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第24話 第二の浄化師

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 五日目に来た、王都在住冒険者を纏める役割は、一緒に来ていたカルトさんが担っていた。いろいろと気心が知れた相手なので助かる。他の者だと、状況説明に訪れたミミが4級冒険者であると言うところから説明する必要があるからな。
 そんな訳で、その日は問題なく経過した。問題は翌日だ。騎士団が来ただけでも、こんな小さな村ではいろいろと面倒なのだが、何故か一緒に第三クソ王子ロムンがやって来ていた。
「何だ? 何で、王子が来る? いろいろやらかして評判が悪いから、点数稼ぎか? 迷惑な話だぜ」
 大半の者がそう思っていたのだが、騎士団長が爆弾発言をする。
「こちらは、新たに浄化師のJOBを神より頂いた、ロムン殿下である!」
 騎士団長が誇らしげに言い放った瞬間、王族や貴族の前であるという事も忘れて、多くも冒険者達が声を上げていた。
「「「「何だってー!!」」」」
 その声は、叫び声といっても良いレベルだった。
 俺は唖然状態だ。そして思いだす。以前、カチアさんが新成人の『浄化師』に付いて話した時、スキルレベル以外にも問題があると言っていた。それがこれ、だという事だ。確かに、スキルレベル以前の問題だな。大問題だ。
 横にいるティアを見ると、複雑そうな表情ではあるが、以前のような恋慕の情は全く見受けられない。そう言った意味では、完全に吹っ切ったと言う事だろう。桜場と寺西に会えた事も大きく影響しているはず。あと、一応、俺という存在も、ある程度は影響しているはず。『婚約予約指輪』をシェーラとミミにも渡した事を、『皆一緒だね!』と喜ぶ程度の影響ではあるが……。
 俺達が、それぞれの思いと共に見ていると、ロムンクソ王子の視線がこちらを向き、ティアのところで止まった。だが、それは5秒もない時間で、眉をしかめると、即座に露骨な動作で視線を外す。
 クソはどこに行ってもクソだ。
「ティア! 小声で山田君の歌、唄ったんさい! ヤツ目掛けて、スポットで、心をメッサ込めて!!」
 ミミのヤツが、珍しく良い事を言う。鍛冶師再びだな。
 だが、それはティアによって却下された。
「駄目だよ、ミミちゃん。私、小声でとか唄えないよ」
「ロウ!」
「隠密は11。どんなに腐っても騎士だ。今のスキルレベルじゃ察知される」
「チッ!」
 俺にも却下されたミミは、本気で舌打ちしている。そんなミミはともかく、ティアは、却下はしたがとがめる口調ではなかった。つまりそう言う事だ。唄えるなら、唄っても良いと思ったと言う事。うん、吹っ切れてるな。
 その後騎士団長が、朗々と、ロムン王子が『浄化師』と成った事は天恵だの何だのと、持ち上げる話をしているが、誰も聞く者はいない。
 そんな中、ミミは『浄化師』の爺さんのところにいた。
「爺! 明日は大丈夫か?」
 相変わらずのじじい呼ばわりだ。しかも、直接本人に。だが爺さんは、別に怒る事もなく、ニコニコと笑いながら返す。
「はいはい、大丈夫ですよ。お嬢ちゃん、またお願いしますね」
「おう! まかちょけ!!」
 人間70歳も過ぎると、子供化して、わがまま爺になるケースが多いが、この爺さんは違うらしい。
 ミミは、アホな返事をしながら、『魔法のウエストポーチ』内に入れてあった『スケルトン』産の『低級MP回復薬』20本を爺さんに渡す。多分、騎士団からも提供があるとは思うが、多くて困る事はない。しかも、『ステール』品は市販品より二割増しで効果が高いし。爺さんも分かっているので「ありがとう」と言いながら、自分の『魔法のウエストポーチ』内へとしまっている。
「多分、昼過ぎになっからさ。ササッと行って、サクッと終わらせるんよ!」
 そんな失礼な物言いで、ミミのヤツは爺さんの前を辞した。
 この討伐隊は、昨日から今日に掛けて、大分森の中に入った。ミミが言うように、多分、明日中には『不浄の泉』が発見される可能性が高い。さすがに、午前中に見つかるかどうかは微妙だが。
 俺達が、ロムンクソ王子や『浄化師』の爺さんを見ていた時、シェーラだけは騎士団を見ていた。黒い意匠が施された装備を纏った騎士団を。
 俺はそれに気付いたが、あえてその事をシェーラに訊ねる事はしなかった。
 『スケルトン』、『黒竜騎士団』と、彼女の父親に係わるものが一堂に会した訳だ。あとは、彼女がどう思い、どう判断するか、だ。俺達は見守るしかない。ただ静かに見守ろう。
 その日も、ティア以外はテントで雑魚寝だ。ティアは寺西宅でお世話になっている。ロムンクソ王子は、村長宅を占拠して泊まったようだ。迷惑を掛けた分の働きぐらいはしてほしいものだ。多分、無理だとは思うが……。
 
 その日は、ティアを先頭に、『般若心経バリアー』を形成しつつ森の中を突き進んで行く。森なので、ミミはほぼ戦力外だ。その分はシェーラにカバーしてもらう。
 ただ、ティアの『般若心経バリアー』さえ維持されていれば、他の者が全く手を出さずとも『スケルトン』から攻撃される事はない。ティアが歩けば、それに従って前方の『スケルトン』は塵と化して消滅して行く。殲滅速度は遅くはあるが、確実に、そして安全に目的を遂行出来ている事になる。
 実際はこの間、シェーラが『地裂斬』で横面の『スケルトン』を殲滅しているので、戦果はもう少し上だ。
 俺に関しては、相も変わらず『ステール』三昧。今のポジションは、シェーラの反対面。木々があるため、草原地帯程の効率はないが、それでもかなりの数の『低級MP回復薬』を盗めている。今の時点で100本は越えた。
 そんなタイミングで、『オーク』以来の『レア光』が発生した。ティアの直ぐ後ろで『魔石』拾いをしていたミミは、今回はこの出現光には気付かなかったようで、横からかっさらわれる事はなかった。
 出現光が消えると共に、俺の手のひらに落ちてきたそれは、指輪だった。『ゾンビ』からの『レアドロップ品』と似ており、はまった石の色が赤ではなく青という違いだけだった。
「ミミ! ほれ!」
 そう言って、ティアの直ぐ後ろと言う投剣の届かない安全位置で『魔石』拾いに邁進するミミに、その指輪を投げると、突然だったためそのまま顔面でキャッチする事になる。
「アベシ!」
 なにやら、世紀末モヒカン的な声を上げている。この辺りは、普段のようなわざとな言い回しではなさそうだ。
「あにすんの! ……って! これ! 出たんかい!!」
 文句を言おうとするが、指輪に気づき、叫びつつも、躊躇無く自分の指にはめやがった。……おい! ちょっとは躊躇しろよ! 『ゾンビドロップ品』の『MP消費1/3の指輪』の件もあるので、呪われた品と言う事は無いとは思うが、それでも、短慮に過ぎる。
 ミミのヤツは、その後『ファイヤーアロー』を地面に放つなどした上で首を傾げ、シェーラの元へと飛んでいった。そして、シェーラに『MP消費1/3の指輪』と交換で付けさせ、『地裂斬』を使わせた。
「うっしゃ~! MP消費1/4!! ロウ! 盗れ!!」
 シェーラの検証の結果に狂喜乱舞するミミが、またアホな事を言ってくるが、出来れば苦労はしないっての。俺が『スケルトン』から何回『スティール』したと思ってるんだ? 千は軽く超えてるんだぞ。それでやっと一個だ。盗れと言われて取れる程甘くはないんだよ。
 結局、その指輪はそのままシェーラが使用する事になり、それまでの『MP消費1/3の指輪』はちゃっかりミミのヤツがパクった。
 その後は、シェーラのMP消耗が抑えられ『地裂斬』の使用回数が増えはしたが、全体としてはそれ程大きな変化は無く進んで行く。
「うんみゅ~? これなら、爺一人なら、そのまま連れて移動でけるんちゃう?」
 『魔石』拾いを黙々と続けていたミミのやつが突然そんな事を言い出す。
 この『般若心経バリアー』内に『浄化師』の爺さんを入れて、『不浄の泉』まで行くのは確かに出来そうだ。爺さんの足腰が弱くて歩くのがキツいと言うならシェーラか俺が背負えば良い。だが……。
「可能か不可能かで言えば、可能だろう。だが、それを騎士団が許すとは思えんな」
 シェーラが『地裂斬』を放ちながら、そう言ってくる。俺もそう思う。そして今回は、もしかするとロムンクソ王子も付いてくる可能性が高い。そうなれば、騎士団も当然付いてくるはず。人数が多くなれば『般若心経バリアー』があっても、『スケルトン』の投剣範囲内になる者が出てくるだろう。そして、そうなった場合、投剣のとどく外周部に行かされるのは、当然俺達。
「だ~ね~。いっちゃん簡単な方法なんやけんどね~」
 ミミ自身も、出来ないと分かった上で言った話のようだ。
 そして、その後はロムンクソ王子と騎士団の悪口を言いまくるミミ。ロムンクソ王子の事はともかく、騎士団の事はシェーラの手前、控えた方がいい気がするんだが……。ミミのやつは、わざと言っているのか? 何か考えかあって? ……いや、多分何も考えていないな、あれは。ミミの事は深読みし過ぎないようにしよう。
 
 平野部の『不浄の泉』は、戦線後方に築いた移動式物見台によって発見が可能だが、森の中に存在する場合はその手は使えない。目前まで行って、見付けるよりほかにないのだ。
 そして、全方位を『スケルトン』に包囲された状態で、1キロ以上森の中を探索できる者など、現状では俺達以外いない事になる。結果として、今回の『不浄の泉』の発見者は俺達となる事は、必然でもあった。
 その『不浄の泉』は、以前の『ゾンビ』の場合と全く同じものに見える。色も光を反射しない黒で、規模も同じ位だ。
「出てくるアンデッドの種類が違っても、泉自体は同じと言う事か」
「だ~ね~」
 シェーラの呟きに、ミミのやつがのいつものごとくほほ~んと返していた。
 俺は、3時間以上歌い続けのティアに、「大丈夫か?」と確認した上で、帰還を指示する。
「とっとと帰るぞ!」
 俺は、『魔法のウエストポーチ』から金属製のホイッスルを取り出すと、強く吹き鳴らす。『スケルトン』が大量にいる関係で、動物や他のモンスターが居らず、森閑と言う言葉に近い状況になっている森に、その甲高い音が響き渡った。
 息の続く限り吹き続けられたその音に、同様の音が返されてきたのは1分程後の事だった。
「連絡完了」
 この笛は、『不浄の泉』発見を伝える笛で、これを聞いた者が受け取った旨の返信をしてきた訳だ。最悪、発見者が帰路に死亡したとしても、笛によっておおよその方向と距離が分かるようになっている。この当たりは、長い年月によって練られただけの事はある。
 報告を終えた俺達は、草原地帯方向に向かって、真っ直ぐに帰って行く。その途中途中に、木に切れ込みを入れ目印も作る。
 来る時は、蛇行しながらだった事もあり3時間近く掛かったが、帰りは一直線だったため30分と掛からなかった。距離にして1.5キロ程。森の入り口付近の『スケルトン』が駆除されている事を考えれば、『スケルトン』のいるエリアは1キロ程度という事になる。
「うみゅみゅみゅみゅ~? こりは、本当~に、爺をつれて、チャッチャと済ますのんが、いっちゃん早いんでないかい?」
 ミミのそんな言葉を否定する者は誰もいない。俺達だけで、『浄化師』の爺さん一人だけを連れて行く。間違いなく、その方法が一番簡単で安全な方法だろう。
「王子と騎士団がな……」
 俺達の中で唯一騎士団びいきなシェーラですら、溜息交じりで呟いている。
「いっその事、爺さんを連れ出して、俺達だけでやるか?」
 半分冗談交じりに言ったんだが、即座にシェーラから拒否された。
「後々不味い事になるから、止めておいた方がいいだろう」
「だやね~」
 ミミもシェーラに同意のようだ。現在も『般若心経』を歌い続けているティアも、目で否定している。まあ、当然の事だよな。
 そんな会話をしていた俺達は、戦線付近まで到達していた。
 俺は、戦線の者達から攻撃を受けないように、例のホイッスルを短く数回吹く。その音に気付いた者が同様に返してきた。よし、OKだ。
 念のため、その後も短い周期でホイッスルを吹きながら移動し、戦線へと合流した。
「見付けたのか!?」
「ああ、ここから1キロ程の所だ」
「よし! あとは浄化師様に頑張ってもらえば、今日中には泉は片づくな!」
 戦線の冒険者達と情報交換しつつ、俺達はそのまま抜けて、後方に設置されている前線司令部へと行く。
 俺達が司令部に近づくと、カルトさんが気付いて立ち上がって迎えてくれる。
「発見者は、やはりあなた達でしたか」
「当~然!!」
 カルトさんの問いに、皆無な胸を張るミミ。
「で、場所は…」
「どこだ! その場所は!」
 カルトさんが『不浄の泉』の場所を問おうとした所へ、『黒竜騎士団』の団長が横やりを入れてくる。
「カルトさん、地図、地図」
 ミミは、横やりを入れてきた騎士団長は無視して、カルトさんにこの辺り一体の地図を出させ、現在地、森から出てきた場所、方位を確認した上で、地図上の一点を指し示した。
「1.5キロ程ですか」
「うんにゃ、今、戦線がここら辺だから、スケ公がいるエリアで言ったら1キロ無いんよ」
「なるほど……」
「そそ、たださ、途中も、泉ん所も全~分森ん中。開けた所が無いんよ。下草とか、藪が無いだけマシだけんどさ。炎魔法系無双は無理」
「そうですか、では土、風、水で何とかするしかありませんね」
「光と雷もやめとくん?」
「ええ、炎ほどではありませんが、着火の可能性が有りますからね。普段ならともかく、余裕の無い時には対処できませんから」
 そんな会話を続けている二人の横で、完全に無視された騎士団長は顔を真っ赤にして怒っているが、一応、例の『王令』の事は理解しているようで、それ以上は何も言っては来ない。
 まあ、『王令』云々以前に、命令系統が全く別だから、口出しする事がおかしいんだよ。お貴族様に言っても仕方がない事だけどな。
 一通りミミと話し合ったカルトさんは、やっと騎士団長の方を向き状況説明を開始した。大半はミミとの会話を横で聞いていたので分かっているため、話は早い。その場で決行時間を昼過ぎと決め、それぞれが準備へと掛かっていく。
「皆さんには当然言って頂く事になります。よろしいですね」
「ほ~い。もちのろんよ。ん、でもさ、実際の所、私らが爺だけ連れて行くんが、いっちゃん早いんだけどね~」
 自身の確認に、そう返されたカルトさんは、無言のままで首を振った。無論、横にだ。
 その後、俺達は2時間程森の中で『スケルトン』狩りを行った。ティアの喉を休ませるために、『般若心経』は使用しなかった。
 
 そして、太陽が天中を少し過ぎた頃、前線司令部前へ行くと、カルトさん達によって集められた冒険者達と騎士団が集っていた。
 冒険者達は俺達が来ると、気楽に声を掛けてくる。
「おお! 歌姫さん、また頼むよ」
「お前らがいれば大丈夫だな」
「MP回復薬ちょうだい!!」
 前回『ゾンビ戦』の時、『浄化師』の爺さんを護衛したメンバーとは違うが、大半が『ゾンビ戦』自体は共に戦っている。当然、今日までの『スケルトン戦』もだ。そのため、俺達のパーティーに対する信頼は十分にある。伊達に前回『解毒薬』を激安でばら撒いた訳ではない。今回も、加減はしたが『低級MP回復薬』もばら撒き、その信用度は高めている。若輩者の集団である俺達のパーティーが、このような場で一定以上の発言力を得るためには必要な経費だった。
 そんな訳で、俺達の加入は全く問題なく受け入れられている。
 騎士団側には、『浄化師』の爺さんも居り、その横には以前同様に四人持ちの輿こしが置かれてある。騎士団後方には、その輿こしを担ぐ四人も控えていた。
 騎士団は、前回とは違い、この地に来ている全員がこの場には居らず、12名だけがこの場に集っている。無駄なヤツが少ない事は良い事だ。
 残りの騎士団は、他の冒険者達と同様、周辺の『スケルトン』討伐を行うのだろう。
 俺達が冒険者達と打ち合わせを行っていると、ヤツが来た。ロムンクソ王子である。
 クソ王子は、更に6名の騎士を連れており、彼らもそのまま随行するようだ。チッ、せっかく邪魔者が少なく済んだと思ったのに。
「メッサ大所帯じゃん!!」
 冒険者は各種魔法使いだけを寄せ集めた者が10名、それをサポートする者が12名。それに俺達を加えて26名だ。爺さん+四人で30名。それだけでもティアの『般若心経バリアー』は、いっぱいいっぱいになる。そこに騎士団12名+6名、更にクソ王子まで入る。完全にキャパオーバーだ。
 これは、溜に溜めた『低級MP回復薬』をばら撒く事になりそうだ。
 そんな事を考えていると、諸悪の根源たるクソ王子が、何やら騒ぎ出した。
「何故、こいつらがここにいる!」
 ヤツの言う『こいつら』は俺達の事のようだ。と言うか、ヤツの目はティアを見ている。
「こんな大切な場に、何故、成人後一年しか経っていない者がいるのだ!」
 クソ王子は、そう言って俺達を糾弾してくる。周りの冒険者達は、一様に「はぁ? 何言ってんだ? こいつ?」と言う顔だ。
「自分も同じ成人後一年しか経ってない組じゃん。しかも、今回が初陣。オメーが言うなにも程があるっちゅうの」
 そんなミミの呟きは、ヤツには聞こえるはずもないが、周囲の冒険者達の雰囲気から、自分の言っている事が受け入れられていない事に気づき、更に顔を赤くして激高して行く。
「おい!ギルド員! 貴様はこんなヤツらを入れて、王子たる私を危険に落とし入れる気か!」
 いやいや、誰も、お前に来てくれなんて頼んでないって。って言うか、来んな! それで解決する事。
「確かに、このような若輩者に、殿下や浄化師殿を任せる訳にはいかん。どうなっている!」
 『黒竜騎士団』の騎士団長までが、そんな事を言い出す。その騎士団長の顔は真顔だ。王子の手前、仕方なくという感じではない。本気でそう言っているようだ。
 俺達の外見や年齢はともかく、『不浄の泉』発見報告の場にいたのだから、発見者が俺達である事は当然知っている。そして、森という環境で、それを成すことがどれ程難しいかも理解しているはず。そうであれば、俺達の能力が十分なものであることは推し量れるはず。……ひょっとして、その事すら分からないのか? いや、いくらなでも、騎士団長になる者がその程度も分からないって事はないはず。
「どう成っていると、聞いている!」
 騎士団長は、眉間に指を置いて溜息を吐いたカルトさんへと問い詰めた。カルトさんは、少し首を横に振った上でそれに答える。
「マサグス団長様も、彼らが不浄の泉第一発見者である事は、ご存じと思いますが?」
「ああ、知っているが、それがどうした」
「…………」
 カルトさんの右手の人差し指が、また眉間へと置かれた。そして吐き出される大きな溜息。
「だみだ、こりは」
 ミミから、そんな呟きが聞こえてくる。黒竜騎士団でこれか。シェーラ……。
「彼らは、あの森のスケルトンを突破して不浄の泉を発見して、戻ってきたのですよ。四人だけで。それだけの能力があるという事…」
「そんな事は関係ない! そいつらは駄目だ!」
 カルトさんの説明を遮ってねクソ王子が叫ぶ。全否定だ。理由無しの、全否定。
「いえ、彼女の歌唱スキ…」
「駄目だと言っている!」
 とりつく島もない、ってやつだな。
 これにはカルトさんも困ったようで、先ほどと違って、あからさまに首を大きく横に振っている。
「昇君、何で……」
 ティアも困惑しているようだ。彼女としては、ヤツの全否定は、そのまま自身への全否定に感じるのだろう。まあ、多分9割方はそのとおりなのだが……。
 クソ王子ロムンへの恋慕の情がなくなったとは言え、全くの他人からのものとは違うため、心へのダメージは大きい。これは、あとでフォローが必要だな。
 俺が、ティアに意識を向けている間、カルトさんは、何とかロムンクソ王子を翻意させようと説得していたが、全く駄目だった。なにせ、理論がない。ただの感情的否定なのだから、説得のしようが無い。
 そんな様子を見ていた一人の冒険者が、カルトさんに話しかけた。
「カルトさんって言ったよな。俺は、この子らが行かないなら、この作戦には参加しないぜ」
 30代ベテラン魔法使いらしい彼は、それだけ言うと、自身の仲間がいる森の戦線へと向かって歩いて行った。
 そして、それを機に、
「俺もだ」
「私も歌姫の援護がないなら、止めとく」
 そう言って次々と冒険者達が森へと向かっていった。
 結果、前線司令部前に残った冒険者は、俺達のパーティー四名のみとなっていた。
「どういう事だ! おい!貴様! 何故止めん!」
 声を荒げるクソ王子はカルトさんに詰め寄るが、カルトさんがどうこう出来る問題ではない。
 基本、冒険者に対してギルド側からの命令権はない。アンデッド戦への参加すら、道義的義務であって、真の意味での義務ではない。その上、討伐戦の一つ一つの作戦にまで強制的な指示を出す事などできるはずも無い。その作戦に、著しい命の危険があるのであればなおさらだ。冒険者は兵士ではないのだから。
 その事を全く理解していないクソ王子と騎士は、カルトさんを囲んで問い詰めている。
 そんな状況を深い溜息と共に見ていた俺だったが、ミミの姿が見えない事に気がついた。そして、その姿を探すと、ミミは騎士団の後方にいる。『浄化師』の爺さんの横だ。
 何してるんだ?と思い、近寄っていくと、ティアとシェーラも付いてきた。
 ミミのやつは、『浄化師』の爺さんに現状を説明しているようだ。
 爺さんに、騎士団やクソロムンを説得してもらうつもりか?
「ちゅう訳で、話にならんのよ。んでさ、面倒だから、私らだけで行かん?」
 ……説得じゃなかったようだ。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫、大丈夫! 爺一人増えても全然問題ないっちゅうの! ティアの般若心経バリアーに入って移動するだけ! 往復1時間ちょいで終わる! 楽勝!!」
「私は、足腰が弱っておりまして……」
無問題もうまんたい! シェーラが背負っていくから大丈夫! 16歳巨乳美女の背中に背負われるなんて、爺! 今後死ぬまで絶対ないチャンス! さあ!どうする!!」
 そんな事を勝手に言われたシェーラだが、別段嫌な顔はしていないどころか肯定的だ。
「浄化師殿、私の背中でよろしければどうぞ。強力ごうりき持ちですので、ご心配無用です」
 そして、それが決め手だったのかは不明だが、爺さんは決断を下した。
「では、よろしくお願いします」
 傍目から見ると、いともあっさり引き受けたように思える。
「おじいちゃん、大丈夫なんですか?」
 ティアも心配になったようだ。
「ああ成っては、らちがあきませんから」
 そう言って笑った爺さんの顔は、若干いたずらっ子のような感じがあった。
「つー訳で、騎士どもに見つかる前に行くんよ!」
 そう言うと、ミミのやつは真っ先に森へと向かって走り出す。なにせ、リーチがリーチなのでね『素早さ』補正値云々以前の問題で、移動速度は遅いからな。その辺り、自分でも理解しているようだ。
「ティアも先に行って」
 ミミ同様、移動速度の遅いティアも先に行かせる。
 シェーラは、爺さんを背負ってから、上下動が少ないように気を遣いながらも走り出した。俺は、それを確認した上で走り出す。
 俺は、直ぐにシェーラを追い抜く。そして、そんな最後尾のシェーラが森と前線司令部の真ん中程に来た所で、騎士の一人がこちらの行動に気づいた。
「で、殿下! あれを!」
 その声を聞きながら、あの騎士はバカか?と俺は思った。クソ王子なんぞに知らせる前に、爺さんを奪還すべく行動に移れよ、と。さらには、クソ王子に知らせたあとも、まだ行動に移る様子はない。俺達的には助かる事ではあるが、別の意味で心配になってしまう。この国大丈夫かよ、と。
「貴様ら! 何をしている!」
 クソ王子が叫んでいる。それに対して、シェーラに背負われた爺さんが、思った以上に大きな声で応えていた。
「はい、この方々と、ちょっと行って参ります! ご心配無用です!」
 爺さん、ありがとう。爺さんが、こう言ってくれた事で、俺達が無理矢理さらっていったって事には成らない。そのためにわざわざ大きな声を出してくれたんだろう。
「止めろ!!」
 クソ王子の絶叫で、やっと動き出す騎士団の面々。やっぱ駄目だ、こいつら。
 既にこの時、シェーラですら森の直前まで達していた。絶対に間に合うはずはない。
 俺達は、戦線直前で合流すると、周囲の冒険者に断って、ティアの『般若心経バリアー』を展開して『スケルトン』集団の中へと突っ込んでいった。
 30秒程して、戦線後方から、騎士団の喚く声が聞こえてきたが、もう関係ない。木々に付けられた目印をたどって、目的地に進むだけだ。
「これは楽ですね。これなら、私がいなくとも大丈夫なのではないですか?」
 爺さんが、『般若心経バリアー』によって消滅していく『スケルトン』を見ながらそんな事を言ってくる。
「移動は大丈夫なんよ。泉の消滅がでけへんかったんよ。多分、二時間以上掛かると思うんよ」
 あの『不浄の泉』発見時、ティアの『般若心経』による泉の反応を確認したのだが、以前爺さんが『ゾンビ』の泉を消滅させた時よりも著しく反応が遅かった。その反応を比較して、二時間以上掛かると考え、単独での泉消滅を断念していた。
「ほう、では、反応はしたのですね」
「そそ、反応だけは、ね」
「では、もう少しスキルレベルが上がれば、不浄の泉消滅もできそうですね。これは、私も近々隠居できそうです」
「爺、それ無理」
「? そうなのですか?」
「そ。ティアの歌唱スキルは、とにか~く、成長が遅いんよ。普通のスキルの5倍以上? スキルレベル一つあげるのに、使い続けて3~4ヶ月掛かっからさ、当分無理。つー事で、もう少し頑張れ。80歳まで現役で!」
「80までですか」
「そ。爺なら大丈夫。頑張れ!」
 そんな事を言いながら森を進んでいく。
 今回シェーラは、完全に戦力外で、爺さんの運搬手段に徹してもらう。ミミは、爺さんと話しながらも、ティアの直ぐ後ろという安全地帯で『魔石』拾いだ。こんな時ぐらい…と思わないではないが、いつもどおりが安全だと言い張って実行している。
 俺は『ステール』は控え、不測の事態に備えて周辺警戒だ。俺達だけでなく、爺さんの命も預かっているからには、安全第一だな。
 俺的には、だいぶ気を張った状態ではあったが、ティアの『般若心経バリアー』が健在な状態では問題も起こる訳もなく、30分と掛からずに『不浄の泉』へとたどり着いた。
「反応はしているようですが、確かに弱いですね。時間は相当掛かりそうです」
 シェーラの背から降りた爺さんは、ティアの『般若心経』に僅かに反応している『不浄の泉』を見て、呟いた。
「ちゅ~訳で、爺には、まだまだ頑張ってもらわにゃいかんのよ。ま、そりは、そりとして、今日ん所はよろしく~」
 ミミの相変わらず失礼な物言いだが、爺さんにはにっこりと笑って実行に移ってくれた。
 その『浄化』スキルが実行されると、『般若心経』の時とは比べものにならない速度で泉の明滅が繰り返される。
 周囲の『スケルトン』から身を守る意味もあって『般若心経』も続けられているので、その分も僅かとはいえ効果が重なっているはず。
 実際、『ゾンビ戦』の時よりは間違いなく早く、『不浄の泉』は青い粒子をばら撒いて消滅した。ただ、前回、爺さんは泉消滅後にスキルレベルを上げているので、その効果の可能性が高いが。
「うっしゃ~、任務完了! 帰り着くまでが任務だよ~! ほんじゃ~、帰んべ~!!」
 自分で完了と言っておいて、帰り着くまでが、って言うなよ、と思ったが、まあ、ネタを突っ込まないと生きていけない生き物なので、何も言わずにおいた。
 その後は、俺達の生命線であるティアの状態を気遣いながら、帰路につく。途中二回ほど『低級回復薬』を頭から掛けておいた。そんな用心が効いたのかは不明だが、俺達は無事に戦線を越え、森の外の安全エリアまで帰り着く事ができた。
 その後、当然のように激怒してくる騎士団達から、爺さんが身を挺してかばってくれた。
「爺、サンキュー。いつか、この恩は返す」
 ミミが小さく呟く。それに対して、爺さんは、何も言わずにミミの頭をポンポンと軽く叩くだけだった。ミミ以外の俺達三人は、爺さんに目で感謝を伝えるよりほかに手立てはなかった。この国に、頭を下げて感謝を表す習慣がない事が、この時ほど残念だと思った事はない。
 爺さんのおかげで、俺達は文句を言われただけで済み、その日の作戦を終了した。
 
 翌日早朝、騎士団及びクソ王子は、『浄化師』の爺さんを無理矢理連れて王都へと帰っていった。今回も残る事を主張して爺さんだったが、駄目だったようだ。
 騎士団は、結局一日しか戦って居らず、村へ二泊しただけで帰って行った事になる。
 当然のごとく、村人や冒険者から罵詈雑言が放たれたのは言うまでもない。以前も言ったが、現在の騎士団の存在意義は『アンデッド討伐』にあるのだから、それをしないで帰ったのであれば、擁護のしようも無い。まあ、擁護する気なぞ一欠片も無いけどな。
 クソ王子に関しては、元々評判が悪かった上に、これだ。既にその評判は地に落ちるを通り越し、地に潜っている。完全に自業自得である。
 しかも、クソ王子の場合は、スキルレベル上げ、と言う一番大事な行為を放棄した事にも成る。ヤツが実際に『浄化』スキルを使用してのは、一日にも満たない時間だった。あれで、どれだけスキルレベルを上げられたのか、はなはだ疑問だ。
 『浄化師』のスキルは、俺の『スティール』と同じように、対象物に対して実行した時にしかスキル経験値が入らない。(俺の場合は、更に、成功した時だけだが……)だから、ヤツはアンデッドがいる場合にしかスキルレベル上げが出来ないという事だ。それなのに、その絶好のチャンスを放棄した。一体何を考えているのか。
 取りあえず、次回のアンデッド出現時も、クソ王子は全く役に立たない事が確定したのは間違いない。
 しかし、ヤツは何でこんなバカな事をするんだろう? ヤツは自分の立場が分かっていないのか? 天川は、こんなにバカだったか? 特に優秀ではなかったが、別にバカだったという記憶はない。
 寺西の話からも考えると、自分の本性を隠すのは上手かったと言う事になる。それは、他者の心の機微を読み取る能力があり、自分自身を装えるだけの能力もあったと言う事だ。それを考えれば、今のヤツはあまりにも馬鹿だ。
 ミミ言う所の『生まれ変わっても性格は変わらん』理論だが、それはあくまでも『性格』であって、その行動は、立場によって抑えが利かなくなると言う事なのだろうか。
 前世の天川は、あくまでも一般人に過ぎなかった。ヤツの『特別』は、恋人が『アヤノ』だという事だけで、それは『アヤノ』と別れただけで失ってしまう限定的な『特別』にすぎなかった。故に、自身の本性を隠し、その『特別』を維持する為に腐心した。
 だが、今世は、生まれながらに王子という『特別』を持っていた。その『特別』は他者から与えられたものでは無く、簡単に失われる事のない『特別』だった。だから、ヤツは装う必要がなかった、と言う事なのかもしれない。
 簡単に失わない『特別』を持っているが故に、他者の気持ちを思いやる必要性も感じなくなった、と言う事か。そう考えれば、今のヤツがヤツの本性だという事になる。その本性を現した姿が、馬鹿以外の何者でもなく見えるという訳か。……馬鹿なヤツ。
 クソ王子の件はともかく、その後は『ゾンビ戦』同様の形で『スケルトン』残数応じて応援冒険者数を減らして行き、『不浄の泉』消滅6日目を持って討伐を完了した。
 スケルトンの数が一定数を切ってからは、『般若心経』は使わずに、『ラッキーソング』を唄ってもらい、『レア品』入手を目指したのだが、残念ながら『MP消費1/4の指輪』は一個しか手に入っていない。
 その一個は、当然のような顔をしてミミがかっさらい、ミミが付けていた『MP消費1/3の指輪』はティアに渡った。
 ミミに関しては、森での炎魔法は使い勝手が悪いとは言え、それなりに使用頻度があるので、仕方ないとは思う。
 ティアは、通常はMPに関しては余りまくっているのだが、『バリアーシールド』を使用する前提で、指輪を使わせている。
 『レア品』に関しては、残念ながら一個しか手に入らなかったが、『低級MP回復薬』は600本以上を入手しており、これを売るだけで2万ダリは超える。……売らないよ。MPはいろいろな意味で生命線になるから、使用期限のないステール品は売らずに取っておく。幸い、十分な容量のある『袋』を手に入れたから、邪魔になる事はない。
 この『スケルトン戦』の報酬も『ゾンビ戦』同様、一日一人当たり50ダリと言う事になる。俺達の場合は、これプラス、冒険者に『低級MP回復薬』を譲った時に受け取った『魔石』と、ミミがこまめに拾い集めた『魔石』の売却額と言う事になる。
 トータルすると、『ゾンビ戦』の時より収入は少ない。なんせ、拾った『魔石』の数が少ないし、『低級MP回復薬』も売らないのだから仕方がない。
 それでも、この討伐作戦中は、宿代(テントで雑魚寝だが…)、食事代は掛かって居らず、丸々が収入となる。故に、別段赤字という事はない。真っ黒な黒字だった。ただ、通常の活動より収益が少ないだけだ。
 この辺りの金銭事情については、俺は全く問題ない。ティアも、寺西の住む村を守れた事に満足しているので、問題ない。そして、元々金銭にそれ程執着していないシェーラ、面白ければオールOKというミミも同じのようだ。
 だから俺達は、今回も前回同様最終日まで討伐に参加した。
 そして、翌日、寺西一家に見送られて、村を発った。
 最後の晩も寺西の家にお世話になったティアは、十分な時間を過ごせたためか、余り悲しげな顔はして居らず、
「またね~!」
「恵美見付けたら知らせてね!」
 と言う会話だけで別れた。言葉どおりの再会は、この世界では容易ではない。だが、俺達は冒険者だ。護衛依頼さえ受ければ、また来る事もできる。できれば、今度この村を訪れる時には、もう一人の不明者である『安楽恵美』を発見した上でにしたいものだ。
 桜場、寺西と言う二人と出会ってみて、安楽に関しても、以前考えていたような『前世ではアヤノの立場を利用するために親友面していただけ』と言う可能性は低いと思える。であれば、できるだけ早く見付けて、ティアに会わせてやりたい。そうすれば、ティアは今以上に安心するはずだ。あと一人。あと一人だ。
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