不労の家

千年砂漠

文字の大きさ
28 / 35

28 八方塞がり

しおりを挟む
 拓司に腕を引っ張られて走り、庭木の陰に身を隠した。
「助かった。ありがとう」
 息を切らしながら拓司は気分が悪そうに頭を振った。
「電話も通じないからただごとじゃない、何かやばいんじゃないかとは思ったんだけど、まさかこれほどとは」
「……電話が通じない?」
 拓司は数珠を巻いた右手をさすりながら頷いた。
「来る前に、お前に何度も電話したんだ。でも、つながらなかった」
 屋敷の中に入って、何か不穏なものを感じて110番に電話したが、やはりつながらなかったという。
「これも一種の結界だよ。お前には視えないだろうけど、この屋敷全体、業に取り囲まれて『真っ黒』だ。こんな強烈なのは初めて視る。全身ざわざわして吐きそうなくらい気持ち悪い。……詩織が夕方お前に会った時に視たのは予兆だったのかも」
 とにかく逃げよう、と拓司は腰を浮かせた。
「どこから。ていうか、どうやって家に入ったんだ?」
 出入りができないからこうして逃げ回っているというのに。
「屋敷の北側の塀に梯子がかけてあった」
 そこから少し離れた林の中に見たことのある外車が停めてあるのを見て、嫌な予感が当たったのを悟ったという。
「我ながら迂闊だったな……。せめて家に連絡してから入ってくれば良かった」
「反省してるところ悪いけど、絶望しそうなことをひとつ言っていいか」
  ダメだと拓司が拒否する前に、隆志は早口に言い捨てた。
「この家には警備会社のセキュリティは入ってない」
「は? 冗談だろ? この規模の家に防犯設備をつけてないなんて」
「いや、本当に契約してないんだ」
 太田の話によると『守り神がいる家に、たかが人間が考えた防犯装置など不要』ということらしい。事実この家は今まで一度も泥棒に入られた事はないそうだ。 
「ようするに外からの助けはないということか」
 大きくため息をついてがくりと俯いた拓司は、ふいに頭を上げた。
「ああ、そうだ。あったぞ。お前が詩織に言ってたもの、多分これだ」
 拓司は背負っていたディバッグから新聞紙に包んだものを取り出した。開けてみると中身はA3判用紙くらいの大きさの、今にも朽ち果てそうな木箱だった。
「捜してくれたのか」
「ああ。親父と二人でそれらしい所を掘ってみたら、石の箱が埋まってて、その中にこれがあった」
 でもな、と拓司は木箱を軽く叩いた。
「開かないんだよ」
「開かない? 木の箱なのに?」
「呪がかかってるんだよ。だから守り神にも在り処が分からなかったんだろう。親父は解呪の方法を記したものが世久家のどこかに残されてるんじゃないかって言うから、お前と調べようと持ってきたんだけど」
 調べようにも何か残っているとしても蔵の中だろうし、今は調べているような状況ではない。脱出が先だった。
 隆志は拓司と北側の塀へ向かう。真っ暗な庭木の森に入り北側の塀に近づいた時、
「――隆志!」
 拓司が隆志を突き飛ばし、短く悲鳴を上げた。
「逃げろっ!」
 左わき腹を押さえて叫ぶ拓司の影から、
「逃がすもんですかっ!」
 真紀子の金切り声が聞こえた。
 拓司は持っていた棒で鉈を振り上げた真紀子を容赦なく殴り倒すと「走れ」と叫ぶ。しかし前には、竜彦と良樹が斧を構えて立っていた。
 隆志は拓司を抱えるようにして彼らと逆の方向へ走り出す。その横から明子が鎌を振り回しながら走り出てきた。拓司を庇った分動作が遅れ、左肩から背中へ大きく切られた。
 笑うような奇声を発する明子の腹を思い切り蹴って倒し、隆志は拓司と共に懸命に走る。
 何とか彼らを振り切った所で、拓司が大きくよろけた。
「大丈夫か!」
「……正直……大丈夫じゃない」
 彼が手で押さえている左脇腹は盛大に血で染まっている。これ以上走らせるのは出血をひどくするばかりで危険だ。
 隆志は植え込みの陰へ拓司を連れ込み、自分の着ているパジャマの上着を脱いで拓司の傷の上で縛った。
「拓司はここに隠れててくれ。僕が大声を出してあの四人を引き付けるから、その隙にあの梯子から外へ出て助けを」
「いや……無理だな」
 拓司は荒く息を吐きながら首を振った。
「多分、もうあの梯子は外されて、隠されてる。あいつらもそれほど馬鹿じゃない」
 言って拓司はぶるっと震えた。
「さ、寒いのか」
 血を流しすぎると寒いらしい。そしてそれほどになると生命の危険だと。
「いや、怖いんだよ。……詩織じゃないが、怖い」
「それは僕だって」
「違う。この屋敷を覆ってるものが怖いんだ。あいつらは狂ってるけど……屋敷を覆ってるものがあいつらの心の闇をもっと深くして狂わせてる……ああ、違うな、あれがあいつらの心の闇そのものなのかも」
 拓司は数珠を巻いた右手をかざす。
「よくこれを巻いてきたと思うよ。これがなかったら今頃、俺も狂ってあいつらのようにお前を殺す方に回ってたかもしれない」
 言われて隆志はぞっとした。
「でも多分、これも長くはもたないぞ。数珠の糸が切れたら終わりだな」
 だったらどうする――隆志は考え、そして拓司のディバッグに手を伸ばした。
「これを与姫のところへ持っていく」
「与姫? ……ああ、この家の神様か」
「帯を与姫に返せば、もしかしたら助けてくれるかもしれない」
「最後はまさに神頼みか」
 拓司は笑ったが、他に思いつかない。何より、聞きたいことがあった。本当に父が実の兄を殺したのか。与姫なら知っているだろう。
「もし、脱出する方法を思いついて行けそうだったら、僕を待たなくていいから、先に逃げてくれ」
 拓司にそう言い残し、隆志は植え込みから静かに抜け出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...