不労の家

千年砂漠

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15 突然の不幸

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 橋本がいないのに気づいたのは、一番先に起きた細川だった。
 布団は使用した跡がなく、テレビもつけっぱなしだったので、ゲームで徹夜してちょっとトイレにでも行っているのだろうと思っていた。が、どれだけ経っても戻ってこないし、トイレにもいない。
 時刻は昼を過ぎているのに、菓子やカップメンは寝る前に見た時と変わらず残っている。
 さすがにおかしいと感じ、細川はみんなを起こして橋本がいないことを告げた。
「……帰ったんじゃないのか」
 玄関に行ってみると橋本の靴がなく、自転車もなくなっていた。携帯に電話してみると、電源が切られているようでつながらない。
 何かあったのだろうかとみんなで話しながら部屋へ引き返している途中で、友人の一人の山下の携帯へ電話がかかってきた。
「――何だって? 嘘だろっ!」
 山下は叫び、見る間に顔色が青くなった。
 電話を切った後、彼は虚ろに、呟くようにみんなに告げた。
「橋本が……死んだって」
 耳を疑い問い直しても、事実は変わらなかった。
「まさか。交通事故か?」
 しかし彼は首を振った。
「今朝……自殺したって」
 ついさっきまでここにいたはずの橋本が、何故。
 誰かの口から洩れた疑問に答えられる者はいなかった。
 母屋の廊下の掃き出し窓から見える風景が急に暗くなったと思うと、激しい雨が降り始めた。
 ――橋本の通夜は雨かな
 隆志は一瞬そう考えて、現実逃避の思考に陥りそうなほどショックを受けている自分に気づいた。


 橋本の通夜は、やはり雨だった。
 隆志は友人たちと待ち合わせて、橋本の通夜が行われている町内のセレモニー会館へ出かけた。
 そこで初めて、橋本の父親から彼の死に関して正確な話を聞かせてもらった。
 橋本は午前五時半頃外出先から帰ってきて、真っ直ぐ自分の部屋に向かい、首を吊ったらしい。遺書は今のところ発見されていないそうだ。
「……何か、変わった様子はなかったですか」
 悲しみにやつれた父親から聞かれたが、みんな、もちろん隆志も首を振った。
「近頃は学校にも行かず、バイトも辞めて夜遅くまで遊んでばかりだったので、ついこの前叱ったんですよ。将来を考えろって。でも、あいつは全く聞かなくて……努力しなくても生きていける道もあるなんて、馬鹿なことを言い出したりして」
 隆志の方をちらりと細川が見たが、隆志は無視した。
「……でも、もしかしたら親の私たちが気付かないところで、将来に対して努力する気にもなれないほど、何かに悩んでいたんではないかと」
 思い当たることがあったらいつでも知らせに来て欲しいと、父親は頭を下げた。

「おかしいよ……絶対」
 通夜の帰り、雨降る夜道を歩きながら、傘の中で友人の一人が呟いた。
「自殺って……そんなことするような素振り、あったか? ないよな?」
「そもそも自殺なんてするような性格じゃないだろ、あいつは」
 別の友人も同調したが、それを否定する者もいた。
「いや、他人が何を考えてるか分かる奴なんていない。橋本は何でも笑ってごまかすような所もあったから、本当は何かで悩んでたんじゃないか?」
「にしても、急すぎるだろ。ほんの数時間前まで、俺達とゲラゲラ笑ってゲームやってたのに」
 そう、だからみんな、もう橋本がこの世にいない事実を実感できなかった。
「もしかしてゲームやりすぎて脳が疲れて、妙な考えに嵌《は》まり込んじゃった、とか」
「本当はもうずっと前から決心していて、それを悟られないようにわざとはしゃいていたのかも。昨日は最後の思い出作りのつもりだったんじゃ……」
 理解できない橋本の死を理解しようと、皆気持ちの落としどころを探すように話し合ったが、納得のいく答えなど出るわけがなく、
「魔が差した、ってやつなのかもしれない」
 誰かが思いついたように言った言葉でこの話は終いになった。

 橋本の葬儀もまた、雨だった。
 若い彼の突然の死を悼んで、大勢の人間が集まった。
 喪服の肩を雨にぬらして、橋本の出棺を見送った。
 ひょうきんだった『はっちん』。
「冗談でしたー。びっくりした?」とか言って、起き上がって笑わせるなら今なのに。
 彼は誰も笑わせないで去っていってしまった。
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