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26 危機
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身体を揺すられて目を覚ますと、黒いバッグを肩にかけた母がいた。
――隆志、起きて
目が覚め切らずぼんやりしている隆志に母は急いで服を着せる。
――お母さんと一緒に行くのよ。この家を出るの
――どうして?
訳が分からず問う隆志の唇に、母は人差し指を当てた。
――静かにして
母怯えたように周りを見回し、喘ぐような息を無理に押しつぶして、隆志の手を引き部屋を出た。
玄関へ向かう母の後ろで、隆志は寒気を感じて振り返る。
廊下の突き当たりに父がいた。
父は嗤っていた。歪んだ顔で、虚ろな瞳で嗤っていた。
父の後ろには、赤い着物の少女が。
彼女もまた嗤っていた。
ああ……狂っている。
父だけじゃなく、この家自体が。神すらも。
母の隆志の手を握る力が強まった。
――逃げるのよ
急かす、母の声。
――逃げるのよ、隆志
逃げて! 隆志!
身体を突き飛ばされる感覚がして目を覚ますと、隆志は寝返りを打ったように布団から転がり出たところだった。
どすん、と今まで寝ていた場所で鈍い音がした。ハッとして思わずもう一度転がると、また同じ鈍い音が聞こえた。何がなんだか分からないまま起き上がりながら見ると、暗い部屋の中に人影が三つあった。その中の一つの影が何か長いものを振りかぶる。
隆志は転がって隣の部屋へ逃れ、這うようにして廊下まで出た。廊下に薄暗い明かりが灯る。その明かりの中へ、三人の影が出てきた。
真紀子と良樹と龍彦だった。良樹と龍彦は斧を、真紀子は鉈を持っている。
「――どうして」
自分ながら馬鹿なことを聞いていると思った。が、彼らは律儀に答えた。
「君さえいなくなってくれれば」
「おふくろが当主になれて」
「会社が倒産しなくて済むのよ」
三人は思いを一つにして――狂っていた。目と凶器をギラギラと光らせて。
「う、わああああああああ!」
隆志は叫んで廊下を走り出した。
しかし行く先々で明かりが灯る廊下を逃げては、自分はここにいると教えているようなものだった。外へ逃げようにも、廊下の掃き出し窓の鍵は全て古い螺子式の鍵で、開けている暇はない。
隆志は覚悟を決めて、窓を蹴破って外へ出た。そのまま庭を駆け抜けて、暗い茂みの中へ飛び込み息を止めると、三人分の足音がすぐ傍まできた。
「ちくしょう! どこに逃げやがった!」
「おかしいわ! 和菓子に入れた薬が効いて寝てるはずなのに!」
和菓子?
隆志は思わず声を上げそうになったが、何とか耐えた。
やはりあれは夢ではなかったのだ。
食べていたら今頃……と考えると身震いが起きた。あの菓子がなくなったのは、食べないように母が隠してくれたような気がした。
同時にある疑惑が頭に浮かんだが、それを認めたくなくて、無理矢理思考に蓋をした。
「やっぱり最初に俺が言ったように、毒を入れてりゃあ良かったのに」
「薬物は意外と簡単に足が付くんだ。得策じゃない」
「今更言い争いしないで。逃がさないでよ。絶対に」
話す声が足音と共に遠ざかっていく。完全に聞こえなくなるまで隆志は呼吸をするのも忘れて身を縮めていた。
人の気配がしないのを確認して、ようやく隆志は荒い呼吸を繰り返し肺に酸素を取り込んだ。そして、目を凝らして辺りを見る。ここが屋敷のどのあたりなのか、暗くてよく分からなかった。が、何としても屋敷の外へ出て助けを求めないと命がない。
隆志はできるだけ身を低くして移動し、門の方向を探った。
警戒して少しずつ移動しているうちにようやく門へ続く道へ出て、そこからは一気に門の方へ走った。
これで逃げられると喜んだのも束の間だった。門には今まで見たこともない大きな鉄の鍵がかかっていた。塀は高く、梯子でもないと超えられない。
蔵の物置に梯子はなかっただろうかと記憶を巡らせた時、
「逃げられませんよ」
背後から声がした。
振り返ると、明子が立っていた――右手に鎌を持って。
「――明子さん」
「隆志様、和菓子は召し上がらなかったのですか?」
わざわざ聞くと言うことは、あれに薬が仕込んであったのを知っているからだ。
明子が伯母達の共犯者と疑いたくなくて考えなかったことが事実だったと暗に示されて、隆志は酷く泣きたい気分になった。
「ちょっと食欲がなかったんだ」
隆志のよくある言い訳に、「そうですか」と明子は心底残念そうにため息をついた。が、
「今日、真紀子様からお呼び出しがあって、とても良いお話を頂いたんですよ」
彼女は闇の中でにちゃりと笑った、気がした。
「自分が当主になれば、私に家一軒くれるって約束してくださったんです」
隆志様にはお分かりにならないでしょうねえ、とため息をつく。
「住む家もあって一生働かなくて済む隆志様は、家もなく大した蓄えもない人間の気持ちなど想像したこともないでしょう」
「分かるよ! 僕だって母と二人暮らしの時は貧しかった!」
「でも今は裕福ですよね。腐るほどお金があるんですから、家政婦も私のような年寄りは辞めさせて、若い女性を雇いたくなりますよね」
隆志は明子が持つ鎌を注視しながら、首を振った。
「そんな気はないよ。若い人より明子さんがいてくれる方がいい。明子さんがいてくれなきゃ困る」
「嘘をついてもダメです。だって、いつだったか家に遊びに来たお友達の誰かに、今いる家政婦は定年で辞めるから履歴書を持ってくるよう言ってたじゃありませんか。私の代わりを雇う予定があるんですよね?」
記憶を遡って、思い当たった。
綾香だ。
彼女が世久の資産目当てで遠回しに結婚を迫ってきたのにしらけて、妻ではなく家政婦としてなら家に来て良いと嫌味を言った。
明子は家のどこかで、そのやり取りを聞いていたのだ。そして、誤解した。
「違うよ! あれは本気で言ったんじゃなくて」
「良いんですよ、今更言い訳しなくても」
強い悪意が籠った視線が向けられ、
「確かに私はもうこんな歳です。身よりもなくて、ここを解雇されたら行くところがない。不安で不安でしかたなかった。でも、隆志様さえいなくなってくだされば、家と月々のお小遣いまでもらえるんですよ。だから――」
死んでください、と叫んで明子が斬りかかって来た。隆志は辛うじて避けると、勢い余った明子はそのまま門にぶつかって転んだ。その隙に隆志は屋敷の方へ逃げた。
伯母一家に加えて、明子までが――隆志はショックで足がもつれそうになった。
こんな強硬手段に出るほど、伯母一家が追い詰められているとは思わなかった。
明子がそこまで悩んでいるとは思わなかった。
どんなに親しい間柄でも人の心は見えない。
深刻な悩みを抱えているほど、親しい人間には隠す。
嫌と言うほど身にしみて理解しているはずだった明子の言葉を改めて思い出し――この屋敷にはもう一人いることも思い出した。
真紀子が当主になりたくて自分を襲ったというなら、祖母も邪魔に思い、襲うかもしれない。
隆志は祖母のいる離れへ走った。離れには明かりはついていなかった。隆志は庭側の窓を手近な石で割り、内鍵を開けて離れに入った。入った途端――血の臭いがした。
暗い室内に目を凝らし、祖母を捜す。
「――お祖母さんっ!」
祖母は寝室の布団の傍で倒れていた。抱き起こすと、祖母の脇腹には刃物が刺さっていて、黒い染みが大きく広がっていた。
もう一度叫ぶように声をかけると、祖母は鈍く反応した。
「……隆志?」
「しっかりしてください! 今、救急車を」
しかし祖母はかすかに首を振った。
「……いいから……お前は……早く」
逃げろ、と言うのか。瀕死の祖母を置いてそんなこと。
できない、と叫びかけた隆志に、祖母は、はっきり言った。
「殺されてしまいなさい」
――隆志、起きて
目が覚め切らずぼんやりしている隆志に母は急いで服を着せる。
――お母さんと一緒に行くのよ。この家を出るの
――どうして?
訳が分からず問う隆志の唇に、母は人差し指を当てた。
――静かにして
母怯えたように周りを見回し、喘ぐような息を無理に押しつぶして、隆志の手を引き部屋を出た。
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廊下の突き当たりに父がいた。
父は嗤っていた。歪んだ顔で、虚ろな瞳で嗤っていた。
父の後ろには、赤い着物の少女が。
彼女もまた嗤っていた。
ああ……狂っている。
父だけじゃなく、この家自体が。神すらも。
母の隆志の手を握る力が強まった。
――逃げるのよ
急かす、母の声。
――逃げるのよ、隆志
逃げて! 隆志!
身体を突き飛ばされる感覚がして目を覚ますと、隆志は寝返りを打ったように布団から転がり出たところだった。
どすん、と今まで寝ていた場所で鈍い音がした。ハッとして思わずもう一度転がると、また同じ鈍い音が聞こえた。何がなんだか分からないまま起き上がりながら見ると、暗い部屋の中に人影が三つあった。その中の一つの影が何か長いものを振りかぶる。
隆志は転がって隣の部屋へ逃れ、這うようにして廊下まで出た。廊下に薄暗い明かりが灯る。その明かりの中へ、三人の影が出てきた。
真紀子と良樹と龍彦だった。良樹と龍彦は斧を、真紀子は鉈を持っている。
「――どうして」
自分ながら馬鹿なことを聞いていると思った。が、彼らは律儀に答えた。
「君さえいなくなってくれれば」
「おふくろが当主になれて」
「会社が倒産しなくて済むのよ」
三人は思いを一つにして――狂っていた。目と凶器をギラギラと光らせて。
「う、わああああああああ!」
隆志は叫んで廊下を走り出した。
しかし行く先々で明かりが灯る廊下を逃げては、自分はここにいると教えているようなものだった。外へ逃げようにも、廊下の掃き出し窓の鍵は全て古い螺子式の鍵で、開けている暇はない。
隆志は覚悟を決めて、窓を蹴破って外へ出た。そのまま庭を駆け抜けて、暗い茂みの中へ飛び込み息を止めると、三人分の足音がすぐ傍まできた。
「ちくしょう! どこに逃げやがった!」
「おかしいわ! 和菓子に入れた薬が効いて寝てるはずなのに!」
和菓子?
隆志は思わず声を上げそうになったが、何とか耐えた。
やはりあれは夢ではなかったのだ。
食べていたら今頃……と考えると身震いが起きた。あの菓子がなくなったのは、食べないように母が隠してくれたような気がした。
同時にある疑惑が頭に浮かんだが、それを認めたくなくて、無理矢理思考に蓋をした。
「やっぱり最初に俺が言ったように、毒を入れてりゃあ良かったのに」
「薬物は意外と簡単に足が付くんだ。得策じゃない」
「今更言い争いしないで。逃がさないでよ。絶対に」
話す声が足音と共に遠ざかっていく。完全に聞こえなくなるまで隆志は呼吸をするのも忘れて身を縮めていた。
人の気配がしないのを確認して、ようやく隆志は荒い呼吸を繰り返し肺に酸素を取り込んだ。そして、目を凝らして辺りを見る。ここが屋敷のどのあたりなのか、暗くてよく分からなかった。が、何としても屋敷の外へ出て助けを求めないと命がない。
隆志はできるだけ身を低くして移動し、門の方向を探った。
警戒して少しずつ移動しているうちにようやく門へ続く道へ出て、そこからは一気に門の方へ走った。
これで逃げられると喜んだのも束の間だった。門には今まで見たこともない大きな鉄の鍵がかかっていた。塀は高く、梯子でもないと超えられない。
蔵の物置に梯子はなかっただろうかと記憶を巡らせた時、
「逃げられませんよ」
背後から声がした。
振り返ると、明子が立っていた――右手に鎌を持って。
「――明子さん」
「隆志様、和菓子は召し上がらなかったのですか?」
わざわざ聞くと言うことは、あれに薬が仕込んであったのを知っているからだ。
明子が伯母達の共犯者と疑いたくなくて考えなかったことが事実だったと暗に示されて、隆志は酷く泣きたい気分になった。
「ちょっと食欲がなかったんだ」
隆志のよくある言い訳に、「そうですか」と明子は心底残念そうにため息をついた。が、
「今日、真紀子様からお呼び出しがあって、とても良いお話を頂いたんですよ」
彼女は闇の中でにちゃりと笑った、気がした。
「自分が当主になれば、私に家一軒くれるって約束してくださったんです」
隆志様にはお分かりにならないでしょうねえ、とため息をつく。
「住む家もあって一生働かなくて済む隆志様は、家もなく大した蓄えもない人間の気持ちなど想像したこともないでしょう」
「分かるよ! 僕だって母と二人暮らしの時は貧しかった!」
「でも今は裕福ですよね。腐るほどお金があるんですから、家政婦も私のような年寄りは辞めさせて、若い女性を雇いたくなりますよね」
隆志は明子が持つ鎌を注視しながら、首を振った。
「そんな気はないよ。若い人より明子さんがいてくれる方がいい。明子さんがいてくれなきゃ困る」
「嘘をついてもダメです。だって、いつだったか家に遊びに来たお友達の誰かに、今いる家政婦は定年で辞めるから履歴書を持ってくるよう言ってたじゃありませんか。私の代わりを雇う予定があるんですよね?」
記憶を遡って、思い当たった。
綾香だ。
彼女が世久の資産目当てで遠回しに結婚を迫ってきたのにしらけて、妻ではなく家政婦としてなら家に来て良いと嫌味を言った。
明子は家のどこかで、そのやり取りを聞いていたのだ。そして、誤解した。
「違うよ! あれは本気で言ったんじゃなくて」
「良いんですよ、今更言い訳しなくても」
強い悪意が籠った視線が向けられ、
「確かに私はもうこんな歳です。身よりもなくて、ここを解雇されたら行くところがない。不安で不安でしかたなかった。でも、隆志様さえいなくなってくだされば、家と月々のお小遣いまでもらえるんですよ。だから――」
死んでください、と叫んで明子が斬りかかって来た。隆志は辛うじて避けると、勢い余った明子はそのまま門にぶつかって転んだ。その隙に隆志は屋敷の方へ逃げた。
伯母一家に加えて、明子までが――隆志はショックで足がもつれそうになった。
こんな強硬手段に出るほど、伯母一家が追い詰められているとは思わなかった。
明子がそこまで悩んでいるとは思わなかった。
どんなに親しい間柄でも人の心は見えない。
深刻な悩みを抱えているほど、親しい人間には隠す。
嫌と言うほど身にしみて理解しているはずだった明子の言葉を改めて思い出し――この屋敷にはもう一人いることも思い出した。
真紀子が当主になりたくて自分を襲ったというなら、祖母も邪魔に思い、襲うかもしれない。
隆志は祖母のいる離れへ走った。離れには明かりはついていなかった。隆志は庭側の窓を手近な石で割り、内鍵を開けて離れに入った。入った途端――血の臭いがした。
暗い室内に目を凝らし、祖母を捜す。
「――お祖母さんっ!」
祖母は寝室の布団の傍で倒れていた。抱き起こすと、祖母の脇腹には刃物が刺さっていて、黒い染みが大きく広がっていた。
もう一度叫ぶように声をかけると、祖母は鈍く反応した。
「……隆志?」
「しっかりしてください! 今、救急車を」
しかし祖母はかすかに首を振った。
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