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病院の屋上で
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広海は病室を訪れた僕を見るなり、苦笑した。
「まあ派手にやられたね」
「……誰にやられたか、知ってるんですか」
「さっきまで瞬が来てたんだよ」
そうですか、と俯いた僕に、広海はため息をついた。
「心配しなくても、瞬の誤解は解けてるよ。美国が全部洗いざらい話したそうだから。瞬は多分今頃自己嫌悪でのたうち回ってると思う」
支倉君との諍いを相談したくて来たので誤解が解けたのにはひとまず安堵したが、僕の心は晴れなかった。この二十四時間の間に僕の身に起こったことは、僕の心にどうしようもない澱を積もらせていた。
「ちょうど良かった。ぼく、優人に話があったんだよ」
広海は僕を連れて屋上に上がった。屋上は転落防止の高い柵に囲まれていて、入院患者が日光浴できるよう座れる人工芝のスペースがあったり、洗濯物を干せる場所も作ってあったが、今日は天気が余り良くないためか干した洗濯物はなく誰もいなかった。
奥の一画に置かれていている屋根付きのベンチに、僕と広海は座った。
「優人、僕と組まないか?」
座るなり、広海は訳の分からないことを言った。
「組むって、何の話ですか」
「僕と組んで金儲けしないかって話。優人は美国の秘密の過去を聞いたんだろう?」
僕が頷くと、広海は口端を持ち上げた。
「だから、二人で美国を脅して、金儲けするんだよ」
僕は目を見開いて広海を見た。
「簡単なことだよ。ぼくらの言うことを聞かなければ親や学校の友達に全部バラすって脅して、美国に売春させるんだ」
広海が言っていることが理解できず、僕は彼の口元を凝視した。
「待ってたんだ、ぼくは。美国が高校生になるのと、共犯者ができるのを。女の子が中学生より高校生の方が客を探しやすい。ぼくが客を見つけるから、優人は美国が客からもらった金を集金する。分け前は五分と五分。良いだろ? 女子高校生なら食いつく男は山ほどいるよ。客の確保に困ることはない。ぼく一人でやらなかったのは、一人だと追い詰められた美国に捨て身の逆襲される恐れがあるからね。脅迫者が二人なら、片方が片方の保険になる。美国が二人いっぺんに殺す気概があるなら別だけど、美国はそれ程強くない。まあ、絶望して自殺するかもしれないけど、死なせないように対策を取ればいいし、死ぬまでにある程度稼いでくれたら良しとしてもいいよ」
「……本気で言ってるんですか」
「勿論。どう? 組まないか?」
笑った広海に、次の瞬間僕は掴み掛かっていた。
こんなに腹が立ったことはなかった。あの、男が恐いと吐きながら泣いた美国に売春させる? 冗談にもほどがある。いや、冗談でも口にしたくない。
人間怒りすぎると声が出ないものなのか、広海のガウンの襟を締め上げたまま無言で殴ろうとした僕の手を、広海が慌ててタップした。
「優人、待って。今の、嘘だから。放して」
ふざけるな。今更そんな言い逃れが聞けるか。
絶対殴る、と振り下ろしたはずの手を広海に掴まれたと思ったら捻られ、ついでに僕の身体まで一回転して転がされた。
その隙に広海は僕から距離を取り、咳き込んだ。
怒りが収まらない僕はもう一度広海に殴りかかろうとしたが、広海は荒い息を吐きながら両手を挙げてそれを止めた。
「待って、待って、待って。本当に、真面目に、誓って、さっきのは、嘘だから」
僕は迷ったが、とりあえず振り上げた拳を収めた。
「危なかったあ。旭に、護身術、習っておいて、よかったあ」
腕を下ろした僕を見ながら広海は深呼吸を繰り返し、息を整えた。
「質の悪い嘘をつくなんて、どういうつもりですか」
僕は精一杯睨みつけたが、広海は動じもせず笑った。
「君は、合格だよ」
まあ座ろうか、と広海は再びベンチに座る。僕も渋々それに倣った。
「合格って何ですか」
「……ごめん。君を試した」
美国の秘密を誰にも言わず守ってくれるか試したのだと、広海は僕に頭を下げて謝った。
「美国は優人を信じたんだろうけど、ぼくは自分で確かめないと安心できなかったんだ」
「もし僕がさっきの嘘話に乗ったら、どうしたんですか」
「ん? 殺したよ。ここで」
あっさり、当然のように笑顔で言われて、僕は顔を引きつらせた。
「冗談ですよね」
「いや、本気。ここで優人を殺して、完全に死んでるのを確かめてから自首する。動機もちゃんと用意してあるよ。ぼくは実は密かに旭が好きで、旭と付き合ってる君に嫉妬して殺したって言う。精神的に未熟な未成年男子の犯罪動機としてありそうだろう?」
まるで推理小説のネタばらしのような軽さだが、多分広海は本気だった。広海が着ている薄いガウンの右ポケットに何か入ってるのが見えたから。それが広海の病室にあった果物ナイフと大きさが似ているなんてまでは僕は気づかないぞ、断じて。だって恐い。
「ぼくは、いやぼくらは美国の秘密を守ると誓い合ってる。それは当然美国のためだけれど、もう一つ理由があるんだ」
「もう一つの理由?」
僕が首を傾げると、広海はさっきまでの悪戯っぽい笑みを消して、僕に向き直った。
「君が美国の過去を知ったのは成り行きで、不本意だ。だけどそのもう一つの理由について知るかどうかは、君の意思を優先したい。優人が聞きたいと言うなら、ぼくは話す。でも、もうこれ以上の重い事実を知りたくないと思うなら、このまま帰ってくれ。そして旭と美国とは今以上距離を詰めないで欲しい」
要するにもう深く関わるな、と。
「先に言っておくけど、単なる好奇心で聞くと後悔する。それに、聞いた後の優人の言動によっては、ぼくは本当に君を殺す」
広海はまっすぐ僕に目を見つめた。
「覚悟があるなら聞いてくれ。ここで帰ってもぼくは君を軽蔑したりしないし、今まで通り友人でいると約束する」
「聞きます。話してください」
間髪入れずに僕は答えた。
広海は目を見開き、「ありがとう」と僕に頭を下げた。
「これは、ぼくと旭と瞬と大樹、四人の罪――いや、僕が他の三人を巻き込んでやってしまった罪なんだ」
少し話は長くなるけど、と前置きして、広海は僕の知らない五人の過去を語り始めた。
「まあ派手にやられたね」
「……誰にやられたか、知ってるんですか」
「さっきまで瞬が来てたんだよ」
そうですか、と俯いた僕に、広海はため息をついた。
「心配しなくても、瞬の誤解は解けてるよ。美国が全部洗いざらい話したそうだから。瞬は多分今頃自己嫌悪でのたうち回ってると思う」
支倉君との諍いを相談したくて来たので誤解が解けたのにはひとまず安堵したが、僕の心は晴れなかった。この二十四時間の間に僕の身に起こったことは、僕の心にどうしようもない澱を積もらせていた。
「ちょうど良かった。ぼく、優人に話があったんだよ」
広海は僕を連れて屋上に上がった。屋上は転落防止の高い柵に囲まれていて、入院患者が日光浴できるよう座れる人工芝のスペースがあったり、洗濯物を干せる場所も作ってあったが、今日は天気が余り良くないためか干した洗濯物はなく誰もいなかった。
奥の一画に置かれていている屋根付きのベンチに、僕と広海は座った。
「優人、僕と組まないか?」
座るなり、広海は訳の分からないことを言った。
「組むって、何の話ですか」
「僕と組んで金儲けしないかって話。優人は美国の秘密の過去を聞いたんだろう?」
僕が頷くと、広海は口端を持ち上げた。
「だから、二人で美国を脅して、金儲けするんだよ」
僕は目を見開いて広海を見た。
「簡単なことだよ。ぼくらの言うことを聞かなければ親や学校の友達に全部バラすって脅して、美国に売春させるんだ」
広海が言っていることが理解できず、僕は彼の口元を凝視した。
「待ってたんだ、ぼくは。美国が高校生になるのと、共犯者ができるのを。女の子が中学生より高校生の方が客を探しやすい。ぼくが客を見つけるから、優人は美国が客からもらった金を集金する。分け前は五分と五分。良いだろ? 女子高校生なら食いつく男は山ほどいるよ。客の確保に困ることはない。ぼく一人でやらなかったのは、一人だと追い詰められた美国に捨て身の逆襲される恐れがあるからね。脅迫者が二人なら、片方が片方の保険になる。美国が二人いっぺんに殺す気概があるなら別だけど、美国はそれ程強くない。まあ、絶望して自殺するかもしれないけど、死なせないように対策を取ればいいし、死ぬまでにある程度稼いでくれたら良しとしてもいいよ」
「……本気で言ってるんですか」
「勿論。どう? 組まないか?」
笑った広海に、次の瞬間僕は掴み掛かっていた。
こんなに腹が立ったことはなかった。あの、男が恐いと吐きながら泣いた美国に売春させる? 冗談にもほどがある。いや、冗談でも口にしたくない。
人間怒りすぎると声が出ないものなのか、広海のガウンの襟を締め上げたまま無言で殴ろうとした僕の手を、広海が慌ててタップした。
「優人、待って。今の、嘘だから。放して」
ふざけるな。今更そんな言い逃れが聞けるか。
絶対殴る、と振り下ろしたはずの手を広海に掴まれたと思ったら捻られ、ついでに僕の身体まで一回転して転がされた。
その隙に広海は僕から距離を取り、咳き込んだ。
怒りが収まらない僕はもう一度広海に殴りかかろうとしたが、広海は荒い息を吐きながら両手を挙げてそれを止めた。
「待って、待って、待って。本当に、真面目に、誓って、さっきのは、嘘だから」
僕は迷ったが、とりあえず振り上げた拳を収めた。
「危なかったあ。旭に、護身術、習っておいて、よかったあ」
腕を下ろした僕を見ながら広海は深呼吸を繰り返し、息を整えた。
「質の悪い嘘をつくなんて、どういうつもりですか」
僕は精一杯睨みつけたが、広海は動じもせず笑った。
「君は、合格だよ」
まあ座ろうか、と広海は再びベンチに座る。僕も渋々それに倣った。
「合格って何ですか」
「……ごめん。君を試した」
美国の秘密を誰にも言わず守ってくれるか試したのだと、広海は僕に頭を下げて謝った。
「美国は優人を信じたんだろうけど、ぼくは自分で確かめないと安心できなかったんだ」
「もし僕がさっきの嘘話に乗ったら、どうしたんですか」
「ん? 殺したよ。ここで」
あっさり、当然のように笑顔で言われて、僕は顔を引きつらせた。
「冗談ですよね」
「いや、本気。ここで優人を殺して、完全に死んでるのを確かめてから自首する。動機もちゃんと用意してあるよ。ぼくは実は密かに旭が好きで、旭と付き合ってる君に嫉妬して殺したって言う。精神的に未熟な未成年男子の犯罪動機としてありそうだろう?」
まるで推理小説のネタばらしのような軽さだが、多分広海は本気だった。広海が着ている薄いガウンの右ポケットに何か入ってるのが見えたから。それが広海の病室にあった果物ナイフと大きさが似ているなんてまでは僕は気づかないぞ、断じて。だって恐い。
「ぼくは、いやぼくらは美国の秘密を守ると誓い合ってる。それは当然美国のためだけれど、もう一つ理由があるんだ」
「もう一つの理由?」
僕が首を傾げると、広海はさっきまでの悪戯っぽい笑みを消して、僕に向き直った。
「君が美国の過去を知ったのは成り行きで、不本意だ。だけどそのもう一つの理由について知るかどうかは、君の意思を優先したい。優人が聞きたいと言うなら、ぼくは話す。でも、もうこれ以上の重い事実を知りたくないと思うなら、このまま帰ってくれ。そして旭と美国とは今以上距離を詰めないで欲しい」
要するにもう深く関わるな、と。
「先に言っておくけど、単なる好奇心で聞くと後悔する。それに、聞いた後の優人の言動によっては、ぼくは本当に君を殺す」
広海はまっすぐ僕に目を見つめた。
「覚悟があるなら聞いてくれ。ここで帰ってもぼくは君を軽蔑したりしないし、今まで通り友人でいると約束する」
「聞きます。話してください」
間髪入れずに僕は答えた。
広海は目を見開き、「ありがとう」と僕に頭を下げた。
「これは、ぼくと旭と瞬と大樹、四人の罪――いや、僕が他の三人を巻き込んでやってしまった罪なんだ」
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