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第31話 カレザール領

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 『スケルトン戦』は、その後順調に進み、俺達は予定どおり大量の『魔石』と十分な『低級MP回復薬』を入手出来た。
 王都からの応援冒険者の数が少なかったため、若干殲滅までに掛かった日数は長くは成ったが、ティアが頑張ったおかげで、その程度で済んだとも言える。
 例のごとく俺達は最終日まで残り、ギルドの馬車に同乗させてもらい王都へと帰ってきた。
 ギルドでは、ロミナスさんに多くの報告を行い、その度に彼女に頭を抱えさせる事になる。
 そして、大量の1ポイント『魔石』を提出された買い取り窓口の職員も頭を抱える事となった。余りにも数が多いため、当日には確認が出来ず、換金が出来たのは翌日の夕方だった。その額は33,741ダリ。
「職員の一人は、当分魔石の統合作業さね」
 ロミナスさんも、溜息交じりにそう言っていた。1ポイント『魔石』を20個ずつ統合するとして、1,687回行う必要がある事になる。しかも、『魔石』の統合機は一台しか無いと言う。一人で、延々とやるそうだ。頑張ってください。
 
 『スケルトン戦』から帰ってきた当初は、直ぐにまた次のアンデッドが現れるのではないか、と戦々恐々としていたのだが、有り難い事にその予想は裏切られ、平和な(?)日々が繰り返される。21日間だけだったけどな……。
 その日、俺達が森から帰ると、ギルド内がいつになく騒がしい。
「また出やがったか!!」
 ホール内に入るやいなや、叫んだミミの言葉は正しかった。ただ、即座にロミナスさんより違う指示が出される。
「あんた達は、今回は待機だよ」
「ほへ? どって?」
 ミミがいぶかしげに尋ねると、意外な言葉が返って来た。
「今回は、騎士団と浄化師殿でやるそうさね。あんた達は、その間に余所でアンデッドが出た時のために待機するように、と言う御指示さね」
「それって、ギルドからの?」
「違うさね。騎士団からの御指示さね」
 ミミとロミナスさんの、そんな会話を聞きつつ、俺は漠然としたものではあるが、納得できないものを感じていた。
 騎士団からの通達は、至極もっともなものである。最近の『不浄の泉』の発生頻度が確実に異常と言える状況では、実質的な『浄化能力』を有する二組を分散させるのは正しい運用と言える。ちなみに『二組』にはクソ王子は入っていない。多分、スキルレベルは3に達しているかすら怪しい、あやつは、現状、戦力外だ。まあ、『不浄の泉』の消滅だけなら使えるが、それ以外では足手まとい以外の何物でもない。論外。要らん子。
 そんなクソ王子の事はともかく、この通達が騎士団から出されたものだという事が腑に落ちない。あの騎士団だぞ。あの騎士団に、こんな常道な判断力があるとは思えない。有るのであれば、アンデッドを大量に残した状態で、戦場をさっさと離れるような事をするはずがない。
 今までの事を考えれば、『あり得ない』と言わざるを得ない。
 では、なぜこんな通達をしたのか?って事だな。
「それって、単なる騎士団、つ~か第三王子のわがままちゃうん?」
 ミミのヤツも、俺と同じように考えたようだ。俺は、大本がクソロムンとまでは考えなかったんだがな。そんなミミの問いに、ロミナスさんは苦り切った表情で話し始めた。
「あくまでも予想だよ。いいね。小っこい嬢ちゃんの考えは当たりだと思うさね。ロムン…王子は言うに及ばず、騎士団もアンデッド討伐を途中で切り上げたり、ここ数回に至っては参加すらしていないからね。
 市井しせいの評判はもとより、城や貴族の間でもいろいろ言われているのさね。
 そのために、あんた達を排除して点数稼ぎを、って事だろうと言うのが、ギルド側の見解さね。あくまでも、非公式の」
 ……確かにあり得る話だ。一般人への評判など、全く気にしないに等しい貴族達だが、ヤツらは同じ王族や貴族からの評判は異常な程気にする。貴族だ王族だという人種は、見栄と外聞だけで生きているのだから、ある意味、ヤツらにとってはお金以上に大切なものなのかもしれない。
 であれば、この通達は理解できる。自分たちで買って出たと言っても、あくまでも、手柄を独り占めするために、と言う事であれば、実に騎士団やクソロムンらしい。納得出来る。
「お爺さん、大丈夫かな……」
 ティアは、その騎士団達に付き合わされる『浄化師』の爺さんを心配しているようだ。
「騎士団の戦力は!?」
 ティアの言葉に、ミミも心配になったようで、その表情はいつになく厳しい。ロミナスさんに尋ねる口調は、若干詰問口調になっている。
「白竜騎士団以外、全てが出るそうさね。ついでに、第三王子もね」
「クソ王子も出るんかい……」
 紅竜・蒼竜・黒竜の全てか。近衛である白竜はさすがに動かない。ある意味、騎士団の総戦力だな。普通に考えれば、十分な戦力だと言える。だけど、クソロムンと言うマイナスファクターが入る事で、不安に成るのはなぜだろう……。
「通常の討伐戦は、多くとも二騎士団だ。しかも、各騎士団の全てが派遣される訳ではない。三騎士団の全てが派遣されると考えれば、過剰戦力と言える。……第三王子が余計な事をしなければ、だが……」
 シェーラも、クソロムンの存在を問題視しているようだ。そして、他の面々もシェーラの言葉に頷いている。
「あのさー、一応だけんど、大スケとかの情報、ヤツらにも行っちょるんよね?」
「当然さね。あんた達から報告を受けた直後に、イレギュラー魔石と共に文書付きで報告してあるさね。その後の巨大ゾンビと巨大四腕スケルトンも」
 ギルドに抜かりはないようだ。だが、俺も一応念のため確認しておこう。
「ロミナスさん、俺達は待機でも、冒険者達は応援として参戦しますよね」
 まさかとは思うが、完全に騎士団だけで、と言う事はないよな、と思っての質問だ。
「当然さね。前回討伐に参加しなかった連中を中心に、王都近郊から派遣するよ。今準備している最中さなかさね。全く、こうも連続だと、人員の割り振りも大変さね」
 一応、大丈夫なようだ。だが、ギルドも苦労しているようだ。いくら、実質的に冒険者の義務だとはいえ、こうも頻繁だと生活自体が成り立たない者も出てくる。ギルド側も強制どころか、強く言う事も出来ないのだろう。俺達的には、『魔石拾えよ!!』と言いたいのだが、なぜか、皆そうしようとしない。不思議だ……。
 元々、アンデッドの討伐は、騎士団の仕事なんだよな。そして、騎士団と言うか国から依頼を受けて冒険者が参加するという事に成っている。実際、討伐報酬も国側から出ている。
 冒険者としては、アンデッドと言う、通常の食物連鎖を根本から破壊し、人類の生存圏すら消滅させるものが、自分たちの生活を脅かすものでも有るが故に、道義的に討伐に参加しているに過ぎない。これを、『実質的な、義務』と言う言い回しをしている訳だ。間違っても『強制的な義務』ではない。
 こんな状況が続くのであれば、少なくとも冒険者のアンデッド討伐報奨金は額を上げるべきだろう。と言うか、今が安すぎるんだけどな。
 いろいろと思う所はあるが、俺達は指示どおりに、翌日からは泊まりがけの仕事は行わず、王都近郊での活動だけをする事にして、解散となった。
 
 翌日、俺達は昨日の約束どおり、いつもの西の森へと向かうべく内門をくぐり、外門までの道を、ティアの『歌唱』付きで歩いていた。
 俺達的にはいつもの事だ。成人してから一年以上が経過しており、この通り沿いではティアの『歌唱』に驚く者はいない。行商の者達も、この街道を定期的に利用する者は全員が知っており、時折、他国から来た者や、国内の者でも別の街から来た者だけが驚くだけだ。
 道沿いで農作業をする者の中には、
「癒やしの歌を唄ってくれよ」
 と、リクエストしてくる者さえいる。無論ティアは、たいていの場合笑顔でリクエストに応えている。『スピーカー』付きの『ヒールソング』だ。『低級回復薬』と同等の効果がある。腰痛や切り傷など一瞬で治る。そのため、ティアの歌声が聞こえると、周囲の農家達が道沿いに集まってくるようになった。
 元々、スキルレベル上げのために行っている事なので、必要以上に時間を取られない限り応じている。急いでいる時は、『歌唱』スキルを実行していないので、集まっては来ない。その辺りは、農家の者達も配慮しているらしい。
 そんな『ヒールソング』の礼として、時折野菜などを貰ったりもする。朝狩りに行く時に貰った場合でも、経過時間1/5の『魔法のウエストポーチ』が有るので、鮮度は問題ない。容量的にも四つもあれば余裕だ。
 今日も、白菜とニンジンを貰った。全ての者が、こういった礼をしてくるのではないが、それはそれで良い。ティアは全く気にしてはいない。彼女は唄う事自体が好きなので、その歌を聴いて貰える事だけで嬉しい。礼など二の次なのさ。まあ、『衣食足りて礼節を知る』って事なのかもしれない。生活に余裕があるからこそ、そう言った事を気にしないですむ、と言う事。ただ、ティアの場合、自分が貧乏していても、同じようにした可能性は有るが……。
 これは、ティアは、と言う事で、当然ミミは違う。『ヒールソング』に浴するばかりで礼が一度もない者は、しっかりと覚えていて、それとなくティアを急かせるなどして、スルーするように誘導している。俺的には、ど~でも良い事だ。ティアが嫌がっていない限り、問題ないと考えている。シェーラも全く気にしていないようで、ミミの行動にすら気付いていないと思う。
 俺達が外門まであと500㍍程の位置に来た時、ティアは前世の曲では無くこの国の曲を唄っていた。今、歌劇場で流行っている劇の歌で、恋愛ソングだ。道中に農家の女の子からリクエストされた。
 当然ではあるが、この世界、この国にも歌はある。その歌を今まで『歌唱』で唄わなかったのは、恋愛ソングが大半である事と、歌の元が歌劇や演劇で使われているものだからだ。孤児たる俺達がそんな物を見る機会がある訳が無い。方々で唄われている事から、ティアは当然覚えており唄えるのだが、その歌の背景などが全く分からないため、歌詞どおりのイメージしか乗らない。そうなれば前世の普通の恋愛ソングと同じだ。パラメーター付与はほぼ無い。
 ちなみに、この世界の曲で、唯一効果を発揮したのは、『子守歌』だった。特定のモンスターには、ちょくちょく使用している。昔と違って、スキルレベルと『精神』も上がっているし、『スピーカー』による増幅効果もあるため、知力の高いモンスターであれば、かなりの効果を発揮している。『不運ソング』に次いで便利。
 前世の曲は、この世界では『外国語の曲』であり、歌詞は全く分からない。だが、この世界の曲であれば、当然歌詞まで分かるわけで、『ヒールソング』は別として、リクエストされる曲はこの世界の曲が多い。
 そんな事も有って、ティアは『歌唱』スキルの伴奏効果を得る意味もあって、最近は休みを利用して歌劇などを見に行ったりしている。現在は、伴奏獲得だけが目的ではなくなっているが……。
 自国の曲、姫に恋した冒険者の物語を唄った曲が流れる街道に、不協和音が紛れ込む。
「歌姫パーティー! 大至急ギルドに戻ってくれ!」
 その声は、王都側から走ってくる馬の背から発せられていた。その馬は、この国のギルドで2頭しかいない『早馬』だった。この馬は、人の手によってパワーレベリングを行い、レベル10以上にした馬で、ギルド馬車同様に首回りにギルド紋章付きの布が巻かれているので、一目で分かる。
 人間の場合、パーティーを組む事で経験値が分散され入手出来るが、馬や犬などの動物の場合は、人間との間ではこのパーティー効果は発生しない。唯一これが発生するのは『動物使い』のJOBを持つ者だけだ。このJOBは、俺の『盗賊』以上にレアJOBらしく、早々はいないらしい。
 そのため、『動物使い』無しで動物をパワーレベリングするには、人間が弱らせたモンスターを殺させる事でしかレベルアップさせる事が出来ない。
 『動物使い』でなければ、動物と意思の疎通が出来る訳もなく、人の指示に従って死にかけたモンスターに止めをさせる動物はめったにいない。ましてや、草食動物で、基本怖がりの馬となれば尚更だ。
 この馬は、そんな条件をクリアーしたレアな馬だという事だ。
 ちなみに、よくお世話になっている、ギルド馬車の馬達は、この『早馬』に成れなかった馬で、レベル5位の段階で断念した馬だそうだ。
 そんな貴重な『早馬』をわざわざ使って、俺達のパーティーに連絡を取る事となれば決まっている。
「アンデッド出たんかい!!」
「そうだ!! 急いでギルドへ帰ってくれ!!」
 ギルド職員は、急制動を掛け、俺達の横に止まると、ミミ並の声で言ってきた。
「東部カレザール領、領都そばだ! 発生は多分3日程前! 朝一で鳥便が来た!」
「カレザール領!? サーちゃんの街!!」
 職員の話を聞いたティアが珍しく叫んだ。ティアの言う『サーちゃん』は、前世の親友の一人である桜場桜の事だ。カレザール領の領都で中規模の商店を経営している商家の娘で、一番初めに発見できた親友でも有る。
「みんな!!」
「みなまで言うな!! つー事で、ダッシュで帰るよ!!」
 俺とシェーラも無言の元に頷き、内門方向へと走り出す。『素早さ』補正値的に余裕のある俺は、三人に合わせてながら考える。今回のカレザール領は王都の東。昨日聞いた騎士団が向かったトトマク領は南西。真逆とまでは言わないが、思いっきり離れている。騎士団やクソロムンへの思惑は別として、今回だけは褒めてやるよ。グッジョブ。グレートジョブではない。あくまでも『普通の事をした』『やるべき事をした』の意だ。
 ……『不浄の泉』発生から約三日か。多分、初めて見つかったアンデッドの数からの予想だと思うので、プラマイ一日と考えておこう。となれば、一般の直通馬車で三日の距離だから……。
 いろいろと考察しながら、俺達のパーティーが出せる最大の速度でギルドまで行くと、ギルド側は既に準備を整えていた。
「すまないが頼むさね。家の事やあの子達の事は、こっちでやっとくよ。距離的に、王都の冒険者は送れないから、カレザール領周辺の冒険者達だけで対処する事になるよ。でも、無理はしなくて良いからね」
 若干、混乱したままのロミナスさんの声に送られながら、俺達は馬車に飛び乗り出発した。
 その後は、ティアの『ヒールソング』と、たれ蔵な『競馬ソング』を多用する事で、通常三日はかかる行程を翌日の昼には到着するという無茶をした。
 元々は、夜間、俺達が眠っている間、マジックアイテムの照明を使って、ゆっくりとではあるが移動する予定だったのだが、ティアが夜間も『歌唱』をやめようとせず、日が昇ってから二時間程眠っただけでそれ以外は歌い続けるという無茶をやらかした。
 三頭の馬達も、ティアの気持ちを分かっているのか、いつも以上に頑張ってくれた。その結果が、半分以下の日時で到着となった訳だ。
「ごめんね! 今度美味しい果物持ってくるから!」
 ティアは、三頭の馬の額をなでて、それだけ言うと、戦線の方へと向かって走り出す。
 ティアに余裕が無いのは、戦線が領都ソロンの間近に達していた事と、馬車を降りた所から二匹の『巨大ゾンビ』が見て取れたからでも有る。
 
 その日は、夕暮れまでは、二匹の『巨大ゾンビ』と領都ソロン周囲の『ゾンビ』を殲滅するだけに追われ、『不浄の泉』探索などする余裕は無かった。ティアの体力的にも無理だったしな。
 そんなティアは、夜に桜場と会うと安心したのか、一時間と経たずに眠ってしまった。
 その間、ミミが「スキルの実────!!」と叫び続けていた。今日は、ティアが体力的にも精神的にも安定していなかったので、『スティール』は実行しなかった。まあ、ティア云々以前に、他のパーティーが既に攻撃を実行している『巨大ゾンビ』から、どうやって『スティール』出来るんだ?って事だ。『スティール』を実行するなら、その間攻撃を止めて貰う必要がある。その理由をどう説明する? 現在『スキルの実』の事が秘密となっている状況では、説明のしようが無い。
 何はともあれ、ミミ、うるさい。ティアが起きるだろう。
 
 翌日、睡眠を十分に取ったティアが復活した。桜場と話せた事で、精神的にも安定したようだ。
 だから今日は、朝から『ゾンビ』のただ中へと突っ込んで行く。
 前回の『ゾンビ戦』からすれば、レベルやスキルレベルも上がっているため、ただ『般若心経』を唄ったまま走り回るだけで、前方の『ゾンビ』は消滅していく。集団アンデッドの殲滅力に限定すれば、今の『浄化師』の爺さんよりティアの方が上だろう。『エレメント』を身につけたミミですら、足下にも及ばない。
 俺達は、一般人の早朝マラソン程度の速度で走りながら、『不浄の泉』を捜す。
 ここは、森、草原、岩場、湿地帯と、環境が多岐に亘る所で、その一帯に既に『ゾンビ』が広がっている。そのため、今まで以上に『不浄の泉』を見付けるのは難しい。
 俺達は、『ゾンビ』の密度が濃い方向へと進んでいった。湧き出し元である泉の方向が、自然『ゾンビ』の数が多くなるはず、と言う考えからだ。
 そして、この探索を更に遅くした原因が、『巨大ゾンビ』の存在だ。昨日始末した以外に、更に二匹が存在していた。『不浄の泉』発生からの日にちが経っているせいかもしれない。今までで最大数だな。
「ヒャッハ──!! ユーアーウェルカム!!」
 ミミのヤツが、日本語発音バリバリで、歓喜の声を上げていた。そう、ミミだけは『巨大ゾンビ』出現に喜んでいる。『スキルの実』が欲しいのだろう。欲望丸出しである。
 この二匹については、別段問題もなく消滅させる事が出来た。現状の俺達なら、よほどのイレギュラーが発生しない限り『巨大ゾンビ』なら問題無い。『巨大スケルトン』の場合は、投剣が怖いけどな。
 そして、当然『スティール』も実行しており、『スキルの実』も二つ手に入った。
 その『実』を使用したのは、ティアとミミ。発現したスキルはティアが『エフェクト』、ミミが『デュアル』だ。
 『エフェクト』は、言葉的には音響効果の意味だった気がするが、ここでは演出的な能力で、イメージとしてはコンサート等におけるレーザーやスモーク、ディスプレイでの演出映像のようなものだと思えばいい。それらを3D映像として映し出す事が出来るって事だ。
 何でも、前もって映像を作っておく必要があり、それを記録するメモリー的な物が有るという。現状はスキルレベル1なので、そのメモリーは一つだけだが、スキルレベルに応じて増えると思われる。
「ごめんね……」
 その能力が、戦闘に全く役立たない物だった事に、ティアが謝ってくる。確かに、戦闘には役立たないが、『歌姫』のスキルと考えれば、最適なスキルだとも言える。俺達の中で、ティアを責める者がいるはずも無い。
 ミミの『デュアル』は、いささか複雑なスキルだった。その複雑さは『設定』であって、能力自体ではない。このスキルを身につけた時、ミミのステータ画面には、別途『魔法選択リスト』が出たそうだ。水魔法、土魔法、風魔法、雷魔法の四つ。
 『デュアル』とは、二属性の魔法が使えるスキルであり、炎魔法以外に、この四つの内の一つの属性を選択する必要があるわけだ。
 ミミ的には、この四つの属性に不満があるらしい。
「なして、光魔法がないんじゃ~!! 超レアの次元魔法や闇魔法が無いのんはともかく! ゴロゴロおる光魔法が無いのんが納得いか~ん!!」
 そう言って、騒いでいる。
「関係者!出て来いや────!!」
 おい、こら、『何か文句があるのか?』と関係者(神的なヤツ)が現れたら、ど~するつもりだよ。この世界なら、あり得なく無いぞ! いや、マジでさ。
 そんなこんなはあったが、ミミのヤツは結局『風魔法』を選択した。元々の『炎魔法』と相性が良いからだ。
 そして、面倒なのがここからだ。この『風魔法』を選択した事によって、『風魔法』のスキルである『エアーブリッツ』『エアーカッター』『エアーバースト』が使用できるようになった。
 ただし、彼女のステータス欄に、そのスキルは存在しない。増えたのは『デュアル』のみだ。
 ミミが『風魔法スキル』を使用する場合は、『デュアル』を介して元々有る『炎魔法スキル』にアクセスする。そうする事によってね『ファイヤーボール』が『エアーブリッツ』として、『ファイヤーアロー』が『エアーカッター』として、『ファイヤーストーム』が『エアーバースト』として発動される。
 そして、『風魔法スキル』を使用する場合は、『デュアル』のスキルレベルが、実行できる『風魔法スキル』の上限となるらしい。つまり、現在はスキルレベル1相当の『風魔法スキル』しか使えない事になる。
 スキル経験値に関しては、『デュアル』を介してアクセスされた元の『ファイヤーストーム』などのスキル側には、スキル経験値は入らないらしい。この辺りは『エレメント』とは違うようだ。
 と、まあ、こんな感じだ。面倒くさい『設定』だろう。
 そしてミミのヤツは、この『デュアル』を即座に使いこなしている。
「ヒャッハー!! 踊れ踊れ、炎よ踊れ!」
 アホな言葉はともかく、ミミが顕現させた四つの『ファイヤーストーム』が一つになって、旧来の『火炎旋風』を形作り、次いで『デュアル』によってチェンジされた『エアーバースト』を更に『エレメント』で変形操作して強風として『火炎旋風』の渦を加速する。
 強い風が、渦を加速する方向で吹き込むと、『火炎旋風』の規模は一気に1.5倍以上に大きくなり、その炎も青を通り越して白に近い青となっていた。
 その超高温は、『ゾンビ』程度には完全にオーバーキルだ。無駄以外の何物でもない。と言うか、こっちが火傷しそうだ。まあ、実験なので、今回だけは許してやろう。次はないぞ。

 その後、ミミの『デュアル』の検証とスキルレベル上げを続けながら『不浄の泉』探索を続けたのだが、『不浄の泉』を発見でき時には、既に夕暮れ時になっていた。
 『不浄の泉』が有ったのは森の中だ。その場所から100㍍程の所に大きな川が流れており、そこに流された『ゾンビ』達が下流の湿地帯に集まったために、その一帯のゾンビ密度が上がってしまい、それが俺達の判断を誤らせ、結果として無駄な時間を掛ける事になった。
 今後は、川という要素も頭に入れた上で考えないとな。反省だ。
 と、まあ、先の事はともかく、先ずは今だ。通常であれば、一旦戻って翌日に、と言う事に成るのだが、『不浄の泉』出現から大分日数が経った現状では、その半日が惜しい。通常サイズの『ゾンビ』だけならともかく、『巨大ゾンビ』がその半日で複数湧く可能性を考えると、悩む所だ。
 ただ、そのまま『泉消滅』を実行するのも、大いに問題がある。なんと言っても、もう薄暗く、視界が確保できないのではまともな戦闘が出来るはずもない。更に、ティアが、丸一日歌い続けており、体力気力的に厳しい。却下だな。
 そんな葛藤を制したのは、ティの示す指の先だった。彼女が指さす先をよく見ると、そう大きくない洞窟がある。
「洞窟か?」
「ぽい」
「奥行きしだいだが、休憩には使えるかもしれんな」
「一応、確認すんべ。んで、使えんようなら、諦めて、帰んべぇ」
「狭くても、最低限休めるなら、30分だけでもティアを休ませるぞ。帰るにしても、この明るさじゃ、一時間以上は楽に掛かる。……無理! 無理だって! 一晩寝たって言っても、疲れは残ってるんだぞ!」
 途中でティアが、目で大丈夫、と言ってきたので、即却下してやった。
 その洞窟は、岩で出来た高さ幅共に2.5㍍程の広さがあった。当然、その中にも『ゾンビ』がいたのだが、近づいただけで『般若心経』によって消滅している。
 一応、他のモンスターがいる可能性を考えて、俺が先頭になっ入っていくが、『ゾンビ』以外はいなかったようで、入り口から20㍍程先は行き止まりに成っている。そして、途中がくの字にまがっているため、休憩するには最適のようだ。
 兜に取り付けた、ヘッドランプ形のマジックアイテムでそれを確認した俺は、その場にティアを座らせ、入り口へと向かう。
 入り口では、ミミとシェーラが『ゾンビ』が洞窟に入ってこないように対処していた。
「ティアは?」
「奥で休ませた。で、どうする?」
「うんみゅ~、ここなら一人で防御でけるから、2,3時間休憩十分に取れるんじゃないかい?」
「じゃあ、そのあとはどうする?」
「うんみゅ~、問題は明かりなんよね。四つのヘッドライトなんかじゃ話になんないし」
「絶対に無理だ」
「おにょれ!! 光魔法がなぜ無かった~!!」
「それは、もういいから。たき火でもするか?」
「ちっとも、良くないっちゅうの!! 光魔法が有れば、エレメントでレーザー光線とかレーザーブレードなんかも実現でけたんよ!! レイガンだよ! レイガン!!」
 なんとなく、『レイガン』が漢字表記に聞こえるのは、俺の錯覚だろうか?
「ビームサーベル────!!」
 そんな事を言い続けるミミの頭を、若干強めに叩いてやる。ベシッと。
「あぎゃ! あにすんの!!」
「あほ、明かりだ! 明かり!」
 兜越しに頭を押さえたミミは、若干恨めしげに俺をにらむ。
「明かりは無問題もうまんたい。上空4,5ヶ所に持続性優先の『ファイヤーストーム』上げっから。焚き火じゃ延焼の可能性、あっからね~」
 ……なら、最初から言えよ! 全く。一人で『ゾンビ』を倒していたシェーラからも溜息が聞こえてきた。
 取りあえずは、今後の予定が決まった訳だ。今晩の内に『不浄の泉』を消滅させる。危険は当然あるが、俺達だけでなく、全体の安全を考えれば、できるだけ早く始末を付けたい。良い考えじゃない事は分かってるんだが、仕方がない、と考えている自分もいる。……大分、この世界に染まってきているのかもしれない。
 ミミのヤツは、洞窟周囲の『ゾンビ』を纏めて始末した上で、外に出て、上空高くに『ファイヤーストーム』を三発顕現させた。それが、今回の『不浄の泉』発見の合図だ。そして、それと同時に、俺達の生存を知らせる合図でもある。山との位置関係があって、前線司令部に届いたかは不明だが、俺達にとっては、それ程重要な事ではない。一応、義務は果たした、と言う事。
 『ファイヤーストーム』が消滅したあと、ミミは更に『ファイヤーボール』を複数打ち上げ、それを『エレメント』で操作しだした。
「何してるんだ? 合図は終わっただろ?」
「炎で、今晩ここで野宿すっから、心配すんな、って書いたんよ。ま、距離があるし、向きの問題もあっから、読めんかもしんないけんど、ね」
 ミミも、一応、いろいろ考えてはいるようだ。
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