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第一章(その5) 進捗
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正午までに発見された遺体は、左足が発見された天保山橋近くのゴミステーションから、二キロ上流の平田橋近くまで設置してある七つのゴミステーション全てから見つかっている。下流から順に、左足、右手上腕部、左大腿部、胴体下腹部、左手上腕部、胴体胸部、右大腿部。それぞれが二重にした黒のビニール袋に詰められ、無造作に置かれてあった。持ちこんだとき既に置いてあったゴミの上に無造作に置かれ、後から持ちこまれたゴミがその上に置かれた状態である。ただ置いただけで、黒ビニール袋を使って中味が見えないようにしてあることを除けば、他に何の意図も感じられない。もし、日高源一が、違反袋だから除けておこうと思わなければ、発見されることもなかったかもしれないのである。
いずれにせよ、しばらく劇的な進展は望めない。【なにか】が見つかるまでは、這いつくばって地面を舐め続けるしかなかった。
左足が発見されたゴミステーションに置かれていたゴミ袋は、全部で四十七だった。この場所を利用する世帯数は、およそ八十世帯になる。中央署が一組、県警が一組の計四人が、この町内の聞き込みを担当していた。
世帯数の割にゴミ袋の数が少ないのは、住民のゴミ持ち込み時には既に捜査中で、ゴミ袋を持ち帰らざるを得なかったことが大きかった。各捜査員は、苦情をかわしながら状況を説明し、ことに昨夜から今早朝にかけての不審事項について尋ね、生ゴミの取りあえずのお持ち帰りを願い、野次馬化して捜査現場に駆け寄ろうとするのを丁重にお断りし、次第に数を増しつつ矢継ぎ早に浴びせかけられる質問に、丁寧に、かつはぐらかしながら答えていった。
にもかかわらず、生ゴミを下げたまま捜査現場を遠巻きにして、ざわつく人間は増える一方である。次第に生ゴミが匂い始めている。野次馬のざわつきが次第に蠅の羽音と重なってきた。
正午までには三十一個のゴミ袋の投棄者が確認され、複数の証言から、遺体を入れたビニール袋は、昨夜十二時以降、今朝六時までの間に捨てられたことが推定できた。
左足以外の発見場所からも、ほぼ同様の報告がなされ始めていた。
日没に伴い、河川内、緑地公園内と徐々に捜査員・鑑識課員は撤収していく。最後まで残ったのは、最上流の遺体発見現場担当で、長く続く緑地公園の西端になっている。一番大事なものを見落としているかも知れないと言う、いつもの不安を抱えながら、署に戻ったのは午後八時過ぎ、これからが彼らの本当の仕事になる。
この時間、現場周辺の聞き込み担当、被害者自宅周辺担当、職場周辺担当。四十組、八十人の刑事はまだ現場を舐めている。
今回彼らに義務づけられた定時報告は、六名の現場資料班によって、報告が一行にも満たずとも逐一まとめられチャート化され、時間毎に上層部に上げられていった。
ほとんど進展はなかったが、被害者周辺状況は上がってきていた。
被害者は美津濃美穂。キャバクラ「アンデュミオン」ホステス。十九才。一昨年から丸二年ほど勤めているという。勤務状態は良く、遅刻・欠勤はしばしばあるものの、必ず連絡があった。店長の柴田源一郎の話では、一昨日(四月七日)は、閉店まで勤務した後、昨日(四月八日)は無断欠勤。連絡をしたが通じなかった。とのことで、同僚のホステス、今村みさおも同じ証言をしている。
昨夜は、美穂の馴染み客のひとり大泊敬吾が二月ぶりに来て、しきりに連絡しろと言うので、みさおが直接連絡したが、これも電源が切れていて繋がらなかったとのことだった。
「こうした事件こそ、初動捜査にどれだけの人員を配置するかで成果が分かれる。警察は営利団体ではない。費用対効果よりも被害者の早期確定、加害者の早期確保が優先する」
記者会見の現場で、捜査態勢の規模が大きすぎるのではないか、との指摘を受けた木綿本部長の解答だった。明らかに捜査費用を気にしている。
「仮に、被害者本人からの事件相談の、直近の不受理が、今回の事件の引き金である場合、厳重な処罰も辞さない」
と本部長は力説した。
「本部長御自身も含めてですか」
記者連の念押しが飛ぶ。
「当然です。ずさんだと酷評された捜査体質を一新する、最善の端緒でしょう」
ざわめきが起こった。本部長はことばを選んでいる。
【直近の不受理……】
ここ数ヶ月、少なくとも今年に入ってからの三ヶ月間、美津濃美穂と思わしき女性からの事件相談は確認されていない。
県警本部は昨年から、捜査体制改善のひとつとして、事件相談受理の見直しも行ってきた。マニュアルの作り直しと、過去の受理内容の洗い出しは、現在も行われている最中である。わずか二件だが、不受理分から事件として立証できたものもある。一方、未処理書類の破棄が発覚するケースもあった。その諸刃の剣とも言える見直し作業は、本部監察課が主導して行ってきたが、現在半年ほど前、昨年十月までの分が終わっている。
事件発生と同時に、家出人捜索願とともに事件相談関連書類の再確認の指示が飛び、どちらもここ三ヶ月以前分には該当がない、と報告がなされていた。さらに遡って確認するには、もう少し時間がいる。
しかし、現段階のパフォーンマンスとしては申し分ない。
記者会見の一方で、粛々と進む捜査報告書の提出は、提出した個々の捜査員のしばしの休息の開始でもある。仮眠室に当てられた中央署の広々とした道場と、現場処理班員の机の上が徐々に狭くなっていく。
夜明けが近づくに連れ、徐々に事件の詳細が明らかになっていった。
遺体は死後切断されたもので、死後概ね一から三日。胃の内容物がなかったことから、四月七日閉店後から八日にかけて殺害されたとみてよかった。心・肺臓に溢血点が確認されたことから、窒息死と判断された。
切断された脊椎には微少な金属片が食い込んでいた。切断に使用した工具の刃の欠けたもので、切断にはエンジンもしくは電動による金属・コンクリート両用刃のカッターかサンダーを使用したのではないかと推測された。
他の切断面の形状からも、鋭利な刃物・鋸等による切断ではなく、切断工具による切削面(削り取られるような切断面)が確認されている。胴体に関しては、少なくとも半径百五十ミリ以上の大径の刃を持つ工具で一気に切断したものと考えられていた。
いずれにせよ、しばらく劇的な進展は望めない。【なにか】が見つかるまでは、這いつくばって地面を舐め続けるしかなかった。
左足が発見されたゴミステーションに置かれていたゴミ袋は、全部で四十七だった。この場所を利用する世帯数は、およそ八十世帯になる。中央署が一組、県警が一組の計四人が、この町内の聞き込みを担当していた。
世帯数の割にゴミ袋の数が少ないのは、住民のゴミ持ち込み時には既に捜査中で、ゴミ袋を持ち帰らざるを得なかったことが大きかった。各捜査員は、苦情をかわしながら状況を説明し、ことに昨夜から今早朝にかけての不審事項について尋ね、生ゴミの取りあえずのお持ち帰りを願い、野次馬化して捜査現場に駆け寄ろうとするのを丁重にお断りし、次第に数を増しつつ矢継ぎ早に浴びせかけられる質問に、丁寧に、かつはぐらかしながら答えていった。
にもかかわらず、生ゴミを下げたまま捜査現場を遠巻きにして、ざわつく人間は増える一方である。次第に生ゴミが匂い始めている。野次馬のざわつきが次第に蠅の羽音と重なってきた。
正午までには三十一個のゴミ袋の投棄者が確認され、複数の証言から、遺体を入れたビニール袋は、昨夜十二時以降、今朝六時までの間に捨てられたことが推定できた。
左足以外の発見場所からも、ほぼ同様の報告がなされ始めていた。
日没に伴い、河川内、緑地公園内と徐々に捜査員・鑑識課員は撤収していく。最後まで残ったのは、最上流の遺体発見現場担当で、長く続く緑地公園の西端になっている。一番大事なものを見落としているかも知れないと言う、いつもの不安を抱えながら、署に戻ったのは午後八時過ぎ、これからが彼らの本当の仕事になる。
この時間、現場周辺の聞き込み担当、被害者自宅周辺担当、職場周辺担当。四十組、八十人の刑事はまだ現場を舐めている。
今回彼らに義務づけられた定時報告は、六名の現場資料班によって、報告が一行にも満たずとも逐一まとめられチャート化され、時間毎に上層部に上げられていった。
ほとんど進展はなかったが、被害者周辺状況は上がってきていた。
被害者は美津濃美穂。キャバクラ「アンデュミオン」ホステス。十九才。一昨年から丸二年ほど勤めているという。勤務状態は良く、遅刻・欠勤はしばしばあるものの、必ず連絡があった。店長の柴田源一郎の話では、一昨日(四月七日)は、閉店まで勤務した後、昨日(四月八日)は無断欠勤。連絡をしたが通じなかった。とのことで、同僚のホステス、今村みさおも同じ証言をしている。
昨夜は、美穂の馴染み客のひとり大泊敬吾が二月ぶりに来て、しきりに連絡しろと言うので、みさおが直接連絡したが、これも電源が切れていて繋がらなかったとのことだった。
「こうした事件こそ、初動捜査にどれだけの人員を配置するかで成果が分かれる。警察は営利団体ではない。費用対効果よりも被害者の早期確定、加害者の早期確保が優先する」
記者会見の現場で、捜査態勢の規模が大きすぎるのではないか、との指摘を受けた木綿本部長の解答だった。明らかに捜査費用を気にしている。
「仮に、被害者本人からの事件相談の、直近の不受理が、今回の事件の引き金である場合、厳重な処罰も辞さない」
と本部長は力説した。
「本部長御自身も含めてですか」
記者連の念押しが飛ぶ。
「当然です。ずさんだと酷評された捜査体質を一新する、最善の端緒でしょう」
ざわめきが起こった。本部長はことばを選んでいる。
【直近の不受理……】
ここ数ヶ月、少なくとも今年に入ってからの三ヶ月間、美津濃美穂と思わしき女性からの事件相談は確認されていない。
県警本部は昨年から、捜査体制改善のひとつとして、事件相談受理の見直しも行ってきた。マニュアルの作り直しと、過去の受理内容の洗い出しは、現在も行われている最中である。わずか二件だが、不受理分から事件として立証できたものもある。一方、未処理書類の破棄が発覚するケースもあった。その諸刃の剣とも言える見直し作業は、本部監察課が主導して行ってきたが、現在半年ほど前、昨年十月までの分が終わっている。
事件発生と同時に、家出人捜索願とともに事件相談関連書類の再確認の指示が飛び、どちらもここ三ヶ月以前分には該当がない、と報告がなされていた。さらに遡って確認するには、もう少し時間がいる。
しかし、現段階のパフォーンマンスとしては申し分ない。
記者会見の一方で、粛々と進む捜査報告書の提出は、提出した個々の捜査員のしばしの休息の開始でもある。仮眠室に当てられた中央署の広々とした道場と、現場処理班員の机の上が徐々に狭くなっていく。
夜明けが近づくに連れ、徐々に事件の詳細が明らかになっていった。
遺体は死後切断されたもので、死後概ね一から三日。胃の内容物がなかったことから、四月七日閉店後から八日にかけて殺害されたとみてよかった。心・肺臓に溢血点が確認されたことから、窒息死と判断された。
切断された脊椎には微少な金属片が食い込んでいた。切断に使用した工具の刃の欠けたもので、切断にはエンジンもしくは電動による金属・コンクリート両用刃のカッターかサンダーを使用したのではないかと推測された。
他の切断面の形状からも、鋭利な刃物・鋸等による切断ではなく、切断工具による切削面(削り取られるような切断面)が確認されている。胴体に関しては、少なくとも半径百五十ミリ以上の大径の刃を持つ工具で一気に切断したものと考えられていた。
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