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第26話 家と家政婦

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 『スケルトン戦』から20日程は、以前どおり森で活動を続けていた。
 スキルレベルが多少上がったものは有るが、JOBレベルに変化はない。レベル上げを行うなら、森の奥へと行き『マーダーベア』や『牙狼』を中心に狩る必要がある。その上で、その帯域に現れる上位モンスター、いわゆるハグレを狩る訳だ。
 現在の俺達であれば、最低でもレベル20位ないとレベルアップのための経験値としてはキツい。もう一度『スケルトン』が出現すれば、その数によってレベルアップに至れると思うが、そうそうアンデッドが現れる訳もない。
 俺達の能力的には、森の奥に行く事は問題ないのだが、あえてそれを行っていない。それは、距離の問題だ。森の奥で活動する冒険者は、基本泊まり込みで活動している。野宿であったり、自前の活動拠点を作り、そこで寝泊まりしている。そうでないと、往復の移動時間だけで一日が経過してしまうからだ。
 そう言った活動内容故、街に帰って来たら収入が尽きるまで働かない、と言う者が多くなってくるのかもしれない。
 俺達は、まだ野宿が出来る用意も、心の準備も出来ていない。だから行かない。
 そんな訳で、森の中域での活動だが、一辺2㍍と言う『魔法の袋』を四人全員が持つ俺達のパーティーであれば、十二分な収益を上げられる。
 『ワイルドボア』のような、肉として売れるモンスターを、丸々持ち帰れるのは大きい。しかも、最大四匹だ。
 他の冒険者であれば、高く売れる部位だけを切り取って持ち帰るのだが、俺達はそんな解体の手間すら必要ない。そして、その解体に伴う血臭によって、他のモンスターに襲われる確率も減る。良い事ずくめだ。
 そんな訳で、俺達の一日当たりの収益は、一人当たり200ダリから300ダリに及んでいる。日本円に無理矢理直せば、2万円から6万円程の収入と言う事だ。かなりの収益だろう。
 金額だけで考えれば、これ以上無理をする必要は全くない。だが、以前言ったように、俺達はそれぞれに目的があり、まだ上を目指すつもりなので、このエリア帯で止まるつもりはない。
 森でのいつもどおりの活動を続けていた俺達に、ロミナスさんから、あの『袋』が売れた事が知らされた。
 別室での説明だったのだが、その売却額が50万ダリと言われ、驚きのために上げた声が外に漏れるかと思えるほどになってしまった。ミミだけでなく、俺達の声も、だ。
 50万ダリ、日本円で5000万円から1億円……。驚くな、と言う方が無理だというものだ。
 この『袋』は、5日前のオークションに出品したらしい。出品者は『アルヌス』店主と言う事に成っているそうだ。そして、落札者は貴族の錬金術師で、例の『魔法袋作成』に携わる者の一人らしい。
 他の者に落札され、解析されて、その機能を模倣される事を恐れたのか、数名の者が競り合い、落札額が跳ね上がったと言う事らしい。ちなみに、実際の落札額は50万ダリ以上で、この金額は諸々の諸経費を差し引いた額である。
 50万ダリ……。一人当たりに分けても、12万5千ダリって事に成る。俺達にとっては、大金にも程がある。
 この売却額は、初めての品であるが故の金額であって、この『袋』の適正額という訳ではない。だから、次に売ったとしても、この金額にはならない。それが分かっていても……。
「ぐぬぬぬぬぬ──! こりが、大量に売れたなら~!!」
 ミミ程ではないにしても、俺も少し残念な気がしている。
「馬鹿な考えを起こすんじゃないよ。分かってるね」
 そんな考えが、ダダ漏れだったので、ロミナスさんから、思いっきり釘を刺された。
 この50万ダリは、その場でギルド貯金へと四等分されて振り込まれた。
 手続きが完了したあと、このお金を何に使うか、と言う話で盛り上がった。成金(?)特有の浮かれ状態だな。ま、仕方ないさ。なんせ、孤児と貧乏農家の娘達なのだから。
 この使い道に関しては、ティアは、南エリア孤児院を何とかするための資金とするつもりらしい。そして、そのためには、まだ金額的には足りないとの事。
 シェーラは、上位の武具の購入や、剣の作製費用にするつもりらしい。
 そして、ミミのやつは、
「未定! 取りあえず貯金!!」
 と、全く考えていない。目的もないくせに、更なる『袋』を売れない事を悔しがっていたのかよ……。
 そして、最後に俺がお金の使い道を話すと、パーティーメンバーはもとより、ロミナスさんまで驚いていた。正直、なぜ驚かれるのか全く分からないんだが。大金=家を購入、って普通の思考だと思う。
「家、買うの?」
「ああ」
「お~、一国一城の主ってやつだ~ね」
「家か……」
 そんな他のメンツは放っておき、驚き顔から普段の顔に戻ったロミナスさんへと尋ねる。
「ロミナスさん、12万5千…いや、13万ダリで家、買えますか?」
 俺は、今更言うまでもなく孤児だ。そんな孤児の俺が、不動産価格なぞ知る訳がない。同じ孤児のティア、シェーラはもとより、村人Dのミミも知っているとは思えない。となれば、頼れるのはロミナスさんだけだ。
 そして、ロミナスさんは、やはりある程度の相場は知っていたようだ。
「そうさね、北地区は無理だけど、それ以外なら有るんじゃないかい」
 ロミナスさんの言う『北地区』とは、東西大路の北側を指すもので、前世で言うところの『山の手』に近い使われ方をする。この東西大路より北側には、城、貴族館街、大商会などが存在しており、自然、高級地区と言う認識が定着した。そのため、北地区は地価も高いという事だ。
 北地区は、治安に関してはすこぶる良い。貴族館周辺は、その館の警備が巡回しているし、大商会やその自宅周辺も同じだ。城や騎士団館、練兵所に至っては、衛士が常に巡回している。しかも昼夜問わずだ。これで治安が悪いはずがない。
 一応、位置的には、このギルドも北地区に入っている。そして、『アルヌス』もだ。
 ロミナスさんに、おおよその価格と建物の規模を聞いていると、横からミミのやつが変な事を言い出す。
「部屋は、最低四部屋だ~ね~。風呂も当然必要。これ大事。あと、ギルドに…」
「ちょっと待て! 風呂はともかく、何で部屋が四部屋もいる?」
「ほへ? 1、2、3、4、四人だから四部屋は要るっしょ?」
 ミミが、さも当たり前と言うように言ったその言葉に、ティアとシェーラが驚いた顔で俺を見る。そして、ティアの顔には驚きと共に、期待する様子が見て取れた。俺は、思わず溜息を吐いてしまう。
「一応、俺だけの家のつもりだったんだけどな。……大体、最低でも四部屋もある家って言ったら、かなり大きな家だぞ。この金額じゃ無理だって」
 ロミナスさんを見ると、やはり頷いている。
「まあ、有っても、門から一番遠くて、建物もかなり傷んでいる物ぐらいさね。あんた達の場合は、ギルドに近いか門に近くないと話にならないからね、そう考えれば、あと10ダリは必要さね」
 まあ、そんなもんだろう。多分、南地区のスラム周辺辺りなら安いはずだけど、治安が…な。あと、門から遠くて、且つ塀沿いの物件も安いはずだが、冒険者を仕事とする身としては、無駄な移動時間が発生するので、出来れば避けたい。
 と、言う訳で、そう言う事だぞ、と言う顔でティア達を見ると、やはりティアは残念そうにしている。
 って言うか、俺が買おうとしていたのは、さっき言ったように『俺の家』だ。俺一人、もしくは家族一組が住む家、だ。間違っても『シェアハウス』ではない。孤児として、『寄る辺なき身』として、その寄る辺たる家が欲しかっただけなんだが……。
 そんな事を考えていると、シェーラが変な事を言い出す。
「ならば、私が5万出そう。ミミも5万出せるだろう?」
「OK、OK、無問題もうまんたい
 ……えっ? なんだか、シェアハウスにする事前提で話が進んでいる気がする。そして、更に、ティアまでが、
「私も出す~!」
 などと言い出す。
「ティアは孤児院のために使うのだろう。そのために貯めた方が良い」
「んじゃ、5000ダリだけ貰うっちゅう事で」
 ……えっと、完全に俺を置き去りにしたまま話が進み、決定してしまったようだ。
「それだけあれば、あそこと、あそこは確実に大丈夫だね」
 ロミナスさんまで、思い当たる物件を候補に挙げ始めている。……ロミナスさん、あんた不動産屋か! 『スモールテール』を知らなかったくせに、何でそんなギルド業務と関係ない情報を持ってる! 『スモールテール』を覚えとけよ!!
 ……ちなみに、ロミナスさんが『スモールテール』を知らなかったのは、『スモールテール』があの領ににしかいないモンスターだった事が理由らしい。その上で、肉以外に有用な素材が取れず、更に自分から人間を襲わないという特性もあって、他の地域の者が知る必要のないモンスターだったという事だ。
 それはともかく、覚えておけよ!不動産情報よりさ! まあ、不動産情報は役立つけど……。
 でも、シェアハウスか……、まあ、良いよ。別に、嫌じゃないし……。 俺だけのマイホーム……。
 
 『袋』の売却金を受け取った三日後から、二日間を掛けて五ヶ所の物件を紹介されて廻った。
 俺の内心はともかく、五ヶ所のうちの一ヶ所に全員一致で決めた。決定理由は、立地と建物に井戸があった事だ。場所は西ギルドより西門側に行った所から少し南へ入った所。ギルドに行くにも、西門へ向かうにも便利だった。更に、今まで定宿にしていた『熊々亭』まで100㍍と離れていないと言うのも大きかった。
 井戸に関しては、他の物件の大半が隣家との共同だったが、どうせなら自宅専用の方が良いに決まっている。自由度が違う。前世で『我田引水』なんてのが有ったが、この王都においては、田ではなく家々の飲み水で水騒動が起こっている。塀によって閉ざされた環境であるが故に、人口密度が高く、そのためそのまま飲める井戸水は思った以上に貴重だったりする。
 南エリア孤児院にある井戸を巡っても、外部の者達と一騒動あったぐらいだ。井戸の水量如何いかんによっては、共同使用者間で簡単にケンカが発生する。故に、井戸は出来るだけ持ち井戸が良い。絶対にだ。これ、この世界での常識。
 この物件だが、元は『錬金術師』が住んでいた職場兼住居だったらしい。その仕事場である一階部分を住居に改装した物だ。
 一階には、居間や台所などの共用スペース以外に二部屋があり、二階には四つの部屋と物置が一つある。つまり、部屋数は六部屋と言う事だ。
 更に、二階部分の1/4程は、井戸のある裏庭側を向いたテラスになっており、洗濯物を干す事が出来る。日当たりも問題ない。
 この建物は、元が『錬金術師』の工房だっただけに、照明等の一通りのマジックアイテムが設置されており、大半は買い足す必要もなかった。ただ、唯一、ミミとティアのたっての希望で、シャワー用のマジックアイテムだけは買い足した。
 風呂自体は一般的なサイズの物で、普通の薪で焚くタイプだ。風呂がマジックアイテム式でないのは、大量の水を加熱するのに、マジックアイテムより薪の方が費用対効果が高いからだ。
 これが、台所のコンロになると、火力調整、ON・OFFの問題もあって、エネルギー効率、利便性共にマジックアイテム式の方に軍配が上がる。
 大量の水くみも、マジックアイテムのポンプより、手動式のポンプの方が一般的だ。無論、貴族の場合はマジックアイテムを使うかもしれないが…、いや、使用人がいるから、表面的な所以外は人力か? 以前読んだ、『姉を皇帝に取られたので、銀河を征服してみました』な小説にそんな記述があったっけ。
 と、まあ、そんな訳で、購入手続きを終えた訳だが、その翌日から二日間掛けて家の掃除や家具などの購入を行った。さすがに、仕事の後では無理なので、その二日間は休みだ。
 
 孤児院を出て以降、ずっと宿暮らしだった俺達は、自分の身の回りの物しか持っていなかった。そのため、購入する必要がある物は多岐に及んだ。あれも、これも、あ、あれも必要だった、と慌てて買いに走る事複数回。
 俺達の中で、一人暮らしを経験した事のある者はミミだけだ。ただ、ミミの場合は前世での事で、更に、『オタク』という特殊性もあって信頼できない。オタクとは、食費まで削って趣味にお金をつぎ込む種族だからだ。実際、半分も役に立たなかった。そんなもんさ。
 一通りの準備が終わって、『熊々亭』の面々に礼を言ってから移り住んだのだが、いろいろと不都合が発生する。
 食事が無い事は想定していた。これは、100㍍と離れていない『熊々亭』を利用すれば良い。その事も有って、この物件を購入したのだから。
 問題は、セキュリティーと洗濯だった。洗濯については、今までは、朝仕事に出かける前に宿で頼んで行けば良かったが、今後は自分たちでやるしかない。しかも、帰ってきた後か、早朝早起きをしてだ。正直キツい。
 セキュリティーに関しては、家の者全員が決まった時間から決まった時間外出するという、空き巣さんウェルカムな状況である。セキュリティーどころの話では無い。自分の部屋が手に入ったからといって、今まで買えなかったような物を買ったとしても、それを盗まれれば意味が無い。
 この国では、別段高価な物では無い家具等でも盗む者がいる。布団や皿まで盗まれたと言う話も聞いた事がある。スラムなどと言う場所が存在する以上、致し方ない事なのかもしれない。
 この二つの問題に、解決策を提示したのはミミだった。
「孤児院の子供達をつかうべ!!」
 ミミの案は、孤児院の子供を雇って、洗濯と留守番をさせる、と言うものだ。
「いいよ! あの子達だったら安心だし! あの子達のためにも成る!」
 ティアは即座に賛成した。だが、シェーラは反対する。
「未成年だぞ。成人前の子供を働かせるのか? たとえ、洗濯とは言え、どうなんだ?」
 この世界では、『託宣の儀』という成人の儀式とそれに伴うJOBとスキル入手、と言う事がある関係上、仕事に関しては明確に15歳前後で分けて考える習慣がある。そのため、非転生者のシェーラと、ティア・ミミそして一応俺の間に若干の意識の隔たりが有る訳だ。
「問題ないんじゃ無いか? 家業の仕事は手伝ってるしな」
「あれは、身内だからだろう」
「大丈夫だよ、シェーラ。私とロウは、あそこの出だから、あの子達は身内だよ!」
「いや、それは……」
「い~じゃん! そんなん! 私たちは助かる! あの子達も成人前にお金が手に入って、万々歳! だ~れも困んない! ほり、な~んも問題ないじゃん!!」
 実際の所、ミミの言うとおりだ。関係者全員に益があって、誰も困らない。問題としているのも単なる因習にすぎない。故に、最後はシェーラも折れた。
 しかし、ミミのやつ、こんな時ならWin-Win位言いそうなものだが、言わなかったな。『もちのろんよ』とか、古い言い回しが多いんだが、やっぱり前世の最後が26歳だったというのは嘘の可能性が高いな。うん、疑惑は深まった、ってやつだ。
 そんなミミの疑惑はともかく、孤児院の子供達を雇う前提でいろいろ考えたのだが、洗濯という仕事と、その対象者に女性が多いという事から必然的に女の子を雇う事になる。そうなると、夕方孤児院へと帰る際の、その子の身の安全が問題になった。
「いっその事、食事の用意もさせよう! んで、夜も泊まってもらってさ、朝食も作って貰おう! 人員の交代は午前中とか昼にするんよ! 泊まりがけの時は二人ぐらいで止まらせるんよ!」
 いろいろ考えたのだが、ミミの案がまた採用される事になった。
 孤児院の年長組は、全員が自分たちの食事を作る作業を行っている関係で、最低限の料理は出来る。俺とティアも、だ。シェーラの所は、孤児に食事の準備を手伝わせなかったようで、全く出来ない。ミミは……どうでも良い。
 そんな訳で、『最低限』と言う部分が問題になってくる。出来れば、ある程度で良いので『美味しい食事』が食べたい。だから、仕事が無い時に、『熊々亭』の食堂で鍛えて貰う、と言う案が出た。ここら辺は、本人や『熊々亭』の先代女将である『おばちゃん』しだいなのだが。
 そして、細かい所を詰めた後、翌日に俺とティアが南エリア孤児院へと行き、管理者である職員に話を持っていった。
 この『管理者』とは、いわゆる『院長先生』である。ただ、この施設においては、そんな親しみのある存在では無く、完全に事務的な存在で、間違っても『お父さん』的な者では無い。
 この管理者達は国に雇われた者で、決められた範囲でしか仕事はしない。院の子供達に対しても、そう言った接し方なので、俺達にとって『家族』には含まれていない。そんな事務的な存在ではあるが、ラノベや現実でも良くある『使い込み』は無い。意外なようだが、当院に関しては、使い込みなど出来る余地が無い程ギリギリでやりくりしているからだ。少額の使い込みでも死者が出かねないのだから……。
 ここの管理者達に、『子供達の事を思って』と言う気持ちはほとんど無いが、『この施設を問題なく維持管理していこう』と言う気持ちは、強く持っている。その理由は、問題があればクビを切られるからなのだが……。
 だから、一人の一食分の食費が浮き、少額とは言え賃金が入ってくる、この提案を蹴る訳が無かった。ほぼ二つ返事だ。
 俺達が支払う金額は、一人当たり10ダリ。例のごとく日本円化すると1000円から2000円。超低賃金だ。実際、この世界でも間違いなく低賃金に当たる。だが、これが未成年者の孤児となれば話は変わってくる。孤児に、この程度であっても賃金を払ってくれる者など、まずいない。スラムの者が行っている『ボロばふん拾い』が、数量制とは言え一日平均8ダリ程だ。そう考えれば、三食付いて孤児の未成年者に10ダリは十分に高い金額だと言える。実際、俺が孤児院にいた時なら、即座に飛びついただろう。それ位には美味しい話だ。
 今回の件は、掃除と料理がメインなので、料理が上手い三人にティアが直接話を持っていった。三人とも即答で飛び付いた。
 その場で細かい所まで説明した後、三人を連れて街へと向かい、一人二着の服を買い与えた。これは、孤児ルックでは食材の買い出しなどでトラブルになる可能性が有るからだ。それを防ぐために、まともな服を買い与えた。
 『仕事着』とは言え、新品の服を買って貰った三人のテンションは高い。院に帰るまで、ずっと両手で新品の服を抱きしめていた。そんな子供達の様子を見るティアも、満面の笑顔だ。
 俺達は、三人を院まで送り届けた後、『熊々亭』へ寄り、食堂の責任者である先代女将、通称『おばちゃん』に孤児達の事を話した。
 食堂が暇な時に料理を教えてもらい、それ以外の時間は食堂の掃除をさせると言うものだ。そして、その対価として、俺達が不定期ではあるが、狩ってきた『肉』を提供する。子供達の労働だけでは、対価に値しないからな。
 最初考え込んでいたおばちゃんだったが、服を新品で買った事を話すと、あっさりOKしてくれた。どうやら、食堂的に、あの孤児ルックが問題あると考えていたらしい。
 結局、三人中一人が泊まり込みで一日働き、その間もう一人が『熊々亭』で修行、残る一人は孤児院で待機となった。
 子供達への賃金10ダリ中4ダリは院へと納め、6ダリが子供達個人の収入となる。24時間勤務で6ダリ(600円~1200円)……転生者としては、若干心苦しく思わないでは無いが、この世界では問題ない…はず。
 早速、翌日から実行する事になったのだが、『熊々亭』の方はおばちゃんに預けるだけで済むのだが、家の方を任せる子には、買い物から教える必要があった。なにせ孤児だ。よほど最近になってから孤児院に来た者で無い限り、買い物などした事のある者がいるはずが無い。お金すら触った事がない者が大半だ。
 年長組の男の子達は、職員に付いて買い物の荷物持ちなどをしているので、買い物自体は見ているのだが、女の子達は荷物持ちには行かないので、完全に未経験だ。
 と言う訳で、初めてのお使い的に見守る事、三人で三日間。この間は、俺達も休みを継続する事になった。
 そんな訳で、俺達としては初となる、一週間以上の休日となった訳だ。身体は休まったが、のんびり出来た訳ではないので、休日と言うのも微妙ではあるのだが……。
 そして子供達は、俺達の心配を余所に、問題なく仕事を行っていた。最初の頃、買い物が不安だったようで、孤児院待機の子が一緒について行くようにしたらしい。
 食事は、俺とティアには懐かしい味だった。だが、それも、二回、三回と、『熊々亭』へ通うに連れ、段々と良くなって行く。ただ、三人のローテーションなので、全員の料理技術が上がるのには、だいぶ日にちが掛かるので、長い目で見る事にしている。
 孤児院食に慣れている俺やティア、そしてシェーラはともかくとして、ミミには申し訳ないと思っていたのだが、
「うちの、か~ちゃんのメシ、なめんな────!!」
 と言われた。
「あの託宣の儀の時、生まれて初めて、母ちゃんのメシ以外を食った時の、私の驚きが分かるか!!」
 だ、そうだ。まあ、口減らしで娘をロリコン商人に売り渡そうとするような家だ、食事も推して知るべしって事だな。
 ミミの事はともかく、多少不安だったのだが、無事機能しだしたので一安心だ。
 この家政婦仕事だが、俺達が他の町へ遠出しない限り、毎日風呂に入れるのも利点の一つだ。孤児院の場合、湯など使う事は無く、井戸水で身体を拭くだけだ。孤児で子供とは言え、女の子だ。身体をきれいにする事が嬉しくないはずが無い。大喜びしている。
 俺達としても、衛生面の事もあるので、入浴は勧めている。『熊々亭』で修行させて貰っている関係もあるから、尚更衛生面は大事だ。
 そんな訳で、小ぎれいな孤児達は、当初孤児という事で嫌な顔をされていた隣家の主婦達からも受け入れられている。中には、「一日10ダリ……」と、雇用を考えるものもいる程だ。
 俺達も、家を持った事で新たに始めた事がある。それは、薪の持ち帰りだ。風呂が薪風呂なので、毎日入浴するとなると結構な量の薪を使用する事になる。これを買うぐらいなら自分たちで調達しようとなった訳だ。
 とは言え、薪にそのまま使えるような木が森の中に転がっている訳も無く、取りあえずは、木を切って『魔法のウエストポーチ』の隙間に入れて持ち帰っている。
 一本90センチ程に切った生木を毎日持ち帰り、一定量溜まった所で『木工師』に依頼して『乾燥』スキルで水分を抜いて乾燥木にする。
 多少面倒ではあるが、薪を購入するより1/4以下の費用で済む。木を切るのも、シェーラが『強力ごうりき』+『加重』で一撃なので時間は掛からない。その際使用するのは、トマスさん製の大剣ではなく、『斬』値が上の『ブラッデーソド』を使用する。丸太を薪にするのは俺の役目。『闇の双剣』でサクサク切るだけの簡単なお仕事。
 この薪は、有るに越した事は無いと、毎日のように持ち帰った事で、半月程で裏庭が薪だらけになってしまった。……反省。何事にも限度はある、な。
 それとティアは、大量の布の端切れを購入してきて、家に来る子に与えていた。それは、洗濯、掃除、食事の準備だけでは、慣れるとかなり時間が余る事から、その間の時間つぶし用だ。彼女たちは、この端切れを使って、つたないながらも下着や服を縫う。それらは孤児院の子供達に提供される。彼女たちの裁縫技術も上がって、一石三鳥と言う事だ。
 一ヶ月も経つと、この家政婦三人娘は、他の孤児院の子供達と比べ肉付きが良くなっている。家政婦の際もだが、『熊々亭』で修行の際も孤児院とは比べものにならない食事を貰っているからだろう。
 そのため孤児院で、若干妬まれる事もあるだろうが、端切れ製の服の提供や、食事の量が確実に増えている事が解るため、そこまで大きな問題にはなっていないようだ。ティアも、休みのたびに孤児院へと行って、フォローもしてるしな。一応、俺もフォローしてるぞ。効果は微妙だと思うが……。
 『熊々亭』での彼女たちの評価も上々で、おばちゃんからは孫のように可愛がられている。現女将である宿の受付担当のミスナさんに、子供がいない事も理由の一つかもしれない。
 食堂のお客達からの評判も悪くは無い。未成年とは言え、若い女の子がいるだけでも華やぐ。彼女たちが働くのが主に昼食時で、お客の大半が周辺の商人関係者か職人関係者だけなで、酒を飲まない者が多く、夜のようなトラブルも無い。まあ、トラブルが発生しても、おばちゃんが一喝すれば収まるんだが。
 そんな訳で、この家政婦娘達のおかげで、俺達は『熊々亭』にいた時以上に快適に過ごしている。食事は、さすがにまだまだだ『熊々亭』には太刀打ちできないが、並以上には上手くなっており、レパートリーも増え続けている。十分に及第点だ。
 ティア的にも、『孤児院を何とかしたい』と言う目的への第二歩が上手くいって満足げだ。ちなみに、第一歩は、『孤児院出の冒険者へのサポート』である。
 この後も、いろいろ考えてはいるようだが、予算が全く足りないらしい。その辺りは追々だな。俺も、勿論手伝うつもりだ。
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