埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第二章(その8) 聞き込み

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 五月二日、午前七時前。
 戸田と瀬ノ尾は出水駅西口にいた。
「八時半に駅レンタカー前で」
 戸田はそう言い残して、津田純子が失踪の前日に泊まったという友人、河瀬奈保子の家に徒歩で向かった。栄町の奈保子の家は、駅から南に歩いて十分弱のところにある。
 一方で瀬ノ尾は、出水駅に残って駅周辺で津田純子の目撃情報がなかったかを聞き込んで回っていた。
 ちょうど、七時十三分の串木野行きに飛び乗る通勤通学客でごった返していて、人混みの中には聞き込みに一息ついている出水署の捜査員の姿も見えた。落ち着いて聞ける状態ではなかった。
 瀬ノ尾は、降車客数名をつかまえて尋ねてみたが、埒はあかない。
「なかなか簡単には見つかりませんな」
 と一番年輩の捜査員が、瀬ノ尾に話しかけてきた。
「今日は、ほとんどの学校で全体集会だけ。すぐに児童生徒は帰し、保護者集会。子供らや父兄が帰る頃からが、本当の聞き込みですな」
 
 一方戸田は、出水駅東口から奈保子の家までのルートを歩いている。
「土曜の早朝とはいえ、人目に付かずに歩くのは無理だな。誰かが必ず見ている」
 つぶやく戸田の十メートルほど先には、これも出水署の捜査員とおぼしき厳つい男二人が、軒並み玄関をたたいて回っていた。戸田は、軽く頭を下げゆっくりと追い越していく。気づいた捜査員の一人が頭を下げた。お互い腕には、所属の文字こそ違え、捜査員の腕章が張り付いている。
 戸田は、河瀬奈保子の家の前で逡巡していた。家は、五十坪ほどの敷地に建つ道路に面した二階屋で、両側隣も裏手も似通った作りの家が建っている。増築した車庫の二階と本来の二階が繋がっており、玄関を通さずに直接二階に行ける階段もあった。
 車庫には二台あるはずの車もなく、奈保子が通学に使っている自転車もなかった。
 七時十五分。決して遅い時間ではないが、早すぎる時間というわけでもないのだろう。
 戸田は踵を返すと、帰路は駅西口への道路を選んだ。
 東西口へのどちらの道を通ったにせよ、奈保子の家から米ノ津川に架かる広瀬橋までのルートは同じだった。
 午前七時四十分。駅前レンタカーの事務所に、若い女性従業員の姿が見えた。
 出水駅内のコインロッカーは、駅前レンタカーで管理している。戸田はバッジを提示しながら尋ねた。
「県警捜査課の戸田と言いますが、コインロッカーの荷物の中で、昨日、一昨日と撤収されたものがありますか。その中に薄紺のトートバッグがあれば確認させてもらいたいんですが」
 やや日焼けした面長の顔に慣れた笑顔を浮かべ、大ぶりの弾む胸に【今水流】と言うネームプレートを下げた、小柄できびきびした所作の女性従業員が即座に回答した。
「はい。該当の品物が一件ございます。昨日ロッカーから撤収して中身を確認いたしましたが、持ち主を確認できる物がございませんでしたので、こちらで一時お預かりいたしておりました。少々お待ちくださいませ」
『いまずる、と読むのだろうな』
 戸田は推測し、暴れ馬に必死にしがみついた少年のようなネームプレートが、少し羨ましくもあるな、などと暴走しかけた。
 今水流が持ってきたのは、薄紺の大ぶりのトートバッグだった。
「場合によっては、あとでロッカーの指紋の確認をさせてもらうかもしれません。ロッカーの確認時間は? 午前八時の始業後と午後八時の終業前。なるほど。この荷物のロッカーの使用開始時間は? 二十八日の午前八時から九時頃ですか。わかりました」
 あれこれ尋ねながら、手袋をした戸田はバッグの中を確認し始めた。
 トートバッグの中身は、少女らしい生地と柄の幾つかの布袋に小分けされていたが、デニム地の薄青のミニスカートに、赤紺のチェック柄のミニのプリーツスカート、同柄のミニキュロットパンツ。Tシャツ数枚に白のブラウス、水色と白のボーダーのサマーセーターにグレイ地のボーダーのパーカー。下着。白黒二種類の靴下。タオル・ハンカチが数枚。それとは別の布袋に、着用後と思われる下着と制服のブラウスらしき物が入っていた。
 それだけだった。
『学校の制服がない。朝、着て友人宅を出たはずのボーダーのパーカーとデニム地のミニスカートがバッグに入っている。どいういうことだ?』
「土曜日も勤務時間は同じでしたか」
 頷いた今水流に、戸田は内ポケットから似顔絵を出してさらに尋ねた。
「この女性を見かけませんでしたか。グレイのボーダーのパーカーを着ていたかもしれないんですが」
 今水流は、じっくり眺めていたが、大きく首を振った。
「いえ、この子には気づきませんでした」
 戸田は、バッグは警察で預かるから後で取りに寄越す旨を伝え、
「通勤途中のことでもいいです。何か思い出すことがあったら、どんなことでも結構ですので、連絡ください」
 と名刺を渡した。

 瀬ノ尾と合流した戸田は、そのまま出水警察署に向かった。被害者の足取り捜査をする旨の挨拶である。捜査一係長都留警部補が、手ぐすね引いて待っていた。
 戸田は署長への挨拶もそこそこに、河瀬奈保子の供述をとりたいと申し入れた。
 都留は、自分が立ち会うことを条件に申し入れを飲んだ。
「小藤に連絡が取れたら、すぐに川内へ向かってくれ。往復の車内でも目撃情報がないか、確認するのを忘れるな」
 瀬ノ尾は、出水駅十時十一分発の列車で川内に向かうことにした。小藤と合流して折り返しても正午過ぎには戻って来られるはずだ。効率を考えるならば、小藤に出水駅まで来てもらう方がいい。だが、情報はどこに転がっているかわからない。拾える時間と場所があるのなら、拾うべきだ。それが戸田の選択だった。
 午前九時十二分。戸田は、再び河瀬奈保子の家に向かった。まだ、帰っていない。
 戸田は、菜穂子が通っている西出水の高校の方向へ足を伸ばした。戸田は、本人の顔を知らない。すれ違っても確認はできない。戸田はただ勘に任せて歩き回っていたのかもしれない。
 数分も歩くと、オオセというショッピングセンターが目についた。まだ開店前で締め切られたままの広い駐車場には車一台ない。周囲に何もないせいで、やけに閑散として見えた。
 店の入り口付近には、飲料水の自動販売機が数台並んでいて、戸田の位置からは見えなかった、近づくとゴミ箱と簡単な屋根に覆われた三台のベンチがあった。
 戸田は、緑茶飲料を買うとベンチに座った。内ポケットから握り飯を出して頬張った。これは、早朝から作ったものだ。道路の方からは見えなかったが、ベンチからは駐車場の周囲の道路が見渡せた。
 戸田は裏口に回ると、開店準備中の店長とおぼしき男性従業員を捕まえた。
「開店準備は何時頃からですか」
「平日で九時前後。土日セールの時だと八時くらいかね。搬入業者さんとの兼ね合いもあるから」
「先週の土曜日もですか」
「ああ、八時過ぎには来てたよ」
「その時間…。入り口の駐車場に、ベンチのとこでもいいんですが。誰かいたのを見なかったですか」
「見たよ。たぶん、女の子かな。ひとり座ってたような。通りすがりに見たばっかりだから、はっきりとは」
「服装は? 色は? 髪の長さは?」
「上はグレイの濃淡の縞柄? ボーダーだっけか、のパーカーみたいなやつ。素足が出てたから、スカートかショートパンツか。髪は短かった。車で通りすがりだし、遠目だから自信はないよ」
「荷物のようなものには気づきませんでしたか?」
「いや、手ぶらみたいだったけど、はっきりとは……」
 戸田は協力に感謝の礼を述べ、また何か尋ねることがあるかも知れないし、思い出したことでもあれば連絡をくれ、と名刺を渡した。
『ここに手ぶらできていたのは、被害者の方だろう』
 戸田は確信していた。
『彼女はここで、おそらく車を持った誰かと待ち合わせをしていたに違いない』
 戸田は、鬱鬱とした暗い想像が沸き上がってくるのを押さえられなかった。
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