不労の家

千年砂漠

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32 顛末 その1

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 真道の通報で太田は警察に逮捕された。
 警察の取調べで分かった隆志を殺そうとした動機は、単純なものだった。
 太田は隆志の世話役の立場を悪用して、世久家の財産の一部を横領していたのだ。すでに一億近い金が太田の隠し口座に移されていた。隆志が財産を全て手放すから整理をと言ったことで、それがばれると思った、と太田は供述したそうだ。
「真面目ないい人だと思ってたんだけどな。魔が差したんだろう」
 隆志は太田との立ち回りで傷を悪化させ、再入院となった。同じ病院にまだ入院中の拓司が見舞いに来てくれた折に事件の顛末を話した。
「将来は政界への進出を計画してて、そのための資金が欲しかったんだってさ。まあ、目の前に唸るほどの金があって、持ち主は僕のような何の才能もない若造とくれば、有能な自分が使った方がはるかに有意義だと思うようになっても仕方ないかも」
 横領などしなくても、最初から資金援助を申し出てくれればよかったのに。
 しかし太田には、遥か年下の隆志に対して弁護士の仕事として表面上にこやかに接することはできても、一人の男として野心を賭ける場ではすんなり頭を下げられないプライドがあったのかもしれない。結果、彼は今まで築き上げて来たものを全て失ってしまった。
「奥さんも離婚して実家に帰ったらしい。悲惨だよな」
「悪党に同情なんかするな」
 拓司は不機嫌に隆志を睨んだ後、ふと首を傾げた。
「でも、世久家の財産を横領しようとしていたのなら、何故その悪意に与姫の罰が下らなかったんだろうな」
「……いや、罰なら下ってたんだよ。とっくにね」
 警察署長がわざわざ病室まで訪ねてきて教えてくれたことを、拓司にも伝える。
「――悪性グリオーマで余命三カ月、だって」
 太田は取り調べの最中ひどい頭痛を訴えて倒れ、運ばれた病院での検査で分かったのだそうだ。
「いきなり命を絶たれるのと、絶命までの短い期限を宣告されて生かされるのと……どっちが残酷かな」
 隆志の呟きに、拓司は眉根を寄せて「どっちも最悪だ」と返した。
「一番分からないのは家政婦だよ。あの人は独り身で、しかも住み込みだったんだろ? 月々家賃とか色々天引きされてたとしても、どこかに家を借りて通うより絶対安上がりだったはずだ。なのに、将来の生活に不安を感じるほど貯金が出来てないって、どういうことだよ。給料がそんなに安かったのか?」
 父は世久家を継いだとき、太田や畑田の契約料と明子の給料を上げていた。特に明子の給料はボーナスの金額も上げていて、年収はそれまでの二倍近くになり、その後も社会経済の変化に合わせて賃上げしているので、世間と比較しても決して安い給料ではない。
「もしかして誰か、男に貢いでた、とか?」
「いや……明子さんは株をやってたんだって」
 もう何年も前から、当主が時折朝早くに証券会社の人間を呼びつけて株の売買を指示するのを隣の部屋から盗み聞きして、その情報を元に順当に財産を増やしていたらしい。
 が、最近大きな失敗をした。
「高山製薬の株を結構持ってて、その暴落で大損したんだ」
 この国ではまだ不認可の薬を、名前を偽って販売していたのが判明し、後に巨額の脱税も発覚して、社長以下経営陣全ての首がすげ変わるという大騒動になった。
「前々から高山製薬と癒着が噂されていた高級エステサロンの株も持ってて、そっちも下落。トータルで三千万以上損したらしい」
 隆志が与姫の宣託受けて株の売買の指示したあの日も、明子は隣の部屋で聞いていた。が、朝食用の味噌汁をコンロにかけっぱなしにしていたのを思い出し、数分その場を離れた。その時に高山製薬の株を全て売れとの指示を聞き逃してしまったのだ。
「これも与姫の罰なのかな」
 隆志が問うと、拓司は首を振った。
「違うと思う。親父から聞いたんだけど、与姫は世久の米――財産を損なうようなことをしない者には基本的には無害だったそうだ。それどころか、世久のために働く者には加護があったらしい。家政婦のあの人は残念ながら加護があっても長く世久の家に居すぎたせいで、世久の業に巻き込まれて段々歪んでいってしまったんだよ。株の件は単に不運だったんだろう」
 その証拠に、太田の父や会計士の畑田は明子同様長年世久家に雇われていたと言うのに、何の問題もなく過ごせている。
 明子との相違は、彼らは世久の屋敷を訪ね来ること殆どなく、当主に直接会うことが少なかったことだ。祖父はどうだったか知らないが、父はあからさまに面会を避けて、用事があるときは電話での応対だけだったらしい。だから世久の業には巻き込まれず、狂うことがなかったのだろう、と拓司は言う。
 殺されそうになったけれど、隆志は明子を恨むことが出来なかった。
 父が家を継いだ際に大幅に給料を上げてもらったのを恩に思って、息子の自分にまで良くしてくれたのかも知れないけれど、日頃の献身と優しさは本物だった。思い出すのは彼女の柔らかい笑顔ばかりだ。
 この家で働かなければもっと穏やかな人生になっていただろうと思うと、やるせない気分だった。


 明子が世久の業のせいで破滅したのなら、太田もまた隆志の世話を色々としたために、世久の業に巻かれてしまったのかもしれない。
 あの時、夜まで帰ってこないはずの真道たちが帰ってきたのは、詩織のおかげだった。
 卓司を見春菜っている時に、真道が太田の事務所の女性から渡された太田の礼状つきの食事券を詩織に見せ、帰りはここで食事して帰ろうと言うと、詩織が震え出したそうだ。
 ――そのチケットくれた人、誰? ……何だか……その人、怖い
 隆志の背後にいた黒い影達と同じ恐怖を感じるという詩織の言葉に真道はまさかとは思ったが、隆志が寺に一人でいることに不安を感じ、急いで帰ってきてくれたのだった。


 当主に関われば関わるほど世久の業によって思考が濁っていくと言われたとき、何故「明子や太田は大丈夫なのか」と思いやれなかったのか、との後悔が幾度も胸を過ぎった。
 おかしな様子が全くなかったから安心していた――それもあるかもしれないが、二人を世久家から遠ざけるのは寂しくて嫌だったという身勝手な気持ちから、二人が業に絡め取られる危険性から無意識に目を逸らせていたのではないだろうか。
 人は孤独に弱い生き物だ。
 隆志も父も祖父も、きっと歴代の当主もみんな、弱かった。そんな気がした。


 それにしてもあの犬は何だったのか。
 隆志は真道に自分を助けてくれた犬の話をした。何度か夢で見たことは伏せて、尻尾のふさふさした、大きな白い犬だったと説明すると、
「それは――多分、うちの『天下』ではないかと」
 去年死んだ飼い犬だという。
 敷地内で放してやると必ず本堂に上がり込む犬だったと、真道は目を細めた。
「太田が本堂で悪さをしようとしたから、退治してくれたのでしょう」
 真道はそう言ったが、隆志は違う気がした。
 あの犬は、明らかに隆志の方を向いて、尻尾を振っていたのだから。
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