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29 真相
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隆志は母屋の裏手に周り、一番近い窓を壊して中に入ると台所へ行き、ブレーカーを落とした。これで屋敷内の電気は一時的だが死んだ。誰かが復活させるまで、廊下の電灯も灯らない。
隆志は注意深く暗い廊下を進む。鈴の音のする方へ。クチナシの香りの方へ。
与姫の部屋へ行くと、与姫は紙風船で遊んでいた。
与姫は隆志が声をかけるより先に、
――わしは誰の味方もせぬぞ。内輪揉めには、わしは関与せぬ
隆志の方を見もせず言い捨てた。
――お前が今日誰かに殺められるなら、それがお前の寿命なのじゃ
隆志の身の危険を知っている上で、神はあからさまに助けを拒んだ。
――当主の座を争っての殺生沙汰など、この家では珍しいことではないしな
それは……過去にもこの家の後継を巡っての殺人があったということなのか。
「父も……そうだったんですか?」
隆志は無心に紙風船を突いて遊ぶ与姫に問いかけた。
「父も当主の座が欲しかったから、だから長男である実の兄を殺したんですか?」
音もなく紙風船が畳に落ちる。与姫は隆志へ視線を向け、首を振った。が、
――俊介が和也の可愛がっていた犬を、和也の前で殴り殺したからじゃ
与姫が否定したのは父の兄殺しではなく、動機の方だった。
父は本当に実兄を殺していた――その衝撃の大きさにヘタヘタと座り込んだ隆志に向って、与姫が袖を振る。
――己が目で見るがよい
突然視界が暗転した。
『目障りなんだよ、お前は』
目の前に、金属バットを持った十代半ばの少年がいる。
『俺の、次期当主の俺のスペアのくせに。お前の存在価値なんて俺が死んだときにしかないのに、良い子ぶって、大人のご機嫌取りしやがって』
神経質そうに痩せた、荒んだ空気を漂わせる彼の足元には、血まみれの犬の骸とそれに取りすがって号泣する小柄な少年が。
これは――過去の父と伯父だ。
鎖に繋がれたまま無残に撲殺された茶色の毛並みに顔を埋めて背中を震わせる父の慟哭が、隆志の中に流れ込んでくる。
ただの愛犬ではない。両親は己のこと以外は無関心、兄弟の仲は極悪、級友たちは乱暴な兄を恐れて親しくしてくれない。そんな中で、心を慰め孤独を癒してくれた唯一の親友だったのだ、と。
悲しみ、などという生易しいものではなかった。絶望の絶叫だった。
救いのない現実に潰されそうな父の髪を掴み、伯父は悪辣な笑みを浮かべて宣言する。
『お前が大事にするものは全部、俺が壊してやる。お前が好きになる女はみんな、俺が犯してやる。お前が欲しいものは全て、俺が奪ってやる』
父の荒れ狂う叫びが不意に、止む。
感情が一気に泥のように沈黙する。
そしてゆっくり揺らぎ出す。
揺らいで、濁る。
兄は……『呪い』だ。
もはや、憎しみもここまで来れば呪いだ。
兄は自分にかけられた『呪い』なのだ。
呪いはこれまでにも様々なものを毟り取って行った。
そして遂には無二の親友をも奪った。
こんなにも残酷な方法で。しかも自分の目も前で。
ふつり、と。
父の心の奥底から怒りが湧いてくる。
臨界点を超えた怒りがふつり、ふつり、と湧き上がる度に、父の心が色を失くしていく。
『お前もいつか、このバカ犬のように殺してやるよ。楽しみにしてろ』
伯父が嘲笑った瞬間、父の心から全ての色が消えた。
バットを捨てて庭の池で血に汚れた手を洗う伯父の背後に、バットを拾い上げた父がゆらりと立つ。
伯父の頭へバットを振り下ろした父の心は――真っ黒だった。
言葉も、悲鳴も、温度も、感情すらなく、静まりきった闇だった。
何度も何度も、伯父の声と動きが止まるまでバットを振り下ろす間も、台車に乗せて運んだ伯父の死体を裏庭の林に埋め隠す時も、血が飛び散った地面に水を撒いて流した後も、父の心は恐ろしいくらいに無表情な闇だった。
再び、視界が暗転する。
大人になり喪服を着た父が、裏庭で林の方を見つめている。
真昼でも暗い林の中に、少年が立っている。
髪を血で濡らし、右半面を叩き潰された顔を歪めて彼は嗤う。
忘れたふりをしても、お前の犯した罪はここにあるのだ、と。
お前の罪を誰も知らなくても、俺だけは知っている、と。
父は憑かれたように何度も裏庭へ足を運び、兄の亡霊と向き合い、自問自答を繰り返す。
罪? 何が罪なのだ?
愛しい者を理不尽に奪われたことに復讐したのが罪なのか?
生きる価値もない外道でも殺せば罪か?
それを罪と言うなら、自分は罪を犯したのではない。犯させられたのだ。
非道な兄に因って。そんな兄と同じ世久の血に因って。
世久の血は濁っている。腐っている。
この世久の血こそ罪だ。
当主一人の『楽』の為に周りに『苦』を押しつける傲慢さこそ、罪ではないか。
神に呪われて狂った血筋など――もう絶えるべきなのだ。
薄っすらと笑う父は。
いつも穏やかに見えていた父は。
凪いでいたのではなかった。
澱んでいたのだ。
父の心の中には荒れるほどの感情は残っておらず、削がれ果てた思考を世渡りの為に憶えた笑顔の下に沈澱させていただけだったのだ。
真夜中の林の奥で少年が嗤っている。
対峙する父の瞳の中で、血まみれの兄はかつて彼を屠った十一歳の自分に、次いで一人息子の姿に変わる。
隆志は一太郎の末裔。あれを殺して自分が死ねば、世久の血の終焉だ。
終わらせる。今夜、全てを終わらせる。
父の思考はその一点に集中し、父の世界は完結する。
ああ……そうか。
隆志は理解する。
これが狂気というものなのだ。
狂気とは歪んだ思考を言うのではない。
他の選択を全く思考しないことを言うのだ、と。
父の澱みが渦巻き始める。
より深い所で急速に。急激に。
父の真っ暗な世界が渦巻いて、渦巻いて、渦巻いて、嵐に――。
「母はそれを悟って、僕を連れて逃げたんですね……」
隆志が茫然と呟くと、与姫は薄く笑って頷いた。
――お前の母は勘の鋭いおなごじゃったからな。わしのことも見えぬまでも感じることはあったようじゃ
母は父が隆志を殺すまで追ってくるのではないかと恐れて、身を隠したのだ。その予感と判断の、なんと正しかったことか。
「……もし世久家を継ぐ者がいなくなったら、あなたは神の田へ戻れるんですか?」
隆志の問いに、与姫は躊躇なく首を縦に振った。
――おそらく。わしの役目は世久の田を守ること。世久家が絶えれば、わしの役も解かれて、神の田へ呼び戻していただけるじゃろう
しかし世久家がなくなることなどありえない、と与姫は言い切った。
――直系の血は絶えようとも、家を継ごうとする者は絶えぬ。世久家を継ぐ者は必ずおる。どんなに細い血の縁であろうと手繰り寄せ、誰かが当主の座に座ろうとするじゃろう。それを手助けして、恩恵にあずかろうとする者も絶えぬ。世久家の富を、人は無視できぬ
「でも、家を継ぐのは直系の男子と」
――それは人が勝手に言うておるだけ。わしはそんな約定に覚えはない
そうだ……確かにしきたりの書にそんなことは書かれてはなかった。
「では、僕があなたに帯を返せば、あなたは神の田に戻れますか?」
隆志は背負ったディバックから木箱を取り出した。
「この中に帯が入っています。お返ししますから」
与姫は不思議そうに首をかしげた。
――何も持っておらぬではないか
「この木箱です。この中に」
しかし与姫は顔をしかめるばかりだった。与姫には木箱が見えないのだ。
与姫に返すには木箱の中から帯を取り出さなければならない。が、拓司の言った通り木箱はどうやっても開かなかった。木箱の蓋には字とも図案ともしれない何かが書いてあり、これがかけられた呪なのだと直感した。
――もう下がれ。当主の座の争いはわしには関わりないこと
与姫は隆志の血だらけの肩に目を向ける。
――世久家の罪は世久家の血で洗い流すもの、といつかの当主が言うたな。ならばお前も見習って
わしの部屋に争いごとを持ち込むな、と与姫がすいっと着物の袖を振ると。
次の瞬間には隆志は家の中のどこかの廊下にいた。
隆志は注意深く暗い廊下を進む。鈴の音のする方へ。クチナシの香りの方へ。
与姫の部屋へ行くと、与姫は紙風船で遊んでいた。
与姫は隆志が声をかけるより先に、
――わしは誰の味方もせぬぞ。内輪揉めには、わしは関与せぬ
隆志の方を見もせず言い捨てた。
――お前が今日誰かに殺められるなら、それがお前の寿命なのじゃ
隆志の身の危険を知っている上で、神はあからさまに助けを拒んだ。
――当主の座を争っての殺生沙汰など、この家では珍しいことではないしな
それは……過去にもこの家の後継を巡っての殺人があったということなのか。
「父も……そうだったんですか?」
隆志は無心に紙風船を突いて遊ぶ与姫に問いかけた。
「父も当主の座が欲しかったから、だから長男である実の兄を殺したんですか?」
音もなく紙風船が畳に落ちる。与姫は隆志へ視線を向け、首を振った。が、
――俊介が和也の可愛がっていた犬を、和也の前で殴り殺したからじゃ
与姫が否定したのは父の兄殺しではなく、動機の方だった。
父は本当に実兄を殺していた――その衝撃の大きさにヘタヘタと座り込んだ隆志に向って、与姫が袖を振る。
――己が目で見るがよい
突然視界が暗転した。
『目障りなんだよ、お前は』
目の前に、金属バットを持った十代半ばの少年がいる。
『俺の、次期当主の俺のスペアのくせに。お前の存在価値なんて俺が死んだときにしかないのに、良い子ぶって、大人のご機嫌取りしやがって』
神経質そうに痩せた、荒んだ空気を漂わせる彼の足元には、血まみれの犬の骸とそれに取りすがって号泣する小柄な少年が。
これは――過去の父と伯父だ。
鎖に繋がれたまま無残に撲殺された茶色の毛並みに顔を埋めて背中を震わせる父の慟哭が、隆志の中に流れ込んでくる。
ただの愛犬ではない。両親は己のこと以外は無関心、兄弟の仲は極悪、級友たちは乱暴な兄を恐れて親しくしてくれない。そんな中で、心を慰め孤独を癒してくれた唯一の親友だったのだ、と。
悲しみ、などという生易しいものではなかった。絶望の絶叫だった。
救いのない現実に潰されそうな父の髪を掴み、伯父は悪辣な笑みを浮かべて宣言する。
『お前が大事にするものは全部、俺が壊してやる。お前が好きになる女はみんな、俺が犯してやる。お前が欲しいものは全て、俺が奪ってやる』
父の荒れ狂う叫びが不意に、止む。
感情が一気に泥のように沈黙する。
そしてゆっくり揺らぎ出す。
揺らいで、濁る。
兄は……『呪い』だ。
もはや、憎しみもここまで来れば呪いだ。
兄は自分にかけられた『呪い』なのだ。
呪いはこれまでにも様々なものを毟り取って行った。
そして遂には無二の親友をも奪った。
こんなにも残酷な方法で。しかも自分の目も前で。
ふつり、と。
父の心の奥底から怒りが湧いてくる。
臨界点を超えた怒りがふつり、ふつり、と湧き上がる度に、父の心が色を失くしていく。
『お前もいつか、このバカ犬のように殺してやるよ。楽しみにしてろ』
伯父が嘲笑った瞬間、父の心から全ての色が消えた。
バットを捨てて庭の池で血に汚れた手を洗う伯父の背後に、バットを拾い上げた父がゆらりと立つ。
伯父の頭へバットを振り下ろした父の心は――真っ黒だった。
言葉も、悲鳴も、温度も、感情すらなく、静まりきった闇だった。
何度も何度も、伯父の声と動きが止まるまでバットを振り下ろす間も、台車に乗せて運んだ伯父の死体を裏庭の林に埋め隠す時も、血が飛び散った地面に水を撒いて流した後も、父の心は恐ろしいくらいに無表情な闇だった。
再び、視界が暗転する。
大人になり喪服を着た父が、裏庭で林の方を見つめている。
真昼でも暗い林の中に、少年が立っている。
髪を血で濡らし、右半面を叩き潰された顔を歪めて彼は嗤う。
忘れたふりをしても、お前の犯した罪はここにあるのだ、と。
お前の罪を誰も知らなくても、俺だけは知っている、と。
父は憑かれたように何度も裏庭へ足を運び、兄の亡霊と向き合い、自問自答を繰り返す。
罪? 何が罪なのだ?
愛しい者を理不尽に奪われたことに復讐したのが罪なのか?
生きる価値もない外道でも殺せば罪か?
それを罪と言うなら、自分は罪を犯したのではない。犯させられたのだ。
非道な兄に因って。そんな兄と同じ世久の血に因って。
世久の血は濁っている。腐っている。
この世久の血こそ罪だ。
当主一人の『楽』の為に周りに『苦』を押しつける傲慢さこそ、罪ではないか。
神に呪われて狂った血筋など――もう絶えるべきなのだ。
薄っすらと笑う父は。
いつも穏やかに見えていた父は。
凪いでいたのではなかった。
澱んでいたのだ。
父の心の中には荒れるほどの感情は残っておらず、削がれ果てた思考を世渡りの為に憶えた笑顔の下に沈澱させていただけだったのだ。
真夜中の林の奥で少年が嗤っている。
対峙する父の瞳の中で、血まみれの兄はかつて彼を屠った十一歳の自分に、次いで一人息子の姿に変わる。
隆志は一太郎の末裔。あれを殺して自分が死ねば、世久の血の終焉だ。
終わらせる。今夜、全てを終わらせる。
父の思考はその一点に集中し、父の世界は完結する。
ああ……そうか。
隆志は理解する。
これが狂気というものなのだ。
狂気とは歪んだ思考を言うのではない。
他の選択を全く思考しないことを言うのだ、と。
父の澱みが渦巻き始める。
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父の真っ暗な世界が渦巻いて、渦巻いて、渦巻いて、嵐に――。
「母はそれを悟って、僕を連れて逃げたんですね……」
隆志が茫然と呟くと、与姫は薄く笑って頷いた。
――お前の母は勘の鋭いおなごじゃったからな。わしのことも見えぬまでも感じることはあったようじゃ
母は父が隆志を殺すまで追ってくるのではないかと恐れて、身を隠したのだ。その予感と判断の、なんと正しかったことか。
「……もし世久家を継ぐ者がいなくなったら、あなたは神の田へ戻れるんですか?」
隆志の問いに、与姫は躊躇なく首を縦に振った。
――おそらく。わしの役目は世久の田を守ること。世久家が絶えれば、わしの役も解かれて、神の田へ呼び戻していただけるじゃろう
しかし世久家がなくなることなどありえない、と与姫は言い切った。
――直系の血は絶えようとも、家を継ごうとする者は絶えぬ。世久家を継ぐ者は必ずおる。どんなに細い血の縁であろうと手繰り寄せ、誰かが当主の座に座ろうとするじゃろう。それを手助けして、恩恵にあずかろうとする者も絶えぬ。世久家の富を、人は無視できぬ
「でも、家を継ぐのは直系の男子と」
――それは人が勝手に言うておるだけ。わしはそんな約定に覚えはない
そうだ……確かにしきたりの書にそんなことは書かれてはなかった。
「では、僕があなたに帯を返せば、あなたは神の田に戻れますか?」
隆志は背負ったディバックから木箱を取り出した。
「この中に帯が入っています。お返ししますから」
与姫は不思議そうに首をかしげた。
――何も持っておらぬではないか
「この木箱です。この中に」
しかし与姫は顔をしかめるばかりだった。与姫には木箱が見えないのだ。
与姫に返すには木箱の中から帯を取り出さなければならない。が、拓司の言った通り木箱はどうやっても開かなかった。木箱の蓋には字とも図案ともしれない何かが書いてあり、これがかけられた呪なのだと直感した。
――もう下がれ。当主の座の争いはわしには関わりないこと
与姫は隆志の血だらけの肩に目を向ける。
――世久家の罪は世久家の血で洗い流すもの、といつかの当主が言うたな。ならばお前も見習って
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