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19 神罰
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遊び仲間だった上村春菜から話があるとファミレスに呼び出されたのは、それから三日後の午後だった。
彼女はあの日屋敷に遊びに来ていた一人だった。
「わたしね、この町から出ることにしたの」
アイスコーヒーを一口飲んで、彼女は陰のある顔で笑った。
隣の県にいる親戚が小さな会社をやっているので、そこの事務員として働くことにしたのだという。急な転職に驚いたが、一応祝いを言った。
が、彼女はこんな話をするためにわざわざ隆志を呼び出したのではなかった。
「……あれから、細川君たちに会った?」
隆志が頷くと、
「お金持ってきたでしょう、細川君たち」
「もしかして春菜さん、何か知ってるの?」
彼女は俯き、何か迷うように黙っていたがやがて顔を上げた。
「笑わないで聞いてね」
みんなを屋敷に呼んだ日、出前の寿司を玄関へ取りに行った時、彼女はみんなの一番後にいたのだそうだ。ふと、何か寒気を感じて肩越しに背後を見ると、
「赤い花模様の着物の女の子がね、廊下の先に立っていたの」
奇妙に思い、もう一度振り返って見たが誰もいない。多分見間違いだと思って誰にも言わなかったが、何となく怖くて、山下の葬儀に出た後家に帰った時にたまたま用があって来ていた母方の祖父にその話をすると、祖父は驚き、ひどく慌てた。
――何故お前が世久の御当主と知り合いに? いや、お前、知らんのか? 誰からも聞いとらんのか?
母方の祖父の家は、代々世久の家から土地を借りて農業を営んでいる。なので母親は当然知っていて娘に伝えているだろうと思い込んで、自分が孫に伝えなかった昔から伝わる言い伝えを初めて彼女に教えた。
『邪な気持ちで当主に施しを乞うと、守り神様の罰が下る』のだと。
昔からこの町に住んでいる者は皆知っている話だそうだ。
しかし、世久の当主と親しくする機会がある人間など限られているし、まさか自分の身内がそんな立場になるとは思わないためか、春菜の両親のように若い世代ほど「迷信」だと笑って伝えていないらしい。
「世久家の守り神様は十歳くらいの女の子の姿をしているんだって、おじいちゃんが言ってた。……もしも、わたしが見たのが守り神なら」
前置きのように呟いて、春菜は顔をしかめた。
「綾香たちは罰が下ったんじゃないの? 綾香も山下君も、中野君も、自分勝手に隆志君のお金を当てにして遊んでたから、死んだんじゃないの?」
隆志君はこんな話信じないでしょうけど、と彼女は思い詰めた顔で隆志に訴えた。
「でも、一度も何も思わなかった? 変だって思わなかった? こんなにも短期間に、自分に関わった人間が何人も死んだのをおかしいと思わなかった?」
それは、思わなかったわけではなかった。
いや、薄々感じていた。けれど、深く考えないようにしていた。恐ろしくて。
「それに、気がついてた? 隆志君と遊ぶ子達の殆どが、みんな蓮池市寄りの新興住宅地に他から移り住んできた、この町の言い伝えなんか知らない家の子達なのよ」
例え知っていても、現代っ子らしくオカルトめいた言い伝えなど本気にはしなかったのだろう。
「実は隆志君も知らなかったんじゃないの? ずっとあの家にいなかったし、知らなかったんだよね? 知ってってあんなに人に奢ってたんじゃないよね?」
隆志はうまく口が利けなかった。辛うじて、一つだけ聞いた。
「細川たちにも、その話、したんだね」
彼女は小さく頷き、テーブルの上に封筒を差し出した。
「わたしも隆志君に度々奢ってもらって、得しちゃったなんて軽く考えてたから。……いくら返せばいいのか分からないけど」
目を伏せて呟き、テーブルの上の伝票を取って立ち上がった。
「封筒の金はいらない」と、隆志は言えなかった。「ここは僕が払う」とさえも言えなかった。言ったとしても、彼女は承知しないだろう。
「わたしから呼び出しておいて悪いけど、もうバスの時間なの。このまま、この町を出るから」
さよなら、と彼女は振り返りもせずに店を出て行った。
さっきまで小降りだった雨は、また勢いを増して降り始めたが、隆志も彼女に続いて店を出た。
ずぶぬれで家に戻った隆志は、そのまま与姫の部屋へ向かった。
頭の中で鈴が鳴り響いていたので、部屋に与姫がいると分かる。与姫の方も隆志が来ることが分かっていたように、座敷の真ん中にいた。
「聞きたいことがあります」
ぽたぽたと髪から水雫を垂らせながら、隆志は与姫を正面から見据えた。
「……殺したんですか。橋本も綾香も山下も中野も、あなたが殺したんですか」
与姫は答えない。クチナシの香りばかり毒のように強く香る。
「答えてください!」
――聞いてどうする
「どうするって……」
――わしは古からの盟約を守っただけのこと
「盟約?」
――田を荒らす虫から世久の田を守る
「橋本たちは――虫じゃないっ!」
――虫じゃよ。世久の田の稲を食い荒らす虫じゃ
ついっと与姫は立ち上がり、隆志に指を突きつけた。
――ではわしの方からお前に問おう。お前はあれらに好んで施しておったか? 何のこだわりもなく、世久の米を食わせておったのか?
即答……できなかった。
心のどこかで感じていた彼らの疎ましさを否定できなかった。
橋本は小狡く何かにつけて口上手く隆志に金を出させていた。
山下は陰で綾香と付き合いながら、彼女を隆志と結婚させて、彼女から自分へ世久の金を回してもらおうと企んでいた。
中野は時々隆志の財布から金を抜いていた。
知っていた。全部隆志は知っていたけれど、知らぬ振りをしていた。
自分が食い物にされていると分かっていて尚、彼らを友人だと思い見逃していた。
心の奥底にどす黒い何かを抱えながら。
――わしは世久の意思。わしはお前で、お前はわしじゃ
ならば、と与姫はにんまり笑う。
――あれを殺したと言うなら、殺したのは誰かのう
殺したのは――。
隆志は頭を抱えてその場に崩れた。
彼女はあの日屋敷に遊びに来ていた一人だった。
「わたしね、この町から出ることにしたの」
アイスコーヒーを一口飲んで、彼女は陰のある顔で笑った。
隣の県にいる親戚が小さな会社をやっているので、そこの事務員として働くことにしたのだという。急な転職に驚いたが、一応祝いを言った。
が、彼女はこんな話をするためにわざわざ隆志を呼び出したのではなかった。
「……あれから、細川君たちに会った?」
隆志が頷くと、
「お金持ってきたでしょう、細川君たち」
「もしかして春菜さん、何か知ってるの?」
彼女は俯き、何か迷うように黙っていたがやがて顔を上げた。
「笑わないで聞いてね」
みんなを屋敷に呼んだ日、出前の寿司を玄関へ取りに行った時、彼女はみんなの一番後にいたのだそうだ。ふと、何か寒気を感じて肩越しに背後を見ると、
「赤い花模様の着物の女の子がね、廊下の先に立っていたの」
奇妙に思い、もう一度振り返って見たが誰もいない。多分見間違いだと思って誰にも言わなかったが、何となく怖くて、山下の葬儀に出た後家に帰った時にたまたま用があって来ていた母方の祖父にその話をすると、祖父は驚き、ひどく慌てた。
――何故お前が世久の御当主と知り合いに? いや、お前、知らんのか? 誰からも聞いとらんのか?
母方の祖父の家は、代々世久の家から土地を借りて農業を営んでいる。なので母親は当然知っていて娘に伝えているだろうと思い込んで、自分が孫に伝えなかった昔から伝わる言い伝えを初めて彼女に教えた。
『邪な気持ちで当主に施しを乞うと、守り神様の罰が下る』のだと。
昔からこの町に住んでいる者は皆知っている話だそうだ。
しかし、世久の当主と親しくする機会がある人間など限られているし、まさか自分の身内がそんな立場になるとは思わないためか、春菜の両親のように若い世代ほど「迷信」だと笑って伝えていないらしい。
「世久家の守り神様は十歳くらいの女の子の姿をしているんだって、おじいちゃんが言ってた。……もしも、わたしが見たのが守り神なら」
前置きのように呟いて、春菜は顔をしかめた。
「綾香たちは罰が下ったんじゃないの? 綾香も山下君も、中野君も、自分勝手に隆志君のお金を当てにして遊んでたから、死んだんじゃないの?」
隆志君はこんな話信じないでしょうけど、と彼女は思い詰めた顔で隆志に訴えた。
「でも、一度も何も思わなかった? 変だって思わなかった? こんなにも短期間に、自分に関わった人間が何人も死んだのをおかしいと思わなかった?」
それは、思わなかったわけではなかった。
いや、薄々感じていた。けれど、深く考えないようにしていた。恐ろしくて。
「それに、気がついてた? 隆志君と遊ぶ子達の殆どが、みんな蓮池市寄りの新興住宅地に他から移り住んできた、この町の言い伝えなんか知らない家の子達なのよ」
例え知っていても、現代っ子らしくオカルトめいた言い伝えなど本気にはしなかったのだろう。
「実は隆志君も知らなかったんじゃないの? ずっとあの家にいなかったし、知らなかったんだよね? 知ってってあんなに人に奢ってたんじゃないよね?」
隆志はうまく口が利けなかった。辛うじて、一つだけ聞いた。
「細川たちにも、その話、したんだね」
彼女は小さく頷き、テーブルの上に封筒を差し出した。
「わたしも隆志君に度々奢ってもらって、得しちゃったなんて軽く考えてたから。……いくら返せばいいのか分からないけど」
目を伏せて呟き、テーブルの上の伝票を取って立ち上がった。
「封筒の金はいらない」と、隆志は言えなかった。「ここは僕が払う」とさえも言えなかった。言ったとしても、彼女は承知しないだろう。
「わたしから呼び出しておいて悪いけど、もうバスの時間なの。このまま、この町を出るから」
さよなら、と彼女は振り返りもせずに店を出て行った。
さっきまで小降りだった雨は、また勢いを増して降り始めたが、隆志も彼女に続いて店を出た。
ずぶぬれで家に戻った隆志は、そのまま与姫の部屋へ向かった。
頭の中で鈴が鳴り響いていたので、部屋に与姫がいると分かる。与姫の方も隆志が来ることが分かっていたように、座敷の真ん中にいた。
「聞きたいことがあります」
ぽたぽたと髪から水雫を垂らせながら、隆志は与姫を正面から見据えた。
「……殺したんですか。橋本も綾香も山下も中野も、あなたが殺したんですか」
与姫は答えない。クチナシの香りばかり毒のように強く香る。
「答えてください!」
――聞いてどうする
「どうするって……」
――わしは古からの盟約を守っただけのこと
「盟約?」
――田を荒らす虫から世久の田を守る
「橋本たちは――虫じゃないっ!」
――虫じゃよ。世久の田の稲を食い荒らす虫じゃ
ついっと与姫は立ち上がり、隆志に指を突きつけた。
――ではわしの方からお前に問おう。お前はあれらに好んで施しておったか? 何のこだわりもなく、世久の米を食わせておったのか?
即答……できなかった。
心のどこかで感じていた彼らの疎ましさを否定できなかった。
橋本は小狡く何かにつけて口上手く隆志に金を出させていた。
山下は陰で綾香と付き合いながら、彼女を隆志と結婚させて、彼女から自分へ世久の金を回してもらおうと企んでいた。
中野は時々隆志の財布から金を抜いていた。
知っていた。全部隆志は知っていたけれど、知らぬ振りをしていた。
自分が食い物にされていると分かっていて尚、彼らを友人だと思い見逃していた。
心の奥底にどす黒い何かを抱えながら。
――わしは世久の意思。わしはお前で、お前はわしじゃ
ならば、と与姫はにんまり笑う。
――あれを殺したと言うなら、殺したのは誰かのう
殺したのは――。
隆志は頭を抱えてその場に崩れた。
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