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第44話 ゴースト

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 ティア念願の、孤児院出院者に対する支援が、一応の完成を見て二週間が経過した。
 ロミナスさんいわく、あの半端に移設した200㍍分の塀を使って、新たな敷地を作ろうという話が国側で持ち上がっているとの事。ただ、国側の目的は農地拡大では無く、居住区の拡大のようだ。新たに農地を作った分、街に隣接する今までの農地を居住区にするつもりらしい。
 居住スペースが限られている閉鎖都市なので、居住区を拡大しようと考えれば、そうせざるを得ないとも言えるが……。
「本当に居住スペースが確保したいんなら、スラムに二階建てや三階建てのアパート、たくさんぶっ建ててスラム民をそこに移せば済む事やん」
 実際の所は、ミミの言う方法が正しいと思う。そうすれば、衛生・環境・治安も改善する。だが、やらない。彼ら的に、利が無いからなのだろう。
 俺達にとっては、国が何をやろうが、ど~でも良い。俺達にしわ寄せさえ来なければ問題無い。ご自由にどうぞ。
 
 俺の『スティール』の問題だが、2ヶ月前に検証する事が出来た。それは、わざわざ、衛士がアロンゾ牢鉱山から五人の『赤称号』持ちを連れてきての検証となった。
 この行為が、王家や、国の運営に直接関わる貴族の意向によって実行されたものなのかは分からない。俺達は、その辺りは一切気にせず検証を実行した。
 その結果は、やはり『赤称号』持ちからは『スキルの実』が入手出来る事が分かった。そして、その『スキルの実』を使用した者が得られるスキルのレベルは1となり、元の持ち主が使用すると元のスキルレベルと成った。
 さすがに、俺達が使用したケースに関しては、確認出来ていない。そこまで自由に検証出来る状況では無いからな。
「あ~あ、盗賊が襲ってけ~へんかな~」
 ミミなどは、そんな事を言ってティアに怒られていた。
 検証を一緒に行った衛士達だが、その後、俺以外の『盗賊』をアロンゾ牢鉱山へと連れて行き、その『盗賊』にも『スティール』をさせたようだが、低級無しの『MP回復薬』を10本使用しても成功しなかったため、その時点で取りやめたそうだ。
 実際の所は、検証としては、『スティール』が成功しなくても、『手応え』がある事が分かれば、それで十分なはずなのだが、何やら思惑があったのだろう。そこら辺も、俺達には関係ない事だ。お好きにどうぞ。
 この検証結果は、ギルドによって公示された。当然隣国にもだ。
 おかげで、スカウトが更に凄いことになっている。ハニートラップも10回は確認してた。俺が、あまりにハニートラップに掛からないため、女に興味が無いと判断したのか、男によるハニートラップまで出てきた程だ。……女性不信を未だにある程度煩ってはいるが、そっちの趣味は無い。断固として無い。
 
 本来の冒険者活動以外で、いろいろとバタバタしている時、また『不浄の泉』が発生した。場所は、王都北東へ馬車で二日程の街。その街の岩塩採掘場の先らしい。
 今回湧き出したアンデッドは『ゴースト』。現時点で分かっているアンデッドの中では、一番レベルが高いアンデッドである。
 この『ゴースト』は実体を持たず、普通の剣ではダメージを与えることが出来ない。最低限、スキル攻撃でないと駄目だ。武器攻撃系の者は、元々MPが少ないため苦労することになる。
 俺のような、攻撃系スキルを持たない者は、『双魔掌』のような魔法効果のある武具を用いるしかない。
 前回のアンデッドが『ゾンビ』だった事が悔やまれる。『スケルトン』なら『低級MP回復薬』の在庫を増やしておけたのだが……。『赤称号』からの『スティール』などで『低級MP回復薬』をかなり消費したので、在庫がだいぶ減っている。若干心許ない。
 『ゴースト』は、他のアンデッドと違って魔法も使ってくる。『ファイヤーボール』『エアーブリッツ』『スパーク』『フリーズ』を使う。だから、それを防ぐために、『バリアーシールド』を今まで以上に多用する事が分かっているので、『低級MP回復薬』の在庫が少ない事は、かなり痛い。
 ネムの『聖域』によって『ゴースト』の魔法は防げると思うが、『聖域』は位置固定型のスキルなので、移動時には使用出来ない。つまり、『不浄の泉』探索時には使用できないと言う事だ。
 俺達が現地に着いたのは、『ゴースト』発見から四日後の事だ。
「巨大ゴーストがいるのかな?」
 ティアが不安げに聞いて来た。今までのケースを考えれば、四日以上経っているのであれば、一匹は間違い無く『巨大アンデッド』はいるはず。
「ミミちゃん、アンデッドは触れないです。スティール出来るですか?」
「うんみゅ~、そこなんよね。取りあえず、チビゴーストで試すっきゃないっしょ。武具のMP吸収効果は有るっちゅう話やし、いけそうな気はするんよね。ロウ、気合いで盗れ!!」
「気合いで何とかなるならな」
「そこを何とかする!!」
「出来るか!」
 そんな、いつもの減らず口を叩きながら、岩塩採掘場から徒歩で現場へと向かう。
 シェーラは、その道中、『昇華』を終えた新生の大剣を、手になじませるべく振ったり、『マジックブレード』を掛けたりしていた。
 シェーラの大剣は、外見上は以前の大剣と同じだ。だが、その性能は格段に上がっている。今なら『黒死鳥』を『マジックブレード』付きで斬り殺す事が出来るはず。
 『スキルの実』の売却益の大半をつぎ込んだシェーラの武具は、俺達の中では突出している。装備だけで言えば、二級冒険者クラスだろう。彼女は、その武具をもって、敵と俺達の間に立ってくれる。彼女に限っては、自分の自己満足のためだけに武具を選ぶ事はない。全てはパーティーのために、だ。
 今回の討伐のため、急遽作られた道を歩く事5分程で、ネムが戦線を感知する。
「豚汁の臭いがするです! 桜ミソです!」
 ネムの犬鼻センサーがキャッチした場所は、その地点から600㍍程離れていた。
 その前線司令部に着き、現場の責任者と話している間、ネムは炊き出しの豚汁を食っていたが、まあ、俺達の日常だ。つまり、ネムも特に緊張していないという事。
 今回のアンデッドが『ゴースト』という事で、前線司令部は、現在の戦線からはいつもより少し離れた800㍍の位置に設置されている。俺達は、その開けた空間を急ぎ足で進む。
 今回の戦場は山中だ。木が生い茂っている上に、高低差も激しく視界も悪い。
 今回のアンデッドで有る『ゴースト』は、実体を持たないが故に、木や岩などの障害物も通り抜けてくる。空中に浮かんでいるため、川や深い谷も関係なく移動可能だ。
 更に、魔法を使ってくるという点も大きい。特に『ファイヤーボール』だ。『ゴースト』は全く気にせず使用するだろうが、人間は山火事を防ぐために、その消火を行う必要もある。でなければ、自分たちも焼け死んでしまうのだから。
 障害物の多い地形、そして、それを全く無視して移動可能な敵、消火が必要な魔法と言う非常に厄介な状況である。
 俺達が戦線に到着すると、目ざとい者が気づき喚声が上がった。
 その戦線周辺は、延焼を防止するために、広い範囲で木が切り倒され、燃やすなり、撤去されるなりしている。
 この場には、かなりの数の冒険者が集っていた。周辺の街からかき集められた冒険者達だろう。一応、彼らによって、この戦線は維持出来ているようだ。
 俺達は、王都のギルドから預かっていた『魔法の袋』から、『低級MP回復薬』『MP回復薬』『低級回復薬』『回復薬』『低級増血薬』などのポーション類を取り出し、休憩中の冒険者達へと配って行く。
 今回の戦いはMPが鍵なので、低級の付かない上位の『MP回復薬』も配布されている。この戦線では、既にMP系のポーションは枯渇気味だったようで、かなり喜ばれた。
 このポーション類を受け取った者達は、手分けして戦線で戦っている者達に配って行く。そんな様子を確認して、俺達も戦線に参加する。
「まず、検証からいくかんね! 最初ティアの般若心経。次がネムの聖域、浄化。んで、今回は聖光も試すよ。遠距離攻撃が今回は必要になっからね。ネムの検証が終わったら私。んで、次がシェーラ。最後がロウ。つ~事で、気を付けつつガンガンいこ~ぜ、で!!」
 そんな、ミミの真面目なんだかふざけているんだか微妙な指示と共に、俺達も攻撃を開始する。
 検証は漏れなく確実に行われ、10分程で一通りの確認が終わった。
 まず、ティアの『般若心経』は、『スケルトン』以上の効果を発揮した。『ゴースト』の方がレベルが高い事を考えれば、おかしい事なのだが、これは『歌唱』の性質せいだと思う。多分、ティアの『般若心経』に対するイメージが『お経=幽霊に効く』と言うものだから『スケルトン』や『ゾンビ』よりも効果を発揮したと思われる。
 『般若心経バリアー』の範囲もそれに伴って広くなっており、『スピーカー』による射程距離も伸びている。嬉しい誤算だ。
 次にネムだが、『聖域』『浄化』共に他のアンデッド同様の効果を発揮した。『聖鎧』も有効時間いっぱい効果を発揮している。
 『聖光』に付いても、前回の『ゾンビ』戦でスキルレベル3まで上げているので、射程距離は30㍍だ。スキルレベルが上がるごとに10㍍ずつ伸びると思われる。スキルレベルが後2上がって、射程距離が50㍍になれば『巨大アンデッド』戦でも安全な位置から攻撃が可能になるだろう。
 この『聖光』だが、『ゾンビ』や『スケルトン』の場合、レーザーのような光が当たった後、突き抜けるまでタイムラグが発生する。だが『ゴースト』の場合は実体が無いためか、瞬時に突き抜け、後方に居た個体も全て消滅した。
 単純な殲滅効果で言えば、スキルレベル7になり効果範囲が直径21㍍になっている『浄化』の方が多い。しかし、『聖光』は成長すればその射程距離が一気に伸びる事から、状況によってはこちらの方が殲滅効果が高くなる可能性も秘めている。要成長だな。
 ティアとネムのスキルに関しては、思った以上の検証結果だったのだが、ミミの炎魔法ば若干効果が低かった。とは言え、殲滅自体は出来ている。ただ、消滅に至るまでの時間が『スケルトン』などよりも掛かっているという事だ。そして、その余計に掛かっている時間も+1秒程なので、それ程は問題無い。
 ミミの場合は、今回は攻撃もだが、『エレメント』による消火作業も行っている。炎の存在自体を自由にコントロール出来る『エレメント』は、魔法によって顕現されている炎だけでなく、延焼等によって生じた自然の炎もコントロール可能だ。その能力を使って火消しに追われている。
 シェーラの『地裂斬』は、斬撃軌道上の『ゴースト』は全て消滅したが、左右に広がる岩杭は、外に成るに従ってダメージが小さくなるようで、左右共に3㍍の範囲内しか消滅させる事は出来ていない。『スケルトン』の時より、だいぶ効果範囲が狭いようだ。この辺りはレベル差がそのまま現れているのだろう。
 シェーラの使用するスキルは、使用する武器の性能によって効果範囲が変わってくる。それに係わってくるパラメーターが『魔力伝導率』だ。『魔力伝導率』の高い物質を使用した方が、効果範囲や射程距離が大きくなる。『マジックブレード』の場合も、その伸ばせる刃の長さに影響するし、切断力も増す。
 『聖鎧』を纏って、『マジックブレード』で、某無双系ゲームのようなマネも可能だろう。ただ、あのゲームと違って、味方には当たらないと言う不思議設定がないため、敵中に一人で突っ込む事に成る。使用MPの問題もあるので、あまり実用性はない。
 さて、最後は俺だ。『隠密』は完全に効果を発揮し、『スケルトン』などと同じように完全に認識されない事が分かった。また、その認識されない状態であれば、『ゴースト』に触れても『ドレインタッチ』が発生しない事も分かっている。
 『ドレインタッチ』とは、『ゴースト』に触れる事で『スタミナ』を吸い取られる事で、『ゾンビ毒』同様に厄介な能力として、冒険者達からは嫌がられている。
 この検証によって、この能力は、パッシブではなくアクティブである事が分かった事に成る。ゴーストが、意図的に発動させている能力であると。だから、『隠密』によって認識出来なければ発動出来ない。身体の中を通り抜けても問題無いという事だ。俺が単独で行動するのであれば、他のアンデッドより安全かも知れないな。
 『スティール』だが、実体はないが『触れている位置』で実行する事で可能である事が分かった。そして、盗めた『一般品』は『MP回復薬』。低級が付かない上位のMPポーションである。
「ロウ!! 盗って盗って盗りまくれ!!」
 ミミのヤツが、そう叫んだのは言うまでもない。
 俺達が現地に着いたのが昼過ぎだったため、その日は検証と、『ゴースト』に慣れる事に費やした。当然『不浄の泉』捜しは行っていない。
 元々、現地の冒険者達だけで維持出来ていた戦線なので、俺達の加入で多少は押し上げる事が出来ている。山火事の関係もあって、あまり無理はしていない。現地の冒険者達も、既に三日目の戦闘なので疲労も溜まっている。応援が来るまでは無理はしない方向で行くようだ。
 この半日、俺はひたすら『スティール』三昧だった。ミミとシェーラの攻撃範囲外で『隠密』を使用して、左手に『闇の双剣』を持ちMPの吸収をしながら『スティール』を続ける。出現した『MP回復薬』は『魔法のウエストポーチ』で吸い込む。それを延々とだ。
 『隠密』中でも、『闇の双剣』で切り付けた時や、『スティール』を実行した際の出現光が現れると、『ゴースト』は反応するが、それでも俺自体は認識出来ないようで、しばらくキョロキョロした上で元の状態に戻る。
 一度、『双魔掌』の『スパーク』と『フリーズ』を使ってみたのだが、その際は完全に認識され、もう一回『隠密』を使用するまでに『スタミナ』をごっそりと取られ、悲惨な目に合っていた。この違いは、スキルの実行時間が影響しているのかも知れないが、検証は出来ない。
 これがなければ、『隠密』+『双魔掌』で無双が出来たんだが、残念。
 この日入手した『MP回復薬』は、例のごとく『魔石』20個と交換で冒険者達に配っている。その上で200個をミミに渡し、俺も100個は確保している。つまり、それだけ『スティール』を実行し続けたって事。それでも、まだ『スティール』のスキルレベルは上がりそうにない。前回の『ゾンビ』でもかなり使ったんだがな……。
 
 翌日、戦線がだいぶ押されていたので、それを押し戻す事に成った。だが、俺は一人『隠密』を使って行動を開始する。
 昨日の内に、全員で話し合って決めたのだが、俺が単独で『不浄の泉』探索を行う事に成った。『隠密』によって『ゴースト』に完全に認識されない事が分かったからだ。
 今回の『ゴースト』は魔法攻撃を使ってくるため、今までのように全員で『般若心経バリアー』で移動して探すのは危険だと言って、かなり強引に決めた。当然ティアは反対したが、『隠密』を切らさない事、無理をしない事を強く約束する事で、何とか納得してくれた。
「ロウ、無理しちゃ駄目だからね」
「分かってる。隠密さえ切らさなきゃ大丈夫だよ」
「大丈夫だとは思うが、少しでも変わった事や、変わった個体に遭ったら、即逃げるんだ。良いな」
「そそ。巨大ゴーストはまだ未確認やし、念には念つ~事で。マップあっから、迷う事はないと思うけんど、一定距離を確認すっだけで十分やからね。んで、余裕があったらスティールもよろ」
「気を付けてくださいです」
 彼女達に見送られ、俺は『ゴースト』の直中へと入っていった。
 ただ、実際の所は昨日と何も変わらない。『隠密』が維持されている限りは問題無いからだ。昨日との違いは、パーティーメンバーとの距離が離れた事と、周囲の冒険者達からの攻撃を気にする必要がない事ぐらいだな。
 今回は、念のため『スティール』は少なめで行く。その代わり、『マップ』と『気配察知』を起動する。『気配察知』はアンデッド以外のモンスターや、『巨大ゴースト』などを感知するために使用する。
 シェーラが言うように、周囲の『ゴースト』と違う個体が存在する可能性も否定は出来ない。なんと言っても、現在の状況自体がイレギュラーなので、用心に越した事はない。
 俺は、地元冒険者達の話を総合した上で想定した、『不浄の泉』が存在するポイントへと向かって進んで行く。
 『マップ』が有るので、迷う事はない。あらかじめ打っておいたポイントマーカーと、現在の移動経路以外全て白紙の『マップ』では有るが、方向と距離は分かる。今はそれで十分だ。
 この移動は、無理に走らず、『気配察知』にだけ頼る事なく、周囲にもしっかり目を配って進む。長丁場を覚悟している。
 出来れば、一直線に所定のポイントへと行きたいのだが、山などがある関係上出来る訳もなく、手前の山を回り込む事に成る。
 その山を回り込み、その先にあった谷間の川を、急流に浮かぶ岩を飛び移って渡った。
 出発して1時間半ほどで、ポイントした所へとたどり着く。その一帯も、大小の山々に囲まれた場所だったが、谷間には樹木は生えておらず、背の低い草がちらほら見える荒れ地のような所だ。
 地面の岩を見ると、その表面に白い結晶が付着しているのが分かる。それを手に取ってなめてみると塩辛い。周囲の土も、改めて見ると茶色の岩塩結晶を多く含んでいるのが分かる。この塩分濃度の関係で、普通の樹木がこの地には育っていないのだろう。今この地に生えている草は、塩害に強い草と言う事に成る。
 周囲の山々には、普通に木々が生い茂っている所を見ると、この一帯だけが塩分濃度が高いようだ。谷間という地形から考えると、周囲の山から塩分が流れ出し、この場所に集まった可能性が有る。
 そして、目的の『不浄の泉』は、その谷間に存在していた。片方の山まで30㍍程の位置だ。場所的に、ミミの炎魔法も使いやすく、比較的俺達には都合の良い場所になる。
 その谷間は、当然ながら『ゴースト』によって埋め尽くされている。幸いな事に、『ゴースト』は半透明のため、その先が透けて見える。だからこそ、これだけの数で溢れかえった場所でも『不浄の泉』を視認できたわけだ。
 この場の条件は良い。ただ、一つだけ問題があった。それは、『不浄の泉』の前に鎮座している『巨大アンデッド』の存在だ。
「巨大ゴーストちゃうんかい!!」
 ミミなら、多分そう叫んだはず。
 この『巨大アンデッド』は、今までと違って、湧き出しているアンデッドの大型判ではなかった。姿形どころか、幽霊タイプですらない。透き通っておらず、実体を持っているのが、遠距離からでもハッキリと分かる。
 その『巨大アンデッド』は、全長10メートル程の黒い馬に跨がった、黒い鎧を身に纏った騎士に見えた。ただ、その頭部は存在せず、兜が左脇に抱えられている。
 『首なし騎士』だ。どこからど~見ても『首無し騎士』つまり、『デュラハン』にしか見えない。
 俺が知る範囲において、この世界には『デュラハン』は存在しない。無論、人類が至っていない地点に存在する可能性は否定は出来ないが、一般的な記録の中には存在していない事は間違い無い。
 ……そう言えば『デュラハン』もアンデッドだったな。終いには『フライングダッチマン』なんてのも出て来るんじゃないだろうな、幽霊船付きで。RPGなら、海や海岸での定番なんだが……。
 まあ、それはともかく、どうする。
 俺は、しばらく考えた上で、『スティール』だけ実行する事にした。戦闘中だと、不測の事態が発生する可能性を考えて、前もって、と言う事だな。
 『ゴースト』密度が高い所を突き進み、『デュラハン』の元へと近づいて、その足へと触れようとした時、予想外の事が起こった。騎馬が、その首を曲げて俺の方を向いたのだ。その目は、確実に俺の存在を捕らえている。
 俺の成長途中の『スキル外スキル』と思われる『感知力』は、それを感じ取っていた。
 その事実に、焦りを感じながらも行動は続けてしまう。この辺りは、今までに身に付いた癖だ。
 流れで実行した『スティール』は成功するが、発生した出現光は『レア光』だった。
「なっ!」
 その意外な出来事に、反射的に声が出てしまう。
 俺は、驚きながらも、尚も流れで『スティール光』内に現れたU字型をした物体を『魔法のウエストポーチ』へと収納する。
 その時、『デュラハン』の上空に青い光が発生したのが、目の端に写った。
 とっさに、『デュラハン』の身体の下をくぐり、反対側へと抜ける。それと同時に、今まで俺がいた位置に、雷撃系の魔法が炸裂した。
 俺は、その落雷音を耳にしながら、足を止める事無く『不浄の泉』を回り込むようにして、『デュラハン』から離れるため、全力を出す。
 クソ! 視界が悪い! 半透明とは言え、『ゴースト』密度が高すぎて、前方が見えにくい。普通に移動するのであれば、問題無いのだが、全速力で走ると成ると、ほぼ見えないに等しい。
 畜生!油断した! 『隠密』を過信しすぎた! レベル25の『泥熊』にすら効果があった事と、今までの全ての『巨大アンデッド』に効果があったため、効果があって当然と思い込んでしまっていた。油断にも程がある。
 そんな後悔を胸に抱きながら、全速で走り続ける。後方からは、騎馬の馬蹄の音が響き、それと共に寒気を催す視線が感知される。
 右へ跳ぶ。一瞬前までの位置に、五本の氷の槍が突き刺さっていた。
 『デュラハン』の方を見ると、兜を持っていない右手を前に突き出し、次の『アイスランス』を顕現させている。
 『サンダーボルト』に『アイスランス』だと!? 『ファイヤーアロー』や『アースニードル』、『ウインドカッター』も使うのか? いや、広範囲魔法を使う可能性も考慮するべきだろう。
 俺は、嫌な視線を感じるたびに、左右へと身を躱しながら、比較的傾斜の少ない側の山へと分け入っていく。
 ヤツもアンデッドモンスターだ、一定時間人間の存在を感知出来なくなれば、追跡を止めるはず。樹木を利用して、視界を減少させる。そして、その隙を使って、完全に視界から外れよう。
 『デュラハン』は全長10メートル程だが、横幅は3㍍と無い。幅的には、木々の間をある程度抜けられる大きさではあるが、身長は高いため、木々によって上からの視線はかなり防げるはず。
 おれは、そう考えたのだが、その予想は裏切られた。『デュラハン』は馬の首を限界まで前に倒し、騎士は馬の背に腹ばいに成る形で背を低くして追ってきた。
 それでも尚、低い枝などにぶつかったり、視線を遮られてはいるのだが、引き離したり、完全に視野外に逃げるのは無理そうだ。
 俺が何とか逃げ続けていられるのは、小回りが利くからにすぎない。
 とにかく全力で走って、左右に身を躱す。そして、『デュラハン』の魔法によって消滅した『ゴースト』によって生まれた視界を使って、更に先へと逃げる。
 視界が悪い間は、『マップ』の映像を実物大に拡大して3D表示する事で、補った。有効範囲が狭いのが難点だが、見えないよりは良い。
 『デュラハン』から逃げながらも、俺は考えてしまう。ヤツは『巨大スケルトン』などと同じ『巨大アンデッド』ではないのか?と。
 『不浄の泉』と全く関係ないモンスターだとは思えない。なぜなら、周囲の『ゴースト』が攻撃を行っていないからだ。アンデッドは、植物や一定サイズ以下の動物以外は、全て攻撃する。攻撃を受けない『デュラハン』は同じアンデッドと成る。
 だが、『スティール』によって『スキルの実』が盗めなかった。これは、今までの『巨大アンデッド』と違う。
 シェーラが言っていた、一般アンデッド変種なのか? だが、その大きさ的には、確実に『巨大アンデッド』の部類だ。
 ……単に、この『デュラハン』が『超レア品』を持たない、と言う可能性も有る。元々、『巨大アンデッド』は全て『スキルの実』のみを持っている、と言う事自体が確定している訳ではないしな。
 そんな疑問で、頭の中を一杯にしたまま振り向くと、騎馬の目が赤く輝き、その前面に蜃気楼のような空間の揺らぎが見て取れた。風魔法だ。ちっ! 騎馬の方も魔法を使いやがるのかよ。
 即座に右に回避すると、左手にあった木々が次々に1.5㍍程の位置で切断されて行く。『ウインドカッター』だ。
 雷、水に続いて風か。一匹二種類なら、騎馬がもう一種類の属性魔法を使うかも知れない。
 ……!! ちょっと待て! そうだ! ヤツらは二匹なんだ! 俺がスティールしたのは騎士。なら、騎馬を『スティール』すれば……。いや、だが、俺が知っている『デュラハン』は、騎士と騎馬で一セットだ。本当に二匹なのか? RPGのボスモンスターのように、部位毎に別の魔法を使っている、と言うパターンもあり得る。二匹だと考えた事自体、俺の決めつけにすぎないからな。結局の所は、試して確認する以外ない。ただ、出来るのか?。
 現状では、とてもではないが、『デュラハン』にタッチして『スティール』を行える余裕など無い。そんな検証より、逃げ切る方が先だ。絶対に、逃げ切ってみせる。
 俺は、初代CD型ゲーム機のポリゴン程度の描写しかない『マップ』の3D映像を使って、木の裏や岩の陰も確認しながら、全力で走り続ける。
 岩や木の隙間を抜けて『デュラハン』を撒こうとするが、全て失敗した。ヤツは、障害物を魔法攻撃で破壊する事で、俺をロックオンしたままで追いかけてくる。
 俺のスタミナを考えると、あまり余裕は無い。その間に打開策を講じなければ、死が待っている。
 俺は、一旦『マップ』を広域に切り替え、一時間程前に通った場所を確認した。よし、思ったより近い。
 俺は、そのポイントを目掛け、それまでと違って、スタミナを全く考えずに本当の全力で走り出す。そこまで持ちさえすれば良い。
 それでも尚、『デュラハン』を振り切る事は出来ない。
 うなじを中心とした辺りで感じる、嫌な感覚を頼みの綱として『デュラハン』からの魔法攻撃を避け続ける事15分。やっと、目的のポイントへとたどり着いた。スタミナ的にはギリギリだ。
 そのポイントは、高低差30㍍はある谷間だ。目前にその谷間が口を開けている。その下には川が流れており、くる時には谷を降りたうえで、川を飛び石伝いに渡った。だが、今回は下には降りない。
 俺は、目前に口を広げた谷間を無視して、その崖を全力で踏み切る。対岸までの距離は100㍍。レベル25でも絶対に跳ぶ事は出来ない。だが問題無い。俺には『バリアーシールド』が有る。
 跳躍が落下へと変わる前に、その足下に『バリアーシールド』を展開し、それを足場に踏み切って更に跳ぶ。6回『バリアーシールド』を使っただけで対岸へと渡りきっていた。その間に、重量物が谷底へと落下する音を耳にしている。『デュラハン』が俺を追ってきた速度のまま谷へとダイブしたのだろう。
 『バリアーシールド』の連続使用によって、一気に消耗したMPを『MP回復薬』によって回復させながらも、俺はその場に立ち止まらず走り続けた。
 落下した『デュラハン』が今までの『巨大アンデッド』と同種であれば、落下によるダメージは、周囲に大量に蠢く『ゴースト』を吸収して、直ぐに回復するはずだ。だから、その時間を使って、ヤツの目の届かない所まで移動する。
 既にスタミナは限界で、足は思うように動かない。『低級回復薬』を被っても、これだけはどうしようもない。だが、足を引きずってでも、少しでも遠くへと移動する。
 そして、5分程して見付けた、岩と岩の隙間へと、這々ほうほうていで潜り込む。乱れた息を、出来るだけゆっくりと整えていく。大きな深呼吸音がヤツに聞こえる気がするからだ。
 2分程で、乱れに乱れた心音と呼吸は、最低限整った。それでも尚、早鐘を打つ心音に邪魔されながら耳を澄ます。……ヤツの馬蹄や木の枝をへし折る音は聞こえては来ない。ヤツは、俺をロストしたようだ。
 周囲を『ゴースト』に埋め尽くされた森の中で、俺はやっと一息吐いた。助かった……。
 俺は、そのまま更に10分程休憩し、スタミナがある程度回復した事を確認してから、戦線方面へと向かう。
 帰ったら、絶対に『スタミナ回復薬』を買うぞ。値段の割に効果が僅かしかないので買っていなかったが、今度は買う。絶対にだ。
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