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27 甦った過去
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「――え」
隆志は背中が冷えていくのを感じた。
「……本当なら……お前は和也に……八年前に殺されている……はずだったのだから」
佐恵子が連れて逃げなければ、と祖母は悔しげに呟いた。
「和也がずっと……捜していたのも……お前を殺すため」
思い出した。
唐突に、全て、思い出した。
あの夜、自分は父に殺されかけたのだ。
世久の家に戻ってから、元々物静かだった父がさらに無口になったが、特に気にならなかった。どこにも出かけず、裏庭に行ってはぼんやりしていることが多くなっていたが、不安は覚えなかった。
以前と同じに父は優しかったから。穏やかだったから。
なのに。
まさに豹変、だった。
あの夜、いつものように就寝前に微笑んで「お休み」と言ってくれた父が、真夜中母に起こされた時には別人になっていた。
顔つきも目つきも、身にまとう空気さえ、同一人物とは思えない変わりようだった。
廊下に立っている男は、もはや人とは別の、禍々しい生き物だった。
――佐恵子、お前は関係ないから離れていなさい
父は母に気味の悪いほど優しく呼びかけ、
――それを殺せば全て片が付くんだよ
鉈で隆志を指した。
父が殺したいと言うのは、もはや『それ』と名前ですら呼ばない息子の自分だけだった。
殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
そう叫んで鉈を振りかざし隆志たちを追ってきた父は、嗤っていた。
嗤い狂っていた。
信じられなかった。わずか数時間前まで普通だった父の激変ぶりが。
人は前触れもなく、これほど壊れてしまえるものなのか。
何故。何故なんだ。
源の知れない殺意と兆候を全く感じなかった狂気をいきなり実の父から向けられた恐怖が、隆志を蝕んでいく。
嘘だ。こんなの嘘だ。
それとも、あの平凡な日常こそが偽りだったのか。
全てはこの瞬間の為に用意された茶番だったのか。
嗤い声が追ってくる。
逃げても。逃げても。
父の姿をしているが、もはや化け物としか思えない何かが迫ってくる。
――終わらせる! それを殺して終わらせるんだ!
女性と子供の足で男の脚力から逃れられる訳もなく、狂った父の明確な殺意を乗せた刃が隆志に届きそうになった時。
母が手にしていた数珠を父に投げつけた。
それは弾けて、父の身体を壁へ叩きつけ。
隆志の視界を白い光で焼いた。
ああ……消えてしまえ!
このまま何もかも!
すべて――消えてしまえばいい!
突然甦った記憶に衝撃を受けて眩暈がして吐きそうな隆志に、祖母は更に信じられないことを告げた。
「……和也は……俊介を殺したとも言った」
隆志は息を呑み――問い返した。
「……父さんが……殺した? 実の兄を?」
「……そう……十一の時に」
父は亡くなる数日前に祖母に告白したという。
「後は隆志を殺し……自分が死ねば……世久の直系の血は絶える……だから隆志を捜し出して……殺したかった、と」
腕の中の祖母は、くくっと声を立てて笑った。
「それこそ……私の……願いだった。……思惑通りに……真紀子が」
隆志を殺せば、と祖母は夢見るようにうっとりと言った。
「……私の願いが叶う」
そして喘ぐように咳き込み、大きく息をした。
「嫁いで……まだふた月も経っていなかったのに……金で……引き裂いた……世久など」
潰れてしまえ、絶えてしまえ、と祖母は呪いの言葉を吐き、
「……さん」
祖父の名ではない男性の名を呼んで、息絶えた。
隆志は祖母をそっと布団に横たえて、上から掛け布団をかける。
悲しいというより、寂しいというより、腹が立った。
狂ってる。この家の誰もかれも、みんな正気じゃない。
祖母は半生を世久家への恨みで満たし、夫も子供も孫も、世久家の誰も愛さなかったのだ。そして愛のない人生の中で一人静かに狂っていったのだ――伯母たちの性格を熟知した上でわざと追い詰め、伯母たち自身はもちろん隆志の身の破滅を、自己の命を賭けて謀るほど。
世久家に関わりがなければ、人並みな愛情を持ち、人並みな人生を送り、人並みな最期を迎えられたはずなのに。
こんな最期を自ら選ぶくらい祖母を歪ませた、世久の家に腹が立つ。
祖母の言う通り、こんな家など絶えてしまえばいい。金はあっても誰も幸せになれない家なんて、少なくとも自分はいらない。
けれど、今はとにかく逃げなければ。
隆志は周りを警戒しながらそっと外へ出た。凶器を持って自分を探し回っている伯母たちに鉢合わせしないことを祈りながら、物置になっている蔵へ走る。
梯子があれば塀を越えて逃げられる――と蔵に近づいた時。
「わああああああーっ!」
奇声を上げて良樹が斧を振り上げ襲いかかってきた。
一打目は何とか避けたが、なぎ払うようにきた二打目は避けられなかった。はずが、斧の刃が隆志に届く前に、良樹はいきなり倒れた。
倒れた良樹の後には、拓司が棒を持って立っていた。
隆志は背中が冷えていくのを感じた。
「……本当なら……お前は和也に……八年前に殺されている……はずだったのだから」
佐恵子が連れて逃げなければ、と祖母は悔しげに呟いた。
「和也がずっと……捜していたのも……お前を殺すため」
思い出した。
唐突に、全て、思い出した。
あの夜、自分は父に殺されかけたのだ。
世久の家に戻ってから、元々物静かだった父がさらに無口になったが、特に気にならなかった。どこにも出かけず、裏庭に行ってはぼんやりしていることが多くなっていたが、不安は覚えなかった。
以前と同じに父は優しかったから。穏やかだったから。
なのに。
まさに豹変、だった。
あの夜、いつものように就寝前に微笑んで「お休み」と言ってくれた父が、真夜中母に起こされた時には別人になっていた。
顔つきも目つきも、身にまとう空気さえ、同一人物とは思えない変わりようだった。
廊下に立っている男は、もはや人とは別の、禍々しい生き物だった。
――佐恵子、お前は関係ないから離れていなさい
父は母に気味の悪いほど優しく呼びかけ、
――それを殺せば全て片が付くんだよ
鉈で隆志を指した。
父が殺したいと言うのは、もはや『それ』と名前ですら呼ばない息子の自分だけだった。
殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
そう叫んで鉈を振りかざし隆志たちを追ってきた父は、嗤っていた。
嗤い狂っていた。
信じられなかった。わずか数時間前まで普通だった父の激変ぶりが。
人は前触れもなく、これほど壊れてしまえるものなのか。
何故。何故なんだ。
源の知れない殺意と兆候を全く感じなかった狂気をいきなり実の父から向けられた恐怖が、隆志を蝕んでいく。
嘘だ。こんなの嘘だ。
それとも、あの平凡な日常こそが偽りだったのか。
全てはこの瞬間の為に用意された茶番だったのか。
嗤い声が追ってくる。
逃げても。逃げても。
父の姿をしているが、もはや化け物としか思えない何かが迫ってくる。
――終わらせる! それを殺して終わらせるんだ!
女性と子供の足で男の脚力から逃れられる訳もなく、狂った父の明確な殺意を乗せた刃が隆志に届きそうになった時。
母が手にしていた数珠を父に投げつけた。
それは弾けて、父の身体を壁へ叩きつけ。
隆志の視界を白い光で焼いた。
ああ……消えてしまえ!
このまま何もかも!
すべて――消えてしまえばいい!
突然甦った記憶に衝撃を受けて眩暈がして吐きそうな隆志に、祖母は更に信じられないことを告げた。
「……和也は……俊介を殺したとも言った」
隆志は息を呑み――問い返した。
「……父さんが……殺した? 実の兄を?」
「……そう……十一の時に」
父は亡くなる数日前に祖母に告白したという。
「後は隆志を殺し……自分が死ねば……世久の直系の血は絶える……だから隆志を捜し出して……殺したかった、と」
腕の中の祖母は、くくっと声を立てて笑った。
「それこそ……私の……願いだった。……思惑通りに……真紀子が」
隆志を殺せば、と祖母は夢見るようにうっとりと言った。
「……私の願いが叶う」
そして喘ぐように咳き込み、大きく息をした。
「嫁いで……まだふた月も経っていなかったのに……金で……引き裂いた……世久など」
潰れてしまえ、絶えてしまえ、と祖母は呪いの言葉を吐き、
「……さん」
祖父の名ではない男性の名を呼んで、息絶えた。
隆志は祖母をそっと布団に横たえて、上から掛け布団をかける。
悲しいというより、寂しいというより、腹が立った。
狂ってる。この家の誰もかれも、みんな正気じゃない。
祖母は半生を世久家への恨みで満たし、夫も子供も孫も、世久家の誰も愛さなかったのだ。そして愛のない人生の中で一人静かに狂っていったのだ――伯母たちの性格を熟知した上でわざと追い詰め、伯母たち自身はもちろん隆志の身の破滅を、自己の命を賭けて謀るほど。
世久家に関わりがなければ、人並みな愛情を持ち、人並みな人生を送り、人並みな最期を迎えられたはずなのに。
こんな最期を自ら選ぶくらい祖母を歪ませた、世久の家に腹が立つ。
祖母の言う通り、こんな家など絶えてしまえばいい。金はあっても誰も幸せになれない家なんて、少なくとも自分はいらない。
けれど、今はとにかく逃げなければ。
隆志は周りを警戒しながらそっと外へ出た。凶器を持って自分を探し回っている伯母たちに鉢合わせしないことを祈りながら、物置になっている蔵へ走る。
梯子があれば塀を越えて逃げられる――と蔵に近づいた時。
「わああああああーっ!」
奇声を上げて良樹が斧を振り上げ襲いかかってきた。
一打目は何とか避けたが、なぎ払うようにきた二打目は避けられなかった。はずが、斧の刃が隆志に届く前に、良樹はいきなり倒れた。
倒れた良樹の後には、拓司が棒を持って立っていた。
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