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33 顛末 その2
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八月も半ばを過ぎてようやく隆志と拓司は揃って退院した。
寺に戻り二人の荷物を居間に運ぶと、真道と詩織は買い物に行ってしまった。退院祝いをすると言っていたから、夕食の買出しだろう。
赤の他人の自分が当然のようにここに戻ってきているのは、血縁でもないのに家に招いてもらった上に本堂で事件を起こし、迷惑をかけたのが申し訳なくて今度こそどこかに部屋を借りようとしていたのを三人共が引き止めてくれたからだった。彼らの温かい心遣いが心底ありがたかった。
外出前に隆志の好物を確認して行った詩織の明るい笑顔を思い出し、口元が緩む。
「詩織ちゃん、二学期から学校へ行くって? よかったな」
うん、と拓司は詩織が用意して行ってくれた麦茶を飲みながら頷いた。
「お前のおかげだよ」
「は? 僕は、別に何も……」
「俺の見舞いに来た時に、詩織が言ってたよ」
――隆志兄さんは、自分の宿命に負けなかった。戦って、勝ったのよね。私も隆志兄さんみたいに強くなる
彼女は人にない力を持って生まれた。それは、隆志が世久家の血を受け継いで生まれたように、自分が望んでのことではない。自分の意思の及ばないところで背負わされたものという意味では似た者同士だ。だから乗り越えた隆志がヒーローのように思えるのだろう。
「……僕は、強くなんかないよ。死にたくなくて、必死だっただけだ。拓司が助けに来てくれなかったら」
そこで隆志は言葉を止め、
「……なあ、聞いていいかな」
卓司にずっと聞きたかったことを訊ねた。
「どうして拓司は僕のことをこんなに助けてくれたんだ?」
バスの中で偶然再会した元同級生だからっていうだけでは、どう考えても善意が過ぎた。同級生といっても友達だったわけでなく、話したこともなかった人間を命がけで助けた理由が知りたかった。
「恩返し」
と、拓司は言って笑った。
「何の恩だよ。僕が何かしたか?」
拓司は隆志に手招きして庭に面した廊下に座る。隆志も拓司の横に座った。
拓司は柔らかに笑んで、空っぽの犬小屋を見る。
「俺に、じゃないよ。天下に、だ」
八年前この町にいた時、捨て犬を助けたことがあっただろうと言われて、隆志はその記憶を拾い上げた。
学校の帰り道、本田川の橋の下にダンボールに入れられて捨てられていた子犬を見つけて給食で残していたパンをやっていると、上級生たちが来て子犬をいじめ始めた。隆志は上級生に食ってかかったが、相手は五人、殴られ蹴られた。
そのうち上級生の一人が、犬の毛をそって坊主犬にしてやるとカバンからカッターナイフを出してきた。子犬の頭の毛を剃ろうとしたが、子犬は暴れて前足が切れた。
それを見て隆志は猛烈に怒り、ランドセルをめちゃくちゃに振り回して彼らを撃退して、子犬の前足の傷をハンカチで縛り家に連れて帰った。飼ってもらうために。だが――。
「助けたかったんだけど……助けられなかったよ」
父の猛反対を受けたのだ。父は犬が大嫌いだと言って子犬を見ようともせず、母のとりなしも全く聞かなかった。
けれど、あれは本当は犬が嫌いなのではなく、犬にまつわる自分の過去が怖かったのかもしれない。
結局母に宥め諭されて、泣きながら元の橋の下へ戻しに行った。まだ親しい友達もいなくて誰にも相談できず、他に飼い主を探すという考えも思いつかなかった。
翌日、気になってこっそり見に行くと、子犬はいなくなっていた。
「その犬が天下なんだよ。お前が橋の下に戻した後、俺が拾ったんだ。前足にハンカチが巻いてあって」
そこが仄かに光っていたという。
「俺の目は厭なものも視えるが、いいものだって視えるんだよ。お前が天下に巻いたハンカチに残ってたのは、温かな色の光だった」
拓司は庭の方を向いたまま目を細めた。
「優しい人間だけが持つ光の色だ。学校でお前の手が同じ色で光ってるのを見て、天下の手当てをしたのがお前だと分かったよ」
隆志は両手をかざして見たが、光のようなものは見えなかった。
「あの子犬は俺が飼ってると言おうと思ってたんだ。けど、クラスも違うし、声をかけるきっかけがなくて……そのうちお前は急にいなくなってしまった。それっきり俺も、お前のことは忘れてた」
でもな、と拓司は急に隆志の方を振り返った。
「天下は、お前のこと忘れてなかったぞ」
元々身体が弱かった天下が病気にかかり、獣医に二、三日内の死を宣告された日の夜、卓司は本堂で天下と一緒に寝た。
「天下を撫でてやるたび、天下の記憶が視えたよ。その中に、お前に前足の傷にハンカチを巻いてもらう場面があった。……とても嬉しかったんだな」
「たったあれだけのことが?」
「天下には一生の思い出だったよ。だから、天下に一生もののいい思い出をくれたお前に、天下に代わって恩返ししようと思ったんだけど……」
自分で恩を返したんだな、と拓司は笑った。
「実を言うと、与姫の帯が入った箱を見つけられたのも、天下のおかげなんだ」
世久家の二代目が地蔵を寄贈した、というのは確かに寺の記録にあった。が、その地蔵が見あたらないし、場所の記述もないため、どこにあるのか分からなかった。
「親父が言うには、世久の当主と仲が悪くて『石守』を『石森』に戻した住職が、地蔵も取り除いて捨ててしまったんじゃないか、と」
場所を特定する手がかりもなく寺のどこを探せば良いのか困り果てていると、犬が鳴く声が聞こえた。
引き寄せられるように声のする寺の裏手の墓地の奥に行くと。
天下がいた。
ふさふさと尻尾を振り、前足で軽く地面を掘る仕草をして、消えた。
「不思議だけど、そこだ、って分かったんだよ。で、本当にそこが当りだったんだ。だから、お前が助かったのは天下のおかげ」
飼ってやれなかったのに。
命を助けてくれるほどのことはしてやっていないのに。
隆志はかつての子犬の律義な感謝が心に沁みて、天下のいた犬小屋を眺めた。
「それにしても、お前、何てことしてくれたんだ」
拓司は不満そうに口を尖らせた。
「何が?」
「何がじゃないだろ。親父に聞いたぞ。お前、とんでもない額の金をこの寺に寄進したそうじゃないか」
「――ああ、そのこと」
やはり隆志は世久家の全ての財産を手放すことにした。畑田に相談して、整理できたものから順にあちこちに寄付している。すでに世久の屋敷の土地は公園にして欲しいと町に寄贈した。
それらの手続きは太田弁護士事務所に依頼した。
太田の父は事件後、隆志に土下座して詫び、もう弁護士事務所は閉鎖すると言ったのだが、太田の罪は太田のもので、親に責任はないのだからそこまでする必要はないと説得して世久家の財産を処分する手続きを頼んだのだ。
「この寺には世久家の墓と母の墓があるから、永代供養料だよ」
「馬鹿か、お前は。そうやって世久家の財産全部放り出して、これからどうするつもりなんだよ」
「僕だって人並みに欲はあるよ。だから、当面いるぐらいの金は残してもらってる」
将来の事を考えると、どんな職に就くにしてもやはり学歴はあった方が有利なので、来年大学を受験することにし、大学を卒業するまでの学費と生活費は確保してもらった。世間でも大学を卒業するまでは親の脛をかじっている者は多いから、それくらいは世久に頼ってもいいだろう。
その後は、自分の努力と働き次第だ。
「世久家が持ってるアパート三つは残してもらってるんだ。その収入で東京に戻って住む予定だ。免許も取れたし、あと十日もしたら母の墓ができるから、納骨式が終わり次第東京に戻るよ」
何故か一向に進まなかった母の墓の話が、急激に決まったのは太田が逮捕された翌日からだった。何故だったのかは考えなくても分かった。
「無事大学を卒業したら、アパートの一つは処分してもらう」
「後の二つのアパートはどうするんだよ」
「一つは伯母夫婦に、もう一つは明子さんに。裁判で刑が決まって、罪を償ったら権利書を渡すように太田さんに頼んである。……だって、かわいそうだろう。伯母の会社は倒産したし、明子さんは身寄りもないのに、住む場所もないなんてのは」
明子も伯母一家も、世久の家の業に巻き込まれた被害者である面もある。だからこれは世久の当主としての償いだ。
「――お前は」
拓司はつくづく隆志の顔を眺め、
「やっぱり馬鹿だ」
と、呆れたように笑った。
寺に戻り二人の荷物を居間に運ぶと、真道と詩織は買い物に行ってしまった。退院祝いをすると言っていたから、夕食の買出しだろう。
赤の他人の自分が当然のようにここに戻ってきているのは、血縁でもないのに家に招いてもらった上に本堂で事件を起こし、迷惑をかけたのが申し訳なくて今度こそどこかに部屋を借りようとしていたのを三人共が引き止めてくれたからだった。彼らの温かい心遣いが心底ありがたかった。
外出前に隆志の好物を確認して行った詩織の明るい笑顔を思い出し、口元が緩む。
「詩織ちゃん、二学期から学校へ行くって? よかったな」
うん、と拓司は詩織が用意して行ってくれた麦茶を飲みながら頷いた。
「お前のおかげだよ」
「は? 僕は、別に何も……」
「俺の見舞いに来た時に、詩織が言ってたよ」
――隆志兄さんは、自分の宿命に負けなかった。戦って、勝ったのよね。私も隆志兄さんみたいに強くなる
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「……僕は、強くなんかないよ。死にたくなくて、必死だっただけだ。拓司が助けに来てくれなかったら」
そこで隆志は言葉を止め、
「……なあ、聞いていいかな」
卓司にずっと聞きたかったことを訊ねた。
「どうして拓司は僕のことをこんなに助けてくれたんだ?」
バスの中で偶然再会した元同級生だからっていうだけでは、どう考えても善意が過ぎた。同級生といっても友達だったわけでなく、話したこともなかった人間を命がけで助けた理由が知りたかった。
「恩返し」
と、拓司は言って笑った。
「何の恩だよ。僕が何かしたか?」
拓司は隆志に手招きして庭に面した廊下に座る。隆志も拓司の横に座った。
拓司は柔らかに笑んで、空っぽの犬小屋を見る。
「俺に、じゃないよ。天下に、だ」
八年前この町にいた時、捨て犬を助けたことがあっただろうと言われて、隆志はその記憶を拾い上げた。
学校の帰り道、本田川の橋の下にダンボールに入れられて捨てられていた子犬を見つけて給食で残していたパンをやっていると、上級生たちが来て子犬をいじめ始めた。隆志は上級生に食ってかかったが、相手は五人、殴られ蹴られた。
そのうち上級生の一人が、犬の毛をそって坊主犬にしてやるとカバンからカッターナイフを出してきた。子犬の頭の毛を剃ろうとしたが、子犬は暴れて前足が切れた。
それを見て隆志は猛烈に怒り、ランドセルをめちゃくちゃに振り回して彼らを撃退して、子犬の前足の傷をハンカチで縛り家に連れて帰った。飼ってもらうために。だが――。
「助けたかったんだけど……助けられなかったよ」
父の猛反対を受けたのだ。父は犬が大嫌いだと言って子犬を見ようともせず、母のとりなしも全く聞かなかった。
けれど、あれは本当は犬が嫌いなのではなく、犬にまつわる自分の過去が怖かったのかもしれない。
結局母に宥め諭されて、泣きながら元の橋の下へ戻しに行った。まだ親しい友達もいなくて誰にも相談できず、他に飼い主を探すという考えも思いつかなかった。
翌日、気になってこっそり見に行くと、子犬はいなくなっていた。
「その犬が天下なんだよ。お前が橋の下に戻した後、俺が拾ったんだ。前足にハンカチが巻いてあって」
そこが仄かに光っていたという。
「俺の目は厭なものも視えるが、いいものだって視えるんだよ。お前が天下に巻いたハンカチに残ってたのは、温かな色の光だった」
拓司は庭の方を向いたまま目を細めた。
「優しい人間だけが持つ光の色だ。学校でお前の手が同じ色で光ってるのを見て、天下の手当てをしたのがお前だと分かったよ」
隆志は両手をかざして見たが、光のようなものは見えなかった。
「あの子犬は俺が飼ってると言おうと思ってたんだ。けど、クラスも違うし、声をかけるきっかけがなくて……そのうちお前は急にいなくなってしまった。それっきり俺も、お前のことは忘れてた」
でもな、と拓司は急に隆志の方を振り返った。
「天下は、お前のこと忘れてなかったぞ」
元々身体が弱かった天下が病気にかかり、獣医に二、三日内の死を宣告された日の夜、卓司は本堂で天下と一緒に寝た。
「天下を撫でてやるたび、天下の記憶が視えたよ。その中に、お前に前足の傷にハンカチを巻いてもらう場面があった。……とても嬉しかったんだな」
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自分で恩を返したんだな、と拓司は笑った。
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世久家の二代目が地蔵を寄贈した、というのは確かに寺の記録にあった。が、その地蔵が見あたらないし、場所の記述もないため、どこにあるのか分からなかった。
「親父が言うには、世久の当主と仲が悪くて『石守』を『石森』に戻した住職が、地蔵も取り除いて捨ててしまったんじゃないか、と」
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太田の父は事件後、隆志に土下座して詫び、もう弁護士事務所は閉鎖すると言ったのだが、太田の罪は太田のもので、親に責任はないのだからそこまでする必要はないと説得して世久家の財産を処分する手続きを頼んだのだ。
「この寺には世久家の墓と母の墓があるから、永代供養料だよ」
「馬鹿か、お前は。そうやって世久家の財産全部放り出して、これからどうするつもりなんだよ」
「僕だって人並みに欲はあるよ。だから、当面いるぐらいの金は残してもらってる」
将来の事を考えると、どんな職に就くにしてもやはり学歴はあった方が有利なので、来年大学を受験することにし、大学を卒業するまでの学費と生活費は確保してもらった。世間でも大学を卒業するまでは親の脛をかじっている者は多いから、それくらいは世久に頼ってもいいだろう。
その後は、自分の努力と働き次第だ。
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何故か一向に進まなかった母の墓の話が、急激に決まったのは太田が逮捕された翌日からだった。何故だったのかは考えなくても分かった。
「無事大学を卒業したら、アパートの一つは処分してもらう」
「後の二つのアパートはどうするんだよ」
「一つは伯母夫婦に、もう一つは明子さんに。裁判で刑が決まって、罪を償ったら権利書を渡すように太田さんに頼んである。……だって、かわいそうだろう。伯母の会社は倒産したし、明子さんは身寄りもないのに、住む場所もないなんてのは」
明子も伯母一家も、世久の家の業に巻き込まれた被害者である面もある。だからこれは世久の当主としての償いだ。
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