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第42話 エフェクト

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 その後、応接室での話し合いは2時間にも及んだ。俺達も軽食をつまんでの話し合いとなった。
 非正規手段での報復を想定していた時、応接室にギルドの職員が飛び込んできた。ノックも無しにだ。それを咎めようと、ロミナスさんが口を開くより早く、その職員が声を上げた。
「サブマス! 騎士団がその子達を引き渡せと言って、ギルドの前に来ています!」
 それを聞いたミミの顔が、悪魔の微笑みに変わる。
 一応、正規(?)の手段で来た訳だ。その後、非正規の手段に変えられる可能性は有るが、今の所は安心だな。
 慌てる職員を宥めながら、ロミナスさんが先頭を切ってギルド正面入り口へと向かった。
 カウンター内からギルドホールへと出ると、ギルド前の路上から騒がしい怒鳴り声が聞こえてくる。
 俺達が正面入り口をくぐった時、一番最初に目に付いたのは、真っ正面に居たクソロムンだった。
「あいつらだ! あいつらを捕らえろ!! そして、奪われた能力と武器を取り戻せ!!」
 目をむいて周囲の騎士達に指示を出すクソロムン。よく見ると、あの時居た騎士のうち5名も来ている。
「なんだい! この騒ぎは!! 騎士殿! 騎士がギルド及び冒険者に手出しをしてはいけないって言う王令を知った上での事かい! この時点で反逆罪が適応されるよ! 分かっててやってるんだね!!」
 俺達の前に陣取ったロミナスさんは、クソロムンを完全に無視して、白竜騎士団の団長らしい意匠の装備を纏った騎士に怒鳴りつける。その言動は、確実に『不敬罪』に当たるが、『反逆罪』を楯にとって上から言ったようだ。
 ……そうか、あの王令に刑罰は無いが、背く事自体が『国王の命令を無視した』と言う重罪で有り、元が『国王の命令』であるが故に、『反逆罪』と言われてもおかしくない事になるのか……。まあ、それも、公の場だからこそ通用する事ではあるんだろうが、ね。闇や陰であれば、結局は力関係が全てを決する訳で、何とでも成ってしまうのだろう。
「その王令には、冒険者が罪を犯した場合を除き、となっておる! その者どもは、ロムン殿下及び騎士団や貴族を襲い、武器を奪ったあげく、どのような手段かは不明だが、殿下方のスキルまで奪うという大罪を犯しておる! 王令は適応されぬ!!」
「ほー、おかしな事を言うね。私が聞いたのは、その殿下そっくりな者を筆頭に、現役騎士や元騎士そっくりな者達から、この子達が襲われたと言うものだがね」
「そいつらが嘘を吐いているに決まっておろう!」
「ほう、では、先に確認しておきたいのだが、この者達を襲った、そちらの言い分では襲われた者達は、ロムン殿下と騎士団及び元騎士団員で間違い無いと言うんだね」
「そのとおりだ! 故に、そやつらこそ国家反逆罪が適応されるのだ!!」
「それはおかしな話だね」
「どこがおかしいと言うのだ!!」
「そちらの言い分では、現役騎士五名と元騎士八名が、冒険者になって二年程しか経たない四名と、一年と経たない者一名に襲われて、手も足も出せずに破れ、しかも生かされたまま捕らえられたと言うんだね。今の騎士とは、そんなに弱かったのかい?」
 白竜騎士団団長らしき男が、ロミナスさんを射殺すような目で睨み付ける。だが、その口は閉ざされたままだ。
 騎士団とは、実状はともあれ、強さを是とし、強さを誇る集団である。その強きはずの騎士団に対して投げかけられた、ロミナスさんの言葉は、かなり痛い所を突いたようだ。
 だが、ここでクソロムンが口を出す。
「そいつらが特殊なスキルを使ったからだ! セカンドスキルだ! そいつらが独占しているスキルの実によって得た力だ!!」
 そんなロムンの言葉にも、ロミナスさんは全く慌てる事は無い。
「ロムン殿下、この者達は、スキルの実を独占などしておりません。入手した実の全ては、当ギルドが預かり、不浄の泉対策のために隣国へと販売いたしております。その販売利益の9割以上をアンデッド対策に参加する冒険者の賃金及び経費としております。元々、冒険者がモンスター等から入手した物品の所有権は、全てその者達に期す事に成っておりますれば、仮にこの者達が自分たちだけで使用しようが独占しようが、全く問題ありません」
「セカンドスキルだ! セカンドスキルの事を言っている!! 特殊なスキルによって、我々の攻撃を防いだんだ!! それが無ければ我々が負けるはずが無い!!」
 どうやら、ロミナスさんの論点外しは失敗したようだ。ただ、ロミナスさんとしては、この時を利用して、『スキルの実』を俺達が持っていない事、その実の売却益が冒険者の報酬になっている事を、周囲に居る冒険者や一般人達に知らしめたかったのだろう。
 冒険者自身が入手した物は、冒険者本人及びそのパーティーの物になる、と言う事は理解していても、やっかみはどうしても生まれてしまう。そうなれば当然、無駄なトラブルが発生する訳だ。ロミナスさんは、それを少しでも防ごうとしたのだろう。
「ロムン殿下、確かにこの者達はセカンドスキルを身につけております」
「そうだ!そのセカンド──」
「ですが、そのセカンドスキルは、一般の人間には効果を発揮せぬ事が、我々ギルドを交えた検証で分かっております」
 先ほどの白竜騎士団団長の場合と違い、一応王族相手だと言う事で、ロミナスさんの口調はいつに無いかしこまったものになっている。クソロムン相手に、そんな必要は無いと思うんだが、ギルドを背負っている立場なので、そうも行かないのだろう。ただ、クソロムンの話を遮る辺りは、十分に不敬と言える。
「嘘を吐くな!!」
 自分の言を否定されただけで無く、話を遮られた事で激高するロムンだったが、ロミナスさんは全く慌てていない。
「嘘ではありません。殿下の言われるスキルは、新たな浄化師であるこの者が身につけた力で、名を聖域、と申します。
 この聖域の神言は、不浄なる者の攻撃及び侵入を防ぐ、と言うものです。ご存じのとおり、神言は絶対にして不変。神言に、不浄なる者の、と言う限定があるのであれば、そのスキルは、不浄なる者以外には効果を発揮しません。
 それでも、モンスターの攻撃やスキルにもある程度効果を発揮した事から、念のために人間の攻撃やスキルに付いても検証いたしました。
 まずこの者達が、パーティーメンバーで確認した上で、その後パーティー外の者によっても検証を実施しました。そのパーティー外の者の検証に当ギルドも参加しております。
 そして、その結果として、人間の攻撃及びスキルには全く効果が無いと言う事が確定いたしております」
「貴様は嘘を吐いている! 我々の攻撃は間違い無く防がれた! そうだろう!!」
「は!! そのとおりです! 半透明な幕によって、我々の攻撃スキルや魔法は消滅させられました!」
「ほら見ろ!! だいたい、語るに落ちるとは貴様の事だ!! 神言と言っておきながら、不浄なる者で無い一般のモンスターに効果かあるという矛盾はどう説明する!!」
 鬼の首を取ったように勝ち誇る、クソロムンだが、ロミナスさんが慌てるはずも無い。冷静に受けて立つ。
「殿下、不浄なる者とは、何を差すものだかご存じですか?」
「アンデッドの事に決まっているだろうが!!」
 クソロムンの言葉に、周囲の騎士達は、何を当然の事を、と言う顔だ。不勉強だな。
「残念ながら違います。不浄の泉から湧き出したモンスターは、種類の違いはあれど、全てアンデッドとしかステータスに記載されておりません。ゾンビ、スケルトン、ゴースト全てがです。これは、モンスター分析スキルによって数百年の昔から確認されている事です」
「だったら、不浄なる者、とは何だ!! 貴様の言う神言に書かれているというなら、その言葉は存在するはずだ!!」
「……殿下、殿下の所有する、浄化スキルの神言にも記載されているはずですが……」
「だ、だから、その、不浄なる者とは何だと言っている!!」
 口角につばを溜めて怒鳴るクソロムン。こいつ、自分のスキルの説明もろくに読んでなかったのかよ。どこまでクズなんだ?こいつは。
「不浄なる者が何を示すのかは、現時点では確定しておりません。ただ、殿下や、この者のような浄化師が持つ浄化スキルの、不浄なる者を消滅させる、と言う神言から、そのスキルが効果を発揮する対象であるアンデッドが、不浄の者である事は間違い無いと考えられてきておりました。
 不浄の泉から湧き出してくるので、そのまま不浄なる者である、と言う単純な考え方もあります。
 アンデッドは、確かに、殿下が言われるとおり不浄なる者ではありますが、不浄なる者が指し示すものがアンデッドだけとは限らないと言う事です」
 これは、アンデッドに関して、ある程度まともに勉強したものなら、誰でも知っているはずの事だ。だが、一般人や普通の冒険者は知らない事だったようで、周囲で驚いている者が多い。
 俺達のパーティーでも、ティアとネムが知らなかったので、応接室で講義しておいた。
 ロミナスさんの説明が、周囲の者達に浸透して行くにしたがって、今までと違った喧騒が生まれてくる。
「副ギルマスの言う話だと、聖域とかって言うスキルに攻撃を阻まれた王子達は、その不浄の者って事だよな」
「そう成るよな」
「なんてったって、神言だからな」
「不浄なる者……」
「言い得て妙ね」
「あいつら、アンデッドと同じだって事か」
 そんな呟きが、クソロムン達にも届いたようだ。
「ふざけるな──!!」
「貴様! よりにもよって、殿下や我々騎士をアンデッドと同じだと言うのか!!」
 白竜騎士団団長が、顔を真っ赤に染めて腰の剣を抜いた。それと同時に、他の騎士や元騎士達も抜剣していく。
 だが、それでもロミナスさんは慌てない。
「待ちなね。私が言ったのは、不浄なる者と言う項目に関しては、同じだと神によって定められた、と言っているに過ぎないさね。いわば、我々人間とモンスターや動物も、生き物、と言う項目では同一だ、と言っているに過ぎないさね。別段、アンデッドと同一だなんて言ってないさね」
「俺達のどこに、アンデッド風情と共通点が有るって言うんだ!!」
 おいおい、クソロムン、お前、段々口調が王族らしくなくなってきているぞ。前世の天川の口調になってないか?。
「何分、我々もこの事態を知って間もない事も有り、検証が出来ておりませんので、確たることは申し上げられませんが、可能性と言うレベルであれば、考えがあります」
「言ってみろ!!」
「……分かりました。今回、今までに無い事が二つ同時に発生しました。一つは、不浄なる者にしか効果を発揮しないはずのスキルが、人間に対しても効果を発揮した事。もう一つは、人間からは実行できないことが検証されていた盗賊JOBのスティールが効果を発揮し、その者の持つスキルをスキルの実と言う形で盗み取る事が出来た事です」
「そうだ! 俺達のスキルが全て盗まれたんだ!!」
 この事は、周囲にいる者達にも、かなりの衝撃を与えたようだ。まあ、当然だろう。もしかしたら、自分のスキルが盗み取られるかも知れない、と考えれば平静でいられる訳が無い。スキルに依って立つこの世界であれば当然だ。
 周囲の冒険者から、険しい視線が俺に向けられている。『盗賊』のJOB故か、『隠密』スキルの隠しパッシブ効果なのか、俺は他者(モンスターも含む)の視線に敏感だ。肌を刺すように、と言う表現そのものの感覚がある。結構しんどいだよな、これ。
 ロミナスさん…… まあ、どうせ、後々問題になる事なので、この場で一緒に処理しておこう、と言う事なのだろう。時間帯的にも、冒険者達が帰ってきている時間帯だし、丁度良いと言えば丁度良いタイミングなのは間違い無い。
 その分、大量の視線が俺を突き刺す訳で、かなりキツい。ひょっとしたら、この感覚も、ロミナスさん言うところの『三級冒険者の必須事項』の内の一つなのかも知れない。これも『スキル外スキル』って事か?。
 そんな、俺にとってはいたたまれない空気を作った張本人が、やっとフォローに入ってくれるようだ。
「そのスキル、スティールの件と、聖域の件、問題となっている所は、同根ではないかと考えております」
 周囲の騒然とした雰囲気や、俺の状況など気にせずに、ロミナスさんは声を張る。
「先ほど申しましたように、両スキルは一般の者には効果がありません。だから、一般人や冒険者達は心配する必要は無いさね。安心していいさね。その事はギルドが保証するよ。
 おっと、話が逸れたね。失礼致しました。さて、ここで重要なのが、聖域がアンデッドだけで無く一般のモンスターにもある程度効果を発揮したと言う事です。
 そして、スティールもアンデッド及び一般のモンスターに効果があるという事。
 スティールの神言は、モンスターから物品を確率に応じて盗み取る事が出来る、と言うもので、こちらは不浄なる者ではなく、モンスターにと限定されております。
 今回、殿下方に、この二つのスキルが効果を発揮したのは、不浄なる者とモンスターと言う神言に共通する何かを、殿下方が持っていた、ないし得てしまったと言う事だと考えられます」
「だからそれが何だと聞いているんだ!!」
「……先ほども申しましたように、これはまだ検証されておりません。故に誤りである可能性も有ります。あくまでも、現時点での、ギルドでは無く、私の考えに過ぎません。……では、申します。赤称号です。
 ご存じのとおり、一定の罪を犯すと、神によってステータスに赤文字の称号が刻まれます。
 我々は、この赤称号をスキルやマジックアイテムで確認して犯罪者の捕縛や排除に使用しているのですが、この称号自体には、何らペナルティーは存在していませんでした。いや、存在が確認されていなかった、と言うべきでしょう。
 ……もうおわかりだと思いますが、そのペナルティーと言って良いかは不明ですが、赤称号を刻まれる事で、両スキルの対象になるように神によって定められているのではないか、と言う事です」
 ロミナスさんの言葉が、再度浸透して行くにしたがって周囲から声が消えていく。
「両スキルの効果は、どちらの場合も本来の力を発揮しておりません。聖域は侵入までは阻めず、攻撃もアンデッド程は阻めません。ステールも、成功率が著しく低下しております。
 それを考えますれば、不浄なる者と、モンスターと言う存在と共通する部分のある、別の存在として定義されているのでは無いかと考えます。
 先ほども申しましたように、これは、私が現時点での情報だけで考えたものに過ぎず、正しい事かは分かりませんが」
 一帯に広がっていた沈黙を破ったのはクソロムンだった。
「嘘だ!! 貴様の言うのは全て嘘だ!! 貴様が言うとおりに不浄なる者に効果がある聖域とやらが一般モンスターに効果を発揮するなら、なぜ同じ不浄なる者に効果が有るはずの、私の浄化スキルが効果が無いんだ!! 一般モンスターに使用しても、経験値が入らん事は確認済みだ!! それが、貴様の言う事が全て嘘である事を表している!! どうだ! 言い逃れ出来ないぞ!!」
 またまた、鬼の首を取ったリターンズだ。だが、また残念。
「スキルには、そのスキルが完全に成功して、初めて経験値が入るタイプのものがございます。盗賊のスティール、生産職の形成系のスキル等です。多分ですが、浄化スキルも一般モンスターに効果は発揮しているのでしょう。ただ、完全に消滅させるに至らないため、成功と見なされずスキル経験値が入らないのでは無いかと考えます」
 この件についても、当然俺達は考えた。その上で出した結論がこれだ。現在、この件に関しては、検証しようがないので放置中だったりする。
「全ては貴様の想像だろう!!」
 だから、何度もそう前置きしたるだろ。話を聞けよな。
「そのとおりです」
「だったら、貴様らの言う事など聞く必要は──」
「その検証に関してはともかく、今回の事に関しましては、簡単に確認するすべがございます。それが、全ての検証の基と──」
「駄目だ!! 駄目だ!! もう良い!! とっととそいつらを引き渡せ!! そうしないと貴様も共犯者として処刑するぞ!!」
 ロミナスさんの言葉を遮って、クソロムンが叫ぶように怒鳴る。その表情には、若干の焦りが見て取れた。そんなクソロムンの焦りを見越して、ロミナスさんは更に声を張って言い切る。
「判事に双方の──」
「黙れと言っている!!」
「双方の赤称号を確認させれば済む事です」
 クソロムンは、自身の制止を無視して言い切ったロミナスさんを睨み付けている。だが、もう遅い。周囲の者達も、それを理解した。
 貴族や王族であれば、一般人が『赤称号』の確認をさせろ、とは絶対に言えない。だが、今回の場合は違う。例の『王令』が効果を発揮する。
 無論、俺達がクソロムン達に『称号の確認をさせろ』と言う権利は無い、だが、それを楯にとる事は出来る。だからこそ、ヤツはロミナスさんを黙らせようとした。
「そうだよな、称号を確認すれば、一発で分かる事だよ」
「王子や、騎士達の称号の確認が出来なくっても、歌姫達の称号を確認して、赤称号が刻まれていない事を確認すれば、どっちが本当の事を言ってるかハッキリするよな」
「どっちが嘘を言ってるかなんて、始めっから分かり切ってるけどな」
「王子達が言う事が本当なら、確実に赤称号が刻まれているはずだぜ、ま、ありえねーけどな」
「当たり前だろう。仮に、王子達を襲ったとしたら、生かして捕らえるはずかないだろ。殺して埋めるとか…いや、埋めなくても、放置しとけば翌日には跡形も無くモンスターが処分してくれるさ。仮に他の冒険者が発見したとしても、身元が分かった時点で関わり合いになら無いように放置だろ」
「だな、俺だったら、積極的に放置するぜ」
「俺もだ」
「俺は燃やすぜ」
「……ってか、あのパーティー、炎旋がいるんだぞ。あいつが燃やさんはずが無いだろう」
「そうだな、その事だけで全てが説明出来る」
「ああ……」
 ……ミミ、お前、本当に何やらかした? 今度徹底的に詰めてやる。
 俺が固い決意を抱いていると、クソロムンが叫ぶ。
「構わん!!邪魔するヤツは全て殺せ!!」
 クソロムンのヤツが強攻策に打って出た。やってしまえば、後は何とでも成るって事だろう。実際、王族という立場であればそれが可能だ。故に、あの『王令』以降も問題が絶えない訳だ。
 抜剣済みの騎士達が、クソロムンの声に従って動こうとした時、ロミナスさんがクソロムンにも劣らない声で叫んだ。
「王令への明確な違反を確認したよ!! 今のこの時点で、こいつらは王族でも騎士でも無い!! 国家反逆罪の重罪人だよ!! あんたら、責任はギルドが取るからやってしまいな!!」
 『王令違反』と『国家反逆罪』と言う言葉で、出鼻をくじかれた騎士達を余所に、周囲を囲んでいた冒険者達が動き出す。
 先ほども言ったが、この場は西ギルド前で、現在の時刻は冒険者達が帰ってきている時間帯だ。既に、40組以上のパーティーが周囲を囲んでいた。
 当然、その大半は5級以下の冒険者なのだが4級もそれなりにおり、3級パーティーも2組程いる。それらが、順次、抜剣など攻撃の準備を行っていった。
「5級6級は下がれ」
「……面倒だけど、今、歌姫達を殺させたら、この国滅ぶのよね。やるしかなさそうね」
「……なるほど、サブマスの決断の理由はそれか。なら、やるしかないな」
「いろいろ溜まった思いもあるし、思いっきりいくか!」
「カス王子は俺にやらせろ!」
「いいや、俺がやる!!」
「俺だ!!」
「纏めて燃やすから!」
 状況を冷静に分析した者達の言葉を受けて、周囲の者達の心が決まっていく。そして、高まっていく殺気。
 だが、その高まっていく殺気と反比例する形で、取り囲まれる形の騎士達の戦意が急激に失われていく。
 いっかな、ゴリゴリ装備の騎士達とはいえ、全周囲を自分たちより多い戦闘のプロに囲まれた状態では、戦意が続く訳が無い。抜剣されていた剣の先が、次々に地面へと落ちていった。
「そんなんやから、じじいを死なせるんよ……」
 騎士達の急速な戦意の低下を見たミミが、ぽつりと呟いている。あの現場で、実際、どういったことが起こったのかは分からないが、自分たちが不利になった途端に戦意が急速に低下した今の様子を見ると、多分似たような事の結果、と言う事が想像出来てしまう。少なくとも、この事が影響を与えたはずだ。
 クソロムンが一人声を荒げる内部と、殺気が高まり一触即発状態の外周部という緊張感に満ちたこの場に、街の中央方面から若干場違いな声が響いてくる。
「はーい! カチア26歳! ただいま参上!」
 某暴れん坊な将軍様のように、白馬に乗ってこちらに向かって駆けてくる。早馬だ。……カチアさん、馬乗れたんだ。さすがは年の功。よし、カチアさんには、アリさんのような俺の表情を読む能力は無かったようだ。
「カチア、遅かったね」
「え──! 早馬来て、即、全速で来ましたよ!」
「あー、そう言う意味じゃ無いさね。タイミング的に、遅かったって事さね」
「なんか、それっぽいですね」
 馬上から周囲を見渡して納得するカチアさん。
「カチアだ! 判事のカチアが来たぞ!」
「永遠の26歳、カチアだ!!」
 冒険者達から歓喜の声が上がる。ただ、その中に失笑の声が混ざっている辺りは、さすがはカチアさんと言うべきだろう。
 そんなカチアさんのおかげで、周囲を囲んでいた冒険者達の殺気がある程度収まった。そんな状況を見て取ったロミナスさんが、カチアさんに指示を出す。
「カチア、この場に居る者全ての称号を読み上げな」
「駄目だ!! 許さん!!不敬罪だ!!」
 クソロムンが慌てて、止めさせようとする。他の騎士達も、先ほどとは比べものにならない勢いで騒ぎ出す。
「止めろ!!」
「貴様にはそんな権利は無い!!」
 必死に成ってカチアさんの『称号確認』スキルを妨害しようとするが、カチアさんが止める訳が無い。
 カチアさんは、この場に来たばかりで状況を全く理解してはいないはずだが、ヤツらの慌てようを見て、なんとなく状況を察したようだ。彼女の顔に、にま~っと言う笑いが浮かぶ。とても良い笑顔だ。この場では、な。
 そして、ヤツらにとっては無情な、『称号確認』スキルが実行され、次々と読み上げられていった。そう、見上げられたんだよ。無ければ読み上げられるはずの無い称号が、だ。
 あまりにも多い『赤称号』の数に、周囲の者達もしばし唖然とする。一人一個では無く、複数の『赤称号』持ちが大半だった。全員がだ。無論、クソロムンも。
「嘘だ!! この女が嘘を言っているだけだ!!」
 まあ、確かに、この場だけ見れば、カチアさんが適当な嘘を並べているようにも見えなくは無い。だけどな、クソロムン、『判事』のJOBがそんな曖昧な訳ないだろ。
「カチア、宣言を使いなね」
 ほら来た。ロミナスさんの指示で、カチアさんが即座に『宣言』スキルを実行する。そのスキルが実行された瞬間、彼女の身体を黄金の輝きが包んだ。
 『鑑定』や『分析』に連なるスキルは複数あれど、黄金の光を発するスキルは無い。故に、この光によって、『宣言』が実行された事が周囲の者にも分かる。
「よし、カチア、あんた今年で何歳だい?」
「26歳です!!」
 ロミナスさんの、一見意味不明にの質問に答えたカチアさんの身体が、赤い光を放つ。
「カチア、あんた独身かい?」
「そうです! 旦那さん募集中です!!」
 そう答えた瞬間、今度は青い光がカチアさんから発せられた。
 そんな様子を見ていた周囲から、いろいろな意味での失笑が漏れている。
 そんな中、騎士達の中には、今までと違って諦めの表情をする者達が現れ始めた。ヤツらは理解しているようだ。
「ご覧のように、宣言を実行させたよ。カチア、今読み上げたロムン殿下や騎士達の赤称号に偽りは無いね」
「勿論です!」
 そして、発せられる青い光。
「真実だな、ま、分かってたけど」
「当然ね」
「ていうか、本当に貴族や王族はクズばっかりなのね」
「だよな」
 この『宣言』と言うスキルは、使用者である『判事』が、自身が言っている事が、真実で有るか偽りであるかを周囲の者から分かるようにするスキルだ。真実であれば青の、偽りであれば赤の光が発生する。
 『判事』はこのスキルを持って、自身の発言の正当性を立証する。
「カチア、念のために、嬢ちゃん達の称号も読み上げなね」
「はーい」
 その返事と共に、次々に俺達をスキル光が包んで行く。
「全員、赤称号はありませ~ん!」
 青い光を発しながら、カチアさんが宣言した。周囲の冒険者達から喚声が響き渡る。
 カチアさんに向けられる喚声と共に、クソロムン達に対する罵倒も聞こえていた。この時点で、クソロムン以外の全ての騎士は、剣を納めていた。少なくとも、この場では諦めたようだ。クソロムンは未だに騒いでいるが、周りの騎士達が動かなければ何も出来ない。
「はり、ま、良い所ぜ~んぶ、カチアさんに持ってかれたやね」
「良いんじゃ無いか、これで片が付けば」
 俺としては、問題自体が解決すれば、その経緯や方法は気にしない。
「うんみゅ~、せっかくエフェクト準備して、出番まっちょったんに。……よっしゃ、ティア、あれ写したんさい」
「えー、良いの?」
「え~って、せっかく保険掛けちょったんやから、使わんと損やからね」
「でもー」
「ほり、あのクズ強姦魔王子がまだ騒いじょるから、ちょ~ど良いつー事で」
 クソロムンだが、『盗賊』、『アウラ王国国家反逆罪』以外に、『強姦』と『チキン』と言う『赤称号』も有った。『チキン』は、多分臆病者の事だろう。アンデッド戦に全く出ずに、引きこもっていたせいかもしれない。とは言え、なんとも言えない称号なのは間違い無い。他の称号がまともだけに、なぜこれだけ?と思わないでは無いが、この世界の神的なヤツが作った、考えれば納得出来る気もする。
 そのクソロムンは、どうやら『宣言』スキルの意味を理解していないようだ。
「嘘だ!! その女は嘘を言ってる!! そいつの嘘を信じるヤツも不敬罪で処刑だ!! 極刑にする!!」
 相も変わらず叫んでいるが、冒険者達は勿論、騎士達ですら聞いている者はいない。
 そんなBGMをバックに、その映像が空に映し出される。
 それは、あの襲撃事件の映像だ。完全3Dで空に逆さまに写されている。映像が逆さまなので、上空にも地面があるように見える。
 幾人かが、その映像に気づき、騒ぎ出す。そして、その声によってその場の全員が上空を見上げる事になった。
「ほいほ~い! こりは、歌姫のセカンドスキルで、エフェクトちゅうスキルで、元々は唄う時の背景とかを写し出すんやけんど、複雑なもんはその場で作れんから、前もって作るよん。んで、それを記録する機能が有るんやけんど、それって、作ったもんや無くっても、その場の状況を記録出来て、いつでも再生する事も出来るんよ。転生者にはビデオちゅうーたら分かるっしょ。今の空の映像は、今日、問題の時、実際何があったかが写っちょる映像。今更っちゃ~今更だけんど、せっかく記録してたから、見たって」
 ミミの、そんな説明と言おうか、前口上のようなものと共に、その映像が動き出した。
 上空に映し出される映像は、あの時の事をそのまま映し出している。
「嘘だ!!騙されるな!! これは作り物だ!! 信じるな!!」
 クソロムンが騒ぐが、誰一人として、ヤツの言葉を信じる者はいない。それでも一応、ミミはカチアさんに声を掛ける。
「カチアさん、真偽、よろ」
 そして、その場で『宣言』と『真偽』スキルを使用して、この映像が加工されたり捏造された物でない事を証明した。
 それでも、それらのスキルの意味を理解していないクソロムンは騒ぎ続けていた。
 そして、上空の映像が、『対アンデッド戦力の二人殺したら──』の下りに入ると、先ほどまで納まっていた怒気と殺気が周囲の冒険者や一般人達からも溢れて出していた。
 そして、このシーンには、あの襲撃に参加していなかった白竜騎士団団長達も、息をのんでいる。
 現在の『不浄の泉』の発生頻度を考えれば、クソロムンが言った言葉、そしてそれに従った騎士達の行動の意味が理解出来るからだろう。
「……アウラ王国国家反逆罪とは、王令を破ったからではなく、この事によって刻まれたのか……我々は、共犯として、か」
 白竜騎士団団長からそんな呟きが漏れ聞こえている。それが正しいのか、王令破りが理由なのかは実際の所分からない。と言うか、どうでも良い。
 その『赤称号』が付き、その事実が多くの者に知れ渡った事で、こいつらは終わりだ。他の称号であれば、今までとおりに無視出来ただろう。だが、さすがに『国家反逆罪』は無理だろう。国家にあだなすと神的なヤツからレッテルを貼られた者を、国家の中心に置くはずがない。
 これすら無視するようなら、本当にこの国は終わっている事になる。さすがにそこまで、とは思いたくない。あまり自信がないのが残念な所だが……。
 上空の戦闘シーンを見る冒険者の中には、かなり目ざとい者もいる。
「おい、今の、聖域とかって言うスキルとは別の防御スキルだったぞ」
 『バリアーシールド』の存在に気付く者も出始めていた。ヤバいかな。いろいろ質問されないようにしないとな。
 そんな会話をする者達を指さし、ミミの足を軽く蹴ると、なぜか、数倍の強さで四回蹴り返された。なぜだ?。
 長いようで短い上映会が終盤を迎え、猿ぐつわを掛けられ、両手を後ろ手に縛られたクソロムンの股間を、ミミのヤツが何度も蹴るシーンは大爆笑で拍手喝采を貰っている。
 そして、次の、
「ティアもやったんさい」
「え、私良いよ」
 と言うシーンでは、
「おー、やっぱり歌姫は違うな」
「炎旋と比べんなよ」
 と言った声が上がっていた。
 そして、更に、
「シェーラもやっとく? 強力ごうりき付きで」
 と言うシーンになると、多くの男性冒険者が我知らず内股になり、
「それはさすがに……」
 などと、おののいていた。
「止めておこう。汚そうだ」
 シェーラの言葉で、なぜか皆ホッとしていたりする。無論、クソロムンをおもんぱかったものでは無い。自分の身に振り替えで、思わず、と言った所だ。この辺りは、男という生き物の本能のようなものだろう。
 上空の『エフェクト』による3D映像が終了した段階で、ロミナスさんが白竜騎士団団長に話しかける。
「で、どうするね。状況を甘く見ないように言っとくけどね。今の状況は、くだんの王令が出された時より不味いのさね。
 対象がこの子達じゃ無ければ、まだ話は変わったかも知れないけどね。残念ながらそうじゃ無い。
 今の状況で、この子達を害する者がいれば、本気でクーデターが起こるさね。しかも、あんた達が思っている以上に簡単にね。
 あんたは国を滅ぼしたいのかい? そうじゃないだろう。なら、考えて行動しなね。
 言っとくけどね、スキルの実を隣国に安く販売している事もあって、クーデターが起きれば、周辺国は喜んで民衆の味方をするさね。
 王家及び貴族達を滅ぼした上で、今度は歌姫の嬢ちゃんや盗賊の坊やを取り合って、各国が争い合うのさね。この国でね。多分、王都は廃墟さね。
 私らも、そんなのはごめんさね。だから、もう一度言うよ、よく考えて行動しな、ね。
 あんた達が滅ぶのも、この国が滅ぶのも、あんたらや王家の行動しだいさね」
 白竜騎士団団長や騎士達が、ロミナスさんの言った事を理解したかどうかは分からない。彼らは、未だに無駄に騒ぐクソロムンを、若干引きずるようにして連れ帰って行った。
 さてはて、この後どう成る事やら。
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