終わりなき理想郷

空高く、天を仰ぐ

第30話 凍てつけ、深く遠くまで - その４

2017年07月20日(木)11時14分　＝呪まじない屋＝

　流石に担がれたままだと動きにくいので下ろしてもらった私は、光ひかりちゃんを抱えながら廊下を走る。後方では、何かと何かがぶつかり合う衝撃音が鳴り響いて鼓膜を劈く。
「出口はどっち？」
「多分こっちだ！」
　私たちを下ろした遼太郎りょうたろうは薙刀を取り出してすでに臨戦態勢の状態で私たちの前を進んで確認してもらっている。
　曲がり角を曲がるとそこは裏口に繋がっており外からの光が射していた。



　クソッ、何が起きてんだよ。確かにあの時、津雲つくもから託されはしたがあれからどうするのかは一切話していない。本当に勘弁だ。
　正面にある裏口らしき扉を蹴破り、外へと飛び出す。その瞬間、――
「出てきたな。」
　聞き覚えのある声と共に、左から白い糸状の何かが飛んでくる。

【狛凪流こまなぎりゅう　　三日月みかづき】

　三日月みかづきは突きから右方向に回転させて断つ技だ。そして薙刀の刃で切り裂いたものは細い、まるで蜘・蛛・の・糸・だった。
「狛凪こまなぎさん。彼女を、引き渡してもらえませんか？」声の主に注視すればそこには萌葱山もえぎやまで出会った警察の人がいた。
「そっちから襲ってきたくせに、引き渡せだぁ？そんなの、ごめんだね。」薙刀を握る拳を、いっそう強く締める。
「では、実力行使しかないですか。覚悟しろよ、犯罪者。」
その瞬間、奴の口から同じような糸が吐き出される。

【狛凪流こまなぎりゅう　　上弦月じょうげんのつき】

「なんだぁ？本職はマジシャンか蜘蛛か？」
「・・・あながち、間違いではないですかね。」
奴は掌から糸を伸ばして呪まじない屋の屋根にくっつけたと思えば、蜘蛛のスーパーヒーローよろしく勢いよく蹴りを仕掛けてきた。

【狛凪流こまなぎりゅう　　居待月いまちづき】

　俺が構えた瞬間、奴は糸で一気に体を引っ張り俺の技を躱し後ろにいる光ひかりちゃんたちに向かってもう片方の手で掴もうとする。

【狛凪流こまなぎりゅう　　下弦月かげんのつき】

　上弦月じょうげんのつきと下弦月かげんのつきは薙刀の振る方向が前か後ろかの違いだ。ただし、下弦月かげんのつきは後ろに振るため当てにくいが...今回はうまく行ったようだ。
　伸ばした手だろう左の掌が左右にぱっくりと割れていた。しかし、そこから血液が流れることはなかった。そして奴の割れた掌を縫うように糸が現れ、縫合していく。
「お前、人間じゃねぇのか...？」
「・・・ああ。俺も、その化け物と同じ。人造人間ホムンクルスさ。」
　光ひかりちゃんと同じ...？こいつが光ひかりちゃんと...？
「ふざけたこと言うんじゃねぇよ。お前と光ひかりちゃんがどう見ても同じな分けねぇだろうが！」

【狛凪流こまなぎりゅう　奥義おうぎ　　常夜とこよ】

　言葉に意思を乗せるように、薙刀に感情を乗せて奴を叩き切ろうとした。だが、刃が奴に届・か・な・い・...！
　力いっぱい引き剝がせば薙刀は戻って来るが、どうやっても奴の場所までに至らない...。
「ごめんなさいね、男同士の勝負に水を差す趣味はないのだけど、これも仕事だから。」そう言って、左手に拳銃を握っている女が間に割り込んできた。
「誰だお前は。」
「・・・流石に業務的に話しておいた方がいいわよね。警視庁けいしちょう公安部こうあんぶ対神性たいしんせい特務課とくむか壱級職員いっきゅうしょくいんの穂積ほづみ香苗かなえよ。上からの命令でね、その子を回収しに来たの。」
　ずっと口を噤つぐんでいた｜桐藤さんも、
「だからって、そう易々と渡すわけないでしょ！それに、光ひかりちゃんの意思は関係ないの？」と声を出した。
「意思、ねぇ。人造人間ホムンクルスの意思とか意識って何を元に形作られると思う？」
「そんなこと知りたくもねえょ！」

【狛凪流こまなぎりゅう　　上弦月じょうげんのつき】

　力強く謎の壁みたいな空中を叩くが、その刃はどうやっても奴らには当たらない。
「強引な男は嫌われるわよ。・・・人造人間ホムンクルスはね、元となる魂があるのよ。狭間はざま君は蜘蛛の神アトラック=ナチャの魂をその身に宿しているの。だからああやって自由に糸を出せるのよ。」
「・・・んなこと聞いてねぇよ！」

【狛凪流こまなぎりゅう　奥義おうぎ　　常夜とこよ】

　再び強く刃を叩きつける。徐々に食い込むがやはり奴らに到達することはない。
「まあ、色々君たちに言うべきことはあるけどね。とりあえず、早くあきらめて投降しなさい。あなたたちも私たちも、無駄に時間を浪費するのは嫌じゃないかしら。」
　そう言って奴は、拳銃の銃口をこちらへと向けた。