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第25話 シェーラ

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 寺西の村を出た俺達は、カルトさんのお誘いを断って徒歩で移動する。カルトさん達の馬車に乗れば王都まで早く着けるのだが、途中の町や村に寄る事が出来ない。『転生者リスト』作成を行っている俺達としては、せっかくこちら方面に来たのだから、街道沿いにある街は全て廻っておきたい。
 そのため、俺達が王都に帰り着いたのは七日後の事だった。
 この間、二つの街で一人ずつ、二人の転生者を発見できた。一人は一般人で、公務員。もう一人は笹山北校の教師だった。その教師は俺と立花の担任ではなく、一組の副担で数学教師だ。二年になってからではあったが、俺達のクラスの数学を担当していたので、知り合いではある。
 彼は、ティアが立花綾乃である事を聞いて驚き、更に天川がこの国の第三王子である事にも驚いていた。この街にも第三王子の『やらかし』は伝わっていたようで、無駄にヤツに頼ろうという行動には出ないだろう。
 一応、知り合いが発見できた訳だが、肝心な安楽は見つからない。まだ巡っていない街はたくさん残っているので、見つかる可能性は十分有る。焦る事はない。俺が焦ってどうする。
 
 王都に着いた俺達は、真っ先にトマスさんの鍛冶場を訪れた。ギルドより先だったのは、今回も単純に入ってきた門から近かったからだ。そして、例のバスタードソードを『鑑定』してもらうと、以外にも『ブラッディーソード』という名前だという事が分かった。
「厨二名来た──!!」
 ミミのやつが、いつものごとく叫んでいる。
 この剣は、俺達の検証どおり、『闇の双剣』と同等のMP吸収能力を持ち、一般の剣より上の『斬』値がある事が確定された。そして、それ以外にも、スタミナ吸収能力もあり、その能力は『闇の双剣』のように形だけのものでは無く、十分に実用に耐える値だと言う。
 ミミ言う所の『厨二名』どおり、切った対象の血液を吸収して、その血液を使って『血刃』という血で出来た斬撃を飛ばす事が出来るらしい。正に、厨二的な能力だと言える。
「くれ~! 私が使う!!」
 『血刃』の事を聞いて、ミミのやつがそんな事を言い出すが、その身長故にまともに扱える訳がない。と言うか、燃料たる血液を溜めるためには、モンスターを切り付ける必要がある。接近戦闘能力の無いお前が、どうやって使うってんだよ。全く……。
 『血刃』はともかく、MP吸収能力は優秀なので、そのままシェーラが使う事になった。そのため、シェーラの大剣の鞘に付けられていた『闇の双剣』用の鞘は外され、その日をもって、正式に『闇の双剣』の片割れが俺の元に返って来た事になった。
 国宝級の『バリアーシールド』を見ているトマスさんは、この『ブラッディーソード』程度では驚かなくなっていた。慣れというものは恐ろしいものだと思う。
 トマスさんの所を辞した俺達は、ギルドへと向かった。
 ギルドでは、『魔石』の売却を行い、その後に『スケルトン戦』の処理を行う。カルトさんが既に帰っており、討伐参加者のリストがギルドに届いていたので処理は速い。
 そして、一通りの処理が終われば、全員でロミナスさんの所へ行く。
「お疲れだったね」
「騎士達がウザかった以外は無問題もうまんたい!!」
「匂いが無かったから、ゾンビより楽でしたよ。ねえ。」
「ああ、確かにそうだったな。毒の問題も無かったので、その点でもスケルトンの方が楽だったと言えるかもしれない」
「スティールの時、手がべたつかないから、俺もスケルトンの方が楽だったな」
 そんな感じで、ワイワイ、ギャアギャアと報告だか世間話だか分からない会話を続けた。時間帯が昼過ぎで、他の冒険者がいないのを良い事に、一般受付窓口を長時間占拠だ。
 その話の後半になると、必然的に騎士団や王子への不満や愚痴となる。ロミナスさんも思う所はあるようだが、立場上言えない事もあってもどかしげだ。
 そして、そんな会話がある程度一段落した時、ミミのやつが、ハッと思い出した顔をして、ロミナスさんに食って掛かる。
「あー!思いだした! ロミナスさん! 袋持ち! カンガルー、ビッグテール以外にもおったやん!!」
 一瞬、唐突に何を、と思ったが、なるほど、その件か。確かに、事情通のロミナスさんらしくないな、とは思っていたんだよ。俺も。
「うん? ビッグテール? 以前言っていたあの件かい?」
「そ! アメム行ったら、スモールテールが居った!!」
「スモールテール?」
 ミミの話を聞いたロミナスさんの反応が悪い。これは、忘れていたと言う事では無く、根本的に知らなかった事のようだ。
「ロミナスさん、スモールテールを知らなかったんですか?」
 一応、確認してみると、どうやらそのとおりだったようだ。
「うん、すまないね。聞いた事が無いさね。名前からして、ビッグテールの尻尾が小さいヤツかい?」
 こう言う事で嘘を言う人では無い事は十分に分かっているので、本当に知らなかったようだ。冒険者関係のデータを網羅しているロミナスさんらしくない。意外だ。
「おー、ロミナスさんでも知らん事あるんや~」
「そりゃ~あるさね」
 そう言ったロミナスさんだったが、直ぐにその眉間にシワがより、表情が硬くなる。
「ちょっとお待ちなね。……そのスモールテールと言うモンスター、袋持ち、だったのかい?」
「そ! ビッグテールの完全小型版! 当然袋付き!!」
 ロミナスさんの険しげな顔での質問に、満面の笑みで答えるミミ。そして、その答えを聞いたロミナスさんは、今度は声をひそめて聞いて来た。
「で、袋、は出たのかい?」
 ロミナスさんの視線は、俺に向いていたので頷くと、
「あんた達、こっちに来なね」
 そう言って、窓口のカウンターテーブルの一部を跳ね上げ、俺達をカウンター内へと入るように促して来た。
 ロミナスさんの表情は、いつになく真剣だ。そんなロミナスさんに気圧されながら付いていくと、案内されたのは応接室のような所だった。多分、ギルド外の者との会談や商談用に使われる部屋なのだろう。
 元の世界の応接室と違って、ローテーブルとソファーではなく、普通の机と椅子が置かれている。まあ、商談等であれば、ローテーブルは使いづらいからな。
 八脚ある椅子に掛けるように指示され、俺達は普段と違うロミナスさんの様子に若干戸惑いつつも、指示に従う。
「で、見せてごらんよ」
 座った途端、ロミナスさんが言ってきた。ミミが、自分の『魔法のウエストポーチ』に入れててあった、未加工の『袋』を取り出してロミナスさんに渡す。
 受け取ったロミナスさんは、即座に『袋』の中に手を入れる。そして、数瞬固まったあと、ガバッと言う効果音が挿入されるぐらいの勢いでこちらを向いた。
「驚いたっしょ!」
 ミミのヤツがニヤニヤ顔でそんな事を言う。だが、ロミナスさんは、そんなミミを無視して声を荒げる。
「そのスモールテールのレベルは!!」
 若干血走り気味の目で見られた事に気圧されながらも、答える。
「レベル6から7と言う所です」
「レア度ってヤツは!」
「レアです。クズ、一般、レア、の三番目」
「めったに出ないんだね!」
 そう言ったロミナスさんの口調は、かなり強いものだった。……これは、なんだか変な雲行きに成って来たぞ。俺が、そんな事を考えていると、この場で唯一空気を読まないヤツが発言する。
「ニョホホ~ォ、そのレアを、な、な~んと! 5回も引いたんよ! 凄いっしょ!!」
 例のごとく、椅子に座ったまま皆無な胸を張るミミ。バランスを崩して後ろに倒れそうになっている。アホだ。いろいろな意味で……。
 そして、ミミの発見を聞いたロミナスさんは、頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまう。初めて見る行動だ。さすがに、ティアも心配になったらしい。
「えっと、何かまずかったですか?」
 何やら、問題があるらしい事は、いつに無いロミナスさんの言動や行動で分かるのだが、何が問題なのかが分からない。シェーラに視線を向けるが、彼女も首を傾げている。ミミに至っては問題外。
 机に突っ伏していたロミナスさんは起き上がると、「ちょっと待っときなね」とだけ言って部屋を出て行った。
 その後、ロミナスさんが帰ってくるまでの間、ミミも含めて全員で、問題となる点を話し合ったのだが、答えは出なかった。
 2分後に帰ってきたロミナスさんは、40歳代の男性職員を伴って来た。机に着いたロミナスさんは、俺達に男性職員を紹介するでもなく、そのまま彼に指示を出す。
「これだよ。この袋を鑑定しとくれよ」
 どうやら、この男性職員は、窓口に出ていない…もしくは出なくなった『鑑定士』のようだ。彼は、着席しない状態で、ロミナスさんの指示どおり『鑑定』を実行した。
 この『鑑定』スキルは、『鑑定』される対象物が紫色の光に包まれる特性がある。そのため、こっそりと他人の持ち物を鑑定すると言う事はできない。そんな『鑑定光』が消える辺りで、『鑑定士』の顔が驚愕に歪む。
「何ですか、この袋は……」
「容量が多いだけじゃないのかい?」
「……違います。まず、市販の最上級の物と同じように、手を触れなくとも収納できる能力があります」
 その瞬間、響き渡るミミの絶叫。
「マジでか────────!!」
 普段以上の絶叫に、耳が痛い、部屋が狭いのも影響している。それはともかく、今『鑑定士』が言ったのは、あれだ、1万ダリ100万ダリの『魔法の袋』は対象物に触れないと収納できないのだが、1000万ダリの『魔法の袋』は、一定範囲内であればその対象物を認識するだけで、手に触れずとも収納できる、と言うやつだ。その能力がこの『袋』にも有るという事だ。
「ムッキ────!! もう少し早く気がついてれば、魔石拾いが楽だったのに────!!」
 ミミの絶叫が、また室内に響き渡る。耳が……。
 ミミの絶叫がデカかった訳は、それか。あの時、この能力を知っていれば、一回一回しゃがんで『魔石』を拾わずとも、立ったままの状態で楽に拾えたって事だ。更に、『スケルトン』の投剣エリア内でも、そこに立ち入らずに『魔石』を取る事も出来た事になる。ミミが叫ぶのも分かる気はする。耳は痛いけどな。
「失礼ですが、先ほど、先ずは、と言われましたが、今言われた意外にも何かあるのでしょうか?」
 訊ねたのはシェーラだ。確かに『先ずは』と言っていたな。
「それは、袋に入っている間の時間の流れが1/5に成ると言う能力です」
「マジでか────────!!」
 今度のミミの絶叫は、耳を塞ぐ事に成功する。ティアは失敗したようだ。
「ミミちゃん! うるさい!」
 そんな文句を、ミミが聞くはずもない。
「お──! こりは、カンガルーなら時間停止もあり得る!!」
 『ビッグテール』から『袋』が『スティール』出来たとして、その『袋』にそんな能力があるかはともかく、時間経過1/5でも十分に凄い事だと思う。通常一日しか保たない品物が、五日間保つと言う事だ。長距離の依頼などでは非常に役立つ能力だろう。
 時間停止、か。ラノベとかだと定番なんだが、そこまで行くと完全に経済や流通に革命をもたらすレベルだ。有れば間違いなく便利だ。焼きたてのパンは、いつまで経っても焼きたてのまま、お湯を入れて3分経ったカップ麺も永遠にそのままで麺が伸びる事はない。冷やす目的以外で、冷蔵庫が必要なくなる。肉は腐らず、冷凍焼けする事も無い。消費社会であった前世であれば、第一次産業辺りが、大ダメージを受けそうだ。
 『鑑定』持ち職員の話を聞いたロミナスさんの表情は、先ほど以上に厳しくなっている。
「主任、この袋の件は機密扱いにするさね。あんた以外は、サブマス以上案件だよ」
「……分かりました」
 状況が飲み込めず、ロミナスさん達の話を聞くだけだった俺達に、ロミナスさんから予想外の一言が言い渡される。
「あんた達、これ、手に入れるの禁止だよ」
 その言葉に、当然のごとく、ミミを中心として驚きの声が上がり、非難の声に変わる。
「え~? 何でじゃ~!!」
「ロミナスさんとは言え、それはないのでは?」
「えっと、なんでですか?」
 俺も当然疑問に思ったが、ロミナスさんが何の考えも無く、こう言う事を言う人ではないと言う事を知っているので、その真意を推し量ろうと考えていたのだが、結局考えつかないままとなった。
 そんな俺達を、ロミナスさんは片手を挙げて制し、更に意外な事を言ってくる。
「あんた達の命のためさね」
「「「「えっ!?」」」」
「魔法の袋の制作・販売にどれ程の者が係わっていると思ってるんだい? 素材を狩ってくるのは2級冒険者以上。その素材を元に作成しているのは錬金術師の最上位者。それらを管理しているのは公爵様。販売しているのは、元伯爵様を筆頭とした大商会の面々。
 ……どれ程の利権が絡むと思うんだい? そんな所に、容量はともかく、そんな高性能な機能のある『袋』をバカスカ流してごらんよ。刺客が送り込まれるのは、当然さね」
「うげっ!!」
 ……利権か。1万、100万、1000万などと言う超高額なら、それに伴う利権も巨大だって訳か。メンツ的にも、たかだか4級冒険者4人を消すのに躊躇するとは思えない。公爵とかが動く以前に、2級冒険者が動くだろう。
 俺達四人は、ロミナスさんの言った事を理解し、無言で顔を見合わせるだけだった。
「そう言う事だから、あんた達もこの事は他言無用さね。分かったね」
 当然俺達は了解する以外ない。
「私の、超~お金持ちプランが……」
 ミミのやつの変なプランはともかく、予定外だな。俺としてはワラビー狩りの予定はなかったんだが、一枚残している『袋』が売れないのは痛い。
「ロミナスさん、この一個だけでも売っちゃ駄目ですか?」
 俺と同じ事を思ったらしいティアが尋ねた。ティアの場合、今回の転生者捜索に責任を感じており、金銭的な損失だけは『袋』の売却益でまかなえると思っていただけにショックだったのだろう。
「一個だけかい? ……一個だけなら何とか出来るかもしれないね。このギルドからだと、いろいろ勘ぐられる可能性も有るから、余所のギルドから出すとして、その前に装飾も作る必要があるさね。時間は掛かるよ」
 ロミナスさんの言う『装飾』とは、俺達が市販のウエストポーチに縫い付けたように、他のバッグ類に縫い付けるのだろう。どうやら、その辺りのつてがロミナスさんにはあるらしい。
 俺達は結局、その『袋』をロミナスさんに預ける事になった。
 その後、残りの四個はどうした?と言う話になり、自分たちのウエストポーチを指し示し、市販のウエストポーチに縫い付けた事を言うと、ロミナスさんだけではなく主任鑑定士のおっさんからも、思いっきり呆れられた。
「マジックアイテムをなんだと思ってるんだ!!」
 主任鑑定士のおっさんからは、その後5分近く、『マジックアイテムの取り扱いの難しさ』に付いて、こんこんと説教されたよ……。
 通常は、専門の者が詳細に調べた上で、機能に影響しない部分を見極め、その部分を縫製するのだと言う。
 俺達が、『一個ぐらい駄目になっても良いから、やっちゃいな』でやりました、と言うと、先ほど以上の剣幕で怒られた。
「マジックアイテムをなめるな────────!!」
 ミミばりの叫びだった。耳が痛い。複数の意味で……。
 その後、『スケルトン』から『ティール』した指輪も『鑑定』してもらったのだが、こちらは検証どおり『MP消費1/4の指輪』である事が確定しただけだった。
 予定外の一幕があったギルドを出たあとは、だいぶ早い時間ではあるが、宿屋で解散だ。幸い、『熊々亭』の部屋は開いていた。
 明日はいつもどおり休息日とする予定。
 まだ昼過ぎで、時間があった事もあり、ティアは孤児院へと行くというので、俺の分のお菓子代を渡しておく。一緒に行かないかと誘いを受けるが、断った。残念そうな顔のティアを見送ったあと、俺は宿屋の裏庭へと向かう。
 『熊々亭』の裏庭は、井戸場となっており、冒険者が汗を流したり、洗濯が出来るようになっている。また、休憩場も兼ねているので、脇には二脚の長椅子も設けられていた。
 時間的に、まだ他の冒険者は帰ってきて居らず、この場を使用している者はいない。いるのは長椅子に腰掛けているシェーラだけだ。
 俺は別段『隠密』を使用していた訳ではないのだが、ステータス上にないパッシブ効果でも有るのか、意識せずに音も無く近寄っていた。
 シェーラは俺が来た事に気づかずに、うつむいたままだ。うつむいた状態ではあるが、その眉間に数本のシワが刻まれているのが見て取れる。
 あの『スケルトン戦』以降、シェーラは一人でいる時、こうやって考え込んでいる事が多くなった。俺達と一緒の時は、こう言った様子は見せない。
 俺は、ずっと、どうするべきか悩んだ。シェーラは俺達パーティーの中では、一番の大人だ。勿論、これは精神的な意味でだ。だから、俺などが口出しすべきではない、と思っていたんだが、……さすがにもう限界だった。見ていて、痛々し過ぎる。
 少し前までであれば、多分俺は口出ししなかったと思う。だが、ティアの転生者捜しをあっさり許した辺りで、『俺達もわがままを言い合える間柄になったんだな』と感じ、わがままを言わない事も相手を信頼していない事になる、そう気がついた。だから、今度は立場は違うが口出しが出来る間柄であると確信しているが故に、口を出す。
「騎士団の事で悩んでいるのか?」
 俺の声で、初めて俺がいる事に気付いたシェーラは驚きの表情を浮かべながら顔を上げた。
「ロウか……」
「ああ。騎士団、どうするんだ?」
「……ロウは騎士団をどう思う」
「クズだな」
「…………」
 もう遠慮無しで行く。
「黒竜騎士団で、あれ、だぞ」
「……あれは、貴族出の者だ」
「知ってるよ。で、その貴族出の者が大半を占めている事もな」
「…………」
「あの中にも、庶民出の騎士がいたよな」
「…………」
「彼は、苦虫を噛みつぶしたような顔で、他の貴族出の騎士の行動を見ていたよな。発言力が有るように見えたか? 全く無かっただろ」
「……ああ」
「シェーラは、あんな騎士団に入りたいのか?」
「……」
 俺の問いにシェーラは答えない。俯いたままだ。ごめんな、シェーラ。だけど、まだだ。
「俺は…いや、ティアとミミも多分、シェーラが騎士団に入る事には反対だよ」
「反対か……」
 シェーラが悲しそうな顔を上げながら、呟くように言った。
「当然だろ。シェーラが騎士団に入ったら、絶対に苦労するのが分かり切ってるからな。友人が苦しむ姿なんか見たい訳無いだろ」
 俺言った『友人』の部分でピクッと反応したが、彼女はそのまままたうつむいて何も言わない。
「それでもさ、それでもシェーラが騎士を目指すって言うのなら、最大限応援するぞ」
「応援してくれるのか?」
 驚いた顔でこっちを向く彼女の頭を、ミミに良くするようにペチッと叩いてやる。
「当たり前だろ、友達なめんな」
 桜場達からの借り物の言葉だったが、シェーラには効果があったようだ。
「そうか、ありがとう」
「ま、それは、あくまでも、シェーラがそっちの道を選んだ時には、な」
「ああ、分かってる」
「で、だ。その件はこっちに置いといて、本題と行こうか」
「……本題?」
「シェーラの悩みは、もう一つあるだろう。親父さんの事だよ」
 俺が、そう言った途端、彼女の整った顔がいびつに歪んだ。
「…………」
「気付いてるんだろ? 他人の俺ですら気付いたんだ。シェーラが気付かないはずがない」
 シェーラは、最初来た時と同じようにうつむいて、その顔を隠した。でも、止めてやらない。
「シェーラの親父さんは、スケルトン討伐で亡くなったんだよな。……それって、おかしな話だよな。スケルトン戦を経験する前ならともかく、今なら分かるよな、あんなモンスターに騎士が簡単に殺される訳がないって」
 シェーラは、まだ顔を上げない。
「騎士団が壊滅して、その際の犠牲者の一人って事なら分かる。一応、カルトさんに確認したよ。そう言う事例はなかったってさ。つまり、その討伐戦で亡くなった騎士は、シェーラの親父さんだけだったって事さ。
 あり得ないだろ。あの重装備だぞ。付与もガチガチに掛けられて、集団戦をやる、あの騎士団が、スケルトンごときに犠牲者を出すか? お前の目指す騎士って、そんなお粗末な集団なのか? 違うだろ。……と成れば、答えは一つだ。お前の親父さんは、同じ騎士に…」
「やめろ!!」
 シェーラが俯いたまま叫ぶ。……そもそも、初めからおかしかったんだよ。庶民出の騎士とは言え、騎士にじょされた者の遺児が、身内がいないと言うだけで、孤児院に放り込まれるはずがない。
 アンデッド討伐は騎士団の公務だ。そんな公務中の死、すなわち殉職と言うやつだ。そんな者の娘を、一般の孤児院に放り込むだろうか? あり得ない。
「俺はシェーラの親父さんの事は知らない。だから全ては想像だ。今のシェーラの性格、言動が親父さんの影響を強く受けたものだと考えれば、親父さんは立派な騎士だったと思う。そんな一般から見て立派な騎士が、あの騎士団で受け入れられると思うか? あの庶民出の騎士と違って、シェーラの親父さんは口を出したんじゃないか? そして、結果として騎士団の反発を買った。そう言う事だろ」
 実際、どういった形で殺されたのかは分からない。直接的に手を掛けられたのか、意図的に『スケルトン』の集団内に孤立するように仕向けられたのか、もしくは毒などのような物で本来の力が出ないようにされた可能性も有る。同じ集団であれば、何とでも出来ただろう。ましてや、団全体でなら尚更簡単だ。
 無論、全ては俺の想像に過ぎない。だが、あの騎士団を見ていれば、十分にあり得る事だと思える。
 俺以上に騎士団に詳しいシェーラが、その可能性の思い至らない訳がない。だから、彼女は未だにうつむいたまま、苦虫を噛みつぶしている訳だ。
「シェーラ、お前の親父さんは、立派な騎士、だったんだろ」
「……ああ、私が目指すべき騎士像だ」
「なら、お前が騎士団に入れば、同じ事が起こるぞ」
「……」
「シェーラは女だからな、場合によってはそれ以上に悲惨な事なにる可能性も有るぞ」
「そこまで! そこまで腐っては……」
 一瞬、怒った顔でこっちを見た彼女だったが、直ぐに表情を崩し、力なくうつむいてしまう。
「腐ってるだろ。ドロドロに腐ってる」
「……」
 それから3分ほど、完全な沈黙が場を染め上げた。俺は、あえて口を開かなかった。そして、やっと顔を上げたシェーラは、俺の目を見て話し出す。
「……騎士団を内部から変える事は出来ないだろうか?」
 そう来るか。そう考えるほどに、彼女にとって『騎士団』と言うものは特別なものなのだろう。だが、今日は遠慮や容赦はしないと決めている。
「無理だな」
「……即答か」
「あの庶民出の騎士を見ただろ。発言権があるように見えたか? それでもなお、苦言というか正論を言い続ければ、粛正しゅくせい、される」
「僅かずつでも…」
「無理だ。発言権が無い、絶対数が少数という状態じゃ、仮に少しずつ正常化できたにしろ、腐敗化の速度の方が早いから、結果は変わらない。最終的には、闇の粛正だか血の粛清だかで、更に悪化だな」
「……」
「唯一、可能性が有るとしたら…」
「有るのか!!」
「……それは、お前が皇太子妃に成った場合だけだな」
「なんだ!それは!?」
「お前が、現皇太子と結婚して、子供が生まれ、その子供が国王ないし皇太子に成った時なら、お前にもそれなりの権力があるはずだ。騎士団に口出し位は出来るはずだぞ。……目指してみるか?」
「出来ないと分かっていて、行っているだろう」
「だから、最初から言ってるだろ、無理だ、ってな」
 可能性はゼロではない、なんて綺麗事は言わない。
「不可能か……」
「現実的には、な」
「……そうか」
 それだけ呟くと、彼女はまたうつむいて考え込んでしまった。ここまでか。
「さっきも言ったが、俺達は、お前が決めた道を全力で応援するぞ。どの道を選んでも、だ。皇太子妃を目指すなら、現皇太子妃の暗殺からだな」
「オイ!!」
「元々、あの第三クソ王子半殺し計画があるからな、そのついでだ」
「……冗談でも、そう言う事は言うな」
「まあ、皇太子妃の件は冗談だけどな」
「……第三王子の件は?」
「既定事項だ」
「……」
 クソ王子に関しては、シェーラも止めないらしい。
「まあ、成る、成らないにせよ、まだまだ先の話だ。結果として成らない事を選んだとしても、それまでの努力は無駄にはならないさ。だから、悩みすぎない程度に時間を掛けて、悩んだ上で答えを出せば良い。
 俺が言いたいのは、今言ったように、どれを選んでも全力で応援する、と言う事と、現実を見て幻想は捨てて考えろ、って事だ。親父さんの死因も含めてな」
「……ああ、分かった」
「以上! あとは、全力で頑張って悩め!!」
「……頑張るものなのか?」
「ミミ風に言ったんだよ」
「なるほど」
 そう言って納得する彼女の口元には、僅かではあるが微笑みが見て取れる。苦笑いに近い微笑みでは有るが、笑いには違いない。
 俺は、「じゃあな」とだけ言って、その場を離れた。俺との会話が、彼女に影響を与えられたかは分からない。ただ、俺達のスタンスだけは示しておきたかった。あと、俺達の本音もな。まだ先の話とは言え、シェーラにパティーを抜けて欲しくはない。戦力的な意味だけでなく、気持ち的な意味でもだ。
 だが、この件に関しては、これ以上は口出ししない。彼女の意識を誘導するような事はしないつもりだ。全ての決定は、彼女自身に任せる。……本当は、全く口出ししない予定だったんだけどな。我慢できなかった。やっぱり、生まれ変わっても、駄目な所はそのままみたいだ。
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