不労の家

千年砂漠

文字の大きさ
22 / 35

22 世久家の業

しおりを挟む
「あなたを取り巻いているのは、世久家の業ですよ」
 業……と隆志が繰り返して呟くと、真道は深く頷いた。
「世久家の先祖は神の田の田植えを手伝い、その結果『働かずに生きていける暮らし』を手に入れた。けれどそれは、長い年月を経て、周りの妬みと嫉みを集めることになってしまったのです。そもそも『働く』の『はた』は『傍』。つまり働くとは周りが『らく』になるということ。働かないのは周囲に自分の面倒や苦労を押しつけるのと同じことなのです。働かないで遊び暮らしてきた歴代の世久家の当主への妬みなどの悪感情が全て受け継がれて、今はあなたの背中にあるということです」
 今は大丈夫だ、と拓司が胸を張った。
「昨夜俺が力一杯祓ったからな」
 拓司は邪悪なものを一時的だが祓う力があるのだそうだ。
「……だから寺の跡継ぎ向きだと言ってるのに」
 真道がわざと聞こえるようにぼやいたが、拓司は完璧に無視した。
「そうでなきゃ今頃、詩織が悲鳴を上げて倒れてるよ。この前あんたが来た時倒れたみたいに」
 詩織はその時のことを思い出したのか、ぶるっと震えて身を縮めた。
「濁りは前より酷いし、ろくでもない酒に酔ってるしで、少々手荒な手段は取ったけど」
「少々? あれで少々? ぶん殴られて、水を嫌って言うほどぶっかけられたぞ」
「我流だからな。親父みたいにちゃんと修行したわけじゃないから。でも、祓う力は俺の方が強い」
 拓司はしれっと言った後、表情を曇らせた。
「祓いはしたけど、今のままだと結局同じことだな」
 またすぐに業に取り巻かれ、濁りを生み、周りも自分も狂わせていくという。
 周りも、自分も……狂う?
 ――執着もここまで来ると異常だ
 典子の言葉が脳裏に浮かぶ。
「……もしかして、父さんも」
 隆志の呟きを拾って、真道が細いため息を漏らし、頷いた。
「ええ……ご当主になられた時点で、すでに和也様は不穏な陰に取り巻かれていました。私も世久家の業についてお話しして、できる限りお力になろうとしたのですが」
 父は真道との面会を頑なに拒んだそうだ。
「世久に生まれ育った方ですから、分かっていらっしゃったのでしょう。私程度の者の力で何とかなるようなことではないことも。だから、なのでしょうね、世久の業に他人を巻き込まないよう、変人扱いされても極力人付き合いを避けられておられました」
 その一方で、父は隆志たちを執拗に捜し続けた。
 ふと、隆志は違和感を抱く。
 父は寂しさから家族を求めたのだと思っていた。が、それほど寂しいのなら、何故父は再婚を考えなかったのか。八年間、どこにいるともしれない、あからさまに逃げている人間を追うくらいなら、新たに家族を作る方がよほど建設的で、健全だろう。
 母以外の女性に心が動かなかったのだとしても、その固執ぶりはやはり尋常でない。
 それに父は世久の業に他人を巻き込むまいと、人付き合いを避けていたという。それなのに何故、母と自分は連れ戻したかったのだろうか。
 父の考えがまるで分からない。
「父は……僕たちが世久家を出る頃には、もうまともではなかったのかも」
 隆志が典子から聞いた母が家を出た理由を話すと、真道は目を見開いた。
「まさか。そんな話はお聞きしておりません」
 当時、母は真道の妻と仲が良く、寺へもよく遊びに来ていたという。
「DVなど、そんな様子はありませんでした。もしあったなら、うちの家内にでも相談しているはず、いや、そのお話が本当で、束縛が酷かったなら、寺へ遊びに来ることなど到底できないはずですが」
「実は、僕も憶えがないんです。父が母に暴力をふるったとか、ひどいことを言ったとか、全く記憶にない。って言うか、何故か僕にはこの家を出た頃の記憶がはっきり残っていないんです。母の親友が言うには、余程ショックなことがあって、自衛意識が記憶に蓋をしているんじゃないかと」
 あのう、と詩織が俯いたまま隆志に言った。
「お兄さんのお母さんが……ずっとお兄さんに言ってるの。あの家に行っちゃいけない、行けば殺されるって」
 理由は分からないが、ただ繰り返しそう言っているという。
「それは……世久の業に取り殺されるって意味なのか」
「その可能性はある。言っちゃあ悪いが、俺が知る限り世久の当主ってあまりいい死に方してないからな」
 父の和也は病死だが、まだ四十代と若過ぎる死だった。祖父の総一郎は事故死と聞いていたが、真冬の溜め池に落ちての水死とまでは知らなかった。総一郎の前の当主は毒のある山菜を誤って食しての中毒死。その前代は妻ではない女性と無理心中したという。明子が言っていた不倫していた当主というのがこの人だろう。
 拓司の口から聞かされた四代続けて穏やかな自然死でなかった事実は、隆志を怯えさせるのに十分だった。
「そんな……どうしたら」
「どうしたらって言われてもなあ。あんたが世久家の当主であるかぎりは」
「当主の座を誰かに譲ることはできないの?」
「世久の当主は終身。一度当主の座に着けば、死ぬまで代替わりはできないそうだよ」
 詩織の問いに、真道は苦い顔で答え、隆志を見据えた。
「だから私は、本当はあなたが世久家の当主になる前に会いたかったのです」
 真道は、最近母から「将来もし隆志が世久家を継がなければならない状況になったら、何としても当主にはならないよう説得して欲しい」と手紙が来ていたこと明かした。
「……もしかしたら、佐恵子さんにはご自身の寿命に関して、何か予感めいたものがあったのかもしれません」
 ずっと音信不通だった佐恵子から突然便りが来たのも驚いたが、和也の葬儀に所在不明だった隆志が現れたのにはもっと驚いた。それでも葬儀の時には伯母の真紀子が家を継ぐという話だったので安心していたら、お披露目会で隆志が当主として紹介され、愕然としたという。
「お披露目会の招待状が来たのがなんと、会が開かれる三日前で、ちょっとありえないくらい急だったのでおかしいとは思ったんです」
 一昔前なら喪に服すため一年期間をおいて、お披露目会を開催する。
 しかし、前当主の和也氏のお披露目会は現代社会のスピードに合わせたのか、総一郎氏の葬儀から三ヶ月後だった。
 世久家の新当主のお披露目会は『予定が合わないから会に出席しない』ではすまない。代理の者を立てても駄目。当日招待状をもらった本人が重篤の病や怪我で意識不明でない限り、欠席は即ち世久家と友好関係を結ぶ気がないと取られて、今まで付き合いが深かろうと容赦なく縁を切られる。お披露目会とは名ばかりの、踏み絵のような儀式なのだ。
 なので招待を受けた者は、万難を排して文字通り這ってでもお披露目会に出席する。
 世久家も欠席者に厳しい態度を取る分、相手が余裕を持って準備できるよう時期を考えて招待状を送るのが普通だった。
 それが今回は葬儀からひと月も経っていないのに会を開くという。しかも招待状に『新当主』の名も明記されていない。異例中の異例だった。
 真道もそうだったが、他の招待状をもらった人達もお披露目会に出席するためのスケジュール変更が大変だったそうだ。
「真紀子さんが新当主になるのに何か急ぐ事情があるのかと思っていたら、真紀子さんに邪魔されないうちに隆志さんを当主としてお披露目するためだったんですね」
 世久は長男が継ぐしきたりがある。
 しかし、もし母が急死せず、自分達の居所が知れないままだったら、こんな呪われているとしか思えない当主の座に着かずにすんだはずだった。
「母は世久家の業を感じていて、恐れて、僕を次の世久家の当主にしないようにあの家から僕を連れて逃げたんでしょうか」
「そうなのかもしれません。佐恵子さんは私たちのように『視える』人ではありませんでしたが、あの家は何か気持ちが悪いと怖がっておられましたから」
 幾度か御札や数珠も持たせたが、そんなものはあの家では効かないのだと真道はため息をついた。
「この際だからはっきり言おう」
 拓司が隆志の方に向かって座り直した。
「世久家には神がいるだろう。赤い花模様の着物を着た少女の姿をした神が」
 隆志は否定も肯定もしなかった。ただ、拓司の目を見返した。
 拓司も隆志を真っ直ぐ見据え、言った。
「あの神が守るのは世久家の財だけだ」
 その言葉を受けて、真道が補足する。
「当主はどれだけ散財しようと構いませんが、当主以外はたとえ家族であっても過度な浪費を許しません。まして他人が世久に損害を与えようものなら、恐ろしい罰を与えます。しかし、当主の身を守るわけではないのです。昨夜のように当主が危険な目に遭っても神は動きません。」
 拓司は深く頷いて、射貫くような視線を隆志に向ける。
「そう、あれは、守り神なんかじゃない」
 拓司の目は、曇りなく澄んでいた。が、
「あれは――祟り神だ」
 その口は世にもおぞましいことを隆志に告げた。
「世久家の業は、その祟り神によって成っている。けど、俺にも親父にも祓えない。祟り神でも神は神だ。神を祓える人間はいない」
 黒い絶望が隆志の視界を覆っていく。
 神は祓えないから――拓司は低く呟いた。
「自分で帰ってもらう以外ないんだよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...