不労の家

千年砂漠

文字の大きさ
19 / 35

19 神罰

しおりを挟む
 遊び仲間だった上村春菜から話があるとファミレスに呼び出されたのは、それから三日後の午後だった。
 彼女はあの日屋敷に遊びに来ていた一人だった。
「わたしね、この町から出ることにしたの」
 アイスコーヒーを一口飲んで、彼女は陰のある顔で笑った。
 隣の県にいる親戚が小さな会社をやっているので、そこの事務員として働くことにしたのだという。急な転職に驚いたが、一応祝いを言った。
 が、彼女はこんな話をするためにわざわざ隆志を呼び出したのではなかった。
「……あれから、細川君たちに会った?」
 隆志が頷くと、
「お金持ってきたでしょう、細川君たち」
「もしかして春菜さん、何か知ってるの?」
 彼女は俯き、何か迷うように黙っていたがやがて顔を上げた。
「笑わないで聞いてね」
 みんなを屋敷に呼んだ日、出前の寿司を玄関へ取りに行った時、彼女はみんなの一番後にいたのだそうだ。ふと、何か寒気を感じて肩越しに背後を見ると、
「赤い花模様の着物の女の子がね、廊下の先に立っていたの」
 奇妙に思い、もう一度振り返って見たが誰もいない。多分見間違いだと思って誰にも言わなかったが、何となく怖くて、山下の葬儀に出た後家に帰った時にたまたま用があって来ていた母方の祖父にその話をすると、祖父は驚き、ひどく慌てた。
 ――何故お前が世久の御当主と知り合いに? いや、お前、知らんのか? 誰からも聞いとらんのか?
 母方の祖父の家は、代々世久の家から土地を借りて農業を営んでいる。なので母親は当然知っていて娘に伝えているだろうと思い込んで、自分が孫に伝えなかった昔から伝わる言い伝えを初めて彼女に教えた。
『邪な気持ちで当主に施しを乞うと、守り神様の罰が下る』のだと。
 昔からこの町に住んでいる者は皆知っている話だそうだ。
 しかし、世久の当主と親しくする機会がある人間など限られているし、まさか自分の身内がそんな立場になるとは思わないためか、春菜の両親のように若い世代ほど「迷信」だと笑って伝えていないらしい。
「世久家の守り神様は十歳くらいの女の子の姿をしているんだって、おじいちゃんが言ってた。……もしも、わたしが見たのが守り神なら」
 前置きのように呟いて、春菜は顔をしかめた。
「綾香たちは罰が下ったんじゃないの? 綾香も山下君も、中野君も、自分勝手に隆志君のお金を当てにして遊んでたから、死んだんじゃないの?」
 隆志君はこんな話信じないでしょうけど、と彼女は思い詰めた顔で隆志に訴えた。
「でも、一度も何も思わなかった? 変だって思わなかった? こんなにも短期間に、自分に関わった人間が何人も死んだのをおかしいと思わなかった?」
 それは、思わなかったわけではなかった。
 いや、薄々感じていた。けれど、深く考えないようにしていた。恐ろしくて。
「それに、気がついてた? 隆志君と遊ぶ子達の殆どが、みんな蓮池市寄りの新興住宅地に他から移り住んできた、この町の言い伝えなんか知らない家の子達なのよ」
 例え知っていても、現代っ子らしくオカルトめいた言い伝えなど本気にはしなかったのだろう。
「実は隆志君も知らなかったんじゃないの? ずっとあの家にいなかったし、知らなかったんだよね? 知ってってあんなに人に奢ってたんじゃないよね?」
 隆志はうまく口が利けなかった。辛うじて、一つだけ聞いた。
「細川たちにも、その話、したんだね」
 彼女は小さく頷き、テーブルの上に封筒を差し出した。
「わたしも隆志君に度々奢ってもらって、得しちゃったなんて軽く考えてたから。……いくら返せばいいのか分からないけど」
 目を伏せて呟き、テーブルの上の伝票を取って立ち上がった。
「封筒の金はいらない」と、隆志は言えなかった。「ここは僕が払う」とさえも言えなかった。言ったとしても、彼女は承知しないだろう。
「わたしから呼び出しておいて悪いけど、もうバスの時間なの。このまま、この町を出るから」
 さよなら、と彼女は振り返りもせずに店を出て行った。
 さっきまで小降りだった雨は、また勢いを増して降り始めたが、隆志も彼女に続いて店を出た。


 ずぶぬれで家に戻った隆志は、そのまま与姫の部屋へ向かった。
 頭の中で鈴が鳴り響いていたので、部屋に与姫がいると分かる。与姫の方も隆志が来ることが分かっていたように、座敷の真ん中にいた。
「聞きたいことがあります」
 ぽたぽたと髪から水雫を垂らせながら、隆志は与姫を正面から見据えた。
「……殺したんですか。橋本も綾香も山下も中野も、あなたが殺したんですか」
 与姫は答えない。クチナシの香りばかり毒のように強く香る。
「答えてください!」
 ――聞いてどうする
「どうするって……」
 ――わしは古からの盟約を守っただけのこと
「盟約?」
 ――田を荒らす虫から世久の田を守る
「橋本たちは――虫じゃないっ!」
 ――虫じゃよ。世久の田の稲を食い荒らす虫じゃ
 ついっと与姫は立ち上がり、隆志に指を突きつけた。
 ――ではわしの方からお前に問おう。お前はあれらに好んで施しておったか? 何のこだわりもなく、世久の米を食わせておったのか?
 即答……できなかった。
 心のどこかで感じていた彼らの疎ましさを否定できなかった。

 橋本は小狡く何かにつけて口上手く隆志に金を出させていた。
 山下は陰で綾香と付き合いながら、彼女を隆志と結婚させて、彼女から自分へ世久の金を回してもらおうと企んでいた。
 中野は時々隆志の財布から金を抜いていた。

 知っていた。全部隆志は知っていたけれど、知らぬ振りをしていた。
 自分が食い物にされていると分かっていて尚、彼らを友人だと思い見逃していた。
 心の奥底にどす黒い何かを抱えながら。
 ――わしは世久の意思。わしはお前で、お前はわしじゃ
 ならば、と与姫はにんまり笑う。
 ――あれを殺したと言うなら、殺したのは誰かのう
 殺したのは――。
 隆志は頭を抱えてその場に崩れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...