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25 世久家の裏伝説
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「……初めから分かっていらっしゃったんですか」
「君はこの町では有名人だという自覚をもう少し持った方がいい。……それで、世久家の歴史と伝説を学びに来た本当の訳は、何なのかな」
「……実は」
隆志は覚悟を決めて、全て野田に語った。
馬鹿馬鹿しいと笑われるかと思えば、奇妙にも彼はじっと聞き入り、机の上のノートの一冊を手に取りページをめくった。
「さっき言った裏伝説につながりそうな事実が、一つだけある」
一太郎の息子の作助が、永麓寺に地蔵を寄贈した記録があるのだそうだ。
「永麓寺は開墾した土地とそこで働く農民たちへの仏の加護を願って、工藤が建立した寺で、代々石森家が住職を務めている。その『石森』姓だが、寺を建てるために森を切り開くと仏の姿に似た石があったため、工藤が『石森』の姓を初代住職に与えたという記録が永麓寺に残されているが、作助が地蔵を寄贈した年から『石森』が『石守』に変わっているんだ。これは作助の地蔵の寄贈と喜捨を受けて『石守』としたようだ」
しかし、二十七代目の当主と全くそりが合わなかった当時の気骨な住職が、『守』を『森』に戻したらしい。寺は世久の権力にはへつらわないと見せたかったのだろうと野田は言う。
「長年、寺は寄贈された地蔵、つまり石を大事にしようと『石守』としたと考えられていたんだが」
「――実は世久が別の何かを『守って』もらいたかった?」
その何かは――もしかしたら。
「そう。名には力が宿ると信じられていた時代がある。だから『森』を『守』にしたのはその願いが強かったからだろう。調べる価値はあるのではないかな」
「はい。早速調べてみます」
隆志は野田に礼を言い、暇を告げると、彼は皮肉っぽく笑った。
「君は礼を言うべきではないかもしれないよ」
「何故ですか」
「もし伝説の通り、神の早乙女から盗んで隠した帯が見つかったら、早乙女は神の田へ帰るだろう。そうすれば今までのような世久家の繁栄はなくなり、君の代で落ちぶれるかもしれないのだよ」
「かまいません」
書斎の窓から見える庭は、夕暮れの陰りを帯び始めていた。隆志はそれに世久家の現状を心情的に重ね見る。
古から続く世久の血脈も、長い歳月に疲弊して終幕を望んでいるように思えた。
「働かずに富を得るということ自体、歪んでいるんです。僕は、そんな歪んだ家は滅びた方がいいと思います」
郷土史家は暫く隆志を見つめた後、ぽつりともらした。
「……これは因縁というものなんだろうかね」
意味が分からず首を傾げた隆志に、野田はため息交じりに告白した。
「実は……私の母の叔母は、利太郎さんの愛人の一人だったんだよ」
「――え」
瞠目して硬直する隆志を見据えて、彼は話を続けた。
「世久の屋敷に呼ばれたのは、まだ十三、四歳の頃だったそうだ。父親を早くに亡くして貧しさに苦労する家族を思うと断われなかったんだろう。屋敷を追い出された後は『二度と世久の名は聞きたくない』と一人で他の土地に移り住んで、親戚ともほとんど連絡を取らず、生涯独身で亡くなったそうだよ。寂しい人生だったんじゃないかと憐れんでしまうのは、身内の感傷かもしれないが」
そういうこともあって郷土史と世久家の歴史に興味が湧いたのだと言う。
隆志は無意識に俯く。先祖の悪行を末裔の自分が今更詫びても意味がない事かもしれないが、彼女の血縁者を前にして謝りたい気分だった。が、
「君が申し訳なく思うことは何もないよ」
野田は隆志の思考を読んだように、首を振った。
「君を世久の血筋として責めようという訳じゃない。そんなつもりでこの話をしたのではないんだ」
「じゃあ、どうして」
「……愛人だった母の叔母の名は、サエというんだよ」
瞬間、全身の産毛が逆立った。
世久を恨んでいただろう『サエ』。
世久の家など絶えてもかまわないと思う自分を産んだ母の名が『佐恵子』。
単に名前が似ているだけと笑うにはその背景にあるものが暗過ぎた。
「歴史の中には人智を超えた廻り合わせというものが、確かにある。それを発見するのが私の密かな楽しみだったんだが……」
今回ばかりは薄気味の悪さが先に立つ、と呟いた彼の指先は震えていた。
彼は怯えているのだ。
歴史家とは傍観者。直接関わりのない所から特別な意識もなく物事の流れを見る、第三者だ。彼は傍観者であったはずの自分の立ち位置が、気が付けば当事者の枠内に引き寄せられていたことに、畏怖しているのだろう。
「廻り合わせと言うには、結果があってこそでしょう」
隆志は笑う。野田を安堵させる為でなく、自分を奮い立たせるために。
「今はまだ、事実の羅列に過ぎませんよ」
「では、何かの形に結果が成った時は?」
恐れを滲ませ問いかける野田に、
「その意味は、あなたや僕がこの世を去った後の歴史家が論じればいい」
隆志は決意を秘めた瞳で言い切った。
野田家を辞した隆志はまっすぐ永麓寺まで自転車を飛ばした。
寺の門を抜けると正面の本堂に詩織がいるのが見えた。
「詩織ちゃん!」
隆志は声をかけながら、自転車から飛び降りた。
「真道さんいる? 急いで聞きたいことが」
自転車をその場に放り出して詩織に歩み寄りながら尋ねると、
「――待って、隆志兄さん」
詩織は青ざめた顔で震えていた。
「お、お願い。それ以上近寄らないで。お願い」
「……何か視えるの?」
詩織は大きく頷いた。
「もやが……黒い、嫌な感じの雲みたいなものが、隆志兄さんの身体に巻きついてる」
怖い、と詩織は大きく喘いで後ずさりした。
「わかった。これ以上近づかないから。……真道さんは?」
「伯父さんはお友達の娘さんの結婚式に呼ばれて行って、留守なの」
拓司はまだ大学から帰ってないと言う。
「そうか……じゃあ、詩織ちゃん、聞いて」
隆志は野田の語った裏伝説を話した。
「だから、その僕の先祖が寄贈した地蔵がどこにあるのか、急いで知りたいんだ。真道さんに連絡できる?」
電話してみる、と詩織は頷いた。
「頼むよ。詩織ちゃんが怖がるから僕はこのまま帰るね。もし場所が分かったら、電話くれるかな」
詩織が縦に首を振るのを見て、隆志は自転車を起した。
「そうだ。拓司にも『祓い』を頼んでおいてくれないかな。これじゃ、詩織ちゃんと話もできないから」
隆志は笑いかけたが、詩織の顔は強張ったままだった。
家に帰ってみると、台所に夕食の用意がしてあったが、明子の姿はなかった。
多分時刻的に、祖母の夕食の世話をしに離れへ行っているのだろう。
いつものように台所の隣の部屋のテーブルに食事を運んで食べていると、詩織から電話がかかってきた。
「伯父さんに連絡が取れないの。携帯を切ってるみたい」
真道はバスで帰ると言っていたそうだから、帰宅するのは九時過ぎになるかもしれないと言う。
「じゃあ帰ってきたら、僕に電話してくれるように伝えてくれる? 何時になってもかまわないから」
詩織は拓司とも連絡が取れないと言った。
「うん、僕も電話してみたんだけど、出ないんだ。また電話してみるよ。着信見て、拓司の方からかけてくれるかも――」
「隆志兄さん」
隆志の声に重なった詩織の声は酷く苦しげだった。
「気をつけて。凄く嫌な感じがするの。それが何なのか分からないんだけど」
多分詩織は夕方会った時に感じた不快感を引きずっていて、しかも寺に一人きりだから不安になっているのだろう。
「うん、分かった。ありがとう。十分気をつけるよ」
詩織を安心させるため、できるだけ明るく言って電話を切った。
九時を過ぎても真道からの連絡は来なかった。
拓司の携帯も、何度かけても彼は出ない。
いっそもう一度永麓寺に行ってみようかと考えていると、部屋の戸が叩かれた。
「隆志様、まだ起きていらっしゃいますか」
明子の声だった。彼女が九時を過ぎて部屋まで来て何か言ってくるのは初めてだった。
戸を開くと、明子が和菓子を載せた皿を持って立っていた。
「今日、大奥様のお茶会だったのですが、お二人ほど急に来られなくなったそうで、お菓子が余ってしまったんです。私もひとついただきましたので、隆志様もよろしければ」
祖母は茶道を嗜んでいて、離れに茶室もある。そこで時々客を招いて茶を点てるのだが、抹茶と菓子にはこだわりがあって、抹茶は町内の日本茶販売店『篠田園』の最高級抹茶、菓子は和菓子屋『福田堂』の季節で変わる練り切りを贔屓にしている。
練り切りは生菓子なので日持ちしない。冷蔵庫で保管すれば一日くらいは大丈夫だろうが、味は格段に落ちる。だから、今持って来てくれたのだろう。
「ありがとう。もらうよ」
隆志が皿を受け取ると、明子はにっこり笑って一礼し、去って行った。
戸を閉め、皿をテーブルに置いた時、午後出かける前に明子と雇用契約について話していた事を思い出した。
明子に「本当は辞めて欲しくないが、もし仕事がしんどくて辞めたいなら、相応の退職金と住居を用意したい」と伝えておきたい。
すぐに廊下まで出てみたが、もう明子の姿はなかった。もしかしたらまだ台所にいるのでは行ってみたが、いなかった。屋敷の奥にある自分の部屋に帰ったのだろう。
「……明日話せば良いか」
台所に来たついでに茶を入れて自分の部屋へ戻る。
『福田堂』の和菓子は何度か食べたことがあり、その旨さを知っているので楽しみな気分だった。
が、テーブルの上に置いたはずの和菓子がなかった。
置いた所を記憶違いしているのかと探し回ったが、どこにもない。もしかして明子に和菓子をもらった事自体、現実にはなかったことなのではないかと思えてきた。
今日は色々ありすぎて、少しうたた寝でもしてしまい、その間に見た夢だったのかもしれない。
そう思うことにした。
待っている電話はかかってこなかった。
一時半まで起きて待っていたが、諦めて床に就いた。
「君はこの町では有名人だという自覚をもう少し持った方がいい。……それで、世久家の歴史と伝説を学びに来た本当の訳は、何なのかな」
「……実は」
隆志は覚悟を決めて、全て野田に語った。
馬鹿馬鹿しいと笑われるかと思えば、奇妙にも彼はじっと聞き入り、机の上のノートの一冊を手に取りページをめくった。
「さっき言った裏伝説につながりそうな事実が、一つだけある」
一太郎の息子の作助が、永麓寺に地蔵を寄贈した記録があるのだそうだ。
「永麓寺は開墾した土地とそこで働く農民たちへの仏の加護を願って、工藤が建立した寺で、代々石森家が住職を務めている。その『石森』姓だが、寺を建てるために森を切り開くと仏の姿に似た石があったため、工藤が『石森』の姓を初代住職に与えたという記録が永麓寺に残されているが、作助が地蔵を寄贈した年から『石森』が『石守』に変わっているんだ。これは作助の地蔵の寄贈と喜捨を受けて『石守』としたようだ」
しかし、二十七代目の当主と全くそりが合わなかった当時の気骨な住職が、『守』を『森』に戻したらしい。寺は世久の権力にはへつらわないと見せたかったのだろうと野田は言う。
「長年、寺は寄贈された地蔵、つまり石を大事にしようと『石守』としたと考えられていたんだが」
「――実は世久が別の何かを『守って』もらいたかった?」
その何かは――もしかしたら。
「そう。名には力が宿ると信じられていた時代がある。だから『森』を『守』にしたのはその願いが強かったからだろう。調べる価値はあるのではないかな」
「はい。早速調べてみます」
隆志は野田に礼を言い、暇を告げると、彼は皮肉っぽく笑った。
「君は礼を言うべきではないかもしれないよ」
「何故ですか」
「もし伝説の通り、神の早乙女から盗んで隠した帯が見つかったら、早乙女は神の田へ帰るだろう。そうすれば今までのような世久家の繁栄はなくなり、君の代で落ちぶれるかもしれないのだよ」
「かまいません」
書斎の窓から見える庭は、夕暮れの陰りを帯び始めていた。隆志はそれに世久家の現状を心情的に重ね見る。
古から続く世久の血脈も、長い歳月に疲弊して終幕を望んでいるように思えた。
「働かずに富を得るということ自体、歪んでいるんです。僕は、そんな歪んだ家は滅びた方がいいと思います」
郷土史家は暫く隆志を見つめた後、ぽつりともらした。
「……これは因縁というものなんだろうかね」
意味が分からず首を傾げた隆志に、野田はため息交じりに告白した。
「実は……私の母の叔母は、利太郎さんの愛人の一人だったんだよ」
「――え」
瞠目して硬直する隆志を見据えて、彼は話を続けた。
「世久の屋敷に呼ばれたのは、まだ十三、四歳の頃だったそうだ。父親を早くに亡くして貧しさに苦労する家族を思うと断われなかったんだろう。屋敷を追い出された後は『二度と世久の名は聞きたくない』と一人で他の土地に移り住んで、親戚ともほとんど連絡を取らず、生涯独身で亡くなったそうだよ。寂しい人生だったんじゃないかと憐れんでしまうのは、身内の感傷かもしれないが」
そういうこともあって郷土史と世久家の歴史に興味が湧いたのだと言う。
隆志は無意識に俯く。先祖の悪行を末裔の自分が今更詫びても意味がない事かもしれないが、彼女の血縁者を前にして謝りたい気分だった。が、
「君が申し訳なく思うことは何もないよ」
野田は隆志の思考を読んだように、首を振った。
「君を世久の血筋として責めようという訳じゃない。そんなつもりでこの話をしたのではないんだ」
「じゃあ、どうして」
「……愛人だった母の叔母の名は、サエというんだよ」
瞬間、全身の産毛が逆立った。
世久を恨んでいただろう『サエ』。
世久の家など絶えてもかまわないと思う自分を産んだ母の名が『佐恵子』。
単に名前が似ているだけと笑うにはその背景にあるものが暗過ぎた。
「歴史の中には人智を超えた廻り合わせというものが、確かにある。それを発見するのが私の密かな楽しみだったんだが……」
今回ばかりは薄気味の悪さが先に立つ、と呟いた彼の指先は震えていた。
彼は怯えているのだ。
歴史家とは傍観者。直接関わりのない所から特別な意識もなく物事の流れを見る、第三者だ。彼は傍観者であったはずの自分の立ち位置が、気が付けば当事者の枠内に引き寄せられていたことに、畏怖しているのだろう。
「廻り合わせと言うには、結果があってこそでしょう」
隆志は笑う。野田を安堵させる為でなく、自分を奮い立たせるために。
「今はまだ、事実の羅列に過ぎませんよ」
「では、何かの形に結果が成った時は?」
恐れを滲ませ問いかける野田に、
「その意味は、あなたや僕がこの世を去った後の歴史家が論じればいい」
隆志は決意を秘めた瞳で言い切った。
野田家を辞した隆志はまっすぐ永麓寺まで自転車を飛ばした。
寺の門を抜けると正面の本堂に詩織がいるのが見えた。
「詩織ちゃん!」
隆志は声をかけながら、自転車から飛び降りた。
「真道さんいる? 急いで聞きたいことが」
自転車をその場に放り出して詩織に歩み寄りながら尋ねると、
「――待って、隆志兄さん」
詩織は青ざめた顔で震えていた。
「お、お願い。それ以上近寄らないで。お願い」
「……何か視えるの?」
詩織は大きく頷いた。
「もやが……黒い、嫌な感じの雲みたいなものが、隆志兄さんの身体に巻きついてる」
怖い、と詩織は大きく喘いで後ずさりした。
「わかった。これ以上近づかないから。……真道さんは?」
「伯父さんはお友達の娘さんの結婚式に呼ばれて行って、留守なの」
拓司はまだ大学から帰ってないと言う。
「そうか……じゃあ、詩織ちゃん、聞いて」
隆志は野田の語った裏伝説を話した。
「だから、その僕の先祖が寄贈した地蔵がどこにあるのか、急いで知りたいんだ。真道さんに連絡できる?」
電話してみる、と詩織は頷いた。
「頼むよ。詩織ちゃんが怖がるから僕はこのまま帰るね。もし場所が分かったら、電話くれるかな」
詩織が縦に首を振るのを見て、隆志は自転車を起した。
「そうだ。拓司にも『祓い』を頼んでおいてくれないかな。これじゃ、詩織ちゃんと話もできないから」
隆志は笑いかけたが、詩織の顔は強張ったままだった。
家に帰ってみると、台所に夕食の用意がしてあったが、明子の姿はなかった。
多分時刻的に、祖母の夕食の世話をしに離れへ行っているのだろう。
いつものように台所の隣の部屋のテーブルに食事を運んで食べていると、詩織から電話がかかってきた。
「伯父さんに連絡が取れないの。携帯を切ってるみたい」
真道はバスで帰ると言っていたそうだから、帰宅するのは九時過ぎになるかもしれないと言う。
「じゃあ帰ってきたら、僕に電話してくれるように伝えてくれる? 何時になってもかまわないから」
詩織は拓司とも連絡が取れないと言った。
「うん、僕も電話してみたんだけど、出ないんだ。また電話してみるよ。着信見て、拓司の方からかけてくれるかも――」
「隆志兄さん」
隆志の声に重なった詩織の声は酷く苦しげだった。
「気をつけて。凄く嫌な感じがするの。それが何なのか分からないんだけど」
多分詩織は夕方会った時に感じた不快感を引きずっていて、しかも寺に一人きりだから不安になっているのだろう。
「うん、分かった。ありがとう。十分気をつけるよ」
詩織を安心させるため、できるだけ明るく言って電話を切った。
九時を過ぎても真道からの連絡は来なかった。
拓司の携帯も、何度かけても彼は出ない。
いっそもう一度永麓寺に行ってみようかと考えていると、部屋の戸が叩かれた。
「隆志様、まだ起きていらっしゃいますか」
明子の声だった。彼女が九時を過ぎて部屋まで来て何か言ってくるのは初めてだった。
戸を開くと、明子が和菓子を載せた皿を持って立っていた。
「今日、大奥様のお茶会だったのですが、お二人ほど急に来られなくなったそうで、お菓子が余ってしまったんです。私もひとついただきましたので、隆志様もよろしければ」
祖母は茶道を嗜んでいて、離れに茶室もある。そこで時々客を招いて茶を点てるのだが、抹茶と菓子にはこだわりがあって、抹茶は町内の日本茶販売店『篠田園』の最高級抹茶、菓子は和菓子屋『福田堂』の季節で変わる練り切りを贔屓にしている。
練り切りは生菓子なので日持ちしない。冷蔵庫で保管すれば一日くらいは大丈夫だろうが、味は格段に落ちる。だから、今持って来てくれたのだろう。
「ありがとう。もらうよ」
隆志が皿を受け取ると、明子はにっこり笑って一礼し、去って行った。
戸を閉め、皿をテーブルに置いた時、午後出かける前に明子と雇用契約について話していた事を思い出した。
明子に「本当は辞めて欲しくないが、もし仕事がしんどくて辞めたいなら、相応の退職金と住居を用意したい」と伝えておきたい。
すぐに廊下まで出てみたが、もう明子の姿はなかった。もしかしたらまだ台所にいるのでは行ってみたが、いなかった。屋敷の奥にある自分の部屋に帰ったのだろう。
「……明日話せば良いか」
台所に来たついでに茶を入れて自分の部屋へ戻る。
『福田堂』の和菓子は何度か食べたことがあり、その旨さを知っているので楽しみな気分だった。
が、テーブルの上に置いたはずの和菓子がなかった。
置いた所を記憶違いしているのかと探し回ったが、どこにもない。もしかして明子に和菓子をもらった事自体、現実にはなかったことなのではないかと思えてきた。
今日は色々ありすぎて、少しうたた寝でもしてしまい、その間に見た夢だったのかもしれない。
そう思うことにした。
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