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第32話 壊滅

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 洞窟内での行動は全く問題無い。ミミのヤツが「任せた!」とか言って、さっさと奥へと行ってしまったのは予定外ではあるが。
 この洞窟の入り口は、直径2.5メートル程しかないため、十分に一人で対処が出来る。だから、俺とシェーラで30分ずつ交代しながら『ゾンビ』の侵入を防ぎつつ、スキルレベル上げも行った。
 シェーラは『ブラッディーソード』を使い、『マジックブレード』を鍛えている。洞窟という狭さの関係で、魔法の刃を伸ばして、突き攻撃がメインだ。また、動きか変だな、と思っていたのだが、どうやら『加重』も同時に起動しているらしい。『地裂斬』は騒音を伴うため、使用はしていない。眠っているティアを起こさないようにだ。
 俺は、『サーチ』を使いつつ『スティール』三昧だ。本当は『隠密』も同時に起動したいのだが、『隠密』を実行すると『ゾンビ』も俺を認識できなくなるようで、効率的に寄ってこなくなる。洞窟防御と言う事だけならそれて良いのだが、スキルレベル上げを考えると、良いことではない。
 そん訳で、俺は延々と『ステール』を実行し続けたのだが、久々の『一般光』以外の出現光が発生した。『レア光』だ。入手したのは、以前二つ入手済みの『MP消費1/3の指輪』だ。最後に『スケルトン』から『MP消費1/4の指輪』を入手してから、どれ程の『ゾンビ』と『スケルトン』から『スティール』を実行しただろうか。本当に久々だ。
 最近は『巨大アンデッド』から『超レア品』を当たり前のように『スティール』出来ているため、若干錯覚しがちだが、『レア品』ですらこの頻度が当たり前なんだよ。
 俺は、右手のグローブを脱ぎ、薬指へとその指輪をはめた。何故、右手の薬指なのかと言えば、単に、左の薬指に『骨拾いの指輪』あらため『パーティーの指輪』がはまっているので、バランスを考えただけに過ぎない。
 今回、この指輪を入手したことで、『1/3』と『1/4』の違いはあるとは言え、全員が一つずつ『MP消費軽減の指輪』を身につける事に成った。
 俺としては、最近は『巨大アンデッド』相手に『バリアーシールド』を使用するケースも増えたため、『1/3』とは言え、非常に有り難い。
 俺とシェーラは、二回ずつ交代して、予定の時間となったのだが、かなり疲れているらしいティアとミミのために、もう少し眠らせてやることにする。
 俺とシェーラは、今日の『ゾンビ戦』の負担はあまりなかったから、それ程つ疲れてはいない。俺に至っては、『サーチ』と『魔法のウエストポーチ』のコンボで『魔石』を回収していただけだ。
 シェーラも、今日は移動重視だったので、『地裂斬』も普段程放っていない。そのため、MP吸収のための戦闘も少なくなり、結果として疲れていないという事だ。

 予定外な事は得てして纏まって発生する。今回もそうだった。
 シェーラと交代して、20分程が経ち、あと10分でティア達を起こそうかと考えていた時だった。一時間前と同様に、また『一般光』以外の出現光が発生する。しかも今回は、『スキルの実』と同じ『超レア光』。そして、その中に浮かんでいたのは金属製のガントレット。地色は黄銅色で、右は黄色、左は青の線が甲から各指先へと走っている。
 『超レア光』に気付いたシェーラに、一旦『ゾンビ』の対処を代わってもらい、そのガントレットを確認してみたのだが、『鑑定』スキルが無い身としては、特に分かることは無かった。ただ、経験則的に『呪われたアイテム』という事は無い事は分かる。それでも、装備して確認する勇気は無い。俺は、ミミとは違う。
「トマス殿に確認して頂くしか無いだろう」
 『ゾンビ』に対処しながら、シェーラが言って来た。確かに、それしかないんだよな。ゲームのように、簡単にアイテムの機能が分からないのがもどかしい。『鑑定の巻物』的な物でもあれば良いのだが……。
 もしかしたら、この戦闘で役立つ機能があるかも、と言う考えで、後ろ髪を引かれる感が有ったが、それを振り切って『魔法のウエストポーチ』へと放り込んでおく。
 その後、少しした当たりで、予定より1時間遅くでは有るが、ティア達を起こした。
「眠い……ティア、ラジオ体操の歌プリ~ズ」
 起き出してきたミミのやつは、起き抜けから我が儘な事を言っている。ティアは、喜んで唄ったけどさ……。この歌だが、ある程度の『覚醒効果』が有るのは既に確認済みだ。ティアの中では、この歌にそう言ったイメージがあるのだろう。『歌唱』スキルは、使用者のイメージが全てだからな。
 ミミはともかく、ティアの体調は大丈夫のようだ。3時間程度の睡眠なので、万全とは行かないが、これから3時間程度の戦闘なら問題無いはず。寝る前に飲んだ『低級回復薬』も効果を発揮しているはずだしな。
 さて、とっととやってしまおう。
 まず、ティアの『般若心経』で洞窟周辺の『ゾンビ』を一蹴する。そして、光源用に持続時間優先に調整した『ファイヤーストーム』を放つ。
 『ファイヤーボール』や『ファイヤーアロー』は移動型の魔法だが、『ファイヤーストーム』は座標固定型の魔法なので、空中に出現させれば、その効果が切れるまでその場にあり続ける。だから、『ファイヤーストーム』を使ったと言う事だ。
 無論、『エレメント』によって移動型である『ファイヤーボール』を変化させ、同様に空中に止まるようにする事はできる。だが、元々移動型なのを固定型に変える分のエネルギーが、別途必要となる。当然余分なMPを消費する訳だ。
 今回打ち上げた照明用『ファイヤーストーム』は、『不浄の泉』消滅作業用では無く、そこまで移動するための照明だ。これは、『ゾンビ』以外のモンスター対策用だ。
 『ゾンビ』だけで有れば『般若心経バリアー』が有れば問題無い。『巨大ゾンビ』が来れば、その巨体故に木の枝等をへし折る音で分かる。その時点で準備を行えば良い。
 問題は、『ゾンビ』以外のモンスターだ。今まで、アンデッドが湧き出している所には、他のモンスターは存在しなかった。逃げ出すなり、殺されるなりしていたからだ。
 ただ、それは地上限定であり、空は別となる。飛行系のモンスターであれば、アンデッドが溢れている中でも存在が可能だ。
 そして、夜の森には、いくつかの夜行性の飛行型モンスターが存在する。『スリープバット』『闇鷺』だ。
 どちらも、レベル的には全く問題無いモンスターなのだが、暗闇で、『ゾンビ』に対処している時に、となれば話は変わってくる。だからこその照明だ。
 いくら俺が『気配察知』で認識できたとしても、それに攻撃できる手段を持つ者、つまりミミに見えなくては意味が無い。光源は必須だ。
 そんな用心を行いながら、『不浄の泉』に着いた俺達は、ティアの『スピーカー』を『不浄の泉』に向けたままで、時計回りに泉の周りを回っていく。
 その際シェーラが、『不浄の泉』周囲の木を切り倒し、延焼防止を行う。
「我々は学習するのだよ! ワープロ以下などとは言わせんのだ~!!」
 ミミのやつが何やら吠えていたが、『ワープロ以下』の意味が分からん。まあ、ど~でも良いのだが。
 この木の切りたおし作業と共に、ミミは持続性特化改良型の『ファイヤーストーム』を随所に発生させている。そのため、『不浄の泉』を回るに従って、周囲は明るくなっていく。
 木の切りたおし作業は、20分程で終了した。木を切り倒すだけなら、半分も掛からなかったのだが、移動したり、邪魔な枝を払ったりする必要があったため時間が掛かった。
 この作業の間、『ゾンビ』以外に、10匹の『スリーピングバット』が襲ってきたが、『睡眠魔法』を使われる前に、サクッと殺した。ミミが、な。
 周囲を切り開く作業が終了すると、一ヶ所にとどまって『不浄の泉』消滅を目指す。ただ、この際、ティア以外は役に立たないので、ほかの者は、それぞれ索敵や、周囲の『ゾンビ』の殲滅、切り倒した木を燃やして灰にする、などと言うことを行った。
「そろそろだろう」
「だ~ねぇ~」
 一ヶ所に留まってから15分程が経過した時、シェーラが呟いた。彼女が言ったのは、『巨大ゾンビ』がそろそろ出るのでは、と言う事だ。これまで、何回も『巨大アンデッド』が湧き出す所を見ている。だから、ある程度の予想は出来るようになっている。泉の明滅ぐわいで分かる。
「一応、カーリータイプみたいな、特殊なやつが出るかもしれないから、注意しろよ」
「四本腕のゾンビ? あんま怖くなくねえ?」
「スキルを使うタイプが出るかもしれん。油断は禁物だ」
「スキル持ちの時は、速攻で逃げるからな」
「スキルの種類にもよるんでね?」
「バリアーシールドを過信するべきでは無いぞ」
「確率は低いとは思うが、念のためだ」
「ほいほい、用心用心」
 そんな会話をしていると、やはり『巨大ゾンビ』が湧き出してくる。そして、心配は杞憂だったようで、現れたのは今までと同じ、ただ大きなだけの『ゾンビ 』だった。
 全ての準備と心構えが終わっていたこともあり、その後10分程で『不浄の泉』が消滅し、更に数分後には『巨大ゾンビ』も問題無く消滅できた。
 当然『スティール』も出来ている。手に入った『スキルの実』は、順番どおりシェーラが使用し、『爆砕断』と言うスキルを得た。このスキルは、剣を叩き付けた所が爆発して、その破片が前方へと飛ぶというものだ。
 直接モンスターに叩き付けることで、硬い外皮を持つモンスターにも大きなダメージを与えられそうだ。更に、『地裂斬』同様に、爆砕された岩などの破片を飛ばすことによる遠距離攻撃としても使える。その辺りは、叩き付ける場所の材質で威力が変わってきそうではあるが。
 また、この『爆砕断』は、『地裂斬』と違い、爆砕した破片は前方上空にも飛ぶため、ある程度の対空攻撃能力もある事に成る。特に、『スリーピングバット』のように、集団で襲いかかってくる小さめのモンスターには効果がありそうだ。
 さて、『不浄の泉』と『巨大ゾンビ』に関しては、予定どおりに終わったが、予定どおりだったのはここまでだ。
 当初の予定では、このまま帰るつもりだったのだが、大きな問題が俺達の前に立ち塞がる。……木が邪魔で、上空に照明用の『ファイヤーストーム』を打ち上げられない。仮に打ち上げられてにしろ、木々の枝によって、その明かりは下の俺達には届かない。
 『不浄の泉』の所のように、その場所に留まるなら問題無かったのだが、移動には、この照明は適さなかったようだ。
 一応、光魔法の『ライティング』のように、頭上に固定する形で、『ファイヤーボール』などで代用することも『エレメント』持ちのミミなら可能ではあるが、その制御に常時意識を持って行かれるらしく、飛行モンスターの対処が出来ない。
 無論、四人のヘッドライトだけで移動すると言うのは無謀だ。あの後も『スリーピングバット』が10匹以上襲ってきている。一匹ずつなら『気配察知』で俺が認識して、斬り殺すなり手裏剣を投げるなり出来るが、複数ではそうはいかない。漫画のように『心の目で見ろ!』なんて言っても無理だからだ。見えれば、ミミもシェーラも対処できるが、見えなければどうしようも無い。
 と言う事で、洞窟へリターンだ。今度は、俺とシェーラに加えて、ミミも入れての三人ローテーションで洞窟入り口を守る。ティアはお休み。ティアの体調が移動の要だからな。
「おにょれ────!光魔法さえ有れば────!!」
 ミミ、うるさい! だから、ティアが起きるって言ってるだろ! バーカ!。
 
 長い夜は、無事に明けた。一時間交替だったため、俺も連続二時間近くは眠れている。体調は、完全とは言わないが、問題になるようなことは無いだろう。
 俺達は夜明けと共に移動を開始する。帰りは、ある程度余裕があるので『魔石』の回収も積極的にやって行く。『気配察知』で『ゾンビ』以外の索敵を行いつつ『サーチ』+『魔法のウエストポーチ』で回収だ。『スティール』に関しては、移動速度を著しく阻害するので、ほとんど実行していない。『解毒薬』のニーズがそこまで無いことも理由の一つではある。
 ミミは『デュアル』のスキルレベル上げのために、『エアーカッター』を連発している。ただ、『ゾンビ』を殺すためには、頭部を破壊する必要があるため、実質殲滅効果は低い。
 シェーラは『爆砕断』を使用しているのだが、こちらも殲滅効果は低い。剣を叩き付けられた個体は、爆砕して死亡するのだが、その破片が柔らかいため、飛び散った先の『ゾンビ』にはほとんどダメージを与えられない。地面に叩き付けて、土や岩を炸裂させたとしても、ミミのケースと一緒で頭部を潰せる割合は低く、効果は少ない。
 ミミにしろ、シェーラにしろ、目的はスキルレベル上げなので、特に問題は無い。移動自体はティアの『般若心経』が有れば問題無いからだ。
 そんなわけで、明るかったこともあり、開始されていた戦線へとたどり着くのには、一時間程しか掛からなかった。
 前線の冒険者達は、ティアの『般若心経』が聞こえてくると大騒ぎだったらしい。一応、昨日のあの合図は、居残っていたギルド職員が確認してはいたようだが、それでも心配してくれていたようだ。桜場に至っては、冒険者でも無いのに、前線司令部まで来ていたぐらい、心配してくれていた。
 俺達の…と言うか、ティアの無事だけで無く、『不浄の泉』消滅を知ったカレザール領の冒険者達は、一気に沸き立った。そして、その勢いのまま『ゾンビ』を殲滅していく。
 俺達は、一旦ティアを休ませる意味もあって、桜場の所へ向かわせ、その間に前線司令部のギルド職員に、『ゾンビ』から『スティール』した『解毒薬』を渡した。
 責任者が、今までのようにカルトさんなら面倒が無いのだが、知らない職員なので、『スティール』スキルの説明からする必要があり、かなりの時間を無駄にしてしまった。まあ、その間が休憩時間だと思えば良いのか。説明をしていた俺は、若干休めた気はしないのだが……。
 各種報告及び、『解毒剤』の供与、そしてティアの充電(?)も終わった俺達は、この日は無理をしない範囲で『ゾンビ』の討伐を行っていった。
 そして、昼前に俺の『スティール』が、その少し後にミミの『デュアル』のスキルレベルがアップした。更に、夕方前には、ティアの『スピーカー』のスキルレベルもアップし、射程距離が伸び、威力もアップしている。『ゾンビ』に対する殲滅力が大分上がった。
 スキルレベルは、少しずつとは言え、確実に上がっているのだが、JOBレベルはまだまだ上がりそうに無い。まあ、現在のレベル25と言うのは、俺達的には異常なので、それ程不満は無い。
 
 翌日からの討伐も順調に進んだ。
 俺達は、全員で桜場の家にお世話になり、一人娘の親友とその仲間、と言う事で十分な歓待を受けた。ティアの場合は、『娘の…』、と言う以前に、『浄化師』の代わりとして来ている最重要人物でも有るので、前世云々に実感の湧かない彼女の両親も、歓待することをいとうことは無かった訳だ。俺達三人に関しては、どちらにしても、ティアのおまけだったりする。
 桜場の家は、この街で中規模な商家なのだが、取り扱っている商品は多岐にわたっており、マジックアイテム以外全て、と豪語するだけはある。マジックアイテムに関しては、親父さんも取り扱いたいらしいのだが、販売権のようなものが有り、残念ながら出来ていないとの事。どんな世界にも、利権構造は存在する。
 この店は酒も当然扱っており、そのつてで麹が手に入るらしく、その麹を使って醤油と味噌を自店開発して、それも販売していた。少しずつではあるが、売れ行きが上がってきており、親父さんはホクホク顔だったりする。
 この醤油と味噌の開発は、当然桜場の提案だったのは言うまでもない。
 この二つの調味料に関しては、ミミのやつも常々何とかしたいと言っていたのだが、畑違いにも程があるため、手を出せずにいた。そして、
「こんだけ、転生者がおるんやったら、誰か一人ぐらいは、作るやついるっしょ!!」
 と言う、思いっきり他力本願な考えもあった。そして実際、作った転生者がいた訳だ。それが、まさか知り合いだったとは思わなかったが。
 この味噌と醤油は、樽で買っておいた。家政婦三人娘に、使い方を教えなきゃな。あと、『熊々亭』のおばちゃんに使って貰うのも手か。よし、多めに買って帰ろう。
 この味噌と醤油だが、前世の記憶を取り戻した桜場が、二年と掛からずに再現どころか販売にまでこぎ着けることが出来たのは、当然スキルという恩恵があったからだ。
 『調理師』のJOBに、『熟成操作』というスキルがある。このスキルは、名前どおりに肉や酒などの熟成を早めたり、高めたりすることが出来るのだが、その大本に、菌類による発酵のコントロールが有るのようで、麹菌による発酵もコントロール出来たと言う事だ。
 この『熟成操作』を使用することで、通常なら数ヶ月から一年かかる発酵工程を、数日から半月以下に短縮できたと言う。漠然とした前世知識と、トライアンドエラーで現在売り物に出来るレヘレルまでこぎ着けたと言う事だ。
 現在の味にまで再現できたのは、二ヶ月前程らしい。桜場的には、まだ満足のいく品質では無いようで、今も複数の原材料で、いろいろと試しているようだ。
 この味噌と醤油は、当初はほとんど売れなかったらしいのだが、この街の転生者が大喜びで買い求める姿を見て、興味を持った者達が使い始め、徐々に広がっている最中との事。
「王都に持ってけば、100は確実に売れるんでないかい?」
 その際、ミミがそう言ったのだが、俺もこれには同意した(心の中でだが)。転生してこの世界で生活し、この世界の食に慣れたとは言え、思いだした以上はあの味が恋しい。王都やその周辺にいる転生者も、一部外国籍の者は居るがいるが、ほとんどが日本人で、外国籍の者も日本在住者なので、絶対に売れる。
 だが、まだ生産量が絶対的に少ない事と、輸送費の問題で実行していないそうだ。
 この世界は、物資の輸送費は前世と比べものにならない程高くなる。モンスターや盗賊という危険があるため、護衛の冒険者を雇う必要があり、必然的にその人件費が上乗せされるからだ。その上、『魔法の袋』が有るとは言え、輸送量も前世のトラックや貨物列車に比べれば遙かに少ない。結果、単価は上がってしまう。もっと大容量の『魔法の袋』が低価格で販売されれば、話は変わってくるのだろうが。カンガルー狩れば…… いや、やらないよ。死にたくないし。
 桜場の店は、100万ダリの『魔法の袋』は持っているが、1000万ダリの『魔法の袋』は持っていないらしい。さすがに中規模の商家では無理だという。
「スモールテール……」
 ティアが、不遜なワードを呟いてはいたが、一応、自重したようだ。まあ、桜場だけに、であれば、『スモールテール』産の『魔法の袋』を入手して渡すのは良いと思うが、店として使用するとなれば、必ず情報は漏洩する。だから駄目だ。絶対。
 桜場的には、ミミと同じような考えらしく、輸送に関してはそれ程焦ってはいないようだ。
「ほら、日本人なら、わざわざこっちが売りに行かなくても、絶対買いに来るでしょ。て、事で、王都に戻ったら宣伝よろしく!」
 他力本願2。更に、
「今回みたいなアンデッド戦で炊き出しよ! 定番の豚汁!! 豚はワイルドボアとかで代用して、サツマイモは無いからジャガイモで何とか!! 味が認められれば転生者以外も『何だ!この調味料は!?』って絶対成る!!」
 と、ミミバリに感嘆符付きで妄想を広げていた。
「サーちゃんも、一人前の商人だね」
 ティアは、そんな桜場を見て、そんな事を言っている。親友フィルターだな。俺は、前世の桜場をそれ程よく知らないのだが、ティアが驚いていない所を見ると、前世でもこうだったのだろう。
 そして、桜場の『炊き出し宣伝作戦』は、翌々日から実行された。その評判はなかなかのもので、彼女の思惑は当たりのようだ。

 桜場による、炊き出しが始まった翌日、俺達のこの地での『ゾンビ』掃討戦は終了することとなる。ギルドからの『鳥便』によって、強制的にだ。
 『鳥便』とは、伝書鳩のようなものと思ってくれれば良い。無線や電話のような通信手段が無いこの世界では、一番早い通信手段である。飛行系モンスターも存在するため、通常、同一文を持たせた複数の『鳥』を放つ。使い捨てとまでは言わないが、かなり損耗率の多い手段だ。そして、それが使用されるという事は、『早馬』同様に緊急連絡である事を意味する。
 その時、俺達は桜場提供の豚汁を昼食として食べていた。そこへ、ギルド職員が大慌てで走り込んでくる。その職員は、ここのギルド責任者で、カレザール領領都にあるギルドの副ギルドマスターだ。その副ギルマスの顔色が、異常に青い。蒼白という表現がそのまま使える程だ。そして、彼の発した言葉が、その場を凍らせた。
「王都からの鳥便だ!! トトマク領のアンデッド討伐戦で騎士団が壊滅した!! そして……浄化師殿が……亡くなられた……」
 副ギルマスの話のあと、10秒以上、その場に沈黙が流れた。そして、その沈黙を破ったのは、ミミ。
「何でじゃ────!!」
 その叫び声に、普段のおちゃらけ間は全くない。
「何でじじいが死ぬ!? クズ騎士ども!!何やってた!!」
 ……クズ騎士どもも壊滅らしいがな。
「じじい守る以外に、存在意義ぇーのに!! じじい守れね──なら意味ねーじゃん!!」
 絶叫するミミの目には、涙が見て取れる。
「浄化師殿……」
 俺の横では、シェーラが呟きながら、力加減が出来ずに豚汁の椀を握りつぶしていた。
「おじいちゃん……」
 ティアは、その場にペタンと座り込んでいる。
 俺達のそばで、休憩を取っていた冒険者達の間からも驚きの声が上がっていた。
 爺さんは、あの年まで『浄化師』としての職務を遂行していた。だから、一定年齢以上の冒険者は、ほぼ全て顔を合わせたことがあるわけだ。故に、驚きと共に沈痛な空気で場が満たされる。
 そんな中、今回が初めてのアンデッド討伐の若い冒険者から、ある意味もっと冷静な意見が放たれる。
「なあ、浄化師の爺さんが亡くなったって言うけど、不浄の泉はどう成ったんだ? 消したあとなのか?」
 俺は、自身の爪で傷ついたシェーラの左手に『低級回復薬』を掛けながら、副ギルマスに尋ねる。
「泉は、どう成りました?」
 副ギルマスの首が横に振られる。
「だから、この地の不浄の泉消滅が終わっているようなら、君たちにトトマク領へ言ってもらえないか、と言う手紙なんだ」
「ここは?」
「残りは、普通の冒険者でも、時間は掛かるが大丈夫だ」
 ……これは、行く以外無いな。だが、大丈夫か? 主に、ミミが、だ。ミミのやつは、じじい、じじいとぞんざいな口を利いてはいたが、その表情から親愛の情がダダ漏れだった。それもあってか、『浄化師』の爺さんはミミをとがめることも無く、ニコニコと、孫のように接していたように思える。以前、頭をポンポンとされていた時のミミは、表情に出さないように頑張っているようではあったが、嬉しげな様子が丸わかりだった。
 爺さんと俺達の接触は、かなり短時間でしか無い。話をした回数など僅かなものだ。それでもなお、涙が出て、いろいろな感情があふれ出てしまうのは、ミミが…いや俺達が、爺さんを尊敬していたからだ。
 別段英雄だったわけだも無いが、レアJOB故に、ずっとアンデッド戦を戦い続けてきた。70歳を超えるまでだ。その業績は、偉業では無いにしても、十二分に尊敬に値する。
 いろいろ言ったが、端的に言えば、俺達は、あの爺さんが好きだったんだ。そして、ミミは特に……。故に、心配な訳だ。
 だが、俺の心配を余所に、ミミが宣言する。
「行くよ!!」
 涙目のまま、キッと結んだ口元に血がにじんでいる。唇を噛んだようだ。
「ミミちゃん……」
 ティアが声を掛けるが、それには返さず、更にミミは言い放つ。
「行って、生き残ったクソ騎士団、全滅させちゃる!!」
 そんなミミの宣言はともかく、俺達はいつものギルド馬車に乗り込み、直ぐにトトマク領へと向かって移動を開始するのだった。
「じじい…… あの時の借り、まだ返してないんだぞ……」
 ミミの呟きを乗せて。
 
    ロウ  16歳
  盗賊  Lv.25
  MP   201
  力    11
  スタミナ 11
  素早さ  52
  器用さ  52
  精神   8
  運    15
  SP   ─
   スキル
    スティール Lv.12
    気配察知  Lv.20(Max)
    隠密    Lv.14
    サーチ   Lv.2

  ティア  16歳
  歌姫   Lv.25
  MP   560
  力    10
  スタミナ 27
  素早さ  18
  器用さ  9
  精神   86
  運    ─
  SP   ─
   スキル
    歌唱    Lv.8
    スピーカー Lv.7
    エフェクト Lv.1

  ミミ   16歳
  炎魔術師 Lv.25
  MP   750
  力    11
  スタミナ 11
  素早さ  28
  器用さ  9
  精神   80
  運    ─
  SP   ─
   スキル
    ファイヤーボール  Lv.15
    ファイヤーアロー  Lv.18
    ファイヤーストーム Lv.17
    エレメント     Lv.4
    デュアル(風)   Lv.2

  シェーラ 16歳
  大剣士  Lv.25
  MP   211
  力    54 +12
  スタミナ 52
  素早さ  18
  器用さ  16
  精神   8
  運    ─
  SP   ─
   スキル
    強力ごうりき       Lv.20(Max)
    加重       Lv.14
    地裂斬      Lv.19
    マジックブレード Lv.3
    爆砕断      Lv.2
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