埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第二章(その10) 参考人河瀬奈保子(2)

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 河瀬奈保子によると、被害者津田純子は、四月二十八日の午前八時過ぎ奈保子の部屋を出ていった。服装は、グレー地のボーダーのパーカーにデニムのミニスカート。ガール・ガイのポーチ。財布と携帯電話。所持金は一万札が二枚、五千円札一枚、千円札が七枚、小銭が少し。向かった先は、ショッピングセンター・オオセの駐車場で、八時半の待ち合わせの予定だった。
 遅くとも午後一時には出水駅で河瀬奈保子と落ち合い、そのまま福岡で行われるDDSと言うバンドのコンサートを聴きに行く予定になっていたが、連絡が取れなくなった。仕方がないので、予定通り別な友人と出かけた。それが、午後二時半ということになる。
 午後二時四十二分発の新幹線つばめに乗ると、午後五時前には博多駅に着く。午後六時開場のコンサートにはなんとか間に合う。純子も遅れても必ず来るだろうと思っていた。
 そう供述した。
 それで、と戸田が促した。
「最後に連絡が取れたのは、何時だったんだね」
「二十八日の朝、八時半過ぎ」
「内容は覚えてるかい」
「客……、男が来たから、これから行って来るって」
「それだけ? 他にはなにもなかったのかな」
「そっちはって、聞かれた。シカとされた、ってメール打った」
 戸田が、瀬ノ尾に目をやった。奈保子の携帯の着信履歴を調べていた瀬ノ尾が首を振った。
「全部消してます」
 電話会社、プロバイダーから通話記録の照会を取るとなると、手続きかれこれで、最短でも最低一月はかかる。瀬ノ尾のため息がやけに大きく響いた。
「四時間も連絡がなくて、不安には思わなかったのかい」
 戸田の声音にかすかに詰問の色が混じった。奈保子は、一瞬言い澱んだ。
「してる最中は、普通連絡しないし。でも、やばそうな人のときは別。なんとなくわかるから、最初からそのつもりで、メール回ししてる」
「やばそうな雰囲気は、伝わってこなかったということかな」
「うん。どっちかというと、逆だった。いきなり電源切ったし、切りっぱなしだったから、邪魔されたくないのかなって。時間までに来れば、あたしたちは別に構わなかったし。それに、純子は今度のコンサートにはあんまり乗り気じゃなかったし。どっちかというと、明日からの連休に力入ってたかな」
 戸田は静かに奈保子を見つめている。戸田の眼には非難めいた色が浮かんでいる。気づいた奈保子は眼を伏せた。戸田は、さらに被せるように口を開いた。
「津田さんの二十八日の行動はわかった。二十七日のことを聞きたいんだが。特に、君たちが、どうやって約束を取り付けたかをね」
 
 津田純子が、河瀬奈保子の部屋に来たのが、四月二十七日の午後七時前。制服姿で、通学用の鞄とトートバッグを抱えてきた。
  宅配ピザを頼み、少し話をしているうちに、純子が、『今月分バイト代がまだ貰えてなくて、お金が足んない』と言って財布を見せた。
「来週バイト代が入らないと、連休のコンサートがやばいんだけど、奈保子余裕ある?」
 実は、奈保子も似たようなものだ。首を振った。
「じゃあ、やる?」
 どちらからともなく声をかけた。
「でも、今から明日一までに来れる奴、いると思う? 出水だよ」
「別に、二三日先でもいいじゃんさ」
 二人して、いくつかの出会い系サイトに伝言を入れた。
【わけありJKです。明日の朝、八時までに、助けてください】
 文字通り、速効、というのだろう。十数人から返信が届いた。ふたりは、伝言内容を選別しながら、折り返しの伝言を入れていった。
 やりとりを数回重ね、午後十時過ぎには五人ほどに絞れた。
 深夜十二時前後に三人。二十八日朝にふたり。オオセの駐車場と出水駅前。どちらも深夜には人通りがなくなる。
 夜も朝も似たような時間に、二手に分かれることになった。
「どっちに行くよ?」
 結局、じゃんけんで決めた。
  服装は、純子が寝間着代わりに持ってきていた同じ柄の二着のボーダーのパーカーにジーンズのミニ。
  相手には、その服装を告げてある。どちらがどっちに行っても同じことだった。
 二十八日の午前零時前、ふたりはお揃いの服装で奈保子の部屋を出た。純子が出水駅へ、奈保子がオオセの駐車場へと向かった。
 奈保子がオオセの駐車場に着くと、ライトを消した一台の車が、駐車場脇に止まっている。奈保子は相手にメールを入れた。すぐに車のライトが点滅し、奈保子は車の中に吸い込まれていった。奈保子は、純子にメールを入れた。
[男、来た。これから行って来る]
 純子が奈保子のメールを受けたとき、駅前には車一台いなかった。
 十分ほど待って、すっぽかしだ、と思ったとき、一台の車が近づいて止まると、ライトを点滅させ、消した。
 純子が、待ち合わせた相手にメールを打つと、ライトが点滅した。純子は車の中に飲み込まれ、奈保子にメールが届いた。
[男、来た。これから行って来る]
 午前三時過ぎ、奈保子が自分の部屋に入った時、純子はすでに帰ってきていた。パーカーとスカートはきれいに畳んで枕元においてあり、純子本人は布団の中に潜り込んでいた。
奈保子に気づくと、指を三本立てた。奈保子は、二本と五本を立てて笑った。
「明日、今日か。のは、どうするよ」
「起きれたら行く」
「じゃ、そういうことで」
 翌、四月二十八日。午後七時過ぎにはふたりとも起きていた。
「どうする?」
「とりあえず行ってみる」
 と純子が答え、またじゃんけんになった。今度は純子がオオセの駐車場に、奈保子が駅前に決まった。
「じゃあ、奈保子。駅に行くついでにあたしのバッグ持っていってくれるかな」
「へいへい」
「へいは一回」
 そう笑いながら、純子は自分の制服を奈保子の部屋に掛けた。
 八時過ぎ、ふたりは部屋を出た。
[男、来た。これから行って来る]
 純子のメールが、奈保子の携帯に入った。奈保子の方は、来る様子もない。
 奈保子は、トイレで純子のパーカーとミニのジーンズを脱ぎ、自分のジーンズとTシャツに着替え、純子の服をバッグの中に入れると、ロッカーの鍵を閉めた。
「夜には、博多でDDSのコンサートか…。それまで何してようかな」
 小さくつぶやいた。

 小藤が書き終えた供述書を戸田に見せた。戸田は一読して瀬ノ尾に渡した。瀬ノ尾が供述書に目を通している間、戸田は静かに口を開いた。
「もうひとつ聞いておきたいんだが、いいかい」
 奈保子が頷いた。戸田は、ゆっくりとことばを選んでいる。
「君たちは、相手の男たちとどこで、目的を果たすんだね。行った場所を覚えている限り聞かせてほしい」
 奈保子が、机の下では指を折りながら、行ったホテルの場所を上げていく。
「コート阿久根、マリンスノー、花伝説、モーテルのだ、やまのかみラブイン、西ホテル、ピア・ツーワン、キャッスルながしま、ホワイト・リズリー……」
 奈保子は、出水市から二時間ほど離れた鹿箭島市やその周辺を含めて、二十数箇所をあげた。
「純子さんも似たようなものかな」
 奈保子は頷いた。そして、そのまま顔を伏せた。長い沈黙のあと、奈保子が口を開いた。
「わたしは、どうなるんでしょうか」
 戸田が即答した。
「津田純子さんの事件については、これでひとまず終わりです。事件解決の進行によっては、また改めて伺うことも出てくるでしょう。とりあえず自宅に帰って、警察からの連絡を待っていてください」
 不安を隠せないまま、小藤とともに取調室を出る奈保子を見ていた瀬ノ尾が、
「河瀬奈保子って子。高校生にしちゃあ、身体全体に色気がありましたねえ。金をもらって男と寝てたせいでしょうかね」
 つい漏らした。戸田が憐れむような視線を向けると、しまったという表情を浮かべている。だが、それ以上戸田は何も言わなかった。
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