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第43話 ティアの願い

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 あの騒動の翌日、ミミのヤツは念のためにと、ティアを連れて王都中を廻り『エフェクト』によるゲリラ上映会を行った。襲撃時の映像だけでなく、あのギルド前での騒動も記録させていたようで、三つをセットでの上映だ。王家や貴族、そして衛士達から横やりが入る前にと、一日中走り回る事となった。
 そのおかげもあって、クソロムン達がやらかした事は、数日中には国中に拡散している。
「情報の拡散は、基本中の基本やからね~♪」
「ミミちゃん、炎上工作も入ってない?」
 ミミにティアが突っ込んでいる。最近よく見かける光景だな。
 そんな工作が効果を奏したのかは不明だが、また騎士団の再編成が行われ、白竜騎士団も総入れ替えとなったらしい。
 襲撃に参加した騎士や元騎士は、全員貴族の称号を取り上げられたという。クソロムンに関しては、城の一室に事実上の監禁状態になっているとの事。
 『国家反逆罪』の『赤称号』が付いて尚、誰一人として処刑になる者がいない辺りが、なんとも言えないが、まあ、こんなものだろう。
 ただ、この全てが、噂にすぎず、実際の所は不明なので、外部向けのパフォーマンスで、実際はのうのうと今まで通り暮らしている可能性も有る。だから念のため、最低限の警戒は続けるつもり。
 一応、ギルド側も今回の事に関しては気に掛けており、適宜情報収集を行っているようなので、そちらにも期待する。
 そして、この騒動が、ある程度沈静化した頃、隣国へと売却した『スキルの実』の代金が届き、全体の1%が各自のギルド口座へと振り込まれた。一人当たり600万ダリと言う大金である。日本円に無理に直せば、6億から12億だ。
「ゼロがいっぱいです」
 ネムなどは、全く実感が湧かず、首を傾げるばかりだった。
 そんな状態のネムを心配して、ロミナスさんとも話し合った上で、定期預金の形で大半をギルドに預ける事にした。妙なヤツらが寄ってこないようにだ。
 定期の期間は三年になっている。無論、本当に必要な時には解約は出来る。ネムも、あと三年もあれば大人になるはず。……きっと。
 今回入った代金は、以前の売却分だけで無く、この前のキアヌス領戦で入手した四つ分も入っている。
 当初は、こちらから隣国へと出向いて売却を行っていたのだが、現在はほぼ全ての隣国が買い取り担当者をこの国に派遣しており、王都にて熾烈な争奪戦が繰り広げられた。
 その争奪戦の際、前回『浄化師』へと使った国と、そうで無い国で金額的にも優先順位的にも差が付けられたのは言うまでもない。その関係上、四個中二個しか売却出来ていなかったりする。なにせ、前回『浄化師』に使用しなかった四カ国に対する売却価格を20倍にしたため、購入資金の準備が出来ていなかったからだ。
 今回の事で、『不浄の泉』対策として使用しないので有れば優遇はしない、と宣言した訳だ。
 その事も有ってか、俺達に対する各国からの勧誘が半端ではない。金や美女、果ては貴族の地位、変わり種になると「実の親が…」などと言う者まで有った。
 当然全て断ったよ。だいたい、お金が欲しければ『スキルの実』をギルドに渡さず、自分たちで売却すれば良い。地位なんざ、全く興味が無い。貴族? 王女の夫? アホかと。美女に至っては、『女性不信なめんなよ!』って事だ。外見が良かろうが、性格の分からんパートーナーなんぞ要るか!!。
 『浄化師』に関する、国家間の暗黙の約束事に縛られない俺程では無いが、ティアとネムにも勧誘は来ている。このご時世では、なりふり構っていられないって事だろう。今の所、強引な手段は無いが、情勢が変化すればどう成るかは分からない。注意が必要だ。
 
 今回、『スモールテール』産の『袋』が売れた時以来の大金が手に入った事で、ティアが以前から温めていた行動を開始した。
 まず彼女が行ったのは、孤児院そばの『製紙工場跡地』購入だ。ここは、以前クソロムンが製紙工場を作ろうとして失敗したあの場所。スラム街の端にあるのだが、さすがに一旦正式に国有化された関係上、現在もスラム民達が勝手に住み着く事は無く、空き地のままになっていた。
 この、街で言う『一区画』ほどのエリアを、ギルドを経由して国から買い取った訳だ。国としても、スラムという土地柄もあって使い道が無かった事もあり、意外な程あっさりと売却に応じたらしい。
 クソロムンやクズ騎士団達との事もあるので、揉めたり金額をつり上げられたりするのでは無いか、と予想していたのだが、そう言った事は無かった。ひょっとしたら、逆の意味でクソロムン達の事が影響していたのかも知れない。まあ、国側の思惑など、こちらがわざわざおもんぱかってやる必要は無い。正規の手続きで、正規の金額で購入したのであれば、それだけの事だ。
 ティアは、購入した土地を『錬金術師』に依頼して浄化した。この場で言う浄化は、『浄化師』の『浄化』では無く、科学的な意味での『中和』『除去』だと思ってくれれば良い。
 この地は、魔法やスキルを使用しない、前世式の製紙工場として作られ、短期間だけとはいえ稼働した関係上、化学薬品で土壌が汚染されている。それを取り除く作業を『錬金術師』にやってもらった訳だ。
 彼らは、『抽出』によって土壌にしみこんだ化学物質を取り除き、土壌と結合した物質は『中和』によって無害化する。その上で、まだ有害な物質に関しては、個々に薬品類を用いて無害化していく。『錬金術師』とは、魔法使いであり科学者でもある。器用貧乏で、意外に大変なJOBなんだけどな。
 前世に『錬金術師』がいれば、ガソリンスタンド跡地などの再利用も簡単だっただろう。どこぞの魚市場の移転問題もだ。
 土地の浄化が終わった後は、『建築士』等に依頼して、その場に二階建てのアパートを四棟建てた。前世なら二ヶ月以上掛かる行程だが、基礎の再工事も含め、半月と掛からず終えている。金に飽かして多数の職人を雇ったとは言え、スキルの存在があるからこそ出来る事だ。
 この世界では、『建築士』『木材士』『土木士』『石工』等のJOBが持つスキルが、前世の重機を遙かに上回る力を発揮する。型枠など必要ない。『形成』スキルで自由な形に石材が変形する。『強力ごうりき』スキルによって200キロ近い資材が人の手によって素早く運ばれる。『地勢』スキルによって、水平・位置・地盤の状況が分かる。レベルもトランシットも超音波探知機も不要だ。
 木材も、切り出してきたばかりの生木を『乾燥』で割れの無い乾燥木に出来、『木材化』によって自由な形に切り出せる。
 ちなみに、木材に関しては、森の切り出し場で、俺達が木を切り、ティアの『ストレージ』に収納して運ぶ事で、この行程をかなり短縮出来た。スキルレベルが5になった『ストレージ』は、内部空間の直径が50メートルの球体であり、大木を大量に運ぶ事が可能だった。このスキルの存在を隠す必要もなくなったため、大っぴらに使用も出来る。おかげで、はかどる、はかどる。
 一棟20戸、4棟で80戸が完成した時点で、孤児院と、そのアパートの間にあるバラック作りのボロ屋に住むスラム民に、新しいアパートへと移って貰った。
 元々、彼らが住んでいた土地は彼らの物では無く、不法に住んでいた所だった。そんな彼らに、『アパートを無償でやるから、この土地を開けてくれ』と言えば、二つ返事で了承するに決まっている。
 前もって、『製紙工場跡地』を購入する際、この土地の範囲も含めていたので、ここもティアの所有地だ。空けばその時点で自由に出来る。
 この際、ティアが目的とする土地以外の者も、アパートをくれ、と言ってきたが当然無視した。中には、一旦更地にした土地に侵入して、バラック作りの犬小屋レベルの家を作り、それをもって、新しいアパートを寄こせ、と言った者もいたが、全員衛士によって連行され、翌日より姿を見なくなった。
 衛士は、あの時の件で評判が悪くなっており、それを払拭するためか、意外によく働いてくれた。
 手間の掛かる方法ではあったが、やっとティアの目的とする孤児院に隣接する土地を入手出来た訳だ。
 まずその土地の、孤児院に面していない面に、高さ3㍍の塀を築く。その上で、その土地に二階建ての建物を建設した。
 その建物の一階部分は工房区で、二階が居住区となっている。建物は横長で、孤児院の庭に面して伸びている。
 一階の工房の数は五個で、二階の居住区はトイレ、洗面所、浴場、洗濯場等が共同になっていて、部屋数は20室だ。各部屋には、最低限の品、ベッドなどは備え付けられており、寝泊まりするだけならいつからでもOKな状態になっている。
 そして、一階の工房は、各工房ごとに広さは違うが、十分な広さがあり、最低限の工具も揃えてある。工房は、『鍛冶師』『錬金術師』『薬師』『裁縫士』『木工師』用だ。
 この工房の工具は、大半がマジックアイテムなので、揃えるのにかなりの金額が掛かっている。
 スラム民用のアパートと違い、この建物は強度や防音なども事も有り、建設には一ヶ月を要した。まあ、それでも、無茶苦茶早いとは思うが……。
 この建物は、ミミによって勝手に『ティアハウス』と命名され、前世のビルよろしく、壁面に名前が浮き彫りされている。ミミが勝手にやった事なので、当然ティアが消そうとしたが、ミミが説得した。
「保険! ティアの名前が書いてあれば、今時なら大抵のやからは避けて通るかんね! 鬼瓦!、鬼瓦みたいなもん!!」
 その際、ミミの顔は思いっきりニマニマ顔だったので、その言葉に信憑性は低い。
 さて、この『ティアハウス』だが、二階の居住区には、昨年と今年に成人した孤児院出の新成人達が直ぐに入居した。入居費は、一年目の者は半年間は無料で、その後は一ヶ月30ダリ、二年目は一ヶ月60ダリとする。
 この『ティアハウス』に入居可能な期間は、成人後二年までとした。それ以降は、完全に独り立ちして貰う。
 この『ティアハウス』の居住費を完全に無料にしないのは、その代金を孤児院に回し、日中の防犯を孤児達にやって貰うためだ。なんせ、工房には高価なマジックアイテムが複数有るからな。
 孤児院に面していない三面を、全て高い塀で囲んではいるが、スラムに面している以上は防犯は必須となる。スキルというモノが存在する世界であれば、3㍍程の塀など何とでも成るのだから。
 日中に、子供達が、工房周辺をうろつくだけでも十分な防犯になるはず。まあ、積極的に回らせなくとも、孤児院と『ティアハウス』をつなげは、自然とそこも子供達の遊び場となり、結果同じ事に成るだろう。
 この『ティアハウス』は、今まで行ってきた 『新成人冒険者への支援』の延長であり拡張でもある。新成人への支援の輪を、成人前の者にも広げる訳だ。成人者の防犯を未成人者が担う事で、その支援の輪を広げると共に、確固たる物にする。地味だが、継続性を考えれば大きな事だと言える。
 『ティアハウス』側から孤児院へと支払われる『警備費』は微々たる物だが、そんな金額でも確実に食事は良くなる。そして、成人の冒険者が毎日帰ってくる事によって、今まで以上に現実的な冒険者の仕事の事が聞けるため、成人後に失敗する確率を下げる事が出来る。薬草のつもりで、『偽薬草』を持ち帰って打ちのめされると言う悲劇も減るだろう。
 一階の工房についてはも成人後三年未満の者が使えるようにしている。
 戦闘系JOBの者は冒険者を続ければ良い。だが、生産系のJOBの者は最終的には一般職に就く事になる。
 自分のJOBに適した職に就ける者は希で、大半は全く別の職に就く。一般の者ですらそうであれば、孤児となれば尚更だ。望む職に就ける者など希有どころか皆無に近い。
 そう言った状況を作り出している原因が、『スキルレベルが上げられない』という問題だ。
 戦闘系と違って、生産系スキルは、材料や対象物が無いとスキルが実行出来ず、結果スキルレベルを上げる事が出来ないタイプが多い。材料も一度スキルを実行すると無くなる(製品へと変化する)ものが多い。また、スキルを実行するために、マジックアイテムが有るのが前提となるスキルすら有る。
 一般人はもとより孤児院出の新成人に、そんな物が買える訳もない。通常は、何とかして目的の工房に弟子入りして、仕事を学びつつスキルレベルも上げていくのだが、弟子の枠にも当然限りが有る。クルムとサティーのようなケースは本当に希なケースだ。
 だからティアは、そんな生産職がスキルレベル上げ、そして修行が出来る場である工房を作った。少しでも望む職に就けるように、少しでも早く職に就けるように。
 出来れば、戦闘系JOBの冒険者が素材を入手して来て、その素材を生産者が加工して冒険者に提供すると言う流れが出来るのが理想なのだが、当分は無理だろう。俺達が出来る範囲でフォローするしか無い。
 新成人の生産職の場合は、当初はどうしても冒険者として活動する必要があるため、生産職の活動は帰ってきてから、と言う事に成る。かなり大変な事ではあるが、自分の将来のためなので頑張ってもらうしかない。それでも、それが出来るのと、出来ないのでは天地だ。強制ではないので、やりたい者がやれば良い。
 現在工房を本格的に使用しているのは、二年目組の『裁縫士』だけで、一年目組の『鍛冶師』と『薬師』は雨などで冒険者としての活動が出来ない時だけ使用しているようだ。
 この工房での活動には、材料なり『魔石』なりが必要なので、それらを入手するだけでも大変だとは思うが、自分たちで何とかして貰おう。最低限のフォローは俺達がするつもりではあるが、支援のしすぎはいけない。人間、楽を覚えるとろくな事にはならない。環境が整っていて、最低限の支援が有れば、後は自力で何とかなるはず。

 俺達の同期である、アルオスとトルトがパーティーメンバーと一緒に、『ティアハウスへ居住させろ』とぬけぬけと言って来たが、当然突っぱねた。ヤツらの場合は、『スキルの実を寄こせ』だの『お金をくれ』だの、本当に好き勝手言って来た。だから、ずっと言わずにいたあの事をを口にしてしまった。
「あの日、俺とティアを捨てたお前達に、そんな事を言う権利が有ると思っているのか」
 そう言われた二人は、ばつの悪そうな顔をして引き下がった。だから、『ティアの事をあれだけボロクソに言っておきながら、ティアの世話になろうってのは虫が良すぎないか』という台詞は胸の奥にしまったままにしてやった。
 だが、他のメンバーは引き下がらず騒いだ。
「同じ転生者だろ!!」
「同じ笹山北校の生徒なのに、せこい事すんなよ!!」
 そんな事を散々言ったが、一応、恥という物を知っていたアルオスとトルトに引っ張られて帰って行った。
 一緒に育ってきたから分かるんだが、やっぱりあの二人は悪いヤツらではないんだよ。それだけは間違い無い。二人は成人後半年程で、自分たちも余裕が無いなか、孤児院にお菓子を持ってきていたしな。その後も、月に一度ぐらいのペースで来ているらしい。
 多分、前世を思い出す事が無ければ、ヤツらと冒険者をやっていたんだと思う。その時は、当然俺の『スティール』は成長せず斥候職として活動し、ティアも今世の子守歌程度しか『歌唱』では使用出来なかったはず。その時はティアは完全にお荷物だが、それでもヤツらがティアを捨てるイメージは湧かない。……全てはifの世界だ。
 
 ティアが行った事はまだ有る。さすがに金銭的には足りないので、俺の分も全額渡した。俺も同じ孤児院出身なので、思いは同じだ。
 ティアが行ったのは、南外門側の草原の一部を塀で囲う事だった。
 南外門を出て右側に100㍍行った所から、元々有る塀を一面として、200㍍x200㍍の区画を高さ5㍍の塀で囲んだ。
 この作業、さすがに材料の問題もあり、完成には二ヶ月を要した。実際は、もう少し早く出来たのだが、工事開始16日目に『不浄の泉』が発生したため、俺達が出動しティアの『ストレージ』による岩石の輸送が出来なくなったからだ。その分、『スキルの実』が二つ手に入ったので、資金的には余裕が出来た。
 三面の塀が完成した段階で、元々有った外塀の部分を撤去する。当然、この行為には、城を始めとした方々に許可と検査を受ける必要があったが、その辺りはギルドに代行して貰っている。ギルドとしても、『スキルの実』で大きな利益を上げているので、快く引き受けてくれた。
 撤去された石材は、ティアの『ストレージ』によって運搬され、新たに出来た敷地より、更に200㍍離れた外塀から南に向かって再構築された。
 この塀は、この時点では、ただの飛び出した壁にすぎないのだが、もう一面200㍍の塀を、新たに作った区画に向かって作れば、更に200㍍x200㍍の区画が生まれる事になる。取りあえず、今はそのまま放置だが。
 新たに出来た敷地には、4ヶ所の井戸が掘られ、敷地外の川から用水路も引き込んである。用水路が塀をくぐる場所には、鉄製の格子と金網が設置され、モンスターが侵入出来ないようにしている。当然、ゴミが詰まるため、まめな掃除が必要となるので、その直ぐ脇には通用門を作った。抜かりは無い。
 この新たな敷地は、『農夫』系のJOBのための農地として使われる。モンスターと言う存在が闊歩するこの世界では、農地ですら塀で囲わざるをえず、新たな土地を得るのは簡単では無い。
 『農夫』系のJOBを得た大半の者は、別の職に就く意外ない訳だ。だから、そのために新たな土地を作ったと言う事だ。
 無論、現時点ではただの敷地であり、痩せた土地でしか無い。だが、『肥料化』のような有機物を肥料にすることが出来るスキルや、『土壌分析』のような土の栄養分を分析出来るスキルがあるので問題は無い。土壌改良を行う行為自体が、スキルレベル上げに繋がるのだから。
 現在、16歳以下の孤児院出の者には、二名の『農夫』がいる。この土地は彼らに任すことになった。
 ちなみに、成人二年目の組に『石工』JOBの者がいたのだが、彼はこの敷地建設に参加しており、スキルレベルを上げると共に、工事の知識も学んでいた。その間、彼のパーティーメンバーもこの工事に参加して、日当を得ていた。職人以外の者への日当も、悪くない額を支給していたので、彼らにも不満は無かったようだ。
 この作業の一般作業員の枠は、一般の者からしても垂涎の的だったらしい。どうやら、日当が高すぎたようだ。その点はロミナスさんから指摘されたのだが、ミミがそのまま通した。
「不浄の泉で景気が悪くなっちょるから、景気対策っちゅう事で、良いんでないかい。経済効果、経済効果」
 確かに、貯金の形で俺達が得たお金を死蔵しても、経済的には意味が無い。使ってこそのお金だ。お金は市場を回ってこそ意味がある。……聞きかじりの前世知識でしかないが。
 ちなみに、ミミのヤツも、俺達に内緒で何やらやっているようだ。休みの日にギルドへ向かう姿を何度となく目撃している。
 シェーラは武具を次々に良い素材で作り直しており、トマスさんに…と言うか、実質アリさんに貢いでいる。まあ、素材代が大半なので、その代金の大半はアリさんの前を通り過ぎるだけなのだが……。
 俺達の中で、完全に死蔵状態なのはネムだけだ。ネムは、定期預金以外からの一部を、実家に送るだけで満足しているようだ。売られた実家だが、そこら辺は気にしていないようだな。それ以外の使い道と言えば、喰い歩き程度のもので、普通の食事は家や『熊々亭』の食事で十分満足しているようだ。
 俺達の出費が、この国の経済に効果を発揮しているかどうかは定かでは無い。ただ、王都限定で言えば、賑やかに成った事は体感出来ている。
 『製紙工場跡地』の購入から農地の確保まで、四ヶ月を費やした。その間、ロミナスさんを始めとしたギルドの職員の方々には、本当にお世話になった。
 スラムの土地購入もだが、農地の拡張は一個人が勝手にやって良い事では無い。塀という防衛に係わる事なので、当然の事だ。
 通常であれば、あれこれ言って来て、大量の賄賂を要求してくる者もいただろう。その辺りを全て対処してくれたのがギルドの方々だ。
 ロミナスさんいわく、
「今回に関しては、驚く程スムーズに行ったから、これといった苦労は無かったさね」
 との事だったが、細かな手続きを大量に行って貰ったのは間違い無い。感謝だ。その感謝を込めて、ギルドの皆さんには、『熊々亭』印のサイダーと、桜印のチョコクッキーを差し入れしておいた。サイダーもだが、チョコクッキーは受付嬢を始めとした女性陣に大好評となった。
 チョコレートは、最近カレザール領で販売されるようになった物で、『桜印』と言う所で分かるように、桜場が作った物だ。
 ネム程では無いにしろ食べ物にこだわる桜場は、前世の食べ物を再現しようと、東奔西走、試行錯誤し、カカオを発見しチョコレートを作り上げる事に成功した。
 バレンタインデーの際、手作りチョコを作った経験のある彼女は、ある程度テンパリングの知識もあって、それなりの試行錯誤はあったようだが、板チョコ及び、チョコレート製品を完成させたようだ。
 その完成品を、ティアや寺西達に送ったのだが、それを発見したミミが即注文書を送った。『注文書 8万ダリで売れるだけのチョコ及びチョコレート製品、直ぐ送れ!!』などと言う、めちゃくちゃな注文書だったが、一ヶ月後、本当に届けられた。
 現在、カカオが入手困難で、確保出来る量が限られているらしい。そのため、送られてきた量もそれ程多くなかったのだが、ギルド職員へと配る分は十分にあった。
 ちなみに、注文書と共に送った8万ダリの内半分の4万ダリは、商品と一緒に送り返されてきた。日本円に無理に換算すれば、400万円から800万円と言う事に成る。前世で無駄に高いおフランス製のブランドチョコも及ばない程の高価格だろう。まあ、原料が手に入らない以上は仕方がない。
 ミミは、その送り返されてきた4万ダリを『材料が入荷後で良いので、金額分送れ。出来た分からで可。代金が足りなかったら請求よろ。当方50万ダリまで支払う予定あり』と言う注文書(?)と共に送り返している。
 後日、桜場より『ミミさん、太っても知らないよ』と太文字で書かれた手紙と共に、注文了解の手紙が届いた。だが、桜場の心配は無用だ、なぜなら既にミミの体重は、確実に3キロ以上増えているからだ。顔にも、青春のシンボルであり、油分取り過ぎのシンボルでもあるニキビが複数出来ている。もう、手遅れだった。
「クズ王子も、前世知識チート使うんなら、こ~言う事すりゃ~よかったんよ! 桜! 次はコーラよろ!!」
 ミミは、ぽっこりお腹をべしべしと叩きながら、全く気にした様子は無い。
「こ~らと言うのは、美味しいのですか?」
「もちのろんよ! サイダーなんか目じゃ無いかんね! ポテチには、やっぱコーラっしょ!!」
 この世界に、コーラの実が存在しているかは不明だ。仮に有ったにせよ、あの実が食材だと分かるかどうかって問題もある。あれは、ある意味石のような物だからな。……『鑑定』スキルがあるから大丈夫なのか? まあ、その辺りは桜場に頑張ってもらおう。
 俺は、ジンジャーエールが出来たから、結構満足だったりする。
 おなかポッコリな二人が、コーラ、コーラと騒ぐのを余所に、俺は『熊々亭』印のジンジャーエールで、ポッキーもどきを食べている。
「コ────ラ!!」
 うっさい!。
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