早春の向日葵

千年砂漠

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エピローグ

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 梅雨が明けて一気に夏らしくなった土曜日の午後。
 私は朝七時から開店するパン屋の早朝シフトの仕事を終えて帰路についた。
 いつものバス停でバスを下り、橋の坂を歩く。
 昨日母は就職を希望する店へ面接に行った。店の敷地内で育成した花の苗を直接販売する仕事で、花の苗の世話などガーデニングの好きな母には合っているように思う。一日四時間から六時間のパートから始めて、一年以上勤めれば正社員への登用制度もある。日曜祝日は休みではないが仕事場は自転車で通える距離にあり、悪い条件ではない。見学させてもらった仕事場では、働いている人の中に母と同じ年代の人が何人かいて、好意的な声をかけてもらったらしい。早ければ今日にも返事をもらえるはずだった。
 離婚協議もあらかた話はまとまったようだった。すでに離婚届にはサインをして弁護士に預けてある。母は憑き物が落ちたように明るい顔を見せるようになり、夏休みに入れば太陽が勧めてくれたひまわり畑を見に行く約束をしていた。
 父は約束通り私の口座に毎月学費を振りこんでくれていた。が、伯父は当てにはするなと言った。話し合いをしている間は自分の条件が少しでも有利に進むように誠意に見せかけて金を払うが、離婚が成立した途端、金を振り込まなくなる親も多いらしく、今の内に少しでも金を貯めておけと、バイト代から私と母の食事代くらいを出そうと差し出した金を伯父は頑として受け取らなかった。
「飯や寝床なんか、ガキと病人は家族に甘えときゃいいんだ」
 伯父は口悪くそう言うが、居候二人抱えて大変じゃない訳がない。だから今は借りておく。大人になったら返すつもりで。
 私は将来建築デザイナーになろうと思っている。伯父の仕事現場を何度か見る機会があって、建築の面白さに気付いたからだ。私も太陽と同じで何かを作るのが好きな人間のようだ。幸い理系の勉強は好きだし美術も得意だから、大学への進路を選ぶ時に伯父に相談しようと思う。もし私が建築デザイナーになれたら、伯父の会社に雇ってもらえるかどうか聞いてみる。それまでは秘密にして、伯父を驚かせたい。
 庭には相変わらず猫達が来る。他の猫には申し訳ないけれど、私は神社の白猫を見かけたら絶対特別に美味しいおやつをあげるようにしている。伯母が命を助けたから、血縁の私を助けてくれるよう神社の神様に頼んでくれたのだと思っているので。勿論神社の神様にもきちんとお礼を言いに行った。


 見上げた空は雲ひとつなく澄んでいた。夏空がまぶしくて空に向けた視線を下げると、坂の上に人影を見つけた。
 私は立ち止まって、その人影に見入った。
 手を大きく振りながらゆっくり歩いて来るその人物が誰なのか分かって、私は傾斜も考えず走り出した。
 名前を呼ぼうとして、私は寸での所で声を飲み込んだ。
 彼は自分で名乗ると言ったのだ。
 私も彼の声で彼の名が聞きたい。
 そして私も名のろう。私の声で。
 彼の本当の気持ちが聞けたなら、私も本当の気持ちを打ち明ける。
 ふと、自分が着た服の模様に気付き、思わず笑みがもれた。私のスカートにはマーガレットの花が描かれていた。
 弥生がくれた予言がここにある。
 後わずかになった彼との距離。
 物語の結末はもうすぐそこだった。
                                   (完)
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