中は不況で、就職でき難い状況だった。
 だからこそ運転免許や他の資格を取り安定した職を勝ち取ろうとしている者から見れば、働かないで暮らしていける世久の当主には羨望よりむしろ腹立たしさを覚え、安易な施しを受けているようで我慢ならないのだろう。
 橋本たちの財布代わりにされていると親切めいた忠告をくれた者もいたが、それはとっくに自覚していることだった。
 それでも橋本と付き合う理由は、元級友の気安さと、色々な店を知っている便利さ、そして何よりあの明るさ、と言うより、軽さだった。
 隆志の金でいくら遊んでも恐縮しない図太い人間だから、隆志の方も何の気兼ねもしなくてよく、楽なのだ。
 橋本に利用されているように見えて、実はこっちの方が橋本を利用していると言える。
 財布の隆志に、橋本からのおねだりメールは頻繁にあった。
『ゲーム機持ってないんだって? 俺が色々面白いソフト教えてやるから、買えよ。そんでお前の家でみんなで格ゲー対戦やろうぜ』
 翻訳すると、自分好みのゲームを揃えて遊ばせろ、だ。
 橋本を機嫌よくさせて使う程度の金くらいで、世久家は困りはしない。
 隆志は笑って、返信を打ち込んだ。


 橋本の希望通りゲーム機とソフトを大量に買うと、さっそく隆志の家に集まり、徹夜でゲーム大会をやろうという話になった。
 夕方、約束した時間にやってきた橋本たちを玄関で迎えると、
「……何か、別世界だよな。俺、門から玄関までこんなに距離がある家、初めてだよ」
 彼らは玄関に立ちすくみ、ため息をもらした。そういえば、彼らを家に招待したのはこれが初めてだった。
「ありえねえー。何、この広さは」
「ていうか、俺、今どっちの方向に歩いてんのかさえ分からねえよ」
 廊下を歩きながらも、いちいち感嘆の声を上げる。
「家の中で迷子になりそうだよ」
「僕はもう、迷ったことがあるよ。それに、まだ全部の棟に行ったことない」
 隆志が笑うと、みんなは笑うというより呆れたようだった。
 明子にはあらかじめ気を遣わないよう言ってあり、食料も十分買い込んであった。スナック菓子やカップラーメンを食い散らかしながら大型画面でのゲームに興じ、気が付けば真夜中になっていた。
「あのさ、トイレ、どこかな」
 友人の一人、細川が立ち上がりながら聞いた。
「ここを出て左に行って、それから二つ目の角を右に、って分かんないよね。案内するよ」
 隆志は机の引き出しから蛍光色のビニールテープと鋏を取り出す。
「後から行く人のために、これで目印つけとくから」
「マジ? 目印がなきゃトイレにもいけないなんて、ほんと、ありえねえ家だな」
 笑う橋本たちに笑い返して、隆志は細川と廊下に出た。
 今までの部屋が明るかった分、廊下はひどく暗く思えた。隆志は慣れたが、これほど入り組んで広い日本家屋はそれだけで不気味な雰囲気がある。気弱な細川が落ち着きなく視線を彷徨わせ、ひっきりなしに話しかけてくる気持ちは良く分かった。
 隆志は細川と話しながらある程度の間隔をおいて柱にテープを張って歩く。トイレの入り口にテープを×印に張った隆志は、細川の肩を叩いた。
「じゃ、帰りはテープの通りの廊下を戻ればいいから」
「ええー、すぐ済むからいてくれよ」
 細川は情けない声を出して、隆志に取りすがった。あまりに必死に言うのでかわいそうになり、結局彼を待って一緒に戻った。
「――と本田川から南の田んぼも全部そうだって。それに元町のあのでかいマンションとターミナル前のビル三つとも世久の物だよ」
 廊下に部屋の中の声がもれていた。どうやら隆志たちがいない間に世久家の資産談義になったようだった。
「昔はこの町の殆どの土地が世久家のものだったってさ」
 隆志もツイてる奴だよ、と橋本は笑った。
「もしも、隆志の祖父さんが亡くなった時に世久家の長男が戻ってきていたら、隆志の親父が家を継ぐこともなくて、隆志も相続できなかっただろうからさ」
 隆志は思わず顔をしかめて呟く。
「……長男?」
「え、知らないの? 隆志のお父さんのお兄さんだよ」
 細川が意外そうに囁く。
 初めて聞く。父に兄がいたなんて。
「僕も名前は知らないけど、十代の半ばで家出して、それっきりなんだって」
 細川の小声をかき消すように、再び橋本の高笑いが聞こえた。
「俺、いっそこの家に住まわせてもらおうかな。そしたら、何もかもあいつの金で暮らせるだろ」
 廊下で隆志本人が聞いているとも知らず、橋本は勝手なことを言う。
「この家、部屋は腐るほどあるんだからさ。お前らも言ってみれば? どうせ隆志には俺たちしか友達いないんだから。上手くやればこのまま遊んで暮らせるぜ」
「……隆志」
 隆志の後ろで同じように話を聞いていた細川が、何か言いたげに口を開きかけたが、隆志は人差し指を立てて口に当てて黙るよう伝えると、彼を連れて廊下を逆戻りした。
「……あの……隆志、僕は」
 部屋から十分離れたところで恐る恐る話しかけてきた細川に、隆志は笑って見せた。
「いいんだ。橋本の考えなんて、何もかも承知の上だから。それに、細川があんなことを考えてるなんて思ってないよ」
 彼の心中も本当のところ分かったものではないが、隆志は細川に全てを口止めし、わざと足音をさせて部屋へ戻った。
 部屋の中の会話は、ゲームの話題に変わっていた。隆志は素知らぬ顔で話に加わった。細川は隆志の顔色を窺っていたようだが、普通に橋本たちに接しているのを見て安心したのか、遅れてその輪に入った。
 午前三時を過ぎるとさすがにみんな疲れてきて、もう寝ようかという話になった。
 奥の部屋に人数分の布団を用意してあると言うと、橋本以外は奥の部屋へ移動した。
「俺はもうちょっと起きてる。こいつをブッ倒すまで」
 コントローラを握って笑う橋本を残し、みんなは襖を閉めて布団にもぐりこんだ。


 それから三十分ほどでゲームの片が付いた橋本は、さすがに疲労で眠くなった。
「……トイレ行ってから寝るか」
 橋本は一人呟いて、廊下のテープの張られた方へ歩いた。
 トイレから出ると、ふと悪心が頭をもたげた。
 ――屋敷の中を探検して、金目の物でも持ち出してやろうかな。隆志はまだ全ての棟へは行ってないというんだから、どうせどこに何があるか把握しちゃいないだろう
 薄暗い廊下を各部屋を覗きながら歩く。天井の明かりは古い屋敷に似合わず感知式になっていて、橋本が歩く方へ向かってパラパラと灯り、時間を置いて消えていった。
 どこまで行っても続く廊下と障子。庭は黎明の闇。
 障子を開けてみても、どの部屋も家具すらなく空っぽだ。
 いつしか橋本は自分がどこにいるのか分からなくなっていた。
 ――ダメだ。戻ろう。部屋があるばっかで、何にもない
 踵を返した橋本の視界に。
 赤い花模様の着物の少女が――一瞬、映って、消えた。
 橋本は二、三度強く瞬きし、少女が消えた方へ歩いた。
 しかし、誰もいない。
 当たり前だろう。見間違いに決まっている。この屋敷にいるのは婆さんと家政婦だけと隆志が言って……。

 ――お前は

 後から幼い声が。

 橋本は飛び上がるようにして振り向いた。

 そこにはさっき見かけた少女がいた。

 ――世久の家のためにならぬのう

 着物より赤い唇が、ゆっくりと釣り上がった。
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