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28 八方塞がり
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拓司に腕を引っ張られて走り、庭木の陰に身を隠した。
「助かった。ありがとう」
息を切らしながら拓司は気分が悪そうに頭を振った。
「電話も通じないからただごとじゃない、何かやばいんじゃないかとは思ったんだけど、まさかこれほどとは」
「……電話が通じない?」
拓司は数珠を巻いた右手をさすりながら頷いた。
「来る前に、お前に何度も電話したんだ。でも、つながらなかった」
屋敷の中に入って、何か不穏なものを感じて110番に電話したが、やはりつながらなかったという。
「これも一種の結界だよ。お前には視えないだろうけど、この屋敷全体、業に取り囲まれて『真っ黒』だ。こんな強烈なのは初めて視る。全身ざわざわして吐きそうなくらい気持ち悪い。……詩織が夕方お前に会った時に視たのは予兆だったのかも」
とにかく逃げよう、と拓司は腰を浮かせた。
「どこから。ていうか、どうやって家に入ったんだ?」
出入りができないからこうして逃げ回っているというのに。
「屋敷の北側の塀に梯子がかけてあった」
そこから少し離れた林の中に見たことのある外車が停めてあるのを見て、嫌な予感が当たったのを悟ったという。
「我ながら迂闊だったな……。せめて家に連絡してから入ってくれば良かった」
「反省してるところ悪いけど、絶望しそうなことをひとつ言っていいか」
ダメだと拓司が拒否する前に、隆志は早口に言い捨てた。
「この家には警備会社のセキュリティは入ってない」
「は? 冗談だろ? この規模の家に防犯設備をつけてないなんて」
「いや、本当に契約してないんだ」
太田の話によると『守り神がいる家に、たかが人間が考えた防犯装置など不要』ということらしい。事実この家は今まで一度も泥棒に入られた事はないそうだ。
「ようするに外からの助けはないということか」
大きくため息をついてがくりと俯いた拓司は、ふいに頭を上げた。
「ああ、そうだ。あったぞ。お前が詩織に言ってたもの、多分これだ」
拓司は背負っていたディバッグから新聞紙に包んだものを取り出した。開けてみると中身はA3判用紙くらいの大きさの、今にも朽ち果てそうな木箱だった。
「捜してくれたのか」
「ああ。親父と二人でそれらしい所を掘ってみたら、石の箱が埋まってて、その中にこれがあった」
でもな、と拓司は木箱を軽く叩いた。
「開かないんだよ」
「開かない? 木の箱なのに?」
「呪がかかってるんだよ。だから守り神にも在り処が分からなかったんだろう。親父は解呪の方法を記したものが世久家のどこかに残されてるんじゃないかって言うから、お前と調べようと持ってきたんだけど」
調べようにも何か残っているとしても蔵の中だろうし、今は調べているような状況ではない。脱出が先だった。
隆志は拓司と北側の塀へ向かう。真っ暗な庭木の森に入り北側の塀に近づいた時、
「――隆志!」
拓司が隆志を突き飛ばし、短く悲鳴を上げた。
「逃げろっ!」
左わき腹を押さえて叫ぶ拓司の影から、
「逃がすもんですかっ!」
真紀子の金切り声が聞こえた。
拓司は持っていた棒で鉈を振り上げた真紀子を容赦なく殴り倒すと「走れ」と叫ぶ。しかし前には、竜彦と良樹が斧を構えて立っていた。
隆志は拓司を抱えるようにして彼らと逆の方向へ走り出す。その横から明子が鎌を振り回しながら走り出てきた。拓司を庇った分動作が遅れ、左肩から背中へ大きく切られた。
笑うような奇声を発する明子の腹を思い切り蹴って倒し、隆志は拓司と共に懸命に走る。
何とか彼らを振り切った所で、拓司が大きくよろけた。
「大丈夫か!」
「……正直……大丈夫じゃない」
彼が手で押さえている左脇腹は盛大に血で染まっている。これ以上走らせるのは出血をひどくするばかりで危険だ。
隆志は植え込みの陰へ拓司を連れ込み、自分の着ているパジャマの上着を脱いで拓司の傷の上で縛った。
「拓司はここに隠れててくれ。僕が大声を出してあの四人を引き付けるから、その隙にあの梯子から外へ出て助けを」
「いや……無理だな」
拓司は荒く息を吐きながら首を振った。
「多分、もうあの梯子は外されて、隠されてる。あいつらもそれほど馬鹿じゃない」
言って拓司はぶるっと震えた。
「さ、寒いのか」
血を流しすぎると寒いらしい。そしてそれほどになると生命の危険だと。
「いや、怖いんだよ。……詩織じゃないが、怖い」
「それは僕だって」
「違う。この屋敷を覆ってるものが怖いんだ。あいつらは狂ってるけど……屋敷を覆ってるものがあいつらの心の闇をもっと深くして狂わせてる……ああ、違うな、あれがあいつらの心の闇そのものなのかも」
拓司は数珠を巻いた右手をかざす。
「よくこれを巻いてきたと思うよ。これがなかったら今頃、俺も狂ってあいつらのようにお前を殺す方に回ってたかもしれない」
言われて隆志はぞっとした。
「でも多分、これも長くはもたないぞ。数珠の糸が切れたら終わりだな」
だったらどうする――隆志は考え、そして拓司のディバッグに手を伸ばした。
「これを与姫のところへ持っていく」
「与姫? ……ああ、この家の神様か」
「帯を与姫に返せば、もしかしたら助けてくれるかもしれない」
「最後はまさに神頼みか」
拓司は笑ったが、他に思いつかない。何より、聞きたいことがあった。本当に父が実の兄を殺したのか。与姫なら知っているだろう。
「もし、脱出する方法を思いついて行けそうだったら、僕を待たなくていいから、先に逃げてくれ」
拓司にそう言い残し、隆志は植え込みから静かに抜け出した。
「助かった。ありがとう」
息を切らしながら拓司は気分が悪そうに頭を振った。
「電話も通じないからただごとじゃない、何かやばいんじゃないかとは思ったんだけど、まさかこれほどとは」
「……電話が通じない?」
拓司は数珠を巻いた右手をさすりながら頷いた。
「来る前に、お前に何度も電話したんだ。でも、つながらなかった」
屋敷の中に入って、何か不穏なものを感じて110番に電話したが、やはりつながらなかったという。
「これも一種の結界だよ。お前には視えないだろうけど、この屋敷全体、業に取り囲まれて『真っ黒』だ。こんな強烈なのは初めて視る。全身ざわざわして吐きそうなくらい気持ち悪い。……詩織が夕方お前に会った時に視たのは予兆だったのかも」
とにかく逃げよう、と拓司は腰を浮かせた。
「どこから。ていうか、どうやって家に入ったんだ?」
出入りができないからこうして逃げ回っているというのに。
「屋敷の北側の塀に梯子がかけてあった」
そこから少し離れた林の中に見たことのある外車が停めてあるのを見て、嫌な予感が当たったのを悟ったという。
「我ながら迂闊だったな……。せめて家に連絡してから入ってくれば良かった」
「反省してるところ悪いけど、絶望しそうなことをひとつ言っていいか」
ダメだと拓司が拒否する前に、隆志は早口に言い捨てた。
「この家には警備会社のセキュリティは入ってない」
「は? 冗談だろ? この規模の家に防犯設備をつけてないなんて」
「いや、本当に契約してないんだ」
太田の話によると『守り神がいる家に、たかが人間が考えた防犯装置など不要』ということらしい。事実この家は今まで一度も泥棒に入られた事はないそうだ。
「ようするに外からの助けはないということか」
大きくため息をついてがくりと俯いた拓司は、ふいに頭を上げた。
「ああ、そうだ。あったぞ。お前が詩織に言ってたもの、多分これだ」
拓司は背負っていたディバッグから新聞紙に包んだものを取り出した。開けてみると中身はA3判用紙くらいの大きさの、今にも朽ち果てそうな木箱だった。
「捜してくれたのか」
「ああ。親父と二人でそれらしい所を掘ってみたら、石の箱が埋まってて、その中にこれがあった」
でもな、と拓司は木箱を軽く叩いた。
「開かないんだよ」
「開かない? 木の箱なのに?」
「呪がかかってるんだよ。だから守り神にも在り処が分からなかったんだろう。親父は解呪の方法を記したものが世久家のどこかに残されてるんじゃないかって言うから、お前と調べようと持ってきたんだけど」
調べようにも何か残っているとしても蔵の中だろうし、今は調べているような状況ではない。脱出が先だった。
隆志は拓司と北側の塀へ向かう。真っ暗な庭木の森に入り北側の塀に近づいた時、
「――隆志!」
拓司が隆志を突き飛ばし、短く悲鳴を上げた。
「逃げろっ!」
左わき腹を押さえて叫ぶ拓司の影から、
「逃がすもんですかっ!」
真紀子の金切り声が聞こえた。
拓司は持っていた棒で鉈を振り上げた真紀子を容赦なく殴り倒すと「走れ」と叫ぶ。しかし前には、竜彦と良樹が斧を構えて立っていた。
隆志は拓司を抱えるようにして彼らと逆の方向へ走り出す。その横から明子が鎌を振り回しながら走り出てきた。拓司を庇った分動作が遅れ、左肩から背中へ大きく切られた。
笑うような奇声を発する明子の腹を思い切り蹴って倒し、隆志は拓司と共に懸命に走る。
何とか彼らを振り切った所で、拓司が大きくよろけた。
「大丈夫か!」
「……正直……大丈夫じゃない」
彼が手で押さえている左脇腹は盛大に血で染まっている。これ以上走らせるのは出血をひどくするばかりで危険だ。
隆志は植え込みの陰へ拓司を連れ込み、自分の着ているパジャマの上着を脱いで拓司の傷の上で縛った。
「拓司はここに隠れててくれ。僕が大声を出してあの四人を引き付けるから、その隙にあの梯子から外へ出て助けを」
「いや……無理だな」
拓司は荒く息を吐きながら首を振った。
「多分、もうあの梯子は外されて、隠されてる。あいつらもそれほど馬鹿じゃない」
言って拓司はぶるっと震えた。
「さ、寒いのか」
血を流しすぎると寒いらしい。そしてそれほどになると生命の危険だと。
「いや、怖いんだよ。……詩織じゃないが、怖い」
「それは僕だって」
「違う。この屋敷を覆ってるものが怖いんだ。あいつらは狂ってるけど……屋敷を覆ってるものがあいつらの心の闇をもっと深くして狂わせてる……ああ、違うな、あれがあいつらの心の闇そのものなのかも」
拓司は数珠を巻いた右手をかざす。
「よくこれを巻いてきたと思うよ。これがなかったら今頃、俺も狂ってあいつらのようにお前を殺す方に回ってたかもしれない」
言われて隆志はぞっとした。
「でも多分、これも長くはもたないぞ。数珠の糸が切れたら終わりだな」
だったらどうする――隆志は考え、そして拓司のディバッグに手を伸ばした。
「これを与姫のところへ持っていく」
「与姫? ……ああ、この家の神様か」
「帯を与姫に返せば、もしかしたら助けてくれるかもしれない」
「最後はまさに神頼みか」
拓司は笑ったが、他に思いつかない。何より、聞きたいことがあった。本当に父が実の兄を殺したのか。与姫なら知っているだろう。
「もし、脱出する方法を思いついて行けそうだったら、僕を待たなくていいから、先に逃げてくれ」
拓司にそう言い残し、隆志は植え込みから静かに抜け出した。
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