君のホントは俺の嘘

外清内ダク

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君のホントは俺の嘘

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土壇場どたんばでデザイナーに退職されて広告業が回るわきゃないでしょう! よりにもよってクソクソクソクライアントの朝令暮改と闇雲やみくも値切りで地獄連勤中のこのときにッ!」
 とうとう俺は腹の底から怒鳴ってしまい、直後に後悔して口をつぐんだ。大手広告代理店たる我が社のオフィスが凍り付く。スタッフたちは各々の仕事に没頭するフリをしながら聞き耳を立て、制作部長は血色の悪い顔に露骨な不快の表情を浮かべている。
青羽あおばくぅん……クソクソってねえ、外では言うなよ、そういうの。だってしょうがないじゃない? 辞めたいって言うものはさァ」
 アンタが辞めさせたんだよセクハラで! よっぽどブン殴ってやろうかと思ったが、殴って解決する話でもない。俺が引き留めたって……無駄だろうな。俺のチームで間違いなく中核を担ってくれていた若き女性デザイナーは、上司からの度重たびかさなる求愛行動に怯えて二度と会社には戻るまい。
 じゃあどうする? どうするか考えるのがチームリーダーの仕事? 冗談じゃない。人事権を持たない俺にこれ以上いったい何ができる?
 完全に心が折れてデスクチェアへと崩れ落ちた俺に、さすがに罪悪感でも抱いたのか、制作部長がすり寄ってくる。寄るんじゃないよ、気持ち悪い。
「だからね、青羽あおばくん、人事に話、つけといたから」
「は?」
「代わりのデザイナー。中途でちょうど入ったとこだったんだ」
「……いいっすかァー部長ォー。クリエイティブっつうのはねえ、高度に属人的な仕事なんすよ。ひとり辞めたらヒョイと首をすげ替えて、すぐ上手くいくようなもんじゃない。コンセプトの共有、意見のすりあわせ、クライアントへの顔見せだって……」
「いないデザイナーとじゃあ共有もクソもないだろう? ゼロより1は必ず多い。
 あー、東雲しののめくーん! 入ってきて!」
 東雲しののめ
 珍しい苗字。かっこいい苗字。過去にひとりだけ、そんな苗字の知り合いがいた。
 うつむいた俺の視界の中に、ワックスが完全に剥がれ落ちたガサガサの革靴が滑り込んでくる。俺はゆっくりと顔を上げていく。体にぜんぜん合っていないダボダボの量販スーツ。アイロンがヘタクソすぎてシワが模様みたいになったシャツ。びっくりするほどダサい安物ネクタイからはほつれた糸が飛び出ているし、結び目なんて斜め35度に歪んでる。
 はっきり言って、かっこ悪い。最低限の身だしなみさえちゃんとできない男だと自ら宣伝してるようなもんだ。俺がいちばん嫌いなタイプだ。普段は歯牙にもかけないヤツだ。
 でも。
 彼の顔を目にした、そのとき――
 どくん!!
 心臓が破裂しそうな音を立てるのを、俺はこの耳ではっきり聞いた。
 俺は知ってる。あの顔――彼の顔――まばたきすらできなくなるほど美しい、神話から抜け出してきた天使のような、あの童顔は――!
しの……のめ……アマキチィー!?」
「えっ?
 ……あっ!? リョウちゃん!? 青羽あおばリョウちゃんんんー!? うっそおおおおおお!?」
「えっ? なに? えっ? 知り合い?」
 折れるんじゃないかってくらい首を左右に振り回す部長。ちくしょう。こんなオッサンに感謝なんかしたくねえ。そのまま首の骨折ってしまえ! だが事実として俺たちは――俺と東雲しののめアマキとは、運命というしかない偶然によって、小学校卒業以来20年ぶりの再会を果たしたんだ。


   *


「リョウちゃん……」
 と、上目うわめづかいに濡れた眼差まなざしを向けられた、あの時の背徳的な興奮を俺は今でも覚えてる。
 東雲しののめアマキはひとつ年下のお隣さんで、一番親しい友達だった。友達? アレって友達かなあ? 毎朝いっしょに登校して。いつも俺の後ろにチョロチョロついてきて。俺んで俺のクラスメイトたちとスマブラするとき、なぜかあいつも部屋のすみっこにいて、誰とも話さず縮こまってた。気まずいだろうと思ってツレに紹介したりもしたが、アマキはまったく打ち解けようとしなかった。そんな態度から仲間内での評判も悪い。もてあましていなかった、と言えば嘘になる。
 だからだろうか。あの時、俺は……
「ついてくんな!」
 アマキを拒絶してしまった。
 自分の周りにいる同級生たちが、どこへ行くにもついてくる、そのくせノロマで愛想もない、そんなアマキにイラついていたのを、俺はハッキリと感じていた。俺にとって、アマキは手のかかる弟みたいなものだった。弟の世話にわずらわされたくない、と思ってしまうところまで兄弟そのものだった。
 でも……
「リョウちゃん……ダメ?」
「ダメ!」
「僕のこと、嫌い?」
「嫌いだ!!」
 だから……俺は、あんな嘘を……
 今なら分かる。俺はあいつに、ある種の衝動を掻き立てられていた。白状するよ。その夜、俺はわけもわからず、生まれて初めての自慰をした。
 その間じゅう俺は想像していたんだ。俺に拒絶されたアマキの、ぞっとするほどかわいい泣き顔を……


「リョウちゃん」
 そんなアマキが今、部下として俺のデスクの前に突っ立っている。俺は眉間にシワを寄せ、
「会社では青羽あおばって言え」
「できました」
「何が?」
「PV」
「ぴ……は!?」
 思わず腰を浮かせる俺に、アマキがタブレットの画面を向ける。たしかに……動いてる。音ハメよし。レイアウト、色調、OK。ロゴがモーフィングして……って、
「できてるじゃねえか!!」
「だから『できました』って」
「『明日いっぱいまでにコンテ切れ』って言ったよな俺!?」
「コンテより作ったほうが早いと思って……」
「おまっ……! また相談もなしに……いやいい、これ共有して。ラインワークスの……分かる? 斎藤さん! 動画チェック、最優先で! 岡本くん! クソみてえなPVふたつ作って! プレゼンのダミー用!」
「ねえ、リョウちゃ……青羽あおばさん。僕、何すればいい?」
 困り顔したアマキが、俺の手に手のひらを乗せてくる。俺の答えはもちろん、
「もうお前は1週間分の仕事をしたよ。適当に遊んでてOK!」


   *


 あのボンヤリしてたアマキチが、こんなに仕事のできる男になってたなんて、本当に嬉しい誤算だった。そういえば、昔から絵が上手かったよな。よく俺の顔、描いてくれたっけ。
「俺こんなにカッコよくねーよ」
 照れ笑いする俺に、アマキはいつも真剣な目をして、
「カッコいいよ」
 って褒めてくれた。
 そんなアマキが半日で作り上げたPVは翌週のプレゼンでも大好評。そこに、わざとクソな出来の別案を並べて本命の印象を高める、なんていう俺の手練手管も加わって、クライアントから一発OKが出た。やったぜ! 今夜は祝杯だ!
「ふわあ……」
 俺の行きつけのバーに入るなり、アマキは金魚みたいに口をパクパクさせて、物珍しげにあたりを見回した。ほのかな暖色の照明。精緻なモザイク画を思わせるウイスキーボトルの壁。マスターに挨拶しながら座る俺をマネして、ぺこっ、と可愛く頭を下げて席につく。
「すご……水族館みたい」
「はは! おもしれえ感性だな。俺たちは人魚ってわけだ」
青羽あおばさんなら半魚人じゃないの?」
 横からマスターが茶々を入れてくる。俺は苦笑し、
「うるせーよ! アードベッグ、トゥワイスアップで」
「はい。お連れさんは?」
 と注文を聞かれても、アマキはオロオロするばかり。どうも、こういうところには慣れてないるしい。
「ウイスキー、普段飲む?」
「はじめて」
「じゃあ、マスター、ラスティネイル作ったげて」
 初めてのカクテルに口をつけるなり、アマキは目を丸くした。
「おいっしい……」
「お。気に入った?」
「うん」
「アマキチィ」
「んー?」
「ありがとな」
「何が?」
「最近仕事が楽しいよ、俺……えっ? もう飲み終わったのか?」
「うん。すいませーん、おかわりください。
 リョウちゃん、あのね……」
「ん?」
「仕事がんばったら、リョウちゃんみたいにカッコよくなれるかなあ」
 新しいラスティネイルをジュースみたいにゴクゴク行くアマキに、俺は、目を奪われた。彼の喉仏が上下に揺れるたびに、腹の底から熱いものがせり上がってくる。唇からこぼれたカクテルの一滴ひとしずくが、流れ星のようにきらめきながら落ちていく。
 俺はアマキの背を撫でた。彼を元気づけるため?
 いや……たぶん、せめてスーツのジャケット越しにでも、彼の肌に触れたかったから。
「アマキ」
「ん……」
「お前はカッコいいよ。昔から、ずっと」
 アルコールのせいもあるのだろうか?
 アマキは、にへぇ……と、少年みたいにだらしなく笑った。


   *


 で、酔いつぶれた。
 あーあーあー。嫌な予感はしてたんだ。飲みやすいからって、ウイスキーベースのカクテルをパカパカおかわりしまくるんだもんなあ。いや、俺も悪かった……適当なところで止めてやればよかった。でも言い訳させてもらえば、俺も酔ってた。酒に……というのもあるし。隣にいるアマキが、だんだんフワフワしはじめて、気安く俺の体に触ったり、寄りかかったり、かわいらしく微笑んで甘えたりしてくるもんだから、その嬉しさに酔ってしまって……
 仕方がないので、アマキをおんぶして俺は帰宅した。アマキの住所知らないし、観光シーズンでビジネスホテル一杯だし、どうしようもなかったんだ。
 だから今、俺のベッドに、アマキが寝てる。
 俺はネクタイを外し、デスクの椅子に沈み込み、汲んできた水を口に含んで、ちら、とアマキの寝顔を盗み見た。……きれいだ。この世のものではないみたい。女の子みたい、なんてよく言われるが、世の女性がた、申し訳ない。ぜったいアマキのほうがきれいだ。きっと彼が世界一の美人だ。
 俺は耐えきれなくなって、立ち上がり、ベッドへ、彼の頭のそばへ腰かけた。よく寝てる。触ってもバレないかな。アマキの頬にかかる髪の毛を、そっと払いのけてやり、それを言い訳にして彼の肌を撫でた。心臓がヤバい。深夜の静寂の中で、はっきり音が聞こえるほど激しく脈打っている。それにもましてヤバいことになってる。俺の腰の……股の間の……そうだよ! 俺のペニスが、今、経験したことのない強烈さで勃起している。
 アマキ。
 俺はお前が……
 ダメだ。好きだ。だからこれ以上は……!
「リョウちゃん」
 俺は飛び上がった。
 アマキが、薄目を開けて、俺を見ていた。
「……襲ってくれないの?」
 俺は、俺は――

 俺はアマキに挑みかかった!
 覆いかぶさり、キスを奪い、唇を、舌を、あらゆるところを、けだもののように蹂躙じゅうりんし、それでも飽きたらず彼の襟に手をかけた。ジャケットを剥ぎ取り、ネクタイを投げ捨て、もうボタンを開けるのも面倒だ! 引きちぎるようにシャツを開いてその中の白い胸にキスの雨を降り注がせた。アマキが鳴く。アマキが震える。「リョウちゃん」甘えた声で「動けなくして。くすぐって。泣いて嫌って言っても、お願い、やめないで」そんなことを懇願されて誰が立ち止まれるものか! お望み通りに彼をベッドに押さえつけ、身をくねらすことしかできない彼を執拗しつよう執拗しつようにくすぐり倒し、彼の鳴き声が高まり、高まり、ほとんど悲鳴になってもなお俺は責める手を止めない。「リョウちゃんっ」「アマキ、お前っ……」「好きだった。ずっと、あのときも」「ばか! 俺なんか! ぜったい俺のほうが先に好きだった!」
「リョウちゃんっ! ふっ……んんッ!!」
 ひときわ大きな震えが起こり、アマキは身をよじらせて絶頂した――まだだ。まだ許さない。俺は彼の手を頭の上に交差させ、ぴくりとも動けないよう握りしめて、もう一度彼にキスを食らわせた。
「悪い。俺も」
「ん?」
「我慢できねえわ」
 頬を引きつらせるアマキに、俺は、俺の、かつてないほど大きく膨らんだものを――

 それから何時間が経っただろうか。
 続けざまに何度楽しんだだろうか。
 俺達が疲れ果て、半ば気絶するように眠りに落ちたのは、窓の外の夜空がうっすら白み始めたあとのことだった。


   *


 昼過ぎて、目が覚めて、俺は寝覚めのコーヒーを淹れた。
 食器棚からマグを取り出したところで、
「あ」
 と声をあげる。
「アマキチィ。砂糖入れる?」
「あ、うん。僕、パン焼くね」
「食パンそこ。トースターあっちな。
 砂糖、たしかあったよな、料理用のが……あーあったあった」
 自分が普段ブラックでしか飲まないタイプだから、こういうときに物がなくて困る。というかそもそも、マグカップがひとつしかない。えー……いいや! 俺の分はビール用のタンブラーで間に合わせよう。
「いろいろ買っといたほうがいいな……」
「んー? マグカップ?」
「ああ」
 アマキがくすくす笑いだす。
「リョウちゃん、ホントに僕のこと好きだねえ」
 俺の顔面が火になった。
「なんっ……! おま……!
 いや……ごめん、覚えてるか? 昔、お前に……」
「大丈夫」
 アマキが俺に滑りより、そっと、俺の唇に指を当てる。
「分かってたよ。嘘だって」

 俺たちが何十回目かのキスにほうけているうちに、トーストは真っ黒に焦げてしまった。


THE END.
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