埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

文字の大きさ
21 / 64

第二章(その10) 参考人河瀬奈保子(2)

しおりを挟む
 河瀬奈保子によると、被害者津田純子は、四月二十八日の午前八時過ぎ奈保子の部屋を出ていった。服装は、グレー地のボーダーのパーカーにデニムのミニスカート。ガール・ガイのポーチ。財布と携帯電話。所持金は一万札が二枚、五千円札一枚、千円札が七枚、小銭が少し。向かった先は、ショッピングセンター・オオセの駐車場で、八時半の待ち合わせの予定だった。
 遅くとも午後一時には出水駅で河瀬奈保子と落ち合い、そのまま福岡で行われるDDSと言うバンドのコンサートを聴きに行く予定になっていたが、連絡が取れなくなった。仕方がないので、予定通り別な友人と出かけた。それが、午後二時半ということになる。
 午後二時四十二分発の新幹線つばめに乗ると、午後五時前には博多駅に着く。午後六時開場のコンサートにはなんとか間に合う。純子も遅れても必ず来るだろうと思っていた。
 そう供述した。
 それで、と戸田が促した。
「最後に連絡が取れたのは、何時だったんだね」
「二十八日の朝、八時半過ぎ」
「内容は覚えてるかい」
「客……、男が来たから、これから行って来るって」
「それだけ? 他にはなにもなかったのかな」
「そっちはって、聞かれた。シカとされた、ってメール打った」
 戸田が、瀬ノ尾に目をやった。奈保子の携帯の着信履歴を調べていた瀬ノ尾が首を振った。
「全部消してます」
 電話会社、プロバイダーから通話記録の照会を取るとなると、手続きかれこれで、最短でも最低一月はかかる。瀬ノ尾のため息がやけに大きく響いた。
「四時間も連絡がなくて、不安には思わなかったのかい」
 戸田の声音にかすかに詰問の色が混じった。奈保子は、一瞬言い澱んだ。
「してる最中は、普通連絡しないし。でも、やばそうな人のときは別。なんとなくわかるから、最初からそのつもりで、メール回ししてる」
「やばそうな雰囲気は、伝わってこなかったということかな」
「うん。どっちかというと、逆だった。いきなり電源切ったし、切りっぱなしだったから、邪魔されたくないのかなって。時間までに来れば、あたしたちは別に構わなかったし。それに、純子は今度のコンサートにはあんまり乗り気じゃなかったし。どっちかというと、明日からの連休に力入ってたかな」
 戸田は静かに奈保子を見つめている。戸田の眼には非難めいた色が浮かんでいる。気づいた奈保子は眼を伏せた。戸田は、さらに被せるように口を開いた。
「津田さんの二十八日の行動はわかった。二十七日のことを聞きたいんだが。特に、君たちが、どうやって約束を取り付けたかをね」
 
 津田純子が、河瀬奈保子の部屋に来たのが、四月二十七日の午後七時前。制服姿で、通学用の鞄とトートバッグを抱えてきた。
  宅配ピザを頼み、少し話をしているうちに、純子が、『今月分バイト代がまだ貰えてなくて、お金が足んない』と言って財布を見せた。
「来週バイト代が入らないと、連休のコンサートがやばいんだけど、奈保子余裕ある?」
 実は、奈保子も似たようなものだ。首を振った。
「じゃあ、やる?」
 どちらからともなく声をかけた。
「でも、今から明日一までに来れる奴、いると思う? 出水だよ」
「別に、二三日先でもいいじゃんさ」
 二人して、いくつかの出会い系サイトに伝言を入れた。
【わけありJKです。明日の朝、八時までに、助けてください】
 文字通り、速効、というのだろう。十数人から返信が届いた。ふたりは、伝言内容を選別しながら、折り返しの伝言を入れていった。
 やりとりを数回重ね、午後十時過ぎには五人ほどに絞れた。
 深夜十二時前後に三人。二十八日朝にふたり。オオセの駐車場と出水駅前。どちらも深夜には人通りがなくなる。
 夜も朝も似たような時間に、二手に分かれることになった。
「どっちに行くよ?」
 結局、じゃんけんで決めた。
  服装は、純子が寝間着代わりに持ってきていた同じ柄の二着のボーダーのパーカーにジーンズのミニ。
  相手には、その服装を告げてある。どちらがどっちに行っても同じことだった。
 二十八日の午前零時前、ふたりはお揃いの服装で奈保子の部屋を出た。純子が出水駅へ、奈保子がオオセの駐車場へと向かった。
 奈保子がオオセの駐車場に着くと、ライトを消した一台の車が、駐車場脇に止まっている。奈保子は相手にメールを入れた。すぐに車のライトが点滅し、奈保子は車の中に吸い込まれていった。奈保子は、純子にメールを入れた。
[男、来た。これから行って来る]
 純子が奈保子のメールを受けたとき、駅前には車一台いなかった。
 十分ほど待って、すっぽかしだ、と思ったとき、一台の車が近づいて止まると、ライトを点滅させ、消した。
 純子が、待ち合わせた相手にメールを打つと、ライトが点滅した。純子は車の中に飲み込まれ、奈保子にメールが届いた。
[男、来た。これから行って来る]
 午前三時過ぎ、奈保子が自分の部屋に入った時、純子はすでに帰ってきていた。パーカーとスカートはきれいに畳んで枕元においてあり、純子本人は布団の中に潜り込んでいた。
奈保子に気づくと、指を三本立てた。奈保子は、二本と五本を立てて笑った。
「明日、今日か。のは、どうするよ」
「起きれたら行く」
「じゃ、そういうことで」
 翌、四月二十八日。午後七時過ぎにはふたりとも起きていた。
「どうする?」
「とりあえず行ってみる」
 と純子が答え、またじゃんけんになった。今度は純子がオオセの駐車場に、奈保子が駅前に決まった。
「じゃあ、奈保子。駅に行くついでにあたしのバッグ持っていってくれるかな」
「へいへい」
「へいは一回」
 そう笑いながら、純子は自分の制服を奈保子の部屋に掛けた。
 八時過ぎ、ふたりは部屋を出た。
[男、来た。これから行って来る]
 純子のメールが、奈保子の携帯に入った。奈保子の方は、来る様子もない。
 奈保子は、トイレで純子のパーカーとミニのジーンズを脱ぎ、自分のジーンズとTシャツに着替え、純子の服をバッグの中に入れると、ロッカーの鍵を閉めた。
「夜には、博多でDDSのコンサートか…。それまで何してようかな」
 小さくつぶやいた。

 小藤が書き終えた供述書を戸田に見せた。戸田は一読して瀬ノ尾に渡した。瀬ノ尾が供述書に目を通している間、戸田は静かに口を開いた。
「もうひとつ聞いておきたいんだが、いいかい」
 奈保子が頷いた。戸田は、ゆっくりとことばを選んでいる。
「君たちは、相手の男たちとどこで、目的を果たすんだね。行った場所を覚えている限り聞かせてほしい」
 奈保子が、机の下では指を折りながら、行ったホテルの場所を上げていく。
「コート阿久根、マリンスノー、花伝説、モーテルのだ、やまのかみラブイン、西ホテル、ピア・ツーワン、キャッスルながしま、ホワイト・リズリー……」
 奈保子は、出水市から二時間ほど離れた鹿箭島市やその周辺を含めて、二十数箇所をあげた。
「純子さんも似たようなものかな」
 奈保子は頷いた。そして、そのまま顔を伏せた。長い沈黙のあと、奈保子が口を開いた。
「わたしは、どうなるんでしょうか」
 戸田が即答した。
「津田純子さんの事件については、これでひとまず終わりです。事件解決の進行によっては、また改めて伺うことも出てくるでしょう。とりあえず自宅に帰って、警察からの連絡を待っていてください」
 不安を隠せないまま、小藤とともに取調室を出る奈保子を見ていた瀬ノ尾が、
「河瀬奈保子って子。高校生にしちゃあ、身体全体に色気がありましたねえ。金をもらって男と寝てたせいでしょうかね」
 つい漏らした。戸田が憐れむような視線を向けると、しまったという表情を浮かべている。だが、それ以上戸田は何も言わなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...